イタイ子イタイ子突っ走れ。(花火デート編その3)
こめちゃんカップルに会ってからは屋台巡りに没頭した。
誰かの二の舞にならないよう、たこ焼きの代わりにいか焼きを食べたところで食べ物系に満足したので、次は食べ物じゃない方だ。
私は、お祭りは好きなのに屋台の催し物自体は滅多にやらない。
転生知覚後初の去年は、大抵原価の3倍以上は取っていることを知っているし、取れないことを想定してセットされていることを分かっていたからだ。夢がないと言うことなかれ、食べ物も同じと言うことなかれ。
転生に気付く前はもう少し可愛げがあったのだが、自分でやることはほとんどなかった。
その原因は、一緒に来ていた秋斗と太陽にある。
私が欲しいなぁと思うものを見つけたとたん、
「ゆきは待ってて?俺があれ取ってあげる!」
「秋斗にぃ!俺が取る!」
「太陽には無理だろー。」
「そんなことない!」
こんな会話を繰り広げつつ、たった1回でその何倍もの価値の物を確実に仕留めていったのだ。屋台のおじさんにとって天敵だった彼らがいたこれまで、私の登場機会は皆無と言ってよかった。
ただ一つを除いては。
「雪は何がしたい?」
「あれ!!」
夏の風物詩とも言えるあれ。
「金魚掬い?」
「お世話が出来ないでしょ?って言われて飼うのは禁止されてたんだけど、やるのは好きなんだよね。だからいつも取ったあとに返してたんだけど、今年は飼おうと思う!」
「もう世話できるの?」
「この年なんだから、任せてよ!ちゃんとやるから!」
「…ふぅん。ま、とりあえず良さそうなところ探そうか。」
「ううん、あそこで大丈夫。」
「他の店見なくていいの?」
「うん、さっき冬馬が顔赤くしてた時にちゃんとチェックしてたよ!」
私の言葉に冬馬がむすっとしているが、たまにはこういうことがあってもいいはずだ。
「そこの店を選んだ理由は?」
「一番クオリティが高い!」
こういう屋台の金魚はいわゆるエサ金=大型魚のエサにされるような金魚がほとんど。悲しいかな、単価にして10円ほどの、弱小な個体だ。でも、今私が目をつけている子は違う!
「あの大きい、白と赤のやつを狙ってる?」
「イエス!琉金だよ。比較的丈夫だし、尾びれがひらひらして綺麗でしょ?」
浴衣の裾を濡らさないように注意しつつ、紙の貼ってある面を上にしてそっと近づく。まだ水には入れない。
「雪が落としたら俺が取るよ。」
「ふふ。誰に物申してるのかな?私、初回は落とし知らずのマドンナなんだからね!」
「…なぁ雪、それ誰がつけたの?」
「今私が!イタイとか言わないでね、集中できない!」
反射神経と計算と直感には自信がある。加えて元々の負けず嫌いが相乗効果となって、これについては秋斗にも太陽にも負けたことがない独壇場だったのだよ、ふふん。
手首のスナップを利かせて…
「よっと!」
私が見事に掬うと、あたりからひゅーひゅーと声が飛ぶ。どうやら見られていたらしい。
「お姉さん上手だねぇ!一回でやられちゃ客寄せにもならなくて商売あがったりだよ!」
「褒めていただけると照れますね!」
「雪、褒められてない。皮肉皮肉。」
「えー…あっ。失敗!!」
大きく生きのいい赤い子を取った後に同じ琉金種の黒い大きい個体を取ろうとしたのだけど、集中を切らしたせいか、これには耐えられなかった。
「むぅ。たった2回目で破るとは…現役引退すべきか?」
「いつ現役だったんだよ…。なに、どうしてもあれ欲しいの?」
「うん。これだけ他の種類がいる中で一緒に泳いでたでしょ?私が取っちゃったから責任もって一緒にしてあげたいなーって。もし番だったら可哀想だし…よし、もう一回!」
「番と別れる、ね…。あ、俺やるんで、お願いします。」
「冬馬がやるの?」
「うん。」
冬馬が浴衣の裾を押さえて黒い金魚を見ている。その明晰な頭脳で角度とかを計算しているらしい。
「冬馬ってさ、金魚掬いやったことあるの?」
「ない。」
「…お祭りに来たのは?」
「去年が初めてだな。」
「待って。私やる!」
「雪、黙ってて。雪のを見ててコツは掴んだ。」
まるで一世一代の大勝負に出るかのような真剣な目で水を見つめている。
「俺がそこから助け出すから。」
金魚掬いが、金魚救いになってるよ冬馬!
