示すべきはできることとやるべき理由。(生徒会合宿編その4-2日目)
昨日の投稿は予約投稿しようとして間違えて即時投稿してしまったものなので、奇数日更新を変えるつもりはありません。申し訳ありません。
一通り遊び、途中から三馬鹿と私、そして俊くんがバーベキューの準備に加勢しようやくお昼。
太陽が相変わらず幼く冬馬に突っかかり、その様子を見ていた桜井先輩が「いちゃいちゃしているねぇ!ボクも仲間に入れておくれよ!」と混ぜっ返して再度小さな乱闘が起こっている。あの様子だとしばらく私の邪魔はしてこなさそうだ。それを確認してから私は、木の傍で陰になっている岩の上にひっそりと座る少年の隣に座り、手に持ったタオルを差し出す。
「はい、タオルどうぞ?そのままだと風邪ひいちゃうよ?」
水遊びで重くなって顔に貼りつく濃い紫色の髪。そこから流れる水で岩の上にシミを作っていた彼は、私が座ったことにびくっと怯え、その場を離れようとするので言葉で止める。
「まぁまぁ。そんなに逃げないでよ。今逃げられると私が場所を奪ったように見えるじゃない?」
すると、花園くんは迷った様子を見せてからためらいがちに再びそこに腰を下ろす。
「私、ご飯食べたいからタオルも受け取ってくれるとありがたいな。」
右手にタオル、左手にお肉と野菜の載ったBBQのお皿と割り箸を持った状態でにっと笑うと、こっちに顔を向けた花園くんはおそるおそるタオルを受け取って尋ねて来る。
「…な…何か御用でしょうか…相田先輩…?」
おお、本人側からはこっちが見えてるんだね。目を覆うカーテンのような前髪のせいでこっちからは彼の目の色も分からない。鼻の先と口元しか出さないとか、どこの妖怪なんですか、君は。
「そんなに怯えないでよ。お話に来ただけ。」
「話…?…僕、そんな…お話できることありません…。」
彼は何とも居心地が悪そうに受け取ったタオルを手に持ってじり、とわずかに遠のいた。
「ご飯もいる?」
お皿の野菜や肉を見せて尋ねても、ただかぶりを振るだけだ。
もしかしたらこれがゲーム設定の葉月の姿だったのかもしれないな。
「迷惑?」
「………い…いえ。」
明らかに迷惑そうなのに、嫌だと言わない。
この子の雰囲気はかなり小さい頃の太陽や出会ったばかりの秋斗を思い起こさせる。二人はここまで陰気ではなかったけれど、どちらも人と交流せずに閉じこもっていた。お節介になるとは分かっていても、二人と被るその姿を放置して美味しくご飯など食べられない。
というわけで、ただ今から私、相田雪は「自分のご飯を美味しく食べるため」に花園くんの改心作戦に移ります。
「言葉を話せないわけじゃないのに、どうしてちゃんと断らないの?」
「!………ごめんなさいすみません申し訳ありません。」
びくびくと震えて、体を縮ませて私から逃げようとする。
「ね、本当に悪いことしたと思ってる?」
「………。」
「今のなんて、別に花園くんは悪いことしてないよね?私がお節介で近くに来て、いらない物や食べたくもない物を差し出しただけだよね?」
「…………そ、そんなこと…。」
「悪いことしたと思ってないのに謝ると、本当に謝りたいときに気持ちが伝わらないよ?」
びくりと震えて、それでもなお口をそれ以上開こうとしない。
ならば。
会話を避けるように背中を向ける彼に単刀直入に訊いてみる。
「不躾な質問だから気分を害したら申し訳ないけど、なんで花園くんはそんなに自信なさそうなの?」
「…………ぼ、僕…全然何も出来ませんから…。学校でも劣等生だし…背も低くて…運動も出来ないですし…。…学校でも…疎まれていますから…。」
「それだけ?」
「え?」
花園くんは(なにせ顔半分が見えないので多分だが)驚いたようにこちらを見た。
