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ゲーム補正を求めて奮闘しよう!  作者: わんわんこ
【高校2年生編・1学期~夏休み】
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弟は兄より出でて兄よりかっこよし。(茶道部合宿編その4)

ハーフタイムを挟み、後半戦に入ったので席を抜ける。さきほど頭を冷やそうとしたタイミングでちょうどハーフタイムになってしまい、トイレがものすごく混んでいて行けなかったのだ。

「未羽、私トイレ行ってくるね。」

「行ってらー。」

一進一退の試合に熱中している観客が多いから、試合が始まった直後の今なら空いているはずだ。

実際、確かに人は少なかった。でも人目につかないというのはいいことばかりではない。

「ちょっといい?」

トイレを出たところで三人組の大人のお姉さんに捕まった。

目の尖り具合がアイライナーで強調されて迫力がありますね。

こういう表情を向けられることに慣れっこになってる自分もどうかと思うけれど、ツッコミを入れられるくらいには落ち着くようになってしまった。それだけではない、予知能力も手に入れた。きっとこの後くる話は…

「あんたさ、さっき相田くんに手を持って連れられていた女でしょ?」

ほらね?

どうやら遠くから見ていた人たちなのか、私が太陽の姉だということに気づいていないらしい。

「あんた何様?太陽くんの彼女?」

「違います。太陽の姉です。」

「は?髪の色も目の色も全然違うじゃないの!適当なこと言わないでくれる!?」

「事実なんですけど…。」

髪と目の色が違う理由なんてゲームデザイナーに訊いてくれ。せめて母に訊いてください。ちなみに目、髪の色は太陽と私では全然違うけれど、両親及び祖父母からそれぞれバラバラに引き継いでいるので親族全員でいればそれほど違和感はない。

この世界ではおじーちゃんずもカラフルなんですよ!

「あの東堂くんとも話してたわよね!?なんなの?!」

「いやー東堂先輩は生徒会の先輩でして。」

「ふざけんじゃないわよ!もっとましな嘘つきなさいよ!」

その後もなんだかぎゃあぎゃあと一方的に文句をつけている。

私の話を聞いてくれないんだったら質問形にする意味ないだろうに。

これ間違いなく未羽がさっきちらっと言ってたイベントだよね。ファンとトラブルを起こすってやつ?だけどさぁ。試合中だよ?二人とも来られないし、そもそも主人公の湾内祥子はいないのに…

…イベント?

それがまた、私に起こっている?ちゃんとした好感度イベントも起こっている主人公がいるのに?私は悪役でもないのに?一体どういうこと?

気づいた事実の恐ろしさに固まっていると、反論できなくなったと思われたのか、相手の怒りのボルテージが上がったらしい。

「嘘までついたの!?この女!」

「あんたなんか、あの二人の傍にいること自体が間違っているのよ!」

お姉さんに手を掴まれ、他のお姉さんの一人が大きく手を振りあげる。

あれ。これトラブルが起こるだけじゃなくて殴られるの?

第3弾、結構過激なの多くない?

そんなことをぼんやり考えてしまったら逃げる暇がなかった。仕方ない。女性に殴られるくらいだったら、大したことないはずだ。指輪が内側になってないから頬を抉られるというスプラッタな事態にはならないはず…!

目を固くつぶってそれが来るのをしばらく待つ。

…あれ?来ない?

「何してるんですか?暴力行為はやめてください。警備員を呼びますよ?」

「俊くん!」

怖い顔をした俊くんが振り上げられたお姉さんの手を押さえて三人を睨んでいる。俊くん、こんな顔するんだね!

