あくまで確率、されど確率。(遊園地デート編その4)
前半部の会話内容がR15(かもしれない)なので苦手な方は飛ばしてください。そしてこれはあくまで雪の一つの考え方なのだと思ってお読みください。
昼食後、こめちゃんがみんなをさらなる試練へと突き落とす発言をした。
「メリーゴーランド乗りたい〜!」
それを聞いた途端に、遊くんですら信じられないという顔をし、俊くんは目の焦点が合わなくなった。
「…こめちゃん今食事取ったとこだぜ?」
「え、昼食後に帰るんだっけー…?!」
どうやらこめちゃんの中には「食後に回る系アトラクションに乗ると酔いやすい」という概念自体がないらしい。
加えて言えば、メリーゴーランドは高校生男子にはハードルがちょいと高い上、こめちゃんと乗ったりなんかしたら、帰った後に彼氏様のにっこりでの嫌がらせが待っている。
このハードな条件の下で乗りたいと言い出す者がいるだろうか、いやいまい。
そうなるとその役目を負う人物は十中八九決まる。
みんなの視線の集まった生贄がベンチから立ち上がれないまま頭を抱えているので、ここで早速恩を返すことにした。
「こめちゃん、私と乗ろっか?」
「雪ちゃーん!」
誰も賛同してくれずしょぼん、としかけていたこめちゃんが満面の笑顔で走り寄るとぎゅっと抱きついてくる。
「…相田、お前の胃はどうなってるんだ?」
「ほほう、そうおっしゃいますか。じゃあ東堂先輩代わります?」
「遠慮しとく。」
東堂先輩は爽やかな笑顔を浮かべて見送ってくれた。
こめちゃんと2人でメリーゴーランドの乗り場まで行き、こめちゃんが低めの白馬に跨り、私がそれより高めの位置にある黒い馬に横座りしてこめちゃんの方を向く。
遠くの方で遊くんの「雪ちゃん勇者!」という声が聞こえたあたりからみんなの方は向いていない。こめちゃんはそんな私とは対照的にみんなの方を向いて手を振ったりしてはしゃいでいる。彼女じゃなくても抱きしめたくなるくらい可愛い子だよなぁとその様子を眺めていると、こめちゃんは私の視線に気づいたのか話しかけてきた。
「…ね、雪ちゃん。」
「何?」
「雪ちゃんはさ、冬馬くんと健全なお付き合いをするって話し合ったんだよね?確か雪ちゃんが待ってって言ったからって言ってたよね?」
何の予告も警告も脈絡もなく突如として奇襲をかましてくるとは、さすがこめちゃん!
「う、うん、まぁ。」
「なんで雪ちゃんはそういうことするのが嫌なの?痛そう、とか怖そう、とか?」
昼日中にするにしても、食後にメリーゴーランドで緩く胃の内容物を掻きまわされながらする話題としても間違っている!
