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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・1学期~夏休み】
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これからのことを話しましょう。

脳みそ停止状態で片付けを手伝った後、沙織さんはあっという間に外出の準備をして「行ってきまーす。」と出て行った。

優雅なのに行動が早いとは。何者なんだろう、彼女は。

上林家の方々は一筋縄ではいかない方ばかりだ。

「雪、勉強に戻る?」

フリーズしている場合じゃなかった!何か話題!何かの話題で私の精神回復までの間を持たせなければ!

「え、あ、うん。あー…っと、冬馬の家の調度品ってアンティークでお洒落な物が多いよね?」

「あぁ。母さんの趣味。あの人はああいう物に囲まれて育ったからな。」

「さ、沙織さんなら似合いすぎて誰も文句は言わないだろうね!」

「似合うもなにも。家に何置いても誰も何も言わないだろ?」

「そうなんだけどさ、沙織さんみたいな生粋のお嬢様に置かれたらアンティークも嬉しいだろうなって。」

「そんなもの?…まぁそれはいいとして、雪はなんで部屋の入り口で話してるんだよ?」

私は冬馬の部屋の前で止まってそこで話をしているから、部屋の中にいる冬馬とは距離がある。

まるで見えないバリアーを張られたかのようにその場で足踏みして止まっているんだから、どんな阿呆が見ても分かるくらい挙動不審だ。

途方にくれてその場で止まる私を見て、冬馬は立ち上がってこちらにやってくると、私の腕を軽く引いた。そのまま、腰を下ろした冬馬の足の間に閉じ込められて後ろから軽く抱き締められたから、机の上のノートを睨みつけたままちんまり体育座りをするしかない。

当然勉強どころではなく、午前にようやく導き出してノートに書かれた「23x+56y=30z」の式を何度も頭の中で繰り返し読むことしかできない。

3つ文字が出てるんだからこの式だけ見たって仕方ないのに、この次どうするんだっけ?頭の中に何も浮かばない!冷静になればあともう一歩で解けるとこまで来ていたはずなのに!

こんな状況下で平常心でいられる人がいたら弟子入りするので誰か教えてください!

混乱と緊張の最中にいる私とは逆に、冬馬は後ろから私を抱きしめたまま楽しそうにくすくすと笑っている。

「や――っと自覚したか。彼氏の部屋に来てて、下に母さんがいたとはいえ、閉じられた空間に二人だけってことに。」

「!と、冬馬は気づいてた?」

「とーぜん。家に誘ったときからこうなるかもなってことくらいは気づいてたよ。雪が鈍すぎるだけ。勉強中だって俺が雪のこと見てたことにも気づいてなかっただろ?」

「知らなかった…!」

「雪って1つのことに集中し始めると他のことに気づかなくなるもんな。」

「うう。すみません。」

顔が熱い。冬馬に触れている部分に全身の神経が集まっているみたいな感覚になる。

体育座りをして両足を抱えている私の腕に冬馬が置いている手とか、触れている肩とか、長い足とか、全部「男の子」なんだもん。

葉月、祥子、こめちゃんやあの未羽もそうだが、今まで冗談で抱きついたりするのは女の子だった。ふわふわで柔らかいのが当たり前。

他によく私に抱きついていた秋斗は、筋肉はついているし、立派に男の子だったけれど体の線自体は細めだった。

比べて冬馬は、武道で鍛えられているせいか、秋斗よりもしっかりとした体つきをしている。がっしりと骨が太いわけでもなく、でも線が細身なわけでもない。

抱きしめられてそこにいることが安心できるとは思っていても、慣れない感覚に少し緊張するのはいつものことだ。今日は状況から更に緊張している。

「雪。」

「なっ、なっんでっしょう?!」

耳元で呼ばれて全身がぞくっとする。

聞きなれた声のはずなのに、どうしてこんなに匂いたつような色気があるんだろう?