「わ、私たちはただっ!」

「彼女が何かしたんですか?」

「…ッ。覚えてなさいよ!」

悪役典型のセリフを吐いて、お姉さんたちは俊くんの腕から逃がれて去っていく。

見事な逃げっぷりだ。ゲーム設定の元悪役である私が認めよう。

俊くんはお姉さんたちの後ろ姿を見ていたが、すぐにこっちに向き直って心配そうな顔を向けて来る。

「雪さん!大丈夫?怪我はない?」

「俊くん、ありがとう。助かった。俊くん、トイレに来たの?試合観てたんじゃなかったっけ?」

「雪さんの帰りが遅いから、様子見に来たんだ。」

「心配かけてごめん。ありがとうね。私、ちょっと人のいないとこで休憩していくから俊くん先戻っててくれる?」

そう言うと、俊くんがちょっと思案した後に私の手を取って観客席と違う方に引っ張っていく。

「俊くん?」

「雪さん、ちょっと話しない?」




俊くんは日陰になっている競技場の裏のベンチまで私を連れて、そこに座った。

「どうしたの?俊くん。」

「ごめんね、さっき京子さんと話してたのが少し耳に入っちゃって。僕でよければ話聞くよ?」

俊くんはいつも優しい。押し付けがましくなく、それでいてよく気づいてくれる。そんな彼に甘えるのは許されるだろうか。

私は俊くんの隣に座って、ぽつりと問う。

「話しづらいことだけど、いいかな?」

「雪さんがいいなら別に僕は大丈夫だよ。」

「…昨日のみんなで話してたこと、気になっちゃって。」

「昨日って言うと、コイバナ?」

「あの後ね、女子部屋の方でガールズトークしてたんだ。それでね、女子みんなでその、恋愛進行具合について暴露大会してたんだよね。」

「…女の子たちってすごいね…。」

「あはは…。それでね、えーっと、その。みんな『そういうこと』をするのが当たり前っていうか、普通って話をしてて。」

「…そういうことっていうのは、えーと」

「に、肉体関係?」

「その言い方はかえって生々しいね…!」

そのものずばりと言うのはためらわれたので概念として言ったのだが、初心な彼は顔を赤くしている。

「ごめん、やっぱりこんなこと訊くことじゃないね…。」

「…いや、ごめん。僕、聞くって言ったし、平気。続けていいよ?」

「…それでね。私はそういうことするのが普通って感覚じゃなかったからこれまでそれを考えること自体避けてたんだ。だけど昨日みんなに、冬馬に我慢させてるって言われたの。みんなそういうことをすんなり受け入れてた。それに昨日、俊くんたちもさらっと言ってたでしょ?好きな人と付き合ってたら、そういうことしたいって。」

「あー…もしかして、僕たちの発言がそういう会話を生んじゃった?」

「いやあれは間違いなく出てきてたと思うから、俊くんたちのせいじゃないよ。だけど、そういうもろもろ含めて、なんだかすごく不安になっちゃったんだ。このままでいいのかな、冬馬は私に愛想尽かさないかなって。だから男の子はそういうの、どう思ってるのか、ちゃんと訊いてみたかったの。…やっぱり、望むものなのかな?」

指示語だらけになってしまったが、俊くんは何が訊きたいのかは分かってくれたみたいで心底困った顔をしている。

あぁ本当にごめん、俊くん!君が知り合いの中では一番この話題が苦手なのは知ってるんだけど、俊くん以外には訊けないんだよ!一番真面目に答えてくれそうなんだもん!

俊くんはしばらく顔を赤くさせたまま困ったようにしていたけれど、ふぅと息を吐いてから答えてくれた。

「うーん。はっきり言えばだけど、昨日言ったとおりかな。男子はそういう欲求が強いものだし、特に僕たちの歳って、大人の男の人たちみたいに抑えるには少し未熟なんだよね。だから、そういう気持ちがあるのは否定しないかな。好きであればあるほど、求めたくなるし、相手と触れ合っていればいるほど、その欲求は高まるだろうと思うし。でもね、雪さん。」

「うん?」

「好きな相手であるほど、相手を大事にしたいものなんだよ?そういう本能的な欲求を越えて、ちゃんと相手の気持ちを尊重してあげたいんだ。相手が嫌がっているのに、それでも無理になんて絶対思わない。相手が幸せそうなのを見て、こっちも幸せって思うから。」