「…んーまぁ。それもある。し、なんとなくだけど…冬馬とそこまで生々しいことをすることに抵抗があるんだよね。」
「雪ちゃんは、冬馬くんに触れたいとかないの?」
「それはあるよ。」
「抱きついたり、キスしたりするのは平気なんだよね?」
「うん。まだ照れるけどね。」
「それとね、同じなんだと思うんだ〜。」
「どういうこと?」
「段々直接触れたくなって、直接体温を感じたくなって、その人の腕の中に包まれてたいって思うの。相手のこと全部知りたいと思うし、知ってもらいたいとも思うの。そういう気持ちから始まったから、私は抵抗感とかあんまりなかったんだぁ。」
「…私にだってその気持ちはあるよ。」
冬馬には私のことを分かっていてほしい。全部知りたいし、知っていてほしい。でも、だからと言ってその行為に踏み出したいかと言われると違う。
「じゃあ」
「でもそういう理由だけじゃないんだよ。」
「そういう理由ってなぁに?」
「身体的な抵抗感のこと。それへの怖さもあるけどさ、まだ責任とれないってところも大きいんだ。その。ぜ、絶対安全なんてありえないんだから……万が一失敗して、あ、赤ちゃん、出来ちゃったら困るでしょ?一度芽生えた命を殺すなんて絶対出来ないし、そしたら産んで育てることになるんだろうけど、その経済力も基盤もない。」
「避妊はするよ?それが当然のマナーですって春先輩言ってるよぉ?」
「あ、当たり前だよっ!それは!だけじゃなくて。こ、こめちゃんの方は何かしてる?」
「何か?何かってなぁに?危険日を外す、とか?」
「それもそうだけど、もっと医学的根拠のある…例えば、低用量ピル飲む…とか。」
「それは…してないよ?」
「なら可能性は完全になくせるわけじゃない。失敗も万が一もあるもの。」
「うん、それはそうだねー。私もそれは話したんだ~。」
「え、それでもなの?会長はなんて言ったの?」
「春先輩はね、何があっても責任を取りますって。」
「責任って…そんなに簡単に言えることじゃないよ。この全入時代、大学出ないと経済力ある仕事なんて就けない世の中でしょ?それにそんなことになったらご両親だってどうするか分からないし…最悪勘当とかもある、んじゃないの?」
「春先輩、大学通うって。あと、そうなった場合の入院費や当座の生活費、それから先輩が大学に通う学費の分はもう貯蓄があるって言ってたよ、春先輩。」
え…それいくらだとして計算してるんだろう。ちょっとやそっとで出せる金額ではない。
「一体そんな大金どうやって…?」
「株取引だって!」
会長!噂はただの噂じゃなかったんですね!火のない所に煙は立たぬとはよく言うもんだ。
「もう籍も入れられますしね、とも言ってくれたの。」
婚姻可能年齢は男性18歳、女性16歳だからね、確かに法律上は可能だ。
「…なるほどね。会長は全てを考えて、現実的な対策もして、覚悟も決めてるんだ。」
まぁよく考えて見れば、あの会長様が他の男性に声をかけられようなもんなら軟禁しちゃうんじゃないかというくらい大切にしている、いや執着していると言っても過言ではないこめちゃんとのことを考えないはずはない。
「ただ…」
「ん?」
「その万が一の場合、私は大変になるから…それでもいいですかって訊かれたの。」
「大変って、学校のこと?」
「うん。あと進路。」
妊婦で大学生ならともかく高校生は出来ない。退学を危ぶまれる程度には色々大変なことになる。
「…こめちゃん、それでもいいって言ったの?」
「考えたけど…。春先輩ね、私にも分かるように何が起こる可能性があるか、そうなった時にどう対応するのか、何が回避できない問題として残るのかを、丁寧に説明してくれたの。それでね、そこに中途半端や嘘やごまかしはなくて、私がそれを聞いてどう思うかゆっくり考えてほしいって言ってくれてたの。それを聞いて、やっぱりこの人のことは信用していいなって思ったの。」
こめちゃんがその時のことを思い出すように丁寧に話す。
「それに、その万が一が起こった時は、私だけじゃなくて、春先輩の人生だって大きく変わるでしょう?春先輩、とても出来る有能な人だし、これからいくらでもその才能を生かしていけるのに、私がそんなことになっちゃったら少なくとも外聞は悪くなるよねぇ。そこまでのリスクと覚悟を分かって、そうまでしてでも私のことを求めてくれているのかなぁって思ったら、今まで以上に春先輩のこと愛おしくてたまらなくなって。私…将来バリバリのキャリアウーマンとして働きたいとかいう願望もないから。だから、そういうリスクがあるっていうことも分かって、その時にどうなるかもわかった上でいいって答えたの。私一人が『あげる』んじゃなくて、お互いにお互いを背負うことになるって、それを分かって答えたよ?」