「私はこの世に何も出来ない人間なんていないと思ってるんけど、花園くんは違うって言いたいんだよね?でもまさかそれだけの理由?」
「…ほ、他にもっ。」
「そーかそーか。他にもあるのか。じゃあ私を論破してみてよ。なぁんにもできないって示して見せて?」
「………と、とにかく、…僕何もできませんから……。」
そう言うしかないよね。だって「ないことの証明」なんて不可能なんだもの。
予想通りの答えを聞いてくすっと笑うと花園くんが少しむっとしたように訊いてきた。
「…な、なんで笑うんですか?」
「えーだって自分がいかにできないかを頑張って説明しようとして失敗してしょげてるんだもの。普通はそこは喜ぶとこでしょ?」
「……喜べません…。だって…単に、僕がバカで表現できないから…だから何も思い浮かばないだけで…。」
「んーそもそもさ、天夢高校って超エリート校だよ?そこに入れるだけで十分『素質』はあるんじゃない?」
「ぼ、僕!り、理事長の孫ですから……底上げしてもらっていれてもらってるに決まってます…。」
「へぇ。それ理事長に言われたの?」
「ち、違いますけど…自分で分かるんです…。順位だってなんだって…。おじいさまからは既に期待もされていません……。」
「じゃあ生徒会に入ったのはなんで?」
「…か、勝手にされてたんです…。立候補もしていなかったし…他薦も当然ないはずなのに…。なんで僕なんかが…。あ、足引っ張るだけなのに…。」
手持ちの情報が少ないときに効果的なのは、相手に語らせることだ。一方、自分の情報は悟らせない。これが鉄則。今だって彼は理事長と雹くんたちのやり取りを知らないということを知ることができた。危ない危ない。これには触れない方向で行こう。
「行きたくなかったら行かないこともできたんじゃないの?」
「…ま、間違いだろうと思って、最初の集まりになってた日に…行かなかったら…雹先輩が『花園藍樺はいねぇのかー!?』って一年のきょ、教室に…。そのまま、ゆ、結人先輩…に、捕まりま、した。」
おぉ…雹くんと鮫島くんが一年の教室に乱入して花園くんを捕獲したその光景が浮かぶようだよ。
「と、とにかく…僕は相田先輩やあの辺にいる人たちとは次元が違うんです…。もう…放っておいてください。」
「ふーむ。花園くんはさ、そういうウジウジしたキャラでいたいの?陰キャラ志望?変わった趣味だけど、まぁ今までなかったキャラだからあの生徒会では目立つかもね。それなら止めないよ?むしろ今の方向性でバッチリ。」
ぐ、と親指を立ててみると、ふざけてると思われたのか、少し憤慨したようにこちらに身を乗り出してきた。
「そ、そんなわけないです!…僕だって、僕だってもっとマシになりたいです…!」
「マシっていうと、デキるようにってこと?だったらなんであの人たちの真似しないの?身近にいい手本がいるでしょう?」
「で、出来るわけないです!あんなにすごい人たち!簡単に言わないでください!」
「あ、出来たじゃん。」
「…へ?」
「今。大きな声出たじゃん。あの人たちが出来る人に見えるのは煌びやかな外見や中身のスペックもあるけど、いつも堂々としているからっていうのもあるんだよ?きちんと話すことは堂々と見せるポイントの一つ。…それはそれとして、花園くんはいっつも小さい声で話しているけど、声すごく綺麗だよね。」
「な、そ、そんなことっ!…お、お世辞なんかいりません!」
「いやいやお世辞じゃないって。最初の自己紹介の時にそう思ったんだもん。多分、ここにいる人たちの中で一番澄んだ声してるよ。きっと大きな声で話すだけでかなりの人が虜になると思うな。音とか匂いって、無意識に人の好感度を決めるからね。それなのにどうしてそんなに小さい声で話すのかなって思ってたの。私なんか羨ましいくらいなのに、もったいない。」