「…じゃあ、もし、相手の心変わりを恐れてそういうことに踏み出したとしたら、嬉しくない?」

「それは喜ばないよ!いや、人によるのかもしれないけど、僕はそう。冬馬くんもそうだと思う。むしろ、それを知ったらショックを受けるんじゃないかな。自分の気持ちを信用されてないのかなって。」

俊くんはまだ赤い頬で地面の雑草を見つめたまま続ける。

「確かにね、好きでたまらない相手にき…きききっ、き…キ…スまででストップって言われたら、なんて言うの?え、お預け?みたいな気分にはなるよっ!?でもね、それでも絶対頑張れるから。…冬馬くんは、雪さんのことすごく大事にしてる。僕が見ててもそう断言できる。二人が周りよりもゆっくり進んでいるのは、冬馬くんが雪さんを傷つけたくない気持ちの表れだよ。もっと冬馬くんを信頼してあげてほしいな。」

私だって冬馬を信じていないわけじゃない。でも不安な気持ちは消そうと思っても自然に湧き上がってくるものだからどうやって消したらいいか分からない。

「どうすれば、いいんだろう?」

「冬馬くんに、僕に話したことをそのまま話してみればいいんじゃないかな?冬馬くんなら雪さんの思っていることを受け止めてくれるよ。」

「…う…ん。」

私が冬馬にこういうことを話せない障害事由はいっぱいある。

まずはこの手の話題がどちらかというと苦手な私にはそもそも話に出しにくいということ。精神年齢通算38歳が何を言っていると責められようがなんだろうが、話しづらいものは話しづらい。

それから、もっと大きな理由はこの世界がゲームの理というものに支配されていることにある。冬馬はあくまで攻略対象者。そして主人公は湾内祥子。それがある限り、冬馬が何と言ってくれても、冬馬の気持ちが動く可能性がないとは言えない。普通(ゲームと無関係)に付き合っていても心変わりがあるのに、ゲームの強制力というものまであるのだ。

だからそれならいっそ、そういう繋がりを持った方がいいんじゃないか、という極論まで考えてしまって、京子や俊くんの言う通り、いやいやそれは違う、と一人問答をしたのが昨日の夜。うだうだ考えるのは性に合わなくて結局寝てしまったけれど。

考え込んだ私を見て俊くんが穏やかな声音で話を進めてくれた。

「雪さんは、そういうことに対して抵抗があるんだね。」

「…うん、今はまだ気持ちの面でも、そして現実的なリスクという意味でも私に覚悟はないの。だからしたくない。でも、相手の気持ちを縛ることはできないから不安なの。もうこれ以上大切な人がいなくなるのは嫌なの。…いつもはこんな不安、無意識下に落としてるんだけどね。昨日他にもいろいろ、太陽のつっかかりが面倒くさいとかそんな話も聞いちゃったから不安が意識下に出ちゃって。」

「不安だってことも伝えてみたら?」

「え?」

「僕が雪さんの立場でも、冬馬くんが彼氏だったら不安になっちゃうだろうと思う。あれだけかっこよくてなんでもできちゃう、女の子の理想像みたいな人だし、実際雪さんと付き合ってることが広まっても告白されてるんだもんね。例え1年も片想いし続けてくれたとしても、不安は残って仕方ないよ。」

「俊くん…。」

でもね、と俊くんが微笑んでくれる。

「僕はそれを知った上でも、冬馬くんは絶対雪さんから目を離さないって言えるよ。だからこそ、不安なことでも、不満なことでも、ちゃんと二人で共有した方がいいと思うんだ。だから今僕に話した不安をそのまま伝えてみて?冬馬くん、きっとちゃんと返してくれる。」

俊くんの言葉は、なぜだかいつも素直に私の心に響く。

未羽が前に言っていたことだが、現実の俊くんもゲームのキャラとしての「俊くん」とは大分変わっているのだそうだ。ゲームの彼はただ兄に憧れる気弱で大人しい美少年で、もちろん、サポートキャラでもない彼が主人公の恋愛の不安を聞いたり、悩んでるときに慰めてくれるシーンはなかったのだと聞いた。

