お邪魔虫は三十六計逃げるに如かず。(花火デート編その2)
「さぁ、他の屋台も楽しもうか。」
さっきの行為のせいでくらくらしている私を支えて笑い、冬馬が立ち上がる。
「だ、誰のせいでこうなっていると…」
「俺のせい。俺以外だったら許さない。」
その目は真剣だ。
それに対して、冗談でも軽い気持ちで返答しようとは思わない。
今一度よく考えても見よう、彼の顔とその能力と性格を。
誰しもが一度は憧れる (多分)少女漫画のヒーロー系をそのまま抜き出してきた感じ。もちろん犯罪傾向の特殊性癖があるとかいういわくつきでもない。
そんな彼は、ネコにとってのまたたび、カラスにとってのヒカリモノ、蚊にとってのO型人間並みに女子を引寄せる存在だ。
そして彼だって16歳の高校生男子、女子という存在を否が応でも意識してしまうお年頃。
その中で、いくら乙女ゲーが元設定だからって、女子と一人も付き合ったことがないというのはある種異常だ。
ではなぜそこまで女子に無関心であったのか。
沙織さんに原因を聞き、彼の言動を見てきた私なりに考えた結論が「恐怖」であり「自己防衛」だ。
彼は一度内にいれた人の心が離れることをどこかでひどく怯えている。そんな彼にとって、恋人や身内は支えであり、同時に弁慶の泣き所でもある。
だから、彼はそれを作りたがらない、いや、作りたがらなかった。
そして、私という存在が出来た今、独占欲というには少々行き過ぎた仄暗さをときたま見せる。
去年の自分を思えば何様だとかどの口が言うとか思わないでもないけれど、でも、そういう自分だからこそ彼の気持ちも、彼が求めるものもよく分かる。
もっと見せて。怖いのなら、そう言って。
何度だって、どんな形であったって、ちゃんと気持ちを返すから。
「そんなことさせないし、そもそもこんなにドキドキしてふらふらになったりしないよ。」
「…そうだね。」
立ち上がってもくらくらする私を抱きしめて支えた冬馬が淡く笑った。
「じゃあこの辺りでお邪魔虫駆除もしておくか。」
うん?なんか物騒な言葉が聞こえたんだけど?
どうしてあなたはその辺の石ころを「このあたりが手ごろかな」とか言って拾っているんですか?
「そろそろ出てきたら?」
突然、私とは逆方向に声をかけた冬馬が拾った石を茂みに投げると、「ぎゃおう!痛ってぇ!」という声が上がる。
え?
「あーやっぱばれてたかぁ。」
「だからこういうことはやめようと…」
「未羽も悪ノリしすぎですわ。」
茂みから普通の私服の、遊くん、未羽、俊くん、京子が出てきた。
げ。もしかしてもなにもなく…さっきのキスまがい、見られてた?
魂が半分抜けかかる私を支えたまま、冬馬がひんやりとした笑みを浮かべる。
「さて、覗き魔諸君。申し開きのほどは?」
「えー…いつくらいから俺らに気づいてた?もしかして今俺がそこでたこ焼き買いに行っちゃったから?」
「いや、わりと最初の方から。見られてるなとは思ってたし、ここまで付いて来てそこでずっと待機してるからな。気づかない方がおかしい。」
「雪は気づいていませんでしたわよね?」
「雪は俺が頭の回転鈍らせてたからね。いつもだったら気づいてたんじゃないか?計画者は…ま。横田だろうな?」
「ご明察~頭脳派は怖いわね~。」
「なんでこんなことを?」
「なんでだと思う?」
「想像はつく。」
間違いなく冬馬と私のスチルが欲しかったんだろう。今まで私たちがデートしてたりすることを知っていても追いかけてこなかったからかなり我慢していたんだろうけど、浴衣いちゃいちゃシーンは外せなかったと見える。
よりによって一番恥ずかしい体験をしてしまったときに…!