「な、なにがですか…?相田先輩が僕に羨ましいって…?」
「私さ、昔から初対面の人に嫌われる体質みたいなんだよねー。」
「そ、そんな…相田先輩はあんなに…たくさんの人に…囲まれてて…みんなに人気で…。」
「あはは、違う違う。そりゃあここにいる人たちはみんな仲良いよ!でも、幼稚園から高校に至るまで、女子の中では完全に鼻つまみ者だよ。友達だって少ない。他人から好意を寄せてもらうと素直に受け取っていいか分からなくなっちゃうくらいには、コミュニケーション能力低いよ?第一印象が悪いから、その後嫌なとこばかり目につくようになるらしくって、どんどん嫌悪の目で見られちゃうんだよ。はは。」
イケメンな弟や幼馴染、彼氏の関係者であることや私のスペックへの嫉妬が大半であるのは事実だ。でもそれだけでは説明がつかない。そういうところにいても、そういうスペックを持っていても、愛される子は愛されるのだから。だから他人に嫌われる要因は他にもあり、私なりに考えた結論が、この性格と第一印象の悪さだ。
「だからね、他人にいい第一印象を無条件で与えられる要素を持っている花園くんが純粋に羨ましいの。」
「ぼ…僕…。そんなこと…。こ、声なんかでそんなの…。」
「あ、声をバカにしたね?声ってすごいんだよ?あそこにいる俊くんなんて、その声を聴くと荒んだ気持ちが落ち着くとか言われて放送委員でもないのにたまに放送要員として引っ張られているよ?俊くん嫌いな人って私、見たことないんだけど、それは声とか穏やかな話し方の影響も大きいと思うんだ。」
「…し、俊先輩は僕なんかと比べものにならないくらいすごい人で…。僕じゃそんなことは…。大体、俊先輩は別に声だけじゃないでしょう…?ほ、他にも生まれつき色々恵まれてるから…。」
「俊くんが生まれついて色々恵まれている人、か。それは違うと思うな。」
「え…ど、どういうことですか?」
「あのね、俊くんのお兄さんって、あそこにいる会長でね。あの人って、あの顔であのオーラで頭は恐ろしく切れるし、全国模試で一桁に余裕で入っちゃうし、運動もそれなりに出来る。もちろん声もよくて、歌も上手いよ。…恋人のこめちゃんのことになるとただの迷惑すぎる変人だけど、まぁ完璧超人なの。ああいう人が生まれついてすごい人なの。」
「……すごい人なのに…ただの迷惑すぎる変人って…どういう…」
さっきより自分から会話を続けようとしている。
よしよし、会話にのってきたな。
「でさ、その弟である俊くんに会長のような能力はないよ。そんな出来過ぎた兄がいて、ご家族や周りに比べられなかったと思う?」
「!!それは…比べられた…と…思います…。」
「でしょ?もし花園くんだったら同じ立場でどう思う?」
「…きっと毎日…ひがんで…羨ましいって…。」
「だよね?ところがここが俊くんのすごいところなんだけど、普段一緒にいても一度もコンプレックスとかを感じさせないの。もし俊くんの美点がもともと持っている才能だけだとしたら、彼はその他の面では卑屈になっちゃうもんなんじゃない?でも、俊くんは自分で自分のできることとできないことをきちんと分かって、それをどっちもありのままに受け入れてる。そんな彼だからこそ人を惹きつける魅力を持ってるんだと思うんだよね。」
「そ、そんなの…一部の才能が突出してたら…そこに自信もてるからじゃないんですか…?例え一部できなかったとしても…カバーできますし…。」
まだ頑張るか。ミョウバン男子を甘く見ていたな。
よく考えたらミョウバンって水につけているともう一回生えて来る再生力の強い植物だった。
よし、私に口で勝てるのは冬馬と未羽と太陽くらいだってことを見せてあげようじゃないの!
