仲間外れのその意味は。(生徒会合宿編その5-2日目)
「卯飼くん!」
「月夜!」
「太陽!!」
辺りが水しぶきで白くなってそれが収まるよりも早くそこに駆け寄ると、卯飼くんと太陽が水からぷくりと上がってきてゲホゲホとせき込んでいるのが見えた。二人は無事だった。どうやら避けた際に水を飲んでしまったらしい。
そしてその近くで同じく激しくせき込んでいる子が一人。
「祥子!!」
思わず呼び捨てたところ祥子は反応を返した。
「だ、大丈夫です師匠、当たってません。あぶぶぶぶ…。」
どうやら私よりも早く異常事態に気づいた祥子が水際から卯飼くんにタックルしてその石が落ちる軌道から外したらしい。しかし、急に川の中に飛び込んだ途中で体を打ってしまったのか、痛そうな顔をして沈みそうになる。
「くっそ。ほらイノシシ女掴まれ!」
「太陽?!」
太陽はそんな沈みかけた祥子を浅瀬まで引っ張ると、そこから抱き上げて上陸した。
その抱き上げ方が肩に担ぐならまだしも布団干し状態のままウエストをひっつかんで小脇に抱えるという攻略対象者の色気も素っ気もない態様だったことを突っ込む余裕も私にはまるでない。
「あ、相田くん…それ逆にぐるじい…。」
言われた途端、太陽は祥子をぺいっと砂利の上に下ろした…というか落とした。そしてそのまま怒鳴りつける。
「お前クソバカか!あんな時に飛び込むなんて、岩に直撃して流血騒ぎになっても文句言えねーんだぞ?!」
「ご、ごめん、つい…体が動いて。あたし、五感が人の1.5倍くらいあるし…それに足もそれなりに自信あるから、こう、考える前に…」
「こっんの猪突猛進女!水の中は普通の何倍も体が動きにくくなるに決まってんだろ!?それするくらいならあの場で俺に声かけてあいつを押して軌道から外せたことくらい分かるだろ!」
「ご、めんなさい…。」
「ごめんで済むなら警察いらねーんだよ!お前、怪我して溺れるとこだったんだぞ?!命粗末にすんじゃねーよ!!」
「太陽、その辺にしとけ。確かにさっきの行動は軽率で褒められたもんじゃなかったが、湾内だって咄嗟だったんだ。そう叱ってやるな。」
東堂先輩に押さえられて少し落ち着いた太陽は、祥子が涙目になっていることにようやく気付いたようだった。
くそっと悪態をついてそれ以上責めるのをやめ、その場を離れようとする太陽の背中に祥子が声をかけた。
「あ、相田くん。」
「…なんだよ。」
「次から気を付ける。ごめんなさい。助けてくれてありがと。」
「別に。俺が散々けなした後に死なれたら目覚め悪いからやっただけ。勘違いすんな。」
「か、勘違いなんて…。」
気まずい空気が流れる二人まとめてぎゅうっと抱きしめる。
「祥子、太陽!!」
「ねーちゃん。」
「師匠。」
「良かった…無事で…!!」
気まずいとか、怒っているとか、何が正論だとか、どうでもよかった。
大した怪我がなくてよかった。
一歩間違えれば、無事では済まなかった。そう思ったら自分が死にかけたあの寺落ちの時以上に怖くて震える。大事な家族や後輩が死んでしまうなんて、考えただけで耐えられない。
「…ごめんね、祥子。私、油断してた。」
「師匠のせいじゃないです。あたしもこの五感がなければ気づきませんでした。こんなの『なかった』ですし。」
「普通気付けねーよ。ねーちゃんの油断とかじゃないだろ?」
太陽はゲームを知らないからこう言えるだけだ。危険なイベントが予想外のタイミングで起こることは去年もあったのに。
私が二人を抱き締めていると、みんなが駆け寄り、幸いにして誰も怪我していない(せいぜい祥子の打ち身と擦り傷だが大したことはなかった)ことをちゃんと確認した。
「それでも休む必要はあるわね。特に湾内さんは岩でこすってしまっているから消毒しましょう。」
との愛ちゃん先生の言葉で、一応あの場で直接落石被害を受けそうになった太陽、卯飼くん、祥子が先にコテージに戻ることになった。愛ちゃん先生に連れられる三人が歩きがてらする会話が聞こえる。
「祥子ちゃん、ごめんな。俺のせいで危ない目に遭わせちゃって…。」
