隠された素顔は空気も変える。(生徒会合宿編その6―2日目 )
泉子先輩と美玲先輩がバスルームに防髪用の頭巾を被っててるてる坊主状態になった彼を連れ込み、1時間ほど経った頃。突如として「きゃああああ!」という声が上がる。
「どうした?!」
「何がありましたか?!」
東堂先輩と冬馬が風呂のある方向に駆け込んでいったのだがしばらく経ってもしん、と静まり返っている。
「あ、終わりましたかー?」
私がのんびりとそちらに向かって、メガネを取った状態の彼を捕まえて一同が集まっている広間に連れてくると、みんなが驚きすぎて声もでない状態になった。四季先生がびっくりして固まったせいで夕食準備のために運んでいたお皿をひっくり返しそうになり、あやういところで神無月くんが止めた。
「…えぇっと…、花園くん、だよねぇ?」
「は、はい、花園藍樺です…。」
こめちゃんの質問にその人物は鈴を震わすような声で答えた。
その容姿も、声も、表情も、華奢さも、体の小ささも。
アメジスト色の瞳の、誰もが認める愛くるしい美少女がそこに立っていることに会長すらも目を丸くしている。三馬鹿などは同類だと思っていた相手に裏切られたせいで声にならない音を発している。
そのままいくと野生動物たちが仲間に助けを求められていると誤解してやってくるからやめなさい。
「…確認するが、お前、男…だよな?」
鮫島くんが念押ししている。
「は、はい。」
「それは俺が保証する。俺の鳥肌が立ってない。」
「雹が言うなら確実ですね。それによく考えればさっき水着でしたしね。」
美少女…いや美少年の花園くんが話し始める。
「ぼ、僕…名前も…顔も女っぽくて…昔からそれで虐められてて。小学生の頃は服を脱がされかけたことも何度もあって…。」
「それは大変だったね…。」
と俊くん。
「ち、中学入りたての頃は『あいか』って名前の女の子だって担任の先生にまで思われてました…。クラスの人には『僕っ娘』だと言われて、何度、男子だって言っても信じてもらえなくて…しまいには身体測定で男子の列に並んだら勝手にエロい子だと思われて後ろ指さされて…。」
「エロいことは美徳なのに分からない子ネコちゃんが多かったんだね!」
と桜井先輩。
「そ、そんな僕でも友達は出来たんです。3年間も内気な僕の近くで、虐めてくる人から守ってくれた大切な友人が…。そいつ、『俺はお前が僕って言っても気にしないからな』っていつも優しくて、親友だと思ってたんです…。」
それは…おそらく…。
「…花園くん、…悪いけどそれは多分勘違いをしてたんじゃないですか…?」
とのみんなの代表者雨くんの質問に寂しそうにして頷く花園くん。
「は、はい…。卒業前に『俺の彼女になってください!』って言われました…本当のこと知って『裏切られた』って言われたとき、男だと何度も言ってたのにそれでも信じてくれていなかったことがショックで…。」
どうして3年も一緒にいて気づかなかったよ親友 (仮)よ!修学旅行とかあるだろうに!一回くらいトイレに一緒に行ったりすればお互い幸せだっただろうに!
「だ、だからこの顔のこと、バレたくなくて…。もうこの容姿で馬鹿にされたり、仲良くなった人にそんな誤解させたくなくて…だから髪を…。」
私はぽん、と花園くんの頭に手を置いて途中から勢いをなくし目を伏せる彼に話しかける。
「コンプレックスだったんだよね?でもその容姿はコンプレックスにはならないよ、花園くん。見てごらんよ?ここの人たちは君のこと、誰も馬鹿にしないでしょ?おそらく泉子先輩と美玲先輩は君のことを大好きだとか可愛いとか最高だとか言って抱きついたでしょう?」
「は、はい…。」
やはりな。美玲先輩たちが美少女フェイスに反応しないわけがない。
「それにここの人たちはみんなもう花園くんが男の子って知ってるよ。その容姿を理由に惚れる男性もいないし、」
「ボクはどっちでもブフ!」
「はい、桜井先輩は黙っててくださいね。できれば永遠に。」
三枝くんが桜井先輩の後ろから口を塞ぎ、太陽と一緒に引っ張っていくのが視界の隅に入った。
三枝くん、太陽ナイス!いいコンビ(対桜井先輩用)になってるね!