金魚姫を救い出す王子様の登場に辺りの注目が集まりまくる中、冬馬が動いた。
その数分後、番 (?)の黒い金魚は冬馬の持つ袋の中で泳いでいた。
あれで落としてたらカッコ悪いとこなのに、うまく取って決めちゃうところがさすが冬馬だ。同じ攻略対象者でも四季先生は10回やっても無理だろう。間違いなく水槽に自分が突っ込んで終わる。
二人で捕まえた金魚の入ったビニールを持ち上げて笑う。
「綺麗だね。」
「うん。」
ちなみに、確かにあの屋台は私と冬馬が一回で仕留めたからこの金魚たちのモトは取れなかっただろうけれど、冬馬を観に来たお客さんが後から後からたくさんやってきたから結果的にはいい商売になっているはずだ。
「雪。飼うと意気込んでいたところ悪いんだけど、その子さ、俺にくれない?」
突然の提案に、バイブの鳴ったケータイをいじっていた冬馬を見上げる。
「一緒に泳がせたいんだろ?うちで飼うよ。」
「えー?冬馬が世話するの?」
「しようと思ってたんだけど…これ。」
ケータイを見せられる。
『わぁ、金魚ね!雪さんと取ったの?冬馬、私がちゃんとお世話するからその子たちちょうだい?』
『早速金魚の飼い方を調べたの。水槽は買ったわ。そういうところだと病気の菌を持っていることがあるから薬浴させた方がいいんだってネットに書いてあったわ。そのお薬も買ったの〜。見て?(ネットショッピングの名前と水槽とお薬の写真がご丁寧にもつけられている。)』
『名前何にしようかしら?楽しみだわ!』
「沙織さん…。」
「飼う気満々なんだ。まだ了承されてないって打つ前に来た。」
「動物がお好きなの?」
「そう。犬猫は俺が軽いアレルギーあるからダメで飼えなくて。それに母さん、日中暇してるから…。ダメかな?」
「い、いやいいよ!全然!むしろ大事にしてもらえそうだしこの子も幸せだよ。でも帰る時までは持たせてもらっていい?」
「どうぞ。」
冬馬がにこっと笑う。
「冬馬、沙織さんにちゃんと連絡するんだねー。太陽なんて家で言っておしまいだよ。」
「普段は全然。学校のこともあんまり話さないし。この金魚の話、雪のやつもらって俺が飼えるか訊くために連絡したんだよ。結局母さんが飼うことになりそうだけど。」
「冬馬、そんなに金魚好きだったっけ?」
「いや?別に特には。」
「え、じゃあどうして?」
「分からない?」
「分かる要素が一体どこにあったというのでしょう…?」
「雪のため。それから俺のため。」
「?と言いますと?」
「忙しくて現状でもなかなか構ってくれない雪の時間を金魚にまで取られるわけにはいかないからな。金魚に嫉妬するのはさすがにやめたいから。」
「と、冬馬の方が上に決まってるよ!!」
「でも雪は金魚を放っておけないだろ?餌の時間だから〜とか言って帰ったりしそう。」
…う…否定できない。
「でもっ、お世話までしてもらうなんて迷惑かけてちゃうよ。」
「別に迷惑じゃない。母さんの楽しそうなライン見たろ?それに。」
繋いだ私の右手を持ち上げて、そっと手の甲にちゅっとされる。
「申し訳ないと思うなら、俺との時間もっと取って?金魚はうちに見に来ればいいし。」
な?と微笑まれて、また私が赤くなる。周りの人たちが冬馬を見てほうっとため息をついているのが見えてしまう。
「も、もう!冬馬は周りの人を簡単に魅了していくんだから!!!」
そのパッシブでの攻撃はやめた方がいいと思うんだ!
