これを友情というのです。
すみません、最近リアルが多忙なので編集が追い付きませんでした。今週の更新遅れるかもしれません。
合宿での最大の危機を乗り越えてからの日々はあっという間に過ぎ、今日は8月18日。未羽のバースデーだ。
「なのになんで宿題することになってんのよう、雪ぃ!」
「仕方ないよ。明美は雨くんとデート、京子は田舎に帰省中。他の二人も他の日にずらせなかったんだもん。」
「明美はデートでしょお?」
「ずらせとは言えないでしょ?」
「まさか!その観察のために尾行!が私の最上の楽しみなんだからそんなこと言うわけないじゃない!」
「それが最上とか。あんたは真の変態だわ。」
「何とでもお言い。それが何が悲しゅうて誕生日に学校で宿題することになってんだか…。これなら他の攻略対象者様の観察巡りに1日かける方がよっぽど有意義…。」
「はいはいはい。どーせやらなきゃいけないんだから、文句言わない!」
未羽の思考回路は論理的で工学系が得意なので理系に進むことになっている。正式な文理分けはまだだけど、一応1学期に希望を取られており、それに応じて夏期課題の科目や量、範囲が違うのだ。ちなみに医系の冬馬は理系の中でも別コースになるので勉強の量は段違いだ。
「それより、なんで手伝うどころか私がやってるのかなぁ?これ、理系の宿題だよね?未羽。」
「ふっ。これが友情ってやつよ。私たち、トモダチでしょ?」
「それがいじめの典型的なセリフだって分かってるよね?誕生日プレゼントっていう意味でなら将来の未羽のためにもむしろやらない方がいいんじゃ」
「まーそー固いこと言いなさんな。雪、勉強好きでしょ?」
「好きではないよ。義務としてやってるだけ。それにしてもあんたこれで2学期以降大丈夫なの?」
「んーまぁ、医系じゃない一般理系として俊くんとかもいるし?」
「頼る気満々かい!!」
「ほら、噂をすれば帰ってきたわよ。」
夏休みの課題をグループ学習室でやっているメンバーは、居残り組の俊くん、未羽、私、冬馬だ。俊くんと冬馬は適当にお昼のお弁当を買いに行ってくれていた。
「お待たせー。」
「ありがとー。」
にこにこ笑顔の俊くんがお弁当を、冬馬が飲み物を持ってきてくれたので、4人で教科書やらプリントやらを広げたままお昼タイムに移行する。
「それにしても珍しいよね、この4人なのは。」
「遊くんは去年のクラスの友達と海に行くんだって。『水着巨乳美女をゲットしてくる』って息巻いてたよ。」
「遊くん…。またあとで『日焼けと同じくらい心がひりひりするぜ…!』とか言って帰ってくるんだろうなぁ。」
俊くん、成功するっていう発想はないところがあなたも結構きついと思うよ?
「増井の方は?」
「こめちゃん〜?ふふふ。会長とデート!」
「兄さん今朝大きな荷物持って出て行ったけど?しばらく出かけるって。」
「うん、お泊まりデートだもん。」
会長、受験生の夏なのに!!
未羽のさらっとした肯定に、俊くんが割り箸を落としそうになりながら脱力している。
「…それでここ最近兄さんご機嫌だったのか…僕が家にいると、たまにすごくいい笑顔で、『今日は用事ないのかな?俊。』って訊いてきてたのが、最近ぱったり訊かれなくなってるなーと思っていたのに…。僕邪魔なのかなぁ…邪魔なんだろうなぁ…。」
俊くんはそのままノックアウトされたらしく机に突っ伏した。
俊くん、頑張れ、生きろ!
「雪たちはデートの予定ないの〜?」
「明確には立ててないよ。最近ごたごたしてたし。なかなか勉強も進んでなかったし。大体そんなことを話す余裕なかったもん。」
ね、と冬馬と目を合わせながら答える。
「おや?なんか誤解してるようだけど、お泊まりデートのことよ?」
「ぐっ。」「ゴホッ。」
危うくミートボールに殺されかけた。
もう窒息は勘弁したい!
冬馬と私が同時に咳き込んだのを見て、未羽が呟く。
「やっぱまだ早いか。中学生のお付き合い~はじめての恋人版~ならそんなもんよね。」
未羽、あんた、単に冬馬がいる前で言いたかっただけだろうが!
誕生日に宿題を片付ける予定をぶち込まれたことで出来なくなった攻略対象者観察のモトをここで取ろうとしているようだ。勘弁してくれ。
「未羽!私たちはそんな…!せ、生徒会役員として不純異性交遊はどうかと!」
「桜井先輩やこめちゃん、海月先輩が率先しているのに生徒会のことを出すあたり、あんたもまだまだね。」
「あ、あの人たちが本当はいけないの!」
「そして言い返さないあたり、上林くんは満更でもない?」
冬馬をちら、と見ると、冬馬の方は顔を赤くしたままひたすらお弁当に集中していた。
なんとか言おうよ冬馬!