「ましてやそれを理由に裏切られたなんて思わない。だったらここから先、利用できるものは何でも利用してやる!って気概でそれを武器にしちゃえば?」
美人顔は確かに同性にはいじられる。しかし中性的な容姿は、整えば整うほど男女の区別があやふやになる。あくまで顔だけ見るのであれば、男性が女装してもキモいとはならないし、女性が男装してもイタくはない。美玲先輩や桜井先輩が典型だ。そして妬まれはすれど、それには憧れも含まれており、それを利用できれば嫌がらせなんて鼻息で吹き飛ばせるくらいの武器になる。簡単に言えば世の中、顔がいいことは得にこそなれ、損にはならないということだ。そして、コンプレックスになるということは、ある意味で彼自身が自分の容姿のほどを十二分に理解しているということ。ならば隠すのではなく、堂々と出すべし。これはすなわち、
「攻撃は最大の防御ってことだよ!」
「なぁ雪。素顔見せんのって攻撃なのか…?」
攻撃なんだよ特にあなたはね!
雹くんに間髪いれずに突っ込まれたが、私の言葉に花園くんは顔を赤くしながらもにこ、と笑ってくれた。彼の初めての笑顔だ。その笑顔は主人公である祥子と同レベルの破壊力があり、思わず攻略対象者である卯飼くんが顔を赤くして「いやあいつ男あいつ男あいつ男!勘違いすんな俺!騙されるな俺!」と呪文のように繰り返しているほどだ。
「花園くん、ほら。」
天夢のみんなのところにポンと背中を押せば、たたらを踏みながら斉くんの前に行く。
「あ、あの…斉先輩は、ぼ、僕のこと…お嫌いだと思いますが…ぼ、僕、僕頑張ります…ので、先輩方と…仲良くさせてください!」
彼は目を瞑って大きく頭を下げ、手を出した。
そんな花園くんの手を取ったのは雹くんだ。
「あったりまえだろ?生徒会に入れた時点で俺はお前も仲間だと思ってるぜ?結人はもちろんだよな?」
鮫島くんが頷いて手を重ねると卯飼くんも続く。
「おーれも!唯一の同期だもんな!これからもよろしく!」
雨くんがにこっと笑い、同じく手を重ねる。
「俺、あざといことやらせたら誰にでも勝てるって思ってましたけど、多分君には負けますね。この俺が負けるって言ってるんですから自信持ってください。」
「そうだぞ、藍。同じ顔して無駄遣いしかしていない兄と比べて、雨はこの顔を使いこなして利用しまくっているからな。信じていい。」
「おいっ、結人!」
「雹、異議があるなら聞くが?」
「………悪かったなぁ!俺は鳥肌立てる要因くらいにしか使えてなくてよ!」
そんな友達を見ながら最後まで黙っていた斉くんは大きくため息をついた。
「はぁーくっさ。」
「斉。」
鮫島くんの咎めるような声を無視した斉くんは、手を花園くんの頭にやり、がしがしっと乱暴に撫でてボサボサにした。
「えぇ?!せ、先輩!?」
「…くっさいけど、まぁーたまーにならこーゆーのも悪くないか。僕の前ではそれぐらいの声でしゃべってよね?ボソボソ話されるのって大っ嫌いなんだ。」
「は、はい!」
花園くんが嬉しそうに頬を染めて顔を上げた。
天夢高校のみんながそれなりに団結力を高めたおかげでその後のトランプゲームは結構盛り上がった。花園くんは内気な様子は変わらないものの、ずっと黙り込んだままだった今までとは明らかに違う。
その空気のままに夕食準備に移る。私は料理担当としてその場に入った。
