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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・1学期~夏休み】
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浅ましくとも、願いよ届け。(生徒会合宿編その10-3日目)

流された場所から川沿いを歩いてどのくらいが経っただろう。もう周りは暗くなっている。

この辺りに1本しかない大きい川は、上流部分が箒の下の部分のように広がっている。

流されたところはその支流の一つで、助けられた辺りはどうやらいくつかの支流の合流地点だった、ということは神無月くんがポケットにいれていた詳細な地図のおかげで把握できた。また、ここらで一番大きな支流がコテージ付近の川遊びをした支流であることも確認できたので、一番太い川沿いに遡っていけば途中でコテージ近くの場所まで出られるはず、という目測を立てて歩いている。違っていた場合が恐ろしいのだが、下るにしてはあとどのくらいの距離で人のいるところに出られるか分からないのでそのリスクは冒せなかった。

そうして遭難場所から出発してから、私は彼におぶってもらうことはせずに歩いている。

彼はおぶっていくと言ってくれたのだけど、彼の話を聞く限りそれなりの距離を流されたみたいだし、その間全部おぶってもらったら彼の体力が尽きてしまう。だから断っている。

「先輩、素足なんだから虫とかにやられますよ!!」

「川縁の砂利の上を歩くよ。そこなら草もないし、虫も少ないでしょ?」

「でも、砂利になっていないところもたくさんありますし!それに怪我しますよ?!」

「靴は履いてるから平気だよ、ほら。」

びしょびしょで重くなった靴を裸足で履いたもんだから足にその冷たさが直に伝わったが仕方ない。

そのまま踏ん張ってそれなりの距離は歩いた。




「先輩、もう無理ですって。」

「…まだ行ける、はず。」

「先輩もなかなか強情ですね!」

私は重く痛む体を引きずるようにして歩いており、心配そうに見守りながら隣を歩いてくれる神無月くんに止められている。このやり取りも既に6回は繰り返しているから、最初は遠慮ぎみだった神無月くんも私の頑固さに呆れをにじませるようになっている。

「それもねっ、太陽にも冬馬にも秋斗にも散々言われて耳にタコができるくらい聞いた!それでもっ、脱力した人を一人抱えて足場の悪いところを歩き続けるなんて自衛隊や救急隊とかで訓練してる人じゃない限り難しいんだよ?そんなの、ギリギリになってからでいい!休憩したのだって!その!ためなんだ!から!」

とは言いつつ、近くの岩に身体をもたれさせていったん休憩を入れる。

「……頭痛ぁ…。…でもごめん、さすがに、このペースは続けられない、みたい。神無月くん、よければ先に行って、みんなに無事を伝えて、もらえる?もう大分歩いたし、この辺は大きな支流はこれだけで、多分コテージ付近につながってるから場所も分かるはず。だから、多分一人でも平気。」

全身が重くてだるい上に話すだけで息が切れる。頭の中で鐘が鳴るようにグアングアンとした痛みが走り、視界もぼうっとする。

こんなとこで止まってる場合じゃないことぐらい分かってるのだけど体が言うことをきいてくれない。

「何言ってるんですか!そんな状態の先輩一人で置いていくなんてできるわけないじゃないですか!もう日も暮れていて視界も悪いんですよ?!それに。」

神無月くんが近くに寄り、少し躊躇った後に私の頭にぴと、と手の甲を当てた。

「…やっぱり。先輩、熱出てますよ。それも今の僕でも分かるくらい高いです。」

「この、格好だし体も冷えたから、それは仕方、ないよ。でも、いい。」

熱が出てるのなんか分かっているさ。でもこれ以上の迷惑はかけられないんだよ。

ぼやくと、明らかにむっとした気配がして、いきなり私の体が持ち上がった。

「迷惑なんて今更です。問答無用です。失礼しますよ。」

「ち、ちょっと!そ、それはだめ!下ろして!」

お姫様抱っこで抱き上げられた状態からストップを出す。

「聞けません。」

「いや、現実的に、それだと神無月くんの手が使えないからこけたりしたら危ないから。それはなし!」

必死で見上げれば、私を無視しようとしていた神無月くんが仏頂面のまま、それでも止まってくれた。ほとほと呆れ果てているのだろうとは思いつつ、ここぞとばかりに畳み掛ける。

「お願い!無茶はやめるから、ね?」

物理的に危ないだけではないのだ。

私は冬馬以外にそれはされたくない。これは、想いあってる人にしか許せない。

いくら相手が美少年で、これをやってもらうためだったら3回回ってわん!と吠えてもいい(プライド捨てます)と言っている方々がいるような人でも同じこと。

こんなことを言っている場合じゃないのは百も承知だけど、それでもそう思ってしまう。

「…じゃあ大人しくおんぶされてくれますか?」

「そうします。」

一度下ろしてもらった瞬間に崩れ落ちそうになった体を神無月くんがすぐに支えてくれた。助けてもらえると分かった途端、体は正直で、全身から力が抜けてしまった。もう一ミリも動かせない気がする。