「いやいやあれ事故だし!卯飼くんのせいじゃないし!あたしが勝手にかなり無謀なことした自覚はあるから…。」
「…本当に、お前のさっきの行動はバカ丸出しだとは思うけどな。」
「相田くん、言葉を付け足してごらんなさい?相田くんの発言は、湾内さんを思ってのこと。それを教えてあげないと誤解されてしまうわよ?」
「え?」
太陽の方を見て申し訳なさそうにして俯いていた祥子が愛ちゃん先生の言葉に顔を上げた。太陽の方は渋い顔をしている。
「愛ちゃん先生…。別に俺、誤解されてもいいんですけど。」
「よくないわ。ちょっとしたことが原因で人と人の間には溝ができてしまうのだから、きちんと伝える努力はしないとよ?」
愛ちゃん先生にいなされ、太陽がむすっとしてから付け加える。
「…あの無茶苦茶ぶりはねーちゃんと被るんだよ。お前にだって心配する家族とか友達はいるだろ?そういう人の身にもなれって意味。…お礼言われることにも罪悪感覚えろとは言わねーよ。卯飼が怪我ひとつしてねーのはお前のおかげなんじゃねーの?」
「そうだよ、祥子ちゃん!俺は祥子ちゃんにはすっげ、感謝してる!ここに助かった人いるんだからさ、そんなに落ち込み過ぎないでよ。ね?」
「うん…。」
「よしよし、仲直りできたのはいいことね。」
「うわー愛ちゃん先生、おばちゃんみてーだなぁ!…ひっ!」
「卯飼くん、褒め言葉のつもりなら言葉はうまく使いましょうね?」
「すすすすすみません…!ほ、包容力があるなぁーって…!」
「そういうのなら大歓迎よ?」
「伊勢屋先生…あっと、愛ちゃん先生は尊敬すべき教師ですね。こっちの学校にはああいう風にさりげなく生徒を導いてくれるいい先生はいませんから、羨ましいです。」
「私も見習いたいと思ってます。…さ、じゃあ私たちも片付けして戻りましょうか。」
四人の後ろ姿を見送っていた雨くんと四季先生の言葉で、全員が撤収作業に入る。物を片付けている最中も一人無力感でいっぱいになっていると、冬馬が近寄ってきた。
「雪?」
「…あれはイベントだった、んだよね?」
「…多分。横田は、どのタイミングかも、起こるかも分からないが、あるかもしれないとは言っていたよ。」
「そんな…私…聞いてない。」
未羽からの話にも、祥子からの話にも、どっちにもなかったはずだ。
「万が一のために俺にだけ教えるって言ってたんだ。こないだ話聞いたときに。今回のイベントは、『起こるか未確定、だけど起こったら命に係わるものだ』ってな。その上で横田には、全員で水浴びで遊ぶ時間が過ぎたら雪を絶対に川に近づけるなと言われていたんだ。」
「なんで…なんで私に隠す必要があるの!?どうして私に教えてくれなかったの!?」
「じゃあ訊くよ。いつ落ちて来るか、起こるかも分からない状態って前提でこのイベントについて聞いたら雪はどうした?」
「そりゃあ!警戒して、常に上を見てるし、何か起こった時にはさっきの祥子みたいに」
「だからだろ。雪は勘違いしているよ。」
「何を!?」
冬馬がいきりたつ私の肩を押さえて静かな声音で言った。
「横田の目的は、ゲームのイベントからみんなを守ることじゃない。あくまで『ゲームエンドを変えようとしている雪を守ること』。それだけだ。」
「!」
「そしてそれは俺もそうだよ。俺たちが情報を共有したときに雪を除いた一番の理由は俺たちと雪の目的が違うからだ。」
知ったら、私が無茶をするから最初から情報を与えない、ということか。
「…じゃ、じゃあ、みんなが怪我しても、いいってこと…?私が無事でさえいればいいの…?」
「究極を言えば、そうだね。」
冬馬の目はひどく落ち着いている。
「そんな!…そんなこと…!」
「別に俺も横田も周りの人たちのことをどうでもいいと思っているわけじゃない。横田は、『イベントは主人公に付随して起こるものだから、そのタイミングでなるべく湾内祥子を雪から遠ざけるように、それからできれば湾内を長いこと川遊びに参加させないように』と言っていた。だから俺も湾内をマークしてた。怪我でもなんでもすればいいと思っていたわけじゃない。」