彼は見た目そのままの乙男だったらしく料理も得意だそうで、四季先生や美玲先輩が東堂先輩や太陽に押さえられている間に立候補して手際よく作業していた。周りに指示も出すくらいだ。
「あ、相田先輩、ね、ネギを白髪ねぎにしてもらえますか…?あとはアンチョビの缶を開けてほぐしておいてもらえると…。」
こっちにはにかみながら材料を差し出す姿はバレンタインデーにチョコを持って告白しようとする女の子にしか見えなくて胸がきゅんとしてしまう可愛さだ。
ただし差し出されているのは大量のネギと缶。
「オッケー。そういえば、花園くん、メガネどうしたの?」
「斉先輩が…ワンデー用のコンタクトを一つくれたんです。ちょうど度が合ってたみたいで…。…小西先輩と馬場先輩が今日は眼鏡没収と。」
「あー花園くんの眼鏡、ちょっとダサい感じだもんね。典型的なおじさん眼鏡っていうんだっけ。」
それを言うと、花園くん、「おじさん…」と衝撃を受けたようによろめく。
「今度新しいの買いに行きなよ。一緒に行ってあげよっか?」
そう言うと花園くんは顔を真っ赤にして潤んだ目で見上げて来る。
「え…!い、いいんですか…?」
「別に構わないよ?せっかくの美少女フェイスがもったいないもん。きっと美玲先輩や泉子先輩はもっと乗り気になると思うよ?」
「…えと、…僕、男なので…これでも…。」
「あーコンプレックスだったもんね、ごめんごめん!先輩方でなくても見惚れちゃうくらい可愛いってこと!」
「か、可愛いとか…うぅ…。」
花園くんは顔を真っ赤にしていたが、「花園!湯が沸いたぞ!」という東堂先輩の声で向こうに走っていった
ウブで可愛いなぁ。
「相田さん。」
私がネギを切る横に珍しく会長がやってきた。
会長がこめちゃんから離れて個別で話しかけてくるのは珍しい。
「はい。」
「お手柄でしたね。彼をあそこまで前向きに出来るとは。」
にこと笑う会長は大変優雅でお美しい。
会長、その姿を保てばおそらく非常に魅力的な攻略対象者様でしたよ?登場早々からあっという間にだめっぷりばかりを見せつけて下さったおかげで私からの評判は散々ですけど。
「私の力ではありません。彼がその気になってくれたのは会長と俊くんのおかげです。」
「私と俊の、と言うと?」
「はい。彼は完璧超人のお兄さんとその存在を近くに置きながらあんなに真っ直ぐで優しくて、お兄さんを誇りに思っている俊くんの姿を見習いたいと思ってくれたんですよ。」
「そうですか。」
静かに微笑んでから会長は口を開く。
「俊は私には勿体無いくらい良く出来た弟ですよ。あの子がもしああいう子じゃなかったら、今の生活はなかったと思いますから。まいこさんとの付き合いも、これほど幸せには感じられなかったでしょう。あの子には幸せになってもらいたいと心から思っています。」
「…それなら、彼への無体な仕打ちは…」
「そんなこと私がいつしましたか?」
「こ、こめちゃんとのいちゃつきが…」
「何のことでしょう?」
だめだ!この氷点下の笑顔は一人で受けるにはきつ過ぎる!話題を戻そう。
「それに私、別に花園くんのためだけにやったのではありません。」
「そうですね。自分のため、そして周りのため、でしょうか。」
「えーっと?」
まさかご飯を美味しく食べようという目的だったことがバレた?