「俺が魅了したいのは雪だけなんだけどな。」
「っ!さ、されてますっ!!もう十二分に!!」
「なら良かった。」
やっぱり、私が冬馬より上手になるのにはまだまだ時間がかかりそうです。
金魚を持ったまま歩くと、何やら人の集まっている屋台を見つけた。
「なんだろう?あそこ、人集まってるよ?」
「音からして射撃っぽいけどな。」
わらわらとたくさんの男女が集まってきゃあきゃあ騒いでいる人の波に近づくと聞き慣れた声が耳に入ってくる。
「それ以上近寄らないでくれッス!負けないッス、そんな可愛い顔を見せられても俺ッチは惑わされないッスよ!」
「猿、綿あめで口元べとべとの3歳児に言っても無駄なんすよ!この人たちに触れたらおいら、彼女と会えなくなるんで勘弁してほしいんす!」
「押さないでくださいー!あ、痛いっ蹴られたっ!今の!お姉さん今のもう一回!」
あぁ、恥ずかしくて耳を塞ぎたい。
「護衛は役に立っているみたいじゃないか。」
そうですね、予想以上に大活躍中らしい。
彼らがいるということは、例の一年生ズがいるということじゃないですか。
人の切れ目から様子を窺うと、射撃台には神無月くんと祥子が立っていて、ちょうど神無月くんは終えたところだった。手にお菓子をどっさりとなぜかお面を持っている。
「弥生、お前なんでそんな小物狙ったんだよ?お前ならもっと高いの落とせるだろ?」
「お菓子は下僕の先輩方に、お面は五月にだよ。五月こういうの好きだよね?」
そう言って神無月くんが三枝くんに古風なデザインの狐のお面を渡すと、三枝くんはちょっと嬉しそうな顔で笑ってそれを頭の後ろに着けている。
大変貴重な三枝くんの笑顔がこんなお面如きでみられるとは!大体その趣味は古風すぎるでしょうあなた。
どうでもいいけど、神無月くんにも下僕認定されたのか、あんたたち。
「次は葉月がやりますの!!」
「…葉月お前がやるのか…?お前に射撃用銃とはいえ凶器を持たせることに俺は非常に抵抗が」
「葉月の負けられない戦いがありますの!五月は黙ってくださいまし。」
美少女が二人も射撃台に並んでいるせいで店主のおじさんはデレデレ顔だ。だが一瞬後、そのデレ顔は恐怖で歪むことになる。
「行きますわ!一発目!」
パン!
「ひぃ!!」
葉月が打った球はおじさんの右の頬を掠めていった。
「おかしいですわね。二発目!」
パン!
「ひぃぃ!」
今度はおじさんの腕のわずか数ミリ隣を球がすり抜けていく。
「あら…三発目!」
パン!
「ひぃぃぃぃぃ!」
最後の球はおじさんの禿げかかった頭の毛を数本犠牲にして飛んで行った。
「おかしいですわ…。今日は調子が悪いのかしら。おじさん、もう一度お願いしますの。」
「ひぎゃぁぁぁ!!」
「…葉月、店主が泣いてる。なんでこだわっている?」
「あのクマのキーホルダー3つがどうしても欲しいのです。あのデザインはどこでも見たことがありませんわ。取れるまで粘りますわよ。」
店主のおじさんはそれを聞いて隅っこでガクブルしている。
葉月が指差したのは、店主と逆サイド真ん中の棚にあるクマのキーホルダーだ。なかなか可愛らしい顔をしていて、首にチョーカーがついている。
「葉月、あそこ狙ってたんだね。てっきり店主に恨みがあるのかと…。」
神無月くんがため息をつき、三枝くんが「代われ葉月、俺が取る。」と進み出る。
「五月、いいんですの?」
「…葉月が当てる頃には金がなくなるか店主が穴だらけになってる。」
「失礼ですわっ。」
「…俺が必ず取るから大人しく待っていろ。」
三枝くんは慣れたように葉月をいなし、場所を代わって狙いを定める。
パンパンパン!