「ま、まぁまぁ未羽さん、ほら、二人にも色々あるだろうし!ね?」
夏休みの私の話を聞いてくれている俊くんが未羽の暴走を止めてくれた。
そんな会話をしていた時に外から視線を感じた。
恐る恐るドアについている覗き窓を見ると、涙目でべったりとガラスに張り付いている自称弟子がいた。美少女なのに、呪○の怨霊のようになっている。
「どうしたの?またなんかあったの?!」
慌てて室外まで出ると、祥子は泣きついてきた。
「し、ししょ〜!!助けてください!」
「落ち着いて。何があったのか話して?」
「べ、勉強教えてくださいっ!!!」
「…は?」
祥子はえぐえぐと宿題の山に悪戦苦闘していることを語り出した。
「あたしっ、実は前世が中学生だったんでっ、高校の勉強ゼロスタートなんですっ。1学期は中学の復習も多くて真面目にやってればなんとかなったんですけどっ。夏休みの宿題がっあまりに多くてっ。ひぐっ。」
「…はいはい。分かった分かった。どうせこっちもやってるし、一緒にやる?」
「ほ、本当ですか!!!」
ぱあぁぁぁと顔を明るくする美少女に辺りにいた少なくない人たちが頰を染めている。が、祥子はそれに気づく様子もなくケータイを取り出した。。
「じゃあ葉月にも連絡を…。」
「葉月も一緒なの?」
「はい!一緒にやってました。」
ということはもれなく三枝兄もついてくるだろう。となるときっと…。
祥子を部屋にいれてしばらくすると、
「お姉様ぁ―――!!お久しぶりですわっ!!!」
ガバッと抱きつく葉月と
「離れろっつてんだろ!!迷惑女っ!ねーちゃんは病み上がりなんだ!」
それを引き剥がす太陽とどーでもよさそうに見やる三枝くんと苦笑する神無月くんが入ってきたので俊くんが驚いたように訊いた。
「あれ、みんな一緒だったの?」
「…はい。最初、湾内が葉月と宿題をしようと言い出しまして。」
「それで葉月たちだけではラチが明かないので五月と弥生も呼びましたのよ!そうしましたら一緒にいたこのキャンキャン男も付いてきましたの。」
「誰がキャンキャン男だ!もう一度言ってみろ迷惑女!!」
「あーうるさい。葉月も太陽も図書室では騒がない!」
「一気に賑やかになったな。」
「お久しぶりです。上林先輩、お体の具合はいかがですか?」
「もう大丈夫だ。ありがとな、神無月。」
頭にポン、と手を置かれた神無月くん。いつも冬馬の前では無邪気な幼い弟みたいになる彼だ。嬉しくてたまらないだろう。
と、思って見たが少しだけなんだか痛そうな顔をしている。
「神無月くん、たんこぶでもあるの?」
「え?なんでです?」
「今冬馬にポンっててされて痛そうだったから。」
「あ、ぁぁそういうことですか。そうなんですよ、こないだ打っちゃって。机の下の物取って起き上がろうとしてガン!とやりまして。」
「あれ痛いよね…。弥生くんもそんなミスするんだね。」
俊くんが笑っている。
「僕は完璧太陽やそつなくこなす器用な五月ほど有能ではありませんよ。」
「そんなことないですわ。弥生、自信を持った方がいいですわよ?卑屈になっていては他人に想いは伝わりませんわ!ほら、この葉月のように胸を張って生きるのですわ!」
「お前は自信過剰だ。自重しろ。」
「あっら。弥生、こんな狭量なツッコミ男が完璧なんて。国語辞典ひいた方がよろしくてよ。」
「お前やる気だな?俺は相手が女だろうと売られた喧嘩は買った上で全勝してやるよ?」
「お姉様への愛は負けませんわよ?」
「ほらほらほら!そろそろ宿題やらないと!!」
