バージョンアップは一か所にとどまらない。
次の日の放課後。授業をつつがなく終わらせて冬馬と一緒に生徒会室に向かう。
「え、昨日、夕食後に横田の家に行ったって言った?」
「うん。お母さんにおかずを届けるように頼まれてね。」
正確には出かけるからおかずを預けられたのだが、その辺は有耶無耶にしておく。
「何時くらい?」
「家を出たのは10時半くらい。帰ったのは11時過ぎだったかな。」
「…一人で?」
「うん。」
「女の子がそんなに遅くに出たら危ないだろ。」
「未羽の家は徒歩2分の位置だったからへーきだよ。」
「まだ夏だからいいけど…冬はやめろよ?太陽くんに付き合ってもらうか…それか連絡して。」
「いやいやいや待って。冬馬の家、うちから遠いでしょ。未羽の家に行く方が冬馬待つより早いし!そんなの本末転倒だよ。」
「それでも!お願いだから。」
そう言って私の手を取って指に指を絡めてくる。
これまでどれだけ周りの人たちの神経を逆撫でしないようにするかに神経を使ってきた私だ。
隣を歩くぐらいならともかく、学校で手を繋ぐなんてことはもちろんだけどしたことはない!怪我したときは誰がどう見ても仕方ない状況にあったからみなさんの堪忍袋の緒も強固だっただろうけど、ピンピンしている今は釈明の余地はないんだよ!?
「え、ちょっと!冬馬!ここ学校!」
「雪はいろんなトラブルを引き寄せまくるから目を離しておけないんだ。…心配なんだ。」
私はトラブルメーカーじゃなくてトラブル解決者の方なんですよ!?
…あぁもう、そんなに心配そうな目で見つめないでよ。捨てられそうな子犬の目をあなたがするのはなしだって。
「わ、分かった…。冬、夜中に外出る時はちゃんと太陽についてきてもらうから。」
冬馬はようやくほっとした様子を見せて歩き始めるが、指は解かない。
あれ?これ言うこと聞いたら解いてくれる流れじゃなかった?
「冬馬!見られてるなんて表現じゃ足りないくらい注目されてるよ!」
「お仕置きだからいいんだ。」
冬馬は私の異議など意に介さず前を向いて少しだけ前を歩き続けている。
「…こういうお仕置きなら受けたいけど…でも学校では…。」
すれ違う生徒にかなり囁かれているなぁ。これは会長に言われた通り、さっさと行動に移した方がいいかな。
学内での私への嫌がらせの実体は既に把握しているから、倫理的かつ確実に嫌がらせを根絶させる一番効果的な対策の構想も大体固まっている。
持っている情報量が多い上にやり方がえげつない未羽に頼めば、おそらく一瞬でカタはつくが、彼女に頼るつもりはない。元々他力本願は主義じゃないし、会長様に「降りかかる火の粉を自分で振り払えない」なんて言われたら、スマート且つさっくりと解決してやらないと気が済まないじゃないの。
でも今行動に移すにはまだ証拠が足りないんだよな…おや?
気づけば生徒会室の前に着いており、手を解いた冬馬が振り返ってこっちを軽く睨んでいた。
私、何かまずいことでも言ったっけ?
「…雪のバカ。お仕置きを受けたいとか言うな。…襲いたくなるだろ。」
どうやら言葉の選択を誤ったようです!