有言実行。
連続音と共にクマがころころと3つ落ちるもんだから、かっこよすぎて辺りから悲鳴が上がった。
三枝くんはそんな周りの存在などないかのように小さく震える店主からクマを3つ受けとり、葉月に渡す。
「五月、流石ですわ!」
葉月が五月に飛びついたせいで、今度は違う意味で悲鳴が上がり三馬鹿が必死で押さえている。
さて、そのお隣では
「落ちない〜!!!」
「おっ前、一体いくら使ってんだよ?!」
祥子が絶叫し、太陽がキレたように問うている。
「えー…分からない…。」
「今ので10回、累計3000円も使ってんだよ!」
「分かっててどうして訊くのよー!?」
「どこかのアホの記憶を確認するためだ!店主の思うツボじゃねーか、バカだバカだと思ってたけどやっぱりバカか!」
「アホとバカって二つ言わなくてもいいのに!…ど、どうしても欲しいものがあるんだもの!!」
「はぁ?!3000円もあったら普通に買えんだろ!」
「ま、まだ原価にはなってない!それに、対面だとなかなか買いにくいというか…。」
「買いにくい物?どれ狙ってんだよ?」
祥子はもじもじしてから、「あれ…」と指さす。
「「「「恋愛シュミレーションゲーム…?」」」」
そう、祥子が指したのは君恋じゃない乙女ゲームだ。
祥子!!そんなゲームやらないで現実の君恋のルートを選んでください!!!
「…湾内、ああいうのが趣味?」
「うっ、うるさい!!あれは乙女の希望なのっ!否定するならしなさいよっ!!」
神無月くんが若干引いて祥子が逆ギレした。ちなみに転生を知っている三枝くんはジト目だ。
辺りには「ふざけんなお前そんだけイケメンに囲まれといて何言ってんだこのやろう!」という女性の殺気が飛び交っている。
「湾内…ここはゲームが元で、お前は主人公なんだろ…。それにそんだけ大きな声で言えるんだったら間違いなく店に買いに行けるだろ…。」
隣の冬馬が正論を呟いている。
しかし唯一、引きもせず、そしてジト目もしていない子がいた。
「太陽は引かないの?あのゲームって男子で言うとギャルゲーだよ?」
神無月くんに訊かれて答える太陽。
「まー変なもん欲しがる女は珍しくないからな。取ってやったこともあるし、そういう意味で経験あるから動揺もしない。」
「「「「!!!!??」」」」
「あ、相田くんは彼女がいたことがありますの?!」
「太陽、本当?!」
一気に詰め寄る葉月と神無月くん。
三枝くんは目を丸くしており、祥子は…なんだか少しだけ顔を歪めている。
驚く友人たちを不思議そうに眺めた後、太陽はこともなげに言った。
「彼女?何の話だよ?さっき言ったのはねーちゃんのこと。」
「「え、相田先輩?!」」
「師匠!?」
「お姉様!?」
太陽の答えに今度は一年生全員が目を点にした。
「相田先輩もああいうゲームするの?」
「いや、そうじゃなくて。昔、射撃で変なもん欲しがってたから。」
ああああ!!!あれか!太陽!それは言ってはならん…!
「何を?」
「ん?『世界の危険生物大百科』と、『これだけは知っておきたい日本の毒のある生き物図鑑』。目ぇキラキラさせて、絶対欲しいって指差しててさ。あれは全体が重いから球跳ね返されて、落としにくいんだよ…。秋斗にぃに取られてどんだけ悔しかったか…。それからだからな、俺が射撃特訓したのは。」
「お姉様は昔から学問にご興味が!」
「「「………。」」」
葉月だけがうっとりしているが、あとの全員は沈黙している。
隣の冬馬の視線が痛い!!
「ま、だから変なもん欲しがるのもいーんじゃねーの。ただし取るならさっさと取れよ。」
「も、もう一回…!」
そう言って構える祥子。
の顔が一気に赤くなった。
「………!!!」
構えた祥子の真後ろから被さるようにして太陽が銃口の方向を調整している。
「狙いはあれなんだろ?ああいうのは下に重りいれてるから一発じゃ無理なんだよ。三発で落とす。ギリギリまで端に寄せるために下両端を正確に撃つ二発と落とすための一発。最後一発は上を狙う。…ほら、これで撃てよ。ぜってーその位置から動かすんじゃねーぞ。」
「うううううううん。」
とは言うものの、真っ赤な祥子の手元は震えて照準がズレるばかりだ。
「って言ってる側からずらしてんじゃねーよ、イノシシ女!支えてやるからさっさと撃て!」
太陽がほとんど密着する形で祥子の手を支えた!
「はははははいぃ!」
パン!パン!
二回の乾いた音で、ゲームの箱が後ろにズレた。