私が止めると、冬馬もそれに合わせてくれた。
「俺は自分のは終わってるし、見てやるよ。太陽くん。」
「なんで俺限定ですか?俺は教わらなくても大丈夫です!俺は教えてる方ですよ?!」
ははっと笑う冬馬はからかっただけだ。太陽、それをいなせるようになったら大人だよ。
「…じゃあ俺、お願いします。」
「珍しいな。五月の方が話すのは。」
「…俺は2人ほどはできませんから。」
三枝くんは学年で30位ほど。出来ないということはない。
「お姉様ぁ!葉月はお姉様にっ!!」
「相田先輩って文系ですか?」
「そうだよ。」
「じゃあ葉月は向いてないでしょ。」
神無月くんが葉月を止めると、「弥生はけちですわ!」と葉月がぷくっと頬を膨らませる。
「どういうこと?」
「…葉月は文系科目は神がかっていますが、逆に理系科目は死ぬほどできません。」
「五月!死ぬほどって言わなくてもいいんでなくて!?」
「あーそれだと都合よくないな。私は未羽の分やりながらになるからしっかりは教えられないかもしれないもの。」
「えっと?未羽さん、というのは?」
「あ、初めましてー。私が横田未羽です。雪とは長い付き合い。」
「あ、よろしくお願いします、神無月弥生です。」
未羽は一方的に知っているが、未羽と神無月くんが直接話すのはこれが初めて。未羽の顔がでれて崩れている。
攻略対象者がこれだけ集まって生対面している今、未羽のテンションはうなぎ登り状態だ。
「じゃあ三枝さんの指導は僕がやろうか?これでも理系だよ。」
申し出てくれた俊くんが微笑む。
結局、俊くんが葉月を、冬馬が三枝くんと未羽(一応少しは自分でやっている)を、私が神無月くんを、そして太陽が祥子を教えることに。
チャンスだよ!太陽!これでうまくやってくれ!
と、期待した時もありました。
「な、ん、で!何度言っても同じとこで間違えんだよ!!!仮定法過去は時制ズレるって言っただろ!3回も!!」
「ごめんってば!!習得が遅いの!」
「イノシシ女っ!順列と組み合わせの違いまだ分かってねーのかよ!?PとCが全部逆だ!!」
「うそぉ!昨日の夜3時間かけて全部頑張ったのに…。」
「…まさか3時間かけてこれだけしかやってないんじゃねーよな?」
「そのまさかよ!悪い?」
「…救いようがない…。」
「悪かったわねぇ!そうじゃなきゃ師匠に泣きつかないわよ!」
1時間半やってずっとこれだ。祥子の口調は砕けたものになっているから生徒会合宿期間で多少打ち解けはしたんだろうけどこれじゃあいつまでたっても進展はない。
一刻も早く空気を変えなければ!!
「私、ちょっとお菓子買いに行ってくるよ。みんなやってて。」
「あ、じゃあ僕も行きます。」
神無月くんと図書室の外に出て、購買に向かう。
「ねぇ。太陽っていつもあんな感じなの?」
「いや、クラスでの太陽はもっと冷静で落ち着いていて…生徒会の先輩方や同僚の前では幼くなるっていうか…。」
「あははは。冬馬や東堂先輩がいるからかなぁ。しかしそれにしても、もうちょっと仲良くできないもんかね。」
あの子のためにも祥子とは仲良くしてほしい。
「あ、でも夏祭り行くんですよ僕たち。」
「え?!だだだ誰主体?!」
これはイベントだったはずだ。確か誘う主体が今主人公の祥子への好感度が一番高いと分かるやつ。
太陽、ということは現状ありえないだろうから、三枝くんか?でも彼は転生者としてそんなことはしなさそうだ。とすると神無月くんがやっぱり一番のライバルなのか?!