馬の模型の背をじっと見ながら話すこめちゃんの姿。
隙だらけでふわふわした女の子らしい雰囲気の子だけど、「雰囲気に流される」子とは違うことを窺わせる。
「そっか…。やっぱり私には、無理だな。私には社会に出て一線で働きたいっていう夢があって、それをそういう形でなくすことはできない。きっとその子は、納得して望まれて生まれてきた赤ちゃんじゃないってことになる。そして私はその子を見るたびに描けなかった未来を思って酷く後悔しちゃうだろうと思うの。でもそれって相手にとっても、そして生まれて来る赤ちゃんにとっても、すごくすごく失礼だから。だから…。」
私が黙るとこめちゃんが焦ったように付け加えてきた。
「うん。雪ちゃんの言っていることもとても分かるの!雪ちゃんも冬馬くんも賢いし、色んなこと考えての結論だろうから、それはそれでいいと思うの!ただ身体的な怖さだけが原因なら、私が何かアドバイスできるかなぁと思ったんだけどね、やっぱりそれだけじゃないんだなってわかったから、いいの。話してくれてありがとう、雪ちゃん。余計なこと訊いちゃってごめんね?」
「ううん。大事なことだよ。こちらこそ、聞かせてくれてありがとう。」
もちろん、私の理屈にはいくらでも批判はできる。
リスクって言ったって失敗可能性は統計的には2割に満たないぞ、とか。リスクゼロで進められる物事なんてないんだぞ、とか。そのリスクをとらなくても彼のためにできることはあるだろう、とか。私の方も対策すればリスクはゼロに近づくだろう、とかもろもろだ。
その中には私が幼くて、彼の厚意や忍耐に甘えていることが原因のことがいっぱいあることは分かっている。それが私のわがままであることも。
それでも、私はどうしてもこういうことを安易には考えられない。一度人生を経験してる分だけ慎重になる。中学までの私は妊娠の仕組みを保健体育の授業で知ったくらいこういうことに疎かったから、ここまで現実的に考えることもなかったのかもしれない。でも、前世の記憶が戻って精神年齢だけ無駄に重ねている今は、高校生だからこそそういうことについてきちんと考えなきゃいけないんじゃないかと思う。
だから、いつどこで折り合いをつけるにせよ、私の中でもう少し考える時間が欲しかったのだ。
…そういえば、転生に気付く前の自分はどういう子だったんだろう?
記憶を探っても前世の自分と似たような性格の子供だったと思うから、転生に気付くまでが話に聞いたところによるゲームでの「相田雪」の性格そのままだったとは思えない。もし中学以前がゲームの「相田雪」と同じ性格なのだとしたら、少なくとも前世の私の主義とは逆になる。中学生であれば既に確固たる自我が形成されている時期である以上、二重人格のようなことが起こっても不思議ではないわけだ。
しかし、私はまるで前日の夜ご飯を思い出すようなレベルでぽん、と転生のことを思い出した。鮮明になっていく記憶に辛い思いはしたけれど、自分の中に自分じゃない人格がいるような違和感を覚えたことは一度もない。
よくよく考えてみることはなかったけれど、おかしな話だ。
今の「相田雪」を構成している人格は、中学以前の私が主体なのか、それとも転生前の私が主体なのか。
もし後者なんだとしたら?
もしかしたら、前世の記憶が蘇ったことで中学までの現世の私と変わったところが出ていて、そして失っていることに気づけていない事実があるのかもしれない。
メリーゴーランドを終え、出たところでこめちゃんに「お手洗いに行っていいかなぁ?」と言われたので一緒にそちらに向かうと(こめちゃんを一人にするという自殺行為はできない)トイレ手前辺りで祥子が駆け寄ってきた。
「師匠!」
「祥子。トイレ?」
「あ、はい。あの…」
祥子がそっと近づいてきてボソッと耳元で「ナンパイベントあるかもです。」と伝えてきた。
「え!?」
「?雪ちゃん、どうかしたの~?」
「ああ、大丈夫、何でもないよ、こめちゃん。先入ってて。…祥子、これ予定になかったんじゃ」
「この遊園地デートは逆ハーモードではイベントになります。今回は女性がこれだけいますし、無関係な俊先輩方も入っていますから本来のイベントの状態からはずれています。それにナンパ自体は危険性がないイベントなのでお伝えしていなかったんです。ですが…一応、もし何かあったらと思って。」
それはもう少し早く言ってほしかったな!!
