至高の一日をどうぞ。
遅くなりましてすみません…。
みんなが宿題を終わらせ、祥子が一定レベルに達したところで勉強会を切り上げ、未羽の誕生祝をかねて夕食を食べに行った。「1回分の好きなもの食べ放題を望む。」という本人たっての希望でファミレスに来た。
「未羽、約束通り奢りだから好きなだけ食べなさい!」
「ふふふふふ。既にお腹いっぱいだわ…。」
「未羽先輩、そんなにお菓子召し上がってました?」
葉月が首を傾げているが、見当外れもいいところだ。単に太陽の祥子へのデレという希少な光景を見て、胸に収まりきらずお腹までいっぱいなだけの話。
「未羽、奢りの権利は明日以降に持ち越せないからね。」
「なぬ!?せっかくの誕生日特権が!」
私に言われ、日本人のもったいない思考で正気に返ったみたいだ。
「デザートもいいのよね?」
「もちろんだよ、未羽さん。」
「せっかくだから私たちも頼もうっと!」
散々迷った挙句、未羽はステーキセットとソーセージとから揚げの付け合わせ、そして苺パフェという健康に悪そうなセレクトをしていた。
「どんだけ肉食女子なの!サラダくらいいれなさいな!」
「えぇー。」
「未羽、前から思ってたけど、肉大好きで野菜はそんなに好きじゃないよね?」
「若いからね!」
「そういうのは若いっていうんじゃなくて子供っぽいって言うの!ほれ、食べなさい!」
未羽の口に私の頼んだサラダを突っ込むと、未羽はもしゃもしゃしてから飲み込んでから顔を思いきり苦らせた。
「ちょっとぉ!いきなり突っ込むってどういうこと?」
「予告してたら絶対食べないでしょ。」
そんな私と未羽の掛け合いを葉月と祥子が驚いたように見てくる。
「師匠がナチュラルにあーんとかしてる…!」
「お姉様と未羽先輩は、本当に仲がよろしいのですわね。茶道部でもそう思っておりましたけれど…。葉月、羨ましいですわ!」
「…相田、あれはいいのか?」
葉月が物欲しそうにこちらを見る横で三枝くんがぼそっと太陽に尋ねている。
「横田先輩は排除対象じゃないからいい。大体、横田先輩はねーちゃんと直接キスしてるしな。」
「「「「!!!」」」」
「お姉様、そちらの方向にご興味が?!」
「なんで期待に満ちた目をしているのそこ。」
君はそっちの気はない、と前に言っていたよね確か!?
「ないよ全く。あれは未羽の不意打ちで避けることができなかった事故よ。事故。」
「横田先輩はそっちの方がお好きですか?」
「雪ならわりといける?」
「未羽っ!誤解を招く表現をここでしないでくれる?!この子たちは本気にしちゃうんからね!?」
「未羽さんと雪さんは1年の最初からすごく仲がいいから、僕たちにとってはそれほど違和感なかったけどなぁ。」
「そうだな。俺もある方面では横田には敵わないと思う。」
いやいや、友達の足を撫でまわすように見たり、ポッキーゲームと称していきなりキスしてくるのは多分度を過ぎていると思いますよ?未羽という子を知らなきゃヘンタイとして警察に突き出すレベルですよ。
「う、上林先輩が勝てないなんて…。」
「未羽先輩、お姉様のツボはどこに!?」
「葉月、ツボとかないから!」
葉月が未羽の方に身を乗り出し、それに巻き込まれる形で祥子も話をしている。
未羽は最初に私を敵視していた祥子をまだまだ警戒対象として監視しており、二人で話すことはほとんどないみたいなのだ。危険はないと何度も言っているのに「そういうことに関するあんたの言葉は100%信じられない。」と言って聞く耳を持たない。
祥子自ら信頼関係を構築してもらわないとどうにもならないんだろうな。
私そっちのけで会話していくみんなをぼんやりと眺めながらグラタンを食べる。
「それにしても師匠、夏にグラタンですか?」
「うん、夏だと逆にファミレスとかじゃないと食べる機会ないんだもん。チーズ好きなんだよ。」
「お姉様の好みは葉月の頭にインプットされましたわ!」
「…葉月、それより数学の定理と定義覚えろ。」
「ぐぬっ。五月は最近葉月に厳しいですわ…!」
「雪、一口あーんして!」
「はいはい。もうめんどくさいから突っ込まないわ。誕生日特権でお子ちゃまにおかえり。」
あーんというよりも動物にエサをやる気分で未羽様のご要望に沿っていたところ、
「雪。俺もグラタン結構好きだよ。」
そう言ってにこにこと見て来る冬馬。
「…それをこの場で申告されたことに一体どういう意味があるのでしょうか?」
「雪、あーんは彼氏にやるのが常套よ?さ、予行演習は済んだでしょ?」
これを誘発するためにわざとこの流れを作ったのか!ただ単にご飯を奢られることを誕生日プレゼントにするつもりはなかったんだな!