だから冬馬は太陽の相手をしながら私の方に来なかったのか。
最初以来一度も来なかったのには理由があったようだ。
「そうだ、よね…ごめん。…考えなしに酷いこと言った。」
「酷くはないよ。俺がやるのはそこまで。…横田は自分が傍にいなくてフォローできないことも、雪がこれを知ったらさっきの場面で飛び込むことも予想してた。だから雪には言ってないんだろ。でも俺は違う。卯飼が危ないと例えもっと早く気づいたとしても同じ状況で飛び込もうとは思わないし、雪が飛び込もうとしたら止める。どんなに抵抗されてもね。」
「でも…。」
「雪は納得できないだろうな。でも俺…俺や横田はこういう考え方しかできない。一番守りたいものを完全に守れるなら、多少の犠牲には目をつぶれる。」
「多少…。怪我とか、い…命の危険が多少って言うの…?」
信じられない思いで訊いたこの質問に、冬馬は微塵も迷わずに答えてきた。
「そうだよ。一番守りたいものとの天秤に掛けたら何度訊かれても同じ答えを返す。…俺のこと、薄情だって軽蔑する?」
そう問われれば、首を横にしか振れない。
私はこれまで無茶ばかりして、そのたびに冬馬にも未羽にも心配をかけすぎている。それは全て私が一人で処理できないから起こっているものだ。二人とも、リスクを取らないだけで、どうでもいいと思っているわけじゃない。それを分かるからこそ、責めることなんてできない。
「ごめんな。俺、ここからは何と言われても動けない。」
「…いい。冬馬のことも、未羽のことも軽蔑なんてしない。普通に考えたらそれがきっと正しい。現実世界にヒーローはいないし、死ぬときはあっさり死ぬもの。…でもごめん。私はそれを聞いても、きっと同じ状況を前にしたら飛び出しちゃうと思う。二人が私に無茶しないでほしいと思ってるの分かってても、私には、二人みたいには考えられない。…迷惑かけて、ごめん。」
正直に言えば、冬馬は優しく頭を撫でてくれる。
「…いいよ、分かってる。俺たちがこういう考え方から動けないのと同じで、雪も変えられないことくらい、俺も分かってるから。それを分かって、俺たちは行動するから。」
どこまでも二人に甘えていて、守られている。それが申し訳なくて砂利をぎゅっと掴むと、その手を冬馬が取って立ち上がった。
「さぁ、帰ろう。片付けも終わっただろうから。」
冬馬はそう言って少しだけ切なそうに笑った。
コテージに戻ると、先に戻っていた三人がぴんぴんして迎えてくれる。
「祥子、大丈夫ですの?全然役に立てなくてごめんなさい…。」
「いや、本来あんなところで飛び出すものじゃないから葉月は正しいよ。」
神無月くんがしょんぼりする葉月を宥めている。
「…葉月が行ったら逆に足手まといになってたからあれでいい。」
「どういう意味かしら?五月。」
「…葉月は運動神経ゼロだろう?」
「ひ、否定はできませんわ!どちらにしても祥子が無事なら葉月はいいのですわ。」
葉月が祥子にくっ付いている。
「あれがあのまま当たったら危なかったわね。不幸中の幸いだわん。」
愛ちゃん先生が怪我の治療を終えて平らな胸をなで下ろしていたが、コテージにはどうしても若干どんよりした空気が漂う。
「どんよりしても仕方ない!むしろ明日以降に備えて気分を盛り上げて行こうじゃないか!」
「桜井先輩、どうするんです?」
「雹くん、そこはゲームとかじゃないかい?例えば王様ゲームとかね!」
「却下する。お前が企画した王様ゲームなんて大体終わりまで想像つくからな。」
「夏樹くんは冷たいなぁ。なんでトモダチがこんなに冷たいんだろうね?」
「普段の尊の行いの悪さでしょう。」
先輩方のこういうところが好きだ。暗い空気を吹き飛ばして盛り上げてくれる。
そんな中、今どう頑張っても明るい気分になれそうもない私に話しかけてきた人がいた。
「……あ、あの。」
「花園くん?どうしたの?」
「ぼ、僕…少し考えてて…。さ、さっき、先輩に言われたこと…。」
「えーと、変わりたいって言ったこと?」
「そ、それもそうですが…その、髪……のこと…。」
「あぁ!」
髪を切れと言ったのは私だったね!