「えーと、ごめんなさい?」
「なに二人で生徒会室前でいちゃついてんだよ。」
すごく不機嫌な声で私と冬馬の間に割り込んできたのは太陽だ。後ろには神無月くんもいる。
「いっ、いちゃついてなんかいないよ!」
「ふぅん。じゃあなんで顔が赤くなるんだよ?」
「り、リンゴ熱が…。」
「あれは0から5歳くらいまでの幼児とその母親がかかりやすいよな。」
「せ、赤面症気味で…って、こ、この程度いちゃつくとかじゃないもん!」
「普段何やってんだよ!?」
そのあたりで冬馬がぷっと噴いた。
「相田姉弟は本当に仲良いんだよな。太陽くん、他人にはそんなに面白いキャラじゃないだろうに。お姉ちゃん大好きだよな。」
大好きを越えて単にシスコンだと思います。
「大丈夫です、念のために言っておきますが俺はねーちゃんに恋愛的な感情は一切ありません。それに今のはただ身内として一般社会で恥ずかしくない行動をしてほしいから行った当たり前の忠告ですから噴き出されるのは心外です。」
「まぁまぁ太陽。手ぇ繋いでたくらいでしょ?大したことないって! それより上林先輩!僕、生徒会入れて嬉しいです!!よろしくお願いします!」
キラキラと笑顔を浮かべて冬馬に言うのは多分今年の一年生の良識派兼真のストッパーになるだろう神無月くんだ。初対面時から分かっていたことではあるが彼は冬馬に憧れているらしい。
「それはともかく、太陽にしては来るの遅かったね。珍しい。いつもだったらもっと余裕もって来るのに。」
「授業終わってすぐに一回来たんだけど開かなかったから時間置いたんだ。2年の方が授業長かったんだろ?」
生徒会室を開けるには役員にしか与えられていない鍵が必要なので、2学期になるまで鍵をもらえない1年生には開けられない。ちなみに教師陣に生徒会室の中身をいじられないように会長が鍵に細工をしたせいで、本当に生徒会役員と補助員、担当の先生2人以外には開けられないようになっている。パソコンには雉が更なるロックをかけているという警戒具合だ。
「あー…今日高2・高3は希望者対象の問題演習の授業あったんだった。伝達忘れてた。ごめん。…あれ?でももう開いてるよ。誰か来たのかな。失礼します。」
ノックを軽くしてからドアを開ける。
と、顔中真っ赤にしてなぜか「ソファに横になっている」こめちゃんを愛おしそうに抱き起す会長様がいらっしゃった。
大丈夫、こめちゃんは服を着てます。ボタンもちゃんと止まってます。
ですが若干乱れているかなというところが問題なのです!もう許せん!
「雪っ、早まるな!落ち着け!」
「離して冬馬!一旦制裁をくわえないと会長の傍若無人ぷりに歯止めがかからない!今のはアウトでしょう!?」
「だからって投げようとしているのがそれはまずい!」
「会長様だったらどうせ受け止めるでしょうよ!東堂先輩がいてくれたらスリッパですぱん!くらいはやってくれてたはずだよ!」
「いや、エアコンのリモコンを壊されるとこの夏、俺たちが一番困るから!あと増井に当たったら会長が逆切れする!」
「私の投球技術を甘く見ないで。コントロールだけだったらかなりの精度なの!」
「分かった分かった。すごいから。すごいからとりあえず落ち着こうか。」
冬馬に後ろから羽交い絞めにされたせいでリモコンを持って投球フォームで固まったままうーと唸るも、会長様は私たちを気にする様子もなく、とろけそうな声音でこめちゃんに語りかけている。
ちっとは気にしろこんちくしょう!
「タイムリミットですか。また慣らしていきましょうね。」
「はぅぅ。は、はいぃ。」
女子が苦手でも察しが悪いわけじゃない太陽と、困った顔の神無月くんが顔を赤らめてますから。若者の健全育成と公序良俗を意識してもらえませんか!?
「会長…。お願いですから、ここで何かするのは。場所をここ以外のところで…。桜井先輩にも示しがつきません…。」
私を押さえたまま冬馬が苦言を呈し、
「……頭が痛い…。」
太陽がうめいていた。
そのすぐ後に何も知らない東堂先輩と美玲先輩、そして俊くんが入ってきた。
「もう来てたのか。早いな。」
「えぇ、会長たちがすごく早かったんですよ。そりゃあもう!東堂先輩がもうちょっと早く来ていてくれれば…!」
私の振り上げられた手にあるリモコンと私を押さえる冬馬と後輩二人のちょっと赤い顔を見て東堂先輩が重いため息をついた。
「……俺の胃がすり減らされそうな光景があったということか?」
「こめちゃんの座っている場所からお察しください。」
「に、兄さん…。これ以上人様に迷惑をかけるようなら僕にだって考えがあるからね…。」
察したらしき俊くんががっくりと項垂れて座り込みながら何か決意を固めている。
「海月、そういうのは感心せんぞ?」
同じく状況を把握した美玲先輩が会長の前まで歩み寄り、仁王立ちしてお説教している。
「女子というのはムードを重んじるからな!」
「そこじゃありません!」
「雪くん、海月が私に言われた程度で止まるとでも思っているのかい?無理だろうこの男は!」