「TPOを弁えたいのでここではしません。」
「『ここでは』ね。じゃあ今度に取っておくな?」
「冬馬も未羽に悪ノリしない!」
「今度も何もありません!ちなみにねーちゃん、横田先輩以外にやったことねーよな?」
「…………ないよ。」
「…ねーちゃん?人の目を見て話はするんじゃなかったっけ?」
「ぐっ!」
「太陽くん。雪さんはみんなの前では未羽さんと秋斗くんにしかしてないよ。」
俊くん、要らぬ情報を太陽に!
太陽は予想通りぴく、と綺麗な眉を動かす。
「…秋斗にぃ。俺の知らないところで、ねーちゃんに色々やってねーか?ファーストキスも秋斗にぃだって言ってたし………これは国際電話だな。」
「ねぇ太陽。生徒会合宿の時から思ってたんだけど、太陽は秋斗と連絡取ってるの?」
訊けば、太陽が珍しくしまった、というように顔をしかめてからしぶしぶ答えた。
「…たまに。…でもねーちゃんとはしないと思う。」
「なんで?」
「今年いっぱいはねーちゃんとは電話しないって本人が言ってたから。」
やっぱりそうか。「私とだけ」連絡を取っていないんだな、秋斗は。
どういう考えでその結論に至ったのか分かるからそれに不満は言えないけれども、寂しくはある。
しょんぼりした空気が伝わったのか、隣の席の冬馬が机の下で手を握ってくれて、太陽も「のわりにはねーちゃんの様子とか体調とかしか訊いてこねーけどな、秋斗にぃ。」と付け加えてくれた。
俊くんは「雪さん、僕のエビフライあげるから元気出して?」と言ってくれたので気持ちだけ受け取っておいた。
俊くん、エビフライをくれたら君の定食はキャベツ定食になるよ?
お次のデザートタイムでは、祥子と葉月がそれぞれ交換して堪能している。
私もまさかここまで仲良くなるとは思っていなかったのだけど、結果オーライだよね。
そして主役はといえば、デラックス苺パフェを目の前にして目を輝かせていた。
「未羽がすごく珍しく女の子っぽい。」
「雪、私をなんだと思ってんのよ?」
「少女の皮を被ったおっさんってとこかな。いろんな意味で言葉に出せないくらいのヘンタイ度合いが特に。」
「…雪、TPOを弁えたいんじゃなかったのかしら?私の名誉をどうしてくれるのよ。」
「お詫びに心をこめてハッピーバースデーを歌ってあげるよ。」
「…苺パフェの幸せを奪わないで。頼むから。」
そこで本気の嫌そうな顔をするのは失礼だからね?
さっきのお返しで未羽をやり込めた私のデザートはクリームブリュレだ。上のパリッとしたカラメルを壊して下のカスタードと一緒に口に運べば口の中で甘くてほろ苦い味がとろける。生物的には人にとって毒物とイコールになるはずの苦みと甘味を共存させるとは!考えだした人に感謝したい、といつも思っている。
たかがデザートと言ってはいけないのです。
「ねーちゃん、それちょっとくれる?」
「いいよ。」
口をつける前のブリュレのカップを渡すと太陽が一口食べて素直に幸せそうに笑う。この子は見かけによらず甘いものがそれなりに好きだもんなーと思って目の前の席の未羽を見ると、苺アイスが溶けているのと同じくらい顔を溶けさせている。
「…弥生…いつも思うがお前胃もたれしないのか?」
神無月くんの目の前にあるチョコパフェを三枝くんがげんなりした表情で見ている。
「え、美味しいじゃん。五月、昔から嫌いだよなー。」
「こめちゃんだったら、それのデラックスサイズだよ、五月くん。」
「…無理です…。見ているだけで胃もたれしそうです。」
俊くんが言うと五月くんは顔をさぁぁっと青ざめさせた。三枝くんは甘いものがかなり苦手らしい。
「冬馬も甘いもの苦手だけど、こめちゃん見てて胃もたれしないの?」
「人が食べている分なら平気だよ。」
冬馬がコーヒーを飲んで平然と答えると、太陽が今日最大級の笑顔を浮かべた。
「そうですか、じゃあ上林先輩の誕生日には特大のショートケーキのホールをプレゼントしますね?」
それに対して冬馬もにこっと笑う。
「それと一緒に俺のことも認めてくれるならいくらでも食べるけどな?」
「別に俺、先輩個人のことを認めていないわけじゃないですよ。ねーちゃんに近づかなければ。」
「もちろん雪の彼氏として認めてもらうって意味だから。」
「一生ねーよ!」
「ほら、太陽!」
大事なカラメルとカスタードの混合部分をやるんだから鎮まりなさい。