「未羽さんがね…どうしても二人がその、仲良くしているところが見たいってむぐう!」
申し訳ないと思ったのか、正直に答えた俊くんの口に未羽によって出来たてほやほやのたこ焼きが突っ込まれた。
「あふいっ!あっあふっ熱い!!」
「あ、未羽ちゃん、それ俺が20分並んでさっきようやく手に入れてきたばかりのたこ焼き…!」
たこ焼きに20分も待ってたのか。他にもいっぱいあっただろうに。
「その…申し開きできませんわ。反省しておりますわ。」
口を押さえてしゃがみこんで悶絶する俊くんの背中をさすっていた京子が申し訳なさそうに謝ってきた。
「いやー気づかれないようにって思ってたんだけど。やっぱ上林くんは難しいわね。」
「横田がそう思う気持ちも『今は』理解できなくはないから、一応ここまでは我慢してたわけ。雪に食べさせるところも全部分かった上でやってた。だけどさっきの話聞いたよな?…俺、今日これ以上邪魔されたら本気で怒るぞ?」
冬馬の笑みの温度がどんどん下がっている。
のぞき見にはかなり怒っているらしい。
「と、冬馬。未羽はその…」
「あー雪。庇わなくていいわよ。こっちが悪いのは百も承知だもん。機嫌いいのも見てたら分かったしねぇ。のぞき見は気分悪いものね。ごめんね、謝るわ!さて、次行くかなー。」
「未羽あっさりだね!?」
「えーだって、今日この花火大会には、こめちゃんカップルとか、明美カップルとか、あと一年連中も来てるもん。確かに雪たちのところが一番手に入れたかったけど、まぁご本人から禁止令出されたらここで打ち止めでしょ。気分切り替えて次に行くべし~。」
「未羽、あんたの辞書には反省、とか懲りる、とかいう文字はないの!?」
「雪、今更なぁに甘っちょろいこと言ってるわけ?花火デートよ?浴衣よ?ぐふふふふ。」
「え…未羽はん、兄はんのほころも…?ほく、これいひょういのひのひへんにはらはれたくないんらけど…。(えー未羽さん、兄さんたちのところも…?僕、これ以上命の危険にさらされたくないんだけど…。)」
「だいじょーぶ。こめちゃんや明美たちのところは正面突破でいけるから。ここが唯一正面突破で見せてくれないところだからねぇ。これ以上邪魔はしないわよ。ごめんなさいね、邪魔しちゃって。」
「…今なら許す。」
「なんならお詫びに雪のスリーサイズの情報とか教えてあげるけど?」
「未羽っ!?いつの間にそんなものを!!!」
「もともと目視で。今年の茶道部合宿で正確に。雪、胸のサイズちゃんと成長したわよね。大体、定期的に下着ショップ連れまわして買ってる時に不思議に思わなかったわけ?」
「確かに…!未羽だから、なんて意味の分からない論理で納得している自分がいた…!」
「うふふ。観察日記とかあるわよぉ?」
なんという恐ろしい子…!返せ私のプライバシ―!
「いい。いらない。俺は自分で確かめるから。」
「その答えも頭おかしいよ、冬馬!!!!」
「別に?彼女のだったら知っててもおかしくないだろ。」
ひぎゃあああああ!未羽のばかやろうー冬馬にそんな火つけてどーすんだよう!!
冬馬の答えに、未羽はチェシャ猫のようににやぁと笑う。
「そーゆーと思ったわ!じゃ、お邪魔しました~。」
「ね、未羽ちゃん、代わりに俺に雪ちゃんのスリーサイズを教えて…いっ。ひょーこひゃん!ほっへつねらないで。」
「遊くん、そういうことを言うもんじゃありませんわよ。」
「ああ…口やけどした…。」
四人はそう言って去っていった。
「雪?」
「…うう。冬馬、実は怒ってたの?私また全然気づけなかった…。冬馬、ごめんね。」
「気づけなくても仕方ない。俺、本当に嬉しかったから。雪に対してその気持ち前面に押し出してたし。」
「でも…あんなに怒ってたんでしょう…?私、ニブイにもほどが」
「ああ、あれね。はったり。」
「え!?」
「そりゃな?ちょっとは怒ってたよ。せっかく機嫌よくデートしてるのにって。でも、ま、キレるまでは怒ってない。…横田の以前の話聞いたら怒れないだろ。たった12歳で一人で色々抱え込んで、俺たち、ゲームの攻略対象者ってやつ?を見ることを第二の人生の唯一の楽しみにしててさ。乙女ゲームって疑似恋愛ゲームだろ?主人公が一番の親友で、ようやく叶った恋愛を見られる状態になったっていうのに、スチル…だっけ、デートシーンを見られないのはあいつにとっては生きる楽しみを奪われるようなもんだろうからな。」
「冬馬…。」
「だから、まぁ、あそこまでは許容範囲。キスは見せてやらないけどな。」
くすっと笑う冬馬は、やっぱり優しい。
思わず近寄って抱きつく。
「どうかした?」
「冬馬は優しいなぁって思ったの。」
「俺、そんなに優しくないよ。一度裏切ったら徹底的に恨むし、憎む。情け容赦なんかしない。それでも優しいって言う?」
そこまでの思いを冬馬が抱えている相手は一人だけだ。
「冬馬のその怒りは、冬馬がお母さんである沙織さんを本当に大事に想っているからだよ。沙織さんが大切だからこそ、沙織さんを蔑ろにしたお父さんが憎いんでしょ?冬馬は理不尽に人を憎んだり恨んだりする人じゃない。優しい人だって言えるよ。冬馬のそういう部分含めて、私、好きだからね。ちゃんと受け止めるから。」
そう答えると冬馬が私の背に腕を回して囁いた。
「…雪、それ以上可愛いこと言うとまたさっきのするぞ?」
「上等。」
「え?」
至近距離にある彼の唇に、ちゅっと自分から口づける。
いつもやられてばっかりだと思ったら大間違いだからな!あとはカウンターに備えるだけだ!
反撃を防いでやろうとそれからしばらく俯いていたが、何も反応がない。
おや?