それでもなんとか神無月くんの首に両腕をかけ、締め付けないように注意しながら体重を預けると、神無月くんはさっきよりもペースを上げて歩き始めた。私のせいで本来の2分の1以下のペースになっていたに違いない。

「先輩、ペンライトもらえますか?」

「神無月、くん。手、使えないでしょ…?」

「先輩がちゃんとしがみついてくれていれば平気です。それに口に咥えれば。」

「いや、流石に、私が持って照らすよ。どう、せ手はフリー、だもん…。」

「またそういうこと言ってますね。少しは頼ってもらえませんか?」

「いや…意識失わないようにする、ため、にも。お願い。」

「…分かりました。」

男の子の背中だなぁと感じながら、歩く振動に身を委ねる。

女の子より広くて、硬くて、体温が高い。

冬馬の背中もそうだ。後ろから抱きついた時にいつも思う。

冬馬、心配してるかな…。

太陽も…みんなも。ごめんなさい。

「…相田先輩。起きてますか?」

「うん…。大丈夫…。」

「喉、平気ですか?」

「大丈夫…。」

「訊いても、いいですか?」

歩きながら話したら呼吸が乱れてきついだろうに、私の意識を保たせるために声をかけてくれている。

神無月くんはいい子だな。本当に。

「ん、いいよ。な、に?」

「…先輩って、上林先輩のこと、なんで好きになったんです、か?」

「冬馬の…なんでって、言われると、難しいな…。なぜか、気づいたら。目で追ってて…彼が女の子と話してる…と、嫌な気分になって。だからなんでかは分からない。」

「じゃあ、どうやって、気づいたんで、すか?先輩鈍そうなのに。」

元気なら、君もなかなか生意気になったもんだね!と突っ込みを入れたいところだ。

「…気づいたきっかけは……多分、彼と指を絡めちゃったから。」

「指?手を繋いだ、ってことですか?」

「…いや…繋いだわけ、じゃないんだけど…。でも、触れる機会があって…その時、離したくない、って思った…。もっと触れていたい、って。」

「そう、ですか。」

「私ね、長いこと、絶対恋愛なんかするもんか、って思ってた。けどその時、『この人に恋してるんだ』って、自覚しちゃった。させられたって言った方が、いいのかな…。」

本当はもっと面倒な経緯があるが彼に話すことでもないし、口を動かすことすらだるいので省く。

すると、しばらく黙ってから神無月くんが口を開いた。

「…さっき、先輩の知らなかった顔を、見たって、言いましたよね?」

冬馬に向けているというやつだろうか?

「先輩、普段の先輩からは、信じられないくらい、甘えた顔、されてるん、ですよ。上林先輩だけは、違うんです。太陽とも、三枝たちとも、違う、んです。」

「ん…?どういう、意味?」

「先輩って、周りが遠慮しちゃう、のもありますが、先輩自身も、あまり周りに関わりたく、ないように見えた、んです。」

「それは…今は…。」

「はい。花園の件、見てましたし、違うって分かり、ますよ。見えるだけ、です。…でもどこか、一線引いてる…そんな先輩が、上林先輩だけは、心から完全に信用してて、頼りきっている。そんな顔を、してました。」

「そう、なんだ…。」

冬馬のことは掛け値なしに好きだし、信用してる。彼に頼りきりなのも間違いない。それはちゃんと彼に伝えられているのかな。

「…羨ましい、です。」

「え…?」

「僕、他人のこと、あんな風には見られ、ません。きっと、本気で好きになった、相手がいないから、です。」

「…神無月くんも、昔何か嫌なことあったの…?」

「も?…いえ僕は、普通の生活を送って、ましたよ。特に花園、みたいな暗い過去は、ありません。逆に太陽みたいに、ハイスペックすぎて、ということもありません。適度に勉強や運動ができて、適度な友達作って、それなりに付き合ったこともある、っていう普通の学生ですよ。」

冬馬のことを思って言ったが花園くんのことと誤解したみたい。その方がいいか。

「そういう、特別なこともない代わりに、特別になった人間も、いません。」

「たい、ようも、信頼出来ない…?」

「太陽は違いますね。あいつは、ある意味、初めての存在です。僕、話しててあれほど楽なやつ、いませんでした。三枝兄妹も特別、ですが、あいつらは、二人で完結してるところがありますから…。だからは太陽は特別、ですね。…でも、それは友達って意味です。恋愛じゃないです。僕があいつに、愛おしいって目したら、それはまた、違いませんか?」