「き、切ってみようか…と思います…。僕…。」
「おお!前に踏み出すんだね!」
「は、はい…。さっき、愛ちゃん先生の言葉もそうだなって…伝える努力、ぼ、僕もしないとって…。」
「だったらさ、今切ろうよ!」
「…は!?」
「ここには髪のカットがとても上手い方がいるんだよ!」
冗談半分、真面目半分に言ってから花園くんの手を取り、ずんずんと歩いて泉子先輩のところまで連れて行く。
「え、え、え。あ…相田先輩?」
「泉子先輩、髪のカットお得意でしたよね?」
泉子先輩は将来の道をスタイリストに決めており、大学進学ではなく専門学校に行くことを決めている。美容師にはならないらしいが、「全身をコーディネートできるくらい、最低水準はできるようにしたいのです!」とよく髪のカットもしている(もちろん法律にひっかからない範囲で)のだそうだ。これが大変好評でかなりの人にお願いされて困ってしまっているほどだという。多才な人が多いのは、乙女ゲーだからじゃなく、確固たる信念を持った人が多いからだと思う。
「そうなのです!が、それがどうかしましたか?」
「彼の髪を切ってもらいたいんです。」
「え?!あ、相田先輩!?!?い、今ですか…!?」
「思い立ったが吉日って言うでしょう?」
「そ、それにしても…ですよ…!?」
「花園くん、自分を変えたいんでしょう?」
「それはそうですけど…。」
「さっきまであんなに決心した!って感じだったのに。時間がたったらためらっちゃうものじゃない?先輩、望めばお願いできますか?」
「もちろんなのです!」
泉子先輩はたーっと走って女子部屋に戻るとカット用の本格的なハサミを持ってきた。シャギーをいれる専用のやつもある。
去年の美玲先輩といい、先輩方は何を想定して合宿用の持ち物を選んでいるんだろう?
せいぜい普通のハサミで見苦しくない程度に整えてもらう程度で連れてきたのだけど、これは本格的になりそう…!
「先輩~、どうしてこんな物を持ってるんですか~?」
「備えあれば患いなし、なのですよ!それで、らんぴょんはどうするですか?」
こめちゃんに満面の笑顔で答えてから、泉子先輩は優しく花園くんに声をかけた。
花園くんは悩む様子で暫く戸惑っていたが拳を固め、顔を上げた。
「お…お願い…します!僕も…変わりたい、…と思ってるんです…。先輩方に認めてもらいたいんです…!」
天夢のメンバーはみんな一様に驚いているが、泉子先輩はにこにこしている。
「前向きなのはいいことなのです!ゆきぴょん、手伝ってなのです!」
「あ、いえ、ここは美玲先輩にお願いしてもいいですか?」
「いいぞ!」
いきなり話を振られた美玲先輩もすぐに明朗に笑って了解してくれた。