でも現実の俊くんは違う。

怒るときは怒るし、ダメなときはダメだと伝えてくれる。考え方がしっかりしていて、そして友達想いの少年だ。前も、今回も、彼は優しく道しるべを出してくれて、それが私を助けてくれる。

一番いけないのは、一人で抱えて冬馬とすれ違ってしまうこと。それが余計に事態を悪化させてしまう。それを避けたいのであれば、言葉にすればいい。

前と同じ。きちんと言葉にして話せば、気持ちは伝えられるはずだ。

こんな当たり前のことも、私はすぐ見えなくなってしまうんだなぁ。

「俊くん。ありがとう。なんか気持ちが軽くなったよ。冬馬と話してみる。」

「いえいえ、僕で役に立てたなら。」

にっこり笑って立ち上がる俊くんを見上げる。

「…俊くんってさぁ。」

「ん?」

「一番いい時に助けてくれるヒーローみたい。」

「なに言ってんの。雪さんのヒーローは冬馬くんだよ。」

「うん、それは間違いないね。でももしこの人生を終えて今度の人生で会えたら俊くんのことが好きになっちゃうかもってくらい、かっこよかったよ。いつもありがとう。」

ふふ、こんなことを言ったら俊くんは照れちゃうんじゃない?

ここでいつもの恥ずかしがりやさん俊くんを出させておかないと。

だって俊くんがこれ以上かっこよくなったら攻略対象者様の会長よりも上に行きそうなんだもの。会長を庇いたいわけではないけど、兄の沽券にかかわりそうだもんね。同じ弟がいる身としての武士の情けさ。

私が内心、意地悪でそう言えば、俊くんもにこりと笑った。

「そうだね。」

「え?」

「雪さん、次の人生があったら僕を好きになってね。僕、雪さんのことすごく大事にするから。」

えええええええええ。俊くんどうしたの!?そこは照れちゃうとかじゃないの!?

「なぁんてね、冗談!僕もいっつも雪さんにからかわれてばっかりなのは嫌だから今日は冬馬くんを意識して仕返ししてみた!」

なに?!計画犯だっただと?!それならこっちにも手はあるぞ!

「あ―――びっくりした!俊くん、かっこよすぎて今一瞬くらっとしたよ!本当に惚れちゃうかと思った!」

そこまで言うと、俊くんは今度こそ赤くなってそれからすぐに思い出したように真っ青になった。

ふっ、まだまだ俊くんには手玉に取られんぞ。

「僕、兄さん以外に冬馬くんに殺されるリスクまでは負いたくないな…。」

「あはは。まぁさすがに冬馬は会長ほど過激ではないって。」

「うぅーん。どうだろうねー。」

「あ、ラインだ。未羽が心配してきたのかな?…あれ。違うな、冬馬だ。」

「噂をすればだね。」

俊くんがくすくす笑う。

「こんな時間にしてくるなんて珍しいな。いつも夜とかなのに。どうしたんだろう?」


あとから思えば。

冬馬を信頼していなかったバチが当たったのかもしれない。


…カタン。

「雪さん?ケータイ落としたよ?」

俊くんがケータイを拾ってくれたのに、受け取れない。

「…雪さん?どうしたの?!」

膝が震えて立てない。

「な、んで…どうして…?」

落としたケータイの既に省エネモードで消灯した画面にあったのは予想だにしない言葉だった。


『雪、いきなりごめん。1日連絡するか迷って、それでもあまりにも聞いたことが去年あったことから外れてなくて、夢物語で笑い飛ばせなくて連絡してみた。意味不明だったら、ごめんな。


雪は、転生とか乙女ゲームとかっていう言葉に覚えある?』




7月1日の活動報告に神無月くん視点での弓道部合宿小話を掲載しました。よろしければどうぞ。

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