恐る恐る顔を上げると、冬馬は顔を耳まで真っ赤にして、こっちを見たまま手の甲で口元を隠していた。それもしばらく待っても収まらない。
「~~~~っ。」
どうやらめちゃくちゃ照れているらしい。
可愛い!!!どうしてもっと早くやらなかったんだ、私!
実際は出来なかったと思うけど!いやでも!
こんなに可愛い冬馬が見られるならもっと早くやっておけばよかった!
冬馬の顔がいまだ赤いまま、手を繋いで再び屋台めぐりを始める。
次はかき氷だ。唇の色が変わるのが嫌なので、イチゴにしておいた。それを冬馬と分けながら歩いている途中。
「あ、雪!!」
「明美!雨くんも!」
「こないだぶりだからそんなに久しぶりじゃないですね、雪さん。冬馬くんも。」
「明美、浴衣似合ってるよ~。綺麗!」
「でしょう?明美さんは今日ここにいる女性の中で一番綺麗だと思うんですよね、俺!」
「…雨、恥ずかしいから勘弁して。それは二人だけの時に聞くから。」
「いつでも明美さんのためなら俺の家、開けますからね。雹は学校で自習でも生徒会の仕事でもしてればいいんです。」
「いいいい、いいっ!雨の家行ったら何が起こるか分かんないもん!」
「大丈夫です、雹には邪魔させません。」
「きりっとした顔しない!それがあるから行かないって言ってんでしょ!?」
「照れちゃって可愛いですねぇ。あ、雪さん、明美さんから聞きました?俺たち、とうとう」
「わああああああああああああ!!!雨それ以上口開くなぁ!!」
「それなら明美さんに口を塞いでもらいたいですね。」
「あめえぇえええええ!!」
「あー…雨くん、おめでとう。」
「…ここはいつも通りだな。本当に。」
「おや?冬馬くん、ちょっと顔が赤くないですか?」
「気のせいだろ?…………雪、そこでにやつかない。」
「あぁ。なるほど。今日は珍しく逆転してるんですね。なるほどなるほど。」
「うるさい雨。さっさと武富士といちゃいちゃしてこいよ。」
「言われなくても!さ、行きましょう、明美さん。下駄で靴擦れしたらお姫様抱っこで俺の家まで運んであげますからね!」
「待てっ!お姫様抱っこもダメだし、雨の家ってとこもおかしいでしょ!?そこは私の家でしょ!?」
「あなたの帰る場所はいつでも俺のところです。それにそんな細かいところを気にしていたら大きくなれませんよ?」
「どさくさまぎれてそういうことさらっと言うな!ていうか私は心身ともに十分成長済みですからっ!」
「そうですか?もう少し成長していい個所もあると思うんですけど。」
「…ほぉ?なるほどね?私だと小さいと?」
「俺の本来の好みから言えばもう少し大きい方がいいですが、明美さんだったらどんな大きさでも好みです。つぼみでも可愛くて仕方ないと思いましたから全然気にしな」
「人前で何を言ってやがる!!!」
ばこっといい音がして明美が雨くんの頭をぶったたいたが、雨くんはにこぉと笑ったままだ。これはこれで怖い。
「雨くんはいつからドSからドMになったのかな?頭のねじとんじゃったのかな?」
「雨のこれは通常運転だろ。雪、行こうか。これ見てたら祭りが終わる。」
「そうだね。行こう。」
また歩いていると、今度は。
「雪ちゃ〜ん!」
「こめちゃん!会長!」
「相田さん、上林くん、来ていたんですね。」
「はい。」
「こめちゃん、未羽たちと会わなかった?」
「会ったよぅ!ついさっきそこで。なんかね、俊くんがかき氷食べながら舌が痛いって泣いてた。」
「…そ、そっかぁ、それにしても会長、すごい量のお菓子ですね?」
会長の手には綿あめやらバナナチョコやらイチゴ味のかき氷やらがたくさん握られていて、美しい流し目の優雅な浴衣姿が台無しになっている。
「わ、私が食べたいって言ったから…そしたら春先輩、全部買ってくれたの。私持つって言ったんだけど…。」
「いいんですよ、まいこさん。貴女がこれを持っていたら他のお菓子を食べられないでしょう?」
こめちゃんにだけはカルピス原液とシュークリームを同時に食するのと同じくらい甘い会長が、笑顔を浮かべる。
「会長…その優しさを少しだけ俊に分けてあげたら彼はもっと人生を穏やかに過ごせると思うんですが。」
「君も私に意見するようになったんですね、大変結構ですよ、上林くん。それより、少し顔が赤くないですか?熱があるのですか?」
「あ、いえ。これは。」
「あぁ、なるほど。珍しいですね、上林くんの方がその顔になるのは。」
「いやその…。」
「いいですね、お二人で仲良くやってください。今からでも遅くないですよ。私たちに構う時間を存分にかけてください。」
会長はにこやかに微笑む。
その笑顔には
「これ以上自分たちの二人の時間を邪魔したら分かっていますね?」
という意味しかなく、私たちの背中に同時に寒いものが走った。