今後の戦略を立てよう
「あ、条件があるんだけど」
「何?」
「私が、この学校でやりたいのは勉強なの。だから成績関連のイベントがあるならそれを避けることはできない。よく分からないけど、こういうゲームには分岐とかパラメーターとかいうものがあるんでしょ?あと、ゲームのエンディングで私に害が来るものはごめんだわ」
そう言うと横田さんは手をヒラヒラと横振った。
「このゲームは大金持ちも身分も魔法もないわ。だからさっきもちょっと言ったけど、主人公にとってのトゥルーエンドでも相田さんが死んだり、没落したり、警察に捕まったりすることはない。最悪退学かな」
「最悪じゃない!」
「でもそれは相田さんが夢城愛佳の持ち物を壊すとか一通りの苛めをして、1日監禁して、それから修学旅行で崖から突き落とさなければないよ?」
それは既に犯罪の域だ。むしろ捕まらないのはなんでだ。
私が勢いよく首を横に振ると、じゃあ大丈夫でしょ、と軽く言ってくれる。
「大抵は攻略対象者にこっぴどく振られて邪険に扱われるだけ」
「ならいいや」
「本当にどうでもいいんだねぇ。あと、成績関連のことだけど、成績パラメーターはあるよ。しかも結構重要な要素」
「げ」
「影響があるのは上林冬馬君と海月春彦先輩路線かな。でも低い方が四季先生には効果的だったし、マイナスだけでもないから。つまり、相手の出方によるわけよ。主人公がどのルートで行くかによって変わってくる」
ということはこの協定はすぐに破棄される可能性があるということだな!
「とりあえずの今後の行動指針を決めよ?」
「ふむ。ここ1ヶ月頑張ったのに引き寄せられるように攻略対象者と関わり持っちゃったのよ?私にどうしろっていうのよ……」
そう嘆けば、ふふふふふと不敵に笑う横田さん。
「逃げる者は追いたくなる、それが人情ってもんよ!」
どどーん、と背景に波しぶきが見えたが、多分それは人情ではない。
でも、逃げる者は追いたくなるか、それは一理あるのかも。
「じゃ、どうすればいいの?」
「普通にするの」
「普通?」
「例えばさぁ、今って不自然でしょ?逃げ回ってる感満載じゃない」
確かに。秋斗とは一緒に行動するのを避け、委員の仕事は1人でやり、先生に持っていかなければならないものは全てなんだかんだ理由をつけ上林くんにお願いし、勧誘に来る東堂先輩には見つからないようにしていた。
「普通の生徒と同じように過ごしてみれば、背景になれるはずよ」
「分かった。やってみる」
そうして1週間後の試験までに備え、私はやるべきことをやった。
美羽の助言では、現2年生で生徒会長の海月先輩が絡むのは期末テスト前の時期にある生徒会役員選挙の時だから放置しておいていいらしい。まぁ、あの人とは図書館以来会っていないから私も何もしていないんだけどね。……となれば、まずは。
「相田雪はいるかー?」
1-Aのドアががらっと開くと、オレンジ頭の美形が私の前で仁王立ちする。
「はい、ここに」
「うおっ!今日はいたのか!いないものだと思った」
そりゃあ1ヶ月逃げまくってましたからね。
「今日こそはサインしてもらうぞ!」
そう言って机にバン!と置かれたのはサッカー部マネージャー希望届。俺様な東堂先輩は私が了承することを当然の前提にしている。が、甘い!
「すみません、先輩。私、別の部に仮入部しちゃったんです」
君恋高校校則35条で、他の部活に入部しているものは兼部できない。マネージャーは部員扱いだ。
「何だと?!マネージャーか?」
「いえ、部員です、茶道部に仮入部しました」
東堂先輩は、多分だけど、いわゆる俺様担当。俺が入れと言ったら入るんだよタイプ。
乙女ゲームじゃないと許されないはずの傲岸不遜な人だ。
それなら断るのではなく物理的に入れない状態を作ればいい。
最初は勉強の邪魔になると思って帰宅部のつもりだったから思いつかなかったのだけど、下手うったと思っている。
前世で茶道をたしなんでいた私なら部活に入ってもそれほど手間どらないだろう。
「そうか……」
出鼻を挫かれた先輩がたじたじになっている。へっへっへ、どうだ俺様!……あらいけない、これが悪役の思考なのかしら。
「マネージャーはどうしても必要なんだけどな……」
「それなら、私、やりましょうか?」
いつの間に近寄ったんだ主人公!
あなたの席は私の席から遠く反対窓際ですよね?!なんと素晴らしいイベント回収能力。
「君は……いつも練習を見に来ている……」
「1-Aの夢城愛佳といいます。私で良ければ、マネージャーやらせてもらえませんか?サッカー、観るの好きなんです」
東堂先輩は夢城さんに興味をもったように私から目を離す。そりゃあそうだ、こんなに可愛い外見の女の子が毎回部活の練習を観に来ていて、かつマネージャーに立候補してくれたんだから。行け、東堂先輩。
「やる気があるなら結構!お願いしようか」
「はい!」
夢城さんは藤堂先輩に着いて教室を出て行った。
私は未羽にラインでやったぜ!と飛び跳ねるウサギのスタンプを送った。これで一つ潰した!
未羽が親指を立てたスタンプを返してきた。
「ゆき、茶道部入ったって本当?」
ほくそ笑みながらスマホをしまっていると、今のやり取りを聞いていた秋斗が訊いてきた。
「本当だよ」
「ゆきは帰宅部かと思ってた。勉強の邪魔になりたくないんでしょ?」
「ま、教養を身につけるにはいいかなーって思って」
「そっか。入ったときには俺に教えてくれなかったんだ」
拗ねてそっぽを向く秋斗。
「最近ゆき、俺に冷たいよね。すっげー寂しんだけど」
避けすぎたみたいだ。ちょっと悪い事したかなー。
「ごめん」
「え?」
「いやさ、高校入って、ちょっと秋斗が大人っぽく見えちゃったっていうか。それで距離取っちゃったんだよね。でも、秋斗は『幼馴染』だよね?」
私が、眉尻を下げ、申し訳なさそうに謝ると、秋斗は、呆然としたようにこちらを見る。
「いや、俺は、ゆきが意識してくれる方が……」
「ずっと『親友』でいてくれるよね?」
秋斗の言葉が聞こえなかったように装って、畳みかけるように続ける。そして秋斗の服の袖をきゅっと掴む。
こういうのを狙うのは苦手なんだけど背に腹は代えられぬ。
秋斗は私に気圧され、う、うん……と頷き、そこで授業開始の合図が鳴り、秋斗は離れていった。
そのタイミングでブーっとラインのバイブ音がしたので、こそっとケータイを机の下で見る。
『何、意識させるようなこと言ってんのよ!』
『甘いな未羽。これは作戦だよ』
『は?』
『秋斗が私にそういう感情を少なからず持っているのは知ってるよ。それに、秋斗は幼馴染。小中高と一緒で、これからいつも近くにいようとするに決まってるじゃん。その距離をこっちから敢えて離させようとしたら、逆効果なんでしょ?だったらこっちから、友達の烙印押していつも通りにした方がいいじゃない』
『……なるほど策士だな』
秋斗とずっと距離を置くのも心苦しいし、本音では秋斗に悪いと思っていたのもあったから、私としては最善手を打ったつもりだ。さて、どうなるかな。