イベントなのに言ってなかったってばれたらあとで未羽や冬馬にうるさく言われそうじゃないか…!
「さっきあったっていうこめちゃんのナンパが代わりになっている可能性はあるけど…予定通り起こる可能性もあるよね。」
「はい。最近、あたし以外にも増井先輩や師匠にイベントが起こることが多かったので、もしかしてと思って。」
「…分かった。教えてくれてありがとう。でも次からはもう少し早めに教えてくれるとありがたいかな。」
「すみません…。だめだなぁ。あたし、何もかも…。」
「気にしないで平気よ。起こる前に教えてくれたわけだし。それだけで十分助かるからね。」
祥子の頭にぽん、と手を置いて宥めても祥子はうなだれたままだ。
祥子がしゅん、とする姿は、豆柴がくうううぅん、と尻尾を下げた様子に似ている。
「それだけじゃなくて、勉強も、人づきあいもなにもかも上手くできないし…。」
「ん?何か悩み事?」
「…相田くん、徹底的にあたしのこと嫌いですよね…。いくらツンデレな設定とはいえ…。」
「祥子!しっ。」
「あ、ごめんなさいっ。」
トイレにはこめちゃんがいるはずだ。擬似流水音と実際に水を使う音で紛れたとは思うがゲームに関わるワードは厳禁だ。
「もしかして、祥子はまだ私のために太陽と仲良くなろうとしてるの(恩返しのために太陽ルート取ろうとしてる)?」
「違います、そうじゃなくて(ゲームのためじゃなくて)…。これから同じ役職で2年間やっていきますし、今はクラス委員も一緒ですから、友達として仲良くなりたいんです。…少なくとも3年間は関わりがあるのに、最初からあんなに徹底して嫌われると凹みます。今日もほとんど口を利いてないですもん…。」
太陽がジェットコースターで隣になるのを嫌がったことや、あれ以来特に祥子と会話していないことを指しているらしい。
「んー。徹底的に嫌い、とかじゃないと思うよ?」
「え?」
祥子が顔を上げてきょとん、とした。
「太陽って本当に嫌いな人とは話すらしないから。存在マル無視でいないかのように振舞う時もあるのよね。そういう意味で今日なんか、祥子と隣になった時に自分から『問題出す』なんて言いだすから、少し驚いたくらいだったのよ。」
「え、でも…。」
「クラスでさ、太陽に絡もうとする女の子っていない?」
「います、たくさん。」
「その子たちへの対応ってどう?」
「…そういえば、あんまり話してませんね…。事務的で、最低限度の会話で、それも丁寧な口調なことが多いです。」
「でしょ?それはあまり関わりたくない印なのよ。それに比べて、祥子や葉月にはあんなにキャンキャン噛みついてるでしょ?あれ、冬馬への対応と似てると思わない?」
「そう言われてみれば…。」
「嫌ってるっていうわけじゃないと思うよ。あの子、人付き合い…特に女の子と話すことは全くと言っていいほどしてこなかったから、かなり不器用なところがあると思う。だから少しぶっきらぼうでも許してあげてね?」
祥子の頭を撫でてあげると、「師匠…」とうるうる目で上目遣いをしてきた。
男子なら悩殺されること間違いなしの主人公必殺技を私に繰り出してどうするんだ、祥子よ。
「待たせてごめんねぇ!」
ちょうどその時こめちゃんも出てきたので、トイレから出る。
すると、タイミングよく声がかかった。
「うっはぁ!美人ちゃんたちはっけ――ん!」
「やっべ超可愛い。何、何の集まり?」
「レベル高けぇ―――!今日俺たちツイてんじゃね?ね?」
こめちゃんのナンパ的中率は降水確率よりも高いんじゃないかな?これは冬馬と未羽に怒られるなぁ…。
ナンパ軍団の様子を確認するよりも、この後のお説教の方が気になって遠い目をした私をどうか責めないでください。