茶道部合宿で愛ちゃん先生のお茶をいただこう
次の日。
茶道部1年は前日のノルマで筋肉痛になった体をひいひい言わせながら掃除を終えた。
入部時に茶道部がこんなに運動系・肉体派だと誰が予想しただろうか。
ピカピカに磨かれた観音様に、つるつるになった廊下。境内には雑草一本生えておらず、物だらけで雑然としていた庫裏はきちっと整理整頓されていた。
トイレもとい便所には未羽が自費で購入した消◯力が置いてある。
「エクセレーント!みなさん素晴らしい!この1日半できっとこのお寺のように心が洗われたはずよん!」
えぇ、そうでしょうとも。みんな仏様のように悟った顔をしている。特に未羽は「現代科学は素晴らしい、特に便座拭きを厚手にすべきと気づいた人に拍手したい」とぼやいていたし。それは科学技術ではないと思うが。
ちなみに、便所は○ットンではなくてギリギリ水洗でした。
そしてようやく3日目。茶道部としての稽古日である。
「さぁ、お茶の稽古をしましょうか。みなさん、これを。」
渡されたのは、着物。
「わぁ、紬ですわね。これでお稽古を?」
紬、というのは昔の女性の日常服だった着物だ。
「ええ。和服は心と体を引き締めるわ。背筋がしゃんとしてお稽古に集中できるのよん。」
そういう先生はとても素敵な着物をお召しになっている。
ただし、女性物。
「色留袖ですわね。素敵ですわ!」
京子が先生の服を褒めてる。うん、先生が女性物を身につけることについてはもう誰も突っ込まないんだね‼
私たちはそれぞれ部屋に戻るが、京子を除けば当然着付けなんてできない。先輩たちが着付けを手伝ってくれた。
「出来まして?」
「うん!」
「うぃー。」
「着られたよ。」
「私は着られてるよぉ〜。」
当然のように紬を着こなす京子は黒髪おかっぱにもよく似合っている。なにより動作そのものが慣れを感じさせてしっくりくる。
明美と未羽と私は体をぎこちなく動かす。明美はゲーム仕様の緑色の髪だから和服は似合わないかと思ったけれどそんなことはない。和風ゲームでカラフル頭の武士が和服着ててもそれほど違和感を覚えないのと同じ。未羽も明るい茶髪だけど似合ってる。むしろ未羽は和服の方が映えるかも。
こめちゃんは身長が150センチぎりぎりなので洋服によっては着られてる感じしかしないが、
「こめちゃん、昔の女性はみんな背が高くありませんでしたわ。こめちゃんくらいの身長の方がお似合いですわ。」
「そ、そうかなぁ。」
「会長に見せたら喜ぶだろうね!」
私がこめちゃんだけに聞こえるようにこそっと話すとこめちゃんは頰を染めた。
お稽古場に出ると男子勢は既に着替え終わっていた。
「うわぁ、みんな可愛いね。」
にっこり笑う俊くんと秋斗。
当然、未羽の目は秋斗の紬姿を記憶に焼き付けようとくっきりと見開かれている。
「馬子にも衣装だな!」
失礼な遊くんは明美にはたかれていた。
「ほらほら、きちんと座りなさい?まずはワタシのお点前のお客様になってねん。」
掛け軸に礼をして、愛ちゃん先生のお点前が始まる。
帛紗を捌く、すっすっという音や建水(お茶碗をお客様の前で洗った後お湯を捨てるための器)にお湯を捨てるときの水音が静かな空間で響き、畳のいい香りとわずかなお湯の香りが心を落ち着かせる。茶勺を拭く姿もお抹茶の粉が入っている棗を開ける手も落ち着いていて、その動作一つ一つが洗練されていた。
出されたお菓子をお懐紙にのせ頂いたあと、先生の出してくれた濃茶を飲む。いつもは和菓子が苦手な私も、この時はとても美味しくて、あとから飲んだお茶の苦さと渋みと甘さが口に広がる感覚になんとも言えず満足する。
お茶碗の飲み口を人差し指と親指ですっと拭き、あとは主人である先生が礼をしたところで先生のお点前は終了だ。
「あー素敵だった。こんなにマトモな空気に触れたのは久しぶり!!」
間違いなく私が語り始めて最も真面目な瞬間だったと言っていい。
「俺、ああいう風にお茶を点てられるようになりたいな。」
隣の秋斗の言葉はみんなが思っていただろうな。
あまりに集中していて足を崩し損ねていた遊くんが立ち上がろうとして見事に倒れたのはご愛嬌だ。
「さ、じゃあみなさんの番ね。」
そのあとは全員がおのおの順番にレベルに合った稽古を始める。
一番上手いのは流石に習っている俊くん。通し稽古で愛ちゃん先生に直接見てもらってる。優しくて落ち着いた彼に茶道はよく似合う。
それからまだ手順は覚束ないものの、和服を着た京子も和服パワーでいつもより様になっている。
前世の朧げな記憶がある私と、一度飲み込むと習得の早い秋斗はどっこいどっこい。
帛紗捌きから怪しい未羽と明美と遊くんは間違えたり失敗しながらこーでもないあーでもないと試行錯誤していた。