前の方で俊くんと雹くんと冬馬が楽しそうに話しているのを見ながら口を開く。
「それは一理あるね。」
「え、は、はい?」
「じゃあ、仮に彼がその一部分を誇りに思ってて、他の部分に関しては劣等感で周りに嫉妬してるとしようか。そういうのって隠しきれるものだと思う?」
「い、いいえ…。」
「だよね。そのコンプレックスになっているところに触れたときに負のオーラ撒き散らしちゃうのが普通。程度の差こそあれ気にはなるよね。俊くんと話した期間が短い状態の花園くんから見て、彼はそんな卑屈人間に見える?もしそうだったらそんなに人が集まったと思う?それだけ人を癒せる人になれるかな?」
「…それは違いますけど…。」
「でしょ?人の価値を決めるのは、その人の生き方とか姿勢であって、生まれ持った才能だけじゃないって思わない?まとめるとさ、花園くんは元々素敵な才能を持ってるし、それが信じられなかったとしてもこれからの努力次第でいくらでも『できる』人になれるってわけ。そんなに卑屈になる必要ないって証明はこれで十分かな?」
花園くんは黙り込んだ。ふっ。一勝したぞ。
「じゃあ次は卑屈な自分を変えないとまずいってことを話していい?」
「ま、まずい…?」
「花園くんは、私たちと天夢のあの人たちが最初に会った時に一触即発の関係だったって聞いた?」
「え!…そ、そんなこと…一度も…。」
「まぁあえて言う必要もないもんね。雹くんは特に分かりやすく敵意を向けてきたなぁ。私ね、あの俊くんが激昂したのを見たのって雹くんが俊くんのお兄さん、つまり会長を貶した時だけなの。それぐらい俊くんはお兄さんのことを大切だと思ってるし、尊敬してるんだよ。花園くんはどう?雹くんや雨くんたちのこと、嫌い?」
花園くんは初対面時から鮫島くんや雹くん、それから卯飼くんの近くにいた。
もし劣等感があるだけだったら普通はその対象からは目を背けたくなるはずだ。それなのに彼らの近くにいるということは、それはつまり、彼らに対して強い尊敬や好意を持っているということだろう、と思う。そんな推測は当たったようだった。
「い、いいえ!ぼ、僕、先輩方のことは尊敬してます!…あんな最初だったのに…僕逃げたのに…せ、先輩方は『生徒会室出来たばっかで分かんなかったよなー悪い、今度から分かりやすくしとくわ!』と言って普通に受け入れてくれて…それからも…!い、色々失敗しても、ぼ、僕のことを馬鹿にしないでくれたんです!人一倍すごいのに…!せ、斉先輩だけは怒ったけど…でも、一度も見下しはしなかったんです…。だから!僕!」
「そうなんだ?でも花園くんのその態度からはあまりそう見えないよ?むしろ、『自分より優れた先輩たち』を羨ましくて妬んでいるようにも見える。ずーっと暗いままでいたらね?」
「そ、そんな…僕、そんなこと全然、思ってなんか…!」
「誤解されてるかもよ?彼らだって、花園くんが自分たちのこと嫌いって思ってるかも。」
「ち、違うのに…。誤解、されたくない…。」
「花園くんは、自分の思いをみんなに伝えることはした?努力はした?」
「…。」
「努力してみたらどうかな?変われないって思い込む必要はないと思うよ。私だって変えられないと思ったもの、いっぱい変えられたもの。」
「…相田先輩が?」
「そ。」
しばらく黙っていた彼は静かに問うてきた。
「ぼ、僕、変われると思いますか…?」
「それは花園くん次第じゃない?」
「……か、変わりたい、です…。でも、一体どうやって…。」
川遊びをしている面々を見ていた目を隣の目隠し坊やに移す。
「んー手っ取り早い方法ならあると思うよ?」
「…え!?な、なんですか?」
「とりあえず前髪、切ってみれば?」
「え?!」
「前髪そんなに長くて目が隠されてたら気味が悪くてみんな近寄らないって。自分で、ザ陰キャラです!って言ってる感じ。目で会話するって言うでしょう?目を見られるのって大事なんだよ?ほら、こうやってさ!」
「あ、ちょっと相田先輩…!」
花園くんの前髪を手で押し上げる。
その隠されたご尊顔と対面してやろうではないか!気になって仕方なかったんだよ実は!隠されたら暴きたくなるのは人間の古来からの欲望だから勘弁してほしい!パンドラの箱は開けちゃうものなのだ!
「…え!?」
途端に私の手を振り払うと耳まで真っ赤にして花園くんは立ち上がった。
「やめてください!!僕はこれを晒したくないからこうしているんです!!」
その時だった。
ガラガラ…と微かな音がした気がした。
私たちの真上ではなくて、川の方から聞こえた気がしてはっとそっちを振り返ると、その音は直ぐさま大きくなって昼食後も川の中で再び遊んでいた卯飼くんと太陽の方に向かってくる。軌道から言うと最も危険なのは卯飼くんだ。
「危ない!!」
私が叫んだときには周りも気づいたらしく何人かがそっちに走る、が間に合わない!
頭の大きさほどの石が落ちてバッシャ―――ン!と水飛沫が上がり視界が隠された。