「びしっとかっこよく指を突きつけたまま諦めないでください!抵抗しましょう!?」
「上林、お前は大丈夫か?」
「……先輩の苦労が身に染みました。」
東堂先輩が無言で冬馬の肩を叩いていると、泉子先輩と三枝兄妹と湾内祥子も入ってくる。私を見た葉月がすかさず私に抱きついてきて、そして太陽が「迷惑女!ねーちゃんから離れろ!」とそれを引き剥がすのは既に一連の流れになっている。
湾内さんが昨日の夢城さんとの会話の後に私にどのような反応をするのかが気になっていたのだが、彼女は前回ほど私を睨みつけていない。むしろ少し戸惑ったように、そして見定めるように私をつぶさに観察しているように見える。敵意が感じられないだけましか。
それから最後に桜井先輩も駆け込んでくる。
「いやぁ、悪いね!みんな!今日は徹夜だったんだ!」
「…その割りに、顔がつやつやしてませんか?先輩。」
「ん?聞きたいかい?白猫ちゃん。昨日のボクと愛佳がいかに燃え上がっガァッ!」
「桜井先輩、これ以上雪に余計なこと吹き込まないでくださいね。」
冬馬が桜井先輩の膝裏に蹴りを入れた後ぐりぐりと踏みつけて先輩が地に沈んでいる。
ごめんなさい先輩。親愛なる会長様のせいで今の冬馬はささくれています。
「太陽、さっきの相田先輩たちのなんて可愛いもんだったよね。あの程度で怒ってたらやっていけなさそうだよ?」
「…。」
神無月くんの正論に太陽が沈黙した。
全員集まったところで簡単な自己紹介を行った。今年は合宿前のこの段階が初顔合わせになるからだ。
会長は「まいこさんに手を出さないように。」というところを強調し、東堂先輩は真剣な顔で「ここで生きていくうえで特に大事な情報だ。男子三人は肝に銘じておけ。」と付け加えて自己紹介をした。
美玲先輩と泉子先輩は「新入生女子に抱きつくのは慣習になっている!」と言って1年女子二人に抱きついたのだが、それに続こうとした桜井先輩は美玲先輩にブロックされ、俊くんは先ほどの事件を受けて「兄さんが暴走したら東堂先輩か冬馬くんか僕に言ってください。限度を超えたら僕が身内として責任もって怒るので。」と付け加えた。
三馬鹿は「俺っちらはドレイなんで、一年のみなさんも飲み物や裁縫系統、パソコン系統、ストーカー対策にお困りでしたらお声かけを!」と自ら補助員という人権を放棄していた。
「それでは役職決めに移りましょう。…一番得票数が高かった神無月くんが会長になるというのが順当ですが、どうですか、神無月くん?」
「でも僕でいいんですか?太陽の方が頭はいいですよ?」
「お前もあんまり変わらないだろう?」
東堂先輩の言葉に神無月くんが苦笑して首を振る。
「勉強的な意味でもですが、頭の回転の速さという意味でもスペックはこいつの方が上って分かります。そうでなくても、海月会長と上林先輩みたいな完璧な方ばかりですから…。」
「神無月くん、上林くんはともかく、海月は仕事以外ではまともなことをしていないぞ?特にこめちゃんが関わると公私混同も甚だしいからな!さっき見ただろう?」
美玲先輩の言葉に周囲が深く頷く。こめちゃんが「ごめんなさい」とちんまりしているが会長はどこ吹く風だ。
厚顔無恥にもほどがありますよ会長。
「それはそうなんですが…。」
「弥生。お前やれよ。」
「太陽…なんで?やりたくないの?」
「俺、お前みたいに男女問わず優しくするなんて無理。お前の方がカリスマ性あるよ。それに裏でお前おちょくる方がたのしーからな。」
「じゃあ、会長はやよいきゅんで決定なのですね!」
太陽がにっと笑ったのを見て神無月くんは嬉しそうに笑った。
「うっわぁ。僕、すごい嬉しいです。上林先輩みたいになれるように頑張ります!」
「おう、こいつなら目標にしてもいいぞ。春彦はやめとけ。悪い意味で人をやめることになるからな。」
東堂先輩が冬馬の肩に腕を置いてにやっと笑うが、太陽は渋面を作る。
「俺、お前のこと認めてるし、その感性も大体理解はできるけど、そこだけは全然わかんねー。」
「太陽は、相田先輩のことで意地張ってるだけでしょ?」
「意地とかじゃねーよ。あ、じゃあ俺は、副会長と会計がいいです。」
「雪ちゃんの下だねぇ!太陽くんは本当に雪ちゃんのことが好きなんだね~。」
「それがないわけじゃないですけど、メインの理由は違いますよ。弥生のサポートしてやるのは副会長だろうってことと、あと、秋斗にぃがいなくなった穴は俺が埋めたいんですよ。」
太陽はなんだかんだ秋斗が大好きだもんなぁ。
「会計は枠は2つあるんですわよね!?なら、葉月も!お姉様の下にっ!」
「…葉月、数学まずいだろ?やめとけ。お前の計算力は小学校低学年と張り合える。」
「五月!こんなところでそんなことを暴露しないでくれるかしら?大体計算なんて電卓でやるでしょう?」
そうだ、太陽が会計なんだったらなんとか湾内さんにも会計になってもらえないかな?!そうすれば太陽のエンド修正に一歩近づくじゃない!