「ぷっ。ふふ。…そうだね。そっちの子なんだなって思う。」

別にそういう趣向を否定はしないけど、私にはあまり理解できない。愛ちゃん先生に訊いてみたら分かるのだろうか。

あと、太陽は彼の未来のためにも是非祥子とうまくいってほしいのでそちらの道に行かないといいなと思う。

「安心して、下さい。僕にその()はありません。…ふつーに女の子を、好きになります、よ。…僕、上林先輩の相田先輩みたいな人が欲しい、です。愛して、愛されて、心から信頼して、されて、求めて、求められる人が。」

「…できるよ。神無月くんなら。きっと。」

「そうですか?僕の外見に、惹かれてくれる子は、多いですけどね。」

「祥子や、葉月は神無月くんの、外見に惹かれているって感じじゃ、ないんじゃない?」

「確かに二人とも、僕の外見には興味ない、ですね。でも葉月は、昔から一緒にいすぎて、なんか違い、ますね。五月も合わせて、兄妹弟という感じです。」

「…祥子は、気にならない…?」

「生徒会の友達、という意味なら、以前より興味はあります。今回の合宿で、面白いやつだ思い、ました。でも、恋愛という意味なら、特に。」

「気になる人とかいないの…?つい見ちゃう人とか。」

攻略対象者が主人公でも悪役でもなにモブに想いを寄せることだって十分ある。会長が先例だ。しかもあれは明らかに会長がこめちゃんに一目惚れしたのだし。

何気なく尋ねれば、しばらく沈黙してから彼は答えた。

「…恋愛という意味で、微妙なラインにいる人なら、一人。いるかもしれません。」

おぉ?!会長の再来か?!これは太陽に可能性が広がったか?

「へぇ…どんな子?」

そんな邪な思いで尋ねた私に対しても、たどたどしく、それでも律儀に答えてくれる。

「そうですね…僕には勿体無い人、だと思います。」

「神無月くんでも、かぁ…。」

「…それに、僕には、手を出せない人です。」

「それは…手の届かない人ということ?親戚のお姉さんとか、既婚者とか?」

「……そんな感じ、ですね。」

あぁ、彼が背徳系な理由が分かった気がする。彼は叶わない恋をして、それで主人公に癒されるタイプなのかも。

「それは…難しいね。」

「そうですね…。だから、恋愛感情だって気づきたくなかったですね。」

「…過去形?今自覚したの?」

「…先輩、熱出てるわりに、敏いですね。」

「会話に思考を集中させていないと、意識を手放しそうだから、無駄に回ってる、の。」

まだその元気があって良かったです、と呟いてから神無月くんは答えてくれる。

「さっき相田先輩に、先輩が好きだと気づいたきっかけを教えてもらって、そうだったのかなって、気づきましたね。」

「あー…それはごめんね。」

「いえ…色々考えることが出来て、僕はありがたい、です。」

「…そんなもん…?普通は辛いんじゃない、の…?」

「気づけただけ、でもよかったと思います。…まだ手遅れにならない、かもしれません…。」

「そっか…。」

茶色い髪と首元しか見えない私には彼の表情は見えない。

見えなくてよかったと思ってしまう。

どうやら彼は祥子以外の女性が好きかもしれない、という事実を知った私の顔も見られないで済むから。

祥子が神無月くんを好きにならない限り、ただでさえ先行き怪しい太陽の未来に光明が差したのかもしれないなんて思ってほっとしてしまった浅ましい私の顔を。

身内可愛さのために、こんなにも優しくていい子な神無月くんのプライベートに突っ込んだ上、あまつさえ彼に苦しい恋を自覚させてしまったらしいことは心苦しい。

でも太陽は私にとって大切な弟なんだ。ごめんね神無月くん。

私は清廉潔白な人間じゃない。

ねぇ神様?

偽善者と呼んでもいいから、こんな私にも祈らせてほしい。

ゲームの枠を越えて、彼の恋に幸多からんことを。



「…あ、見えました、よ!!」

神無月くんの背中が汗でぐっしょりとなっている。息も上がっているから相当きつかったはずだ。

みんなが駆け寄ってくるのが見える。太陽と冬馬の姿が大きくなる。

あぁ、私、帰ってきたんだ。

生きて戻って来られたんだ。

「神無月くん…本当にありがとう…。……本当に、ごめんね…。色々…。」

「え?色々って…」

神無月くんの声を聞こえなくなるので意識が急速に霞んでいくことが分かる。

ペンライトを握った手から力が抜けたのを感じたのを最後に私の意識は闇に溶けた。



生徒会合宿編はこれにておしまいです。楽しんでいただけたら幸いです。ここまで読んでいただきありがとうございました。

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