「貴女は色んな方に好かれていて、優しさを受け取っていますね。そして今回のことは、色んな方からもらった優しさを還元しようとしてのことなんでしょう?」
「…私は弱い人間です。助けられて生きてきました。頑固になって、周りに甘えて、弱音を吐いて。それでも見捨てないでくれる人たちのために恩返しがしたいな、とは思いました。」
転生に気づいてから人に関わることを怖いと思って壁を作っていた自分を変えてくれたのは周りの人たちだ。人と向き合う怖さを知っている私だから、人と関わりを持つことに怯えている人の気持ちも分かると思った。例え失敗して私が彼に拒絶されてもいいから、少しだけ目を開いて周りを見れば自分を受け入れてくれる人がいることを知ってもらいたかった。
まぁこれが3割。
ご飯を美味しく食べようと思ったのが7割くらいはあったことは言わぬが花ってやつだよ。
「それを言葉に出せて、そして行動に移せる貴方は強い人間ですよ。誇ってください。」
会長は優しい声音で言った後にガラリと口調を変えた。
「ところで相田さん。」
「はい?」
「上林くんのことなのですが。」
意外すぎる話が出てきた。
「正確には上林家のご当主のことです。」
「会長、あの方を知っているんですか?」
「ここに住んでいますから、有力者のことはそれなりに。」
そんなん普通の高校生には要らない情報ですよ会長!
「それでその方が最近貴女のことを調べているのは知っていますか?」
「そのお話は冬馬のお祖父さんに直接会ってお聞きしました。」
「それはいつのことですか?」
「怪我した時…なので、5月の体育祭の時です。」
「それ以降もあなたのことを定期的に調べているようなのです。」
「…それは私がいきなり道を踏み外したとしたら即刻冬馬と引き離すためなんじゃないですか?」
「ご当主は直接貴女にお会いしたのでしょう?貴女が即刻道を踏み外すように見えますか?」
「それは…。」
「私にはそうは見えませんね。そしてそれを見誤るような方ではないでしょう、あのお方は。しかしそれにしてはかける労力が大きすぎる気がします。それと6月以降、貴女のお父様の会社との取引が急速に増えているのも気になります。」
「私の父の会社との…?」
父は製薬会社勤務だ。病院との繋がりは特に強い。上林医院が地元で大きな病院なようだから仕事の繋がりがないはずはない、が。
「繋がりを増やすということは、命綱をも握られるということですよ、相田さん。妙な動きだったのでお伝えしておきました。貴女ならこの情報も有益に使えるでしょう。」
「…会長、この話、冬馬は…?」
「彼は知らないと思いますよ。あくまで私の趣味でやっていることの一つに引っかかっただけの情報です。」
会長の趣味は怖すぎる。この人なら政治の世界とかでもやっていけるんじゃないですか?少なくとも一般高校生だけではなく、一般の大人でも必要ないです。
「分かりました。ありがとうございます。」
お礼を言って包丁を握り直して大量のネギを刻みながら考えに耽る。
祥子からの情報でゲーム上では、冬馬自身も知らない彼の個人情報はもっとストーリーが進んだ後に沙織さんに聞くことになっていた。6月に私が話を聞いた様子で、もう少し突っ込んだことまで主人公に教えてくれる設定だそうだ。しかし、あるのはそれだけ。冬馬のお祖父様はゲームには直接は出てこない人なのだそうだ。以前の推察通り、健之助さんとの対面は第2弾で既に付き合いが始まったことで起こった「ゲームが想定していない出来事」なんだろう。だからあの方についての情報は祥子からも得られなかった。
自分で予想を立てようにも健之助さんの思考は読みにくい。あの方の行動に無駄があるとは思えないし、時期からいっても、私に関係があるのだろうことくらいは分かる。しかしそれでも接触を図って来ない理由は分からない。
様子見なのか、なにか目的とするところがあって時機を見ているのか。
しかし例え健之助さんが何か目論んでいることを知っても子供の私に何かすることはできない。お父さんに「上林医院との契約を増やさないで」などと言うのは酔狂以外の何物でもない。今は何もできないのだ。
今分かっているのは一つだけ。
それは例え健之助さんに何か言われても、もう私は冬馬と別れることはできないということだ。彼が心変わりするか、死別しない限り、私から別れるという選択をすることはない。
だから例え何を言われても、私は冬馬との関係を守るために全力で動こう。
「花園くーん。ネギ切り終わったよ?次どうすればいいかな?」
花園くんを呼びながら、私は決意を固めた。