まずは葉月の説得だ。これは難易度スーパーイージーだ。
「葉月。電卓は使うけど計算ミスは痛いから。葉月は字を書くのは得意?」
「はいっ漢検は1級持ちですし、テストでも文系科目で9割以下を取ったことはありませんわ!」
「それなら書記の方がいいんじゃないかな?」
「お姉様!お姉様がそうおっしゃるのなら!葉月は書記になりますっ!」
予想通り嬉々としてその職を受け入れてくれた。
さてとお次は三枝兄。
「三枝くんは広報はどうかな?」
「…なんでですか?」
「えーっと、パソコン得意そう。今年は1人しか広報いないし、やってくれたらありがたいなぁって!」
「…確かに使えないことはないですが。」
こちらは難易度ハードだ。三枝ルートのエンドは知らないけれど、未羽の話の雰囲気だと退学じゃない様子だったから、ここは譲ってほしい…!
「五月、お姉様がこれだけお願いしてるんですもの。広報、葉月も少し手伝いますわ!」
「…いやお前いたら逆に進まなさそうだから俺一人でいい。」
「じゃあ三枝くんが広報だね。よろしくね。」
よっしゃああああ!葉月ナイスだ!さすがシスコン。葉月は色んな意味で最強の武器だよ。…あれ、私去年より悪女度が上がってる?
「ということは、残るのは、湾内さんなのですね。相田くんと一緒に会計になるのですが構わないのですか?」
「はい。」
美玲先輩に頷く主人公湾内さん。
「…お前、会計なんかやれるのか?クラス委員の仕事のやり方を見ているとお前かなり効率悪いんじゃ…」
太陽が訝しげに湾内祥子を見ているが、湾内さんは自信満々で胸を張った。
「この湾内祥子を甘く見ないで!全力でやればなんでもそこそこはできるわ!それより相田くん、ここでは丁寧語で話さないのね。」
「確かに!よく考えてみれば、相田くんはいつもクラスの女子にですます口調ですものね!…そういえば、なんで葉月には丁寧に話さないんですの?」
「迷惑女にわざわざ文字数を増やして発言するのが面倒だから。」
「なっ!失礼なむぎゅう!」
太陽と主人公の会話を成り立たせるために葉月を自ら抱きしめて黙らせると、葉月は目に涙をいっぱいためて嬉しそうにして私を見上げた。目論見通り太陽のことは頭から飛んだようだったので小型のプードルを飼っている気分でよしよし、と頭を撫でておく。
「…ここにはねーちゃんや弥生みたいにタメで話す人が多いし、迷惑女に今更丁寧語で話すのも面倒だし、そうするとお前だけ丁寧語っていうのもおかしいからそのままなだけ。」
太陽と湾内さんが直接話をするのは初めて見たけれど、すごく似合いのスチルじゃないの。
盗聴するだけでなく生徒会室への隠しカメラの映像(今年からバージョンアップして隠しカメラまで増えた。この厳しいドアロックを何らかの手段で開錠して入ったらしい。)を見ているだろう未羽からリアルタイムで『はぁはぁ』ってラインが来てるよ、ほら。
「ボクの下に白猫ちゃんの他にわんこちゃんが来るのかな?それは素晴らしいね!太陽くんも、いつでもこのボクの胸に飛び込んでおいで?」
「これまでの先輩の言動行動を見ている限り、俺が飛び込むときは跳び蹴りだと断言できます。」
「いいねぇ!秋斗くんを思い出させるよ!」
桜井先輩が嬉しそうに笑っている。桜井先輩も秋斗のことが大好きだったから、過剰な接触がなければ二人は仲良くやれるんじゃないかな、多分。希望的観測だけど。
「じゃあ決まりですね。具体的な仕事の説明は夏の合宿で行いますので、今日はここまでで。」
会をまとめた後、東堂先輩と俊くんが会長をお叱りに行っていたのでよしとしよう。
役職も決まったところで、今後どうするか未羽と話しておくかなー。
私は一学期を振り返りながら大きく伸びをした。
会長様、こめちゃん、俊くん、未羽、雪と色々ダメな方向にも成長している人がいる(あれ、俊くん以外まともな成長してないんじゃ)ところで1学期編は終わりです。次話から夏休み編に入ります。舞台設定話が多い1学期編にここまでお付き合いいただきありがとうございました。