結果的に太陽にあーんとしてあげたことになり、ふざけた未羽が、もう一回私にもあーん?と言ったせいで葉月と祥子も乗ってきて、クリームブリュレは一口も食べられなかった。
15分考え込んだ挙げ句、クリームブリュレを潔く諦めてからお手洗いに向かい、その鏡の前でバッグに入っている小さな包みのことを思い出した。
「そうだ。あれ、いつ渡そうかな。」
その中身は未羽へのプレゼントのバレッタと手鏡だ。食事を奢ることは元々決めていたけれどそれはみんなからのプレゼントで、これは私個人からのもの。
あれだけオタクでストーカーなことしてはいる未羽だが、ださい格好はしない。それどころか服に関しては結構お洒落さんでセンスもある。そういう子なら髪型だって伸ばしたり変えたりして楽しみそうなものだが、彼女は私と会った時からこれだけは一切変えていないのだ。その理由を尋ねたところ、
「ショートカットだとボーイッシュどころか性別を間違えられかねないし、逆に長いと邪魔くさいから。」
と明確な答えが返ってきた。
「興味ないって言うのかと思ってたから意外!未羽でも間違えられるのは嫌なのね。女の子なところもあるじゃないの。」
「分かってないわね。男と間違われてご覧なさい。町中であんたとこめちゃんを侍らせてると、生意気って因縁つけられそうでしょ。そんな面倒なこと勘弁だもの。だから変えるつもりはないのよ。」
という分かるわけもない答えが返ってきたが、そういう理由なら手間がかからなくてまとまるものならいいかな、と判断してプレゼントを決めた。
「喜んでもらえるといいな。」
予想以上のハプニングが起こったことで大満足の未羽はこの瞬間を心のメモリーに刻むのに忙しそうなので、個別の誕生日プレゼントを渡すのは今日でなくてもよさそう。まぁどちらにせよ楽しそうでよかった。
そんなことを考えながらお手洗いを出たところで人とぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさい!…って冬馬?」
「前方不注意。」
とこつん、と小突かれる。近づいたことで広がるその香りで顔を見なくても、声を聞かなくても誰か分かるものなんだなぁ。そんなこと思ってる場合じゃないんだけど。
「ごめん!」
「別に俺だったからいいよ。それより、嬉しそうだったけど何かいいことあった?」
そういえば、クリームブリュレを食べられなくて少ししょんぼりしていたんだっけ。
「うん!」
「……えーっとトイレで?」
途中までにこやかに訊いてきた冬馬は、私が出てきた方向を見て困ったように複雑そうな表情で付け加えた。
そりゃあトイレから出てきた女がにやついてたら気味が悪いわ!そしてそれが大好きなスイーツを食べられなくて若干しょげていたはすの彼女なら尚更だ!
なんでこういつもタイミング悪いんだろう!
「…なんかごめん、理由とか訊くべきじゃなかったよな。」
「待って!!それ誤解招くから!!私がにやついてたのにトイレは関係ないからね?!単に未羽が楽しそうでよかったなぁって思ってただけだよ。」
「あぁ。横田の生きがいとやらがまさに目の前で色々やってるんだもんな。」
「どういうのが乙女ゲーにありそうか、分かるの?」
「想像はつくし、そもそもあれだけ横田が反応してたら分からないわけないだろ。」
「はは、それはそうかもね。どんな理由にせよ、誕生日を喜んでくれるのは嬉しいんだ。未羽は自分が『ゲームのキャラ』として作られたんじゃないかっていうことを、誰よりも気にしている子だから。」
「うん、そうだな。」
そう言って冬馬が優しく笑う。にじみ出る雰囲気が優しいこともあるのか、その笑顔で空気が浄化されるような錯覚がする。
「私が用意してた誕生日プレゼントも喜んでくれるといいなぁって。」
「買ってたんだ。」
「うん。おととい学校に勉強しに行ったでしょう?その時の帰りに2駅隣まで行ってたの。」
「…もしかして用事あるって学校で早々に別れたのってそれのため?」
「うん。」
「…雪は一人が好きだよな。」
「うーん。一人は確かに好きだけど、みんなと一緒に何かするのも好きだし…」
あれ。なぜか急速に空気が重くなっている。どうしたんですか、人間空気清浄機だったはずなのにあっという間に故障していませんか?