「湾内が葉月に誘われたらしくて。」
主人公好感度が一番高いのが悪役だったか!! 確かに今の彼女たちを見たらその結論は全く違和感がない。
「それで五月も行くんで僕も誘われて。なので僕が太陽も誘いました。」
「太陽、行くって?」
「行くらしいですよ。湾内と葉月が一緒と聞いて渋々な感じはしましたけど。…相田先輩は上林先輩と行くんですか?」
お。そういえば。夏祭りと言えばゲームイベント。のイメージだったけど、現実世界では普通のデート定番行事だ。
いつの間にかゲーム主体に考えるくせがついてて良くないね。ここは彼女力アップを図らねば。
「うん、多分。誘ってみるかなぁ。」
適当に甘いお菓子と飲み物、冬馬の分のアイスコーヒーをカゴに入れて会計を済ませる。
「あ、先輩。お金!」
「いいって。いつもみんなにお世話になってるし、このくらい先輩ぽいことしないとねー。」
「…先輩、普通にしてると本当にかっこいいですね。」
どういう意味かな?神無月くんよ。
戻ってきてもまだ2人はキャンキャンやっていた。
「さっきも同じミスやっただろ?!ハドリアヌス帝じゃなくてテオドシウス帝だって!!お前よく前期100番くらい取れたな。」
「ううううるさいっ!テスト前はもっと気合入れてんのよ!!」
「今も入れろよ!」
「はいはいはいはい。落ち着いて。」
おにいちゃん俊くんがヒートアップした2人を止めた。
「太陽くん、そんなに叱ってばっかりじゃだめだよ。ほら、冬馬くんを見てごらん?」
冬馬は落ち着いて三枝くんと未羽を教えている。
「五月、ここはこれでいいぞ。だが、式はこっちの方が効率的だな。」
「…分かりました。ここはこうですか?」
「そうそう、一定のルールまで出せればあとは計算だけだから。横田、さっきより正答率上がったな。どうした?」
「ふふふふふん!私の本領発揮よ!」
未羽のは火事場の馬鹿力ならぬ、攻略対象者ご対面パワーだ。本領発揮の言葉は間違っていない。
どんな理由にせよ、冬馬の未羽と三枝への教え方は上手い。
「ほら、ね?何事もアメとムチが大事なんだよ。怒られてばっかりじゃ湾内さんも嫌になっちゃうよ。褒められるところを見つけて褒めて伸ばすのも大事なんじゃないかな?」
俊くんに言われた太陽は「こいつに褒めるとこなんかないです!」と言うかと思ったが黙り込んだ。俊くんの天性の癒しパワーは太陽鎮静剤としての効果もあるようだった。
俊くんは精神を落ち着けると評判のカモミールティーのようなものなのかもしれない。
それから黙々と解き進めた祥子が終わった範囲を太陽に提出した。それの確認をしていた太陽は、全部に目を通してノートを閉じた。そして顔を向けたので、祥子はびくっとして目を瞑って下を向く。
パブロフの犬のような条件反射が形成されてしまったらしい。
そんな二人を、また怒鳴りあいが始まるのか?!とみんなが手を止め、ハラハラして見守る。
が。
次の瞬間、全員の目が点になった。
太陽が祥子の頭をなでなでしている!!
「さ、さっきよりは出来てる。言ってたところもあってたし、…こ、この調子だ。」
「「「「「「………。」」」」」
「な、なんだよお前その顔…ていうかお前らも!先輩方も!その間抜け面はなんなんですか!」
「た、太陽くん、その手…」
「…なんでそういうことをお前が…毒でも食ったか?」
「ね、ねーちゃんが昔褒めてくれた時にこーしてくれてたんだよ!それが嬉しかったから…。」
ぶすっと顔を顰めた太陽が祥子に向けて怒った口調で続ける。
「お前も嫌だったら嫌って言えよ!!」
「い、嫌じゃない…。けど驚いて…。」
「けっ、どーせそういうキャラじゃねーよ。…もう分かったらさっさと続きやれ!」
照れ隠しなのか、ぽけーっとする祥子の額を返すノートで叩いたところ、ばこん!とかなりいい音がした。
それを聞いて少し慌てた太陽が、とどめをさしてくれた。
「わ…悪い、さすがに力入れ過ぎた。痛かったか?」
今まで一度も(家族を除いて)女子に見せたことがないであろう、不安そうな表情で前髪の下に隠れた額を覗きこんだ弟は、「赤くなってる…」と呟いてからごそごそと鞄を漁ると、取り出した冷たいお茶のペットボトルを少々赤くなった額にぴと、とつける。
ペットボトルを太陽自身が固定しているせいで、女子を近づけすらしない太陽が自ら祥子をパーソナルスペースにいれている…どころか超至近距離で祥子の顔(正確にはおでこ)を見ている。
元来優しいあの子が珍しく慌てたせいだろう。そのせいで、女子にどの程度の行為をしたら「友達にしては行き過ぎた優しさ」かを測り間違えたせいだろう。彼はやってくれた。
「悪い、これしかないから今はこれで勘弁してくれ。タオルを濡らしてくるからちょっと持ってろ。」
「え…あ、相田くん…その、もしかして…食あたりとか…?」
「は?」
「なんか、ものすごく優しい。」
太陽ははっとしたように急速に顔を赤くした。
「ば、ちげーよ!これはっ、別にお前のためじゃなくてっ、その!…お、俺がそうしたかったからしただけだっ!いいから持ってろよ!行ってくるから!!」
そのド典型セリフに祥子は顔全体が額よりもずっと真っ赤になり、
「未羽さん!!」「横田っ!」「横田先輩!?」
未羽は鼻血を吹いてぶっ倒れた。
太陽は確かに(私など一部を除いて)クールな面しか見せていなかったので、ツンデレ、いやむしろツンツンツンツンだなと思っていたのにここでまさかのデレが来たことでクリティカルヒットしたようだ。
「太陽くんの…!…ゲームなし現実版…ベタ最高…昇天できるわ…。」
目を回しながら未羽が呟いた。