「ぷっ!ははは!!」

「ななななんで笑うの?!」

「雪がガチガチに緊張して声裏返ってるから。」

「だだだだって!緊張もするよっ!!」

「どうして?俺が何かすると思うから?」

「!!そ、それはそのっ。」

「してほしい?」

「いやそれは!…あ、えーっと…。」

ここではっきり断ったら嫌な気分になっちゃうんじゃないだろうか。

冬馬のことは好き。

誤解はされたくない。そう思えば二の足を踏んでしまう。

「なぁ雪。」

私の髪に触れて、耳に掛ける、その手一つになんでこんなに動悸がするの。

「俺に何か訊きたいこと、あるんだろ?言って?」

耳のすぐ近くで、かつて聞いた中で一番色っぽい声で言われたから一瞬くらっと眩暈がする。

そろそろ救○のお世話になるべきかもしれない。

「その…言いにくいというか…う、は、話すけど。その。」

いつまでも煮え切らない私に、冬馬がふぅっとため息をついてわざわざ背水の陣を敷いてくれた。

「俺にあっちまで運ばれて、上から見られた状態で話すのとどっちがいい?『乙女ゲーム』っぽくていいかもよ?」

指差されなくてもあっちがどっちかくらい分かる。自分の恋愛に残念なくらい鈍い私でも!

「!!!こ、このままでお願いしますっ!」

「じゃあ、そのままどうぞ。そこまで言い澱むってことは顔見ないでいる方がきっと話しやすいんだろ?」

なんともお察しのいいことで!

とはいえ、俊くんにも言われたことだし、私が冬馬にこれを話すときは遅かれ早かれきたわけだ。今がチャンスであることに違いない。

さぁ行け、相田雪、16歳!女を見せろ!

…あれ、女見せてどうするんだ。男を見せろ!というのが普通だけど、会話内容は女性ならではの話題だし。かといって女を見せろっていうと卑猥な感じがするなぁ。

「雪?まだためらうようなこと?」

いけない、現実に戻らなければ!

「…あの、私たちのこれからについてなんですが。」

「…大層なとこから来たな。」

「あ、いや将来とかそういうことじゃなくてですね!?その、付き合い方の問題で。えーと。その。今あの、こめちゃんと会長がお泊りデートに行ってたりするじゃないですか。」

冬馬の手がピクリと動いたが、「そのまま続けて?」と言われる。

「あの、その。冬馬は、どう思っているのかなぁ?と。そ、その辺りのこと。」

「婉曲的だな。つまりカラダのことだろ?」

なんでそうはっきり言っちゃうかな!!人が避けてるのにさ!

「俺がどう思っているのか知りたいってこと?」

「そう!!そうですとも!!…茶道部の合宿でね、明美やこめちゃんたちとガールズトークしたときに言われたんだ。冬馬に我慢させているって。ちゃんと分かってあげないとダメだって。私、冬馬がどう思っているのか知りたい。」

「なるほどね…。」

開き直って言い切れば、冬馬は私の腕に模様を描くように指を滑らしながら、口を開いた。

「我慢しているかって質問に対して答えるなら、我慢してるよ。それも結構ね。俺は雪に触れたいし、俺だけが雪の全てを知っていたい。雪が俺のものだって実感したい。そしてそれが実感できるのってそういう行為が典型だしな。考えないって言ったら嘘だ。」

やっぱりそうなのか。想定はしていたけど、冬馬本人の口から聞くとそれはまた違う実感を伴う。

「…だけど。雪は多分嫌がるか、怯えるだろうから。」

「冬馬。」

「俺は雪に嫌われたくない。雪のことをすごくすごく大事にしたいんだ。雪が嫌がるなら、俺のそんな欲求なんて我慢できる。雪が俺を見てくれている限り、そういう形で俺のもの、って実感できなくても仕方ないと思ってるから、俺は我慢してみせる。」

「…私、冬馬の気持ちにすら気づけないこと多いよ?」

「そんなことないよ。ちゃんと俺がいてほしいと思う時には傍にいてくれる。雪が俺だけに安心して頼って甘えてくれていることも、恋愛感情を持ってくれていることも、雪がずっとこのネックレスを着けてくれているのも知ってる。」

首元のチェーンを軽く持ち上げられて軽く唇があてられたのが分かる。

「雪の気持ちが俺の方に向いていることが感じられるから俺も我慢できるんだ。」

「うん…。」

冬馬だけだ。

腕の中に入れられてこんなに愛おしいと思うのも。独占したいと思うのも。

それは秋斗や未羽への想いとは明らかに違う。今ならはっきり分かる。

「それと…。」

「うん?」

「俺は、怖い。」

「怖い?」

「俺がその欲求に飲まれた時、雪を傷つけないか。…一番傷つけたくない人をこの手で傷つけてしまわないか、その人の未来を奪わないか。…気持ちのない行為ほど意味のないものはないんだ。少なくとも、俺にとっては。」