「えーっと、なんかまずいこと言った?」
「まずくはないけどな。」
けど?けど、なんだろう?
けどってことは、逆接だ。それも譲歩つきの逆接だ。つまり、その意見はわかるけど反対したい、ということだ。
一人の反対はみんな。でも一人もみんなも含めて「けど」って言われているわけだ。それに冬馬の不機嫌の原因は私の勘が告げるに恋愛関係だよね?
一人でも大勢でもなくて、恋愛系といえば。
「…あの、二人で過ごすのはもちろん好きだよ?」
「そそくさと帰ったから何かよっぽど楽しいことがあるんだろうと思ってた。…俺といるよりも。」
うわぁ!実は気にしてたのか!
秋斗ならその場で駄々をこねていじけるところで、冬馬は大抵あっさりしているから気にならないんだろうと思っていたけど、よく考えたら最近、見かけよりずっと拘束タイプだって気付いたとこだった。
「いやいやそうじゃなくて!最近冬馬、勉強や部活で忙しかったでしょう?そんなことに時間とったら申し訳ないかなって思って言わなかっただけだよ。」
「…逆。」
「逆?」
「そりゃ部活や勉強はするけど、それは雪が最近色々あったせいもあって他のことで忙しそうだったからで…だから俺から何度も遊びに誘うのも悪いし雪の邪魔したくないって思って……いや本当はなんというか…雪といられないもやもやを紛らわすために忙しくしてただけっていうか…ごめん、今の忘れて。」
いつもははっきりと物を言う冬馬の歯切れが悪く、顔も少し赤くなっている。
あれだよね、これ、自意識過剰じゃなければ私が構ってくれないからいじけたって言ってる、という理解で正しいんだよね?
「…えぇと、もしかして、私が直ぐに帰ったりして誘わなかったことを寂しいと思ってくれたということなのでしょうか?」
「…子供みたいなことを言ってる自覚はある。」
だんだん冬馬が有名な逸話のあるうさちゃん(寂しいと死んじゃいます)に見えてきた…!
見せないだけで見かけよりもっとずっと甘えん坊なところもあると未羽が聞いたらお腹いっぱいで入院しそうだ。
「ごめんね。」
「俺こそ、ごめん。こんなこと言ってる俺の方が恥ずかしい。すごいカッコ悪かった!」
「いや、そんなことなくて!そのおかげで助かったことがあるの。」
「ん?助かる?」
「じ、実はですね、その。今月末にある夏祭りに行こうって誘うつもりだったんだけど」
「雪が!?雪から?」
「…そこまで驚かなくても。」
「雪からデートに誘ってきたのって片手の指で足りるくらいだろ?純粋に驚いた。」
「本当にすみません!色々とダメで!…で、ゆ、浴衣を買いに行こうかなーと思ってまして。未羽や明美と行こうかと思ってたんだけど、その、…一緒に行ってくれる?」
「行く!」
間髪入れずに返事がきた。
「こういうのって選ぶのに時間かかるから待ち時間長いんだよ?それでもいいの?」
「俺は雪と一緒にいられる時間が長ければ長いほど幸せだよ。」
「それならいいんだけど!こ、こういうとこで言うことじゃない気が…!」
「言わないで誤解させるよりずっといい。」
「…確かにそうだね…。あの。私も、だから。」
正直に言えば冬馬の目元が和らいで、嬉しそうに微笑まれる。
なんかいい雰囲気になってきた。
キス、するのかな。
「はい、ご馳走様ですぅ。」
「みみみみ未羽っ!!」
そんな空気の中で突如として生えてきた頭にぎょっとして跳び退ると、カメラ片手に未羽が袖口で口元を拭っている。
「もう今日は幸せすぎてさっきから涎が。」
「こらこらこらティッシュあげるからそこで拭かない!」
「それに俺たちは見世物じゃないぞ横田。」
「公共の施設のトイレ前でいちゃつくカップルにそれを言う資格はないわよ。」
「「!!」」
「太陽くんが半ギレだからそろそろ戻らないとまずいんじゃなーい?ふふふふふ。いい誕生日プレゼントをありがとうねぇ、雪ぃ。」
にんまりと笑った未羽は、至高の誕生日を過ごしたようだった。