今彼はきっと、自分の出生のことを考えている。

「冬馬。」

振り返らずに、でも回された腕を抱き締めれば、ぎゅうと回されたその腕に力が籠る。

「だから遠慮のない本当の雪の気持ちを聞かせてほしい。…どう思ってる?」

「…私も。怖い。行為自体もだけど、私はまだ未成年で、自活も出来ていなくて、責任が取れないから。…あのね、バカにしていいんだけど、冬馬のことを好きだって思ったときに、冬馬と…その。そ、そういうことをするって考えたことなかったの。ただ、自分の想いに気づいて、冬馬がそれに応えてくれたことだけでいっぱいいっぱいだったの。…いずれ、自分からそれを求める日が来るのかもしれないけど、今はまだ。もうちょっと待ってほしい。」

「バカにはしないよ。雪は人一倍そういうのに疎いからな。…転生者って前世の記憶があるんだろ?前世では付き合ったことなかったの?」

「逆。あったよ。でもそれ、あんまりいい記憶じゃないんだ。だから余計恋愛を嫌厭しちゃったっていうのもあるのかな。よくわからないけど。」

「…へぇ。詳しく知りたいな。」

冬馬の声の温度が下がった。

「ちょっと待って!この話は長くなるから、また今度!ね?」

慌てて言うと、「ふぅん。ま、今度ちゃんと聞くよ。」と返してきたので話を戻す。

「ど、どっちにしても、じゃあ、私たちはまだってことでいいのかな…?」

「そういうことになるね。」

「…よかったぁ。」

そのあからさまにほっとした私の声に冬馬が落胆するような声を上げる。

「なに、そんなに嫌なの?」

「そっちじゃなくて。話せてよかったって。ずっと胸の引っかかりみたいになってて気になってたんだ。冬馬が転生のことを知らされたり、生徒会合宿でごたごたしてたせいで言い出せてなかったけどさ。俊くんにも聞いてもらったりして。」

「俊に!?あいつ、すごく困ってなかったか?」

「とてもとても。真っ赤だったよ。でも俊くんがちゃんと冬馬と話せって言ってくれたの。冬馬ならきっと受け入れてくれるからって。…そういえば俊くんには嫉妬しないの?」

「しない、ってことはないけど。でもあいつ、なんか不思議なんだよな。そういう負の気持ちを持たせないっていうか。」

「それ分かる。俊くんの癒しパワーは最強だと思う。」

ふふっと二人で笑う。

「ね、冬馬。」

「なに?」

「私の本音聞いて、ショックだった?」

「いや?予想はしてたから。それに、そこまで至らなくても今は今で色々楽しめるから。」

「なんで?」

「んー?雪、疎いし、意地っ張りだし、照れ屋だし奥手だからな。その雪がだんだん俺にだけ懐いてきてくれるのは、なんていうか、快感?」

「ななななっ!!」

それは野生の猛獣を慣らしている調教師みたいな気分か!?人を信用できなくなった捨て犬の心を開かせていく飼い主と同じ気持ちなんじゃないか!?

「まだキスしても赤くなるしな。」

「なるよっそりゃさ!!」

「手を繋いだり、一緒にいたり、あと抱きしめるのは平気になっただろ?この辺は最近雪からやってくるから結構俺は幸せ。」

「そ、そうですか…。」

「会長じゃないけど、俺は雪に俺を慣らしていってもらうよ。飽きられない程度にな。」

「そ、それはこっちのセリフです!冬馬に飽きられないように気を付けます!」

「はははっ。雪は反応がいちいち新鮮だから飽きないよ。だからとりあえずは」

冬馬が私の体を冬馬の方に向かせて、口づけた。

柔らかくて温かい感触に身体が震える。

「これで満足。」

言いながら私の髪を一房手で掬い取るように取って、唇を落とす。

その姿はきっと中世モデルの乙女ゲームの騎士と言っても差支えないくらい決まっていて

「ちょっ!!冬馬!!」

「ほら、飽きない。」

私は結局顔を真っ赤にするのだった。


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