助っ人は強し。
結局こめちゃんの「桜井先輩可哀想ですから、10分の1くらいは手伝ってあげましょうよ~。」という、優しいようで全く優しくない助言により(彼女の発言により10分の9は強制的に桜井先輩一人という鬼所業だ。)、ある程度片付けを手伝ってから帰るころには9時半を回っていた。
家に帰って着替えてから夕食を取りにリビングに行くと太陽がソファに座っていて、帰ってきた私にちらりと視線を向けた。
「太陽、今日は演説お疲れ。」
「ねーちゃんこそ、こんな時間までお疲れ。」
とだけ労ってくれ、そのまま淹れたコーヒーを飲みながらどうやら世界史らしきノートを見返す太陽。
あっさりすぎて拍子抜けだ。
「あれ。結果気にならないの?訊いたりしないの?」
「どーせ訊いたって明日まで教えてくれねーだろ?それに落ちてるとは思わねーし。」
「大層な自信ねぇ。最近特に女の子に厳しいんでしょ?ダメだったかもしれないよ?」
にたにた笑ってリビングの席に着いたけれど、太陽は動じない。
「そんなことぐらいで落ちるようならあの学校もそれまでだろ?」
「女子を甘く見たら怖いよ?」
「甘くなんて見てねーよ。単に一部女子からの支持がなくても受かるだろってくらいの演説をしただけの話。」
最近は冬馬に子供っぽい突っ掛かり方をしているから忘れがちだが、この子は、本来自分の性格や能力を冷静に分析して損得を計算し、マイナスになる場合にはプラスへとひっくり返す手段を探りながらリスクを見極め、勝算が見込めるまでは慎重に様子見をする極めて合理的な子だ。私みたいに計算して損が大きいと分かっても行動に移してしまうような感情的な動き方はしない。
生徒会選挙の結果はそんなこの子の目論見通りなわけだけど、ここで引き下がるのも悔しい。
それにこの女子に対する頑なさが続くと今後まずいのだ。
湾内祥子は私に敵意を持ったままだろうし、同じ空間で働くようになれば、感情の機微に鈍くないこの子が彼女の私への気持ちに気づくまでそう時間はかからないだろう。
自他ともに認めるシスコンなこの子が私にあからさまな敵意を持つ女子を恋愛相手として見ることはない。現段階でもサンダルで山にピクニックしにいこうと言っているようなもんなのに、裸足で富士山登頂するというレベルに跳ね上がる。
ここはお姉ちゃんが一肌脱いでやろうじゃないの!
私の頭の中でカーンと試合開始のゴングが鳴った!
「可愛げないなぁ。ちょっとは女子と歩み寄ろうとかないの?せめて日常会話くらいは、ね?」
「弥生みたいな天然女子キラーになれない俺にそれ言うってことは、俺から意図的に女子と会話続けろってこと?優しくして付きまとわれるマイナスが身に染みてるからそもそも交流することに意義を見出せない。」
取り付く島もなく受け流されました!
気を取り直して再度攻撃に回る。
「太陽さぁ、女の子と付き合う、とか絶対にないの?女の子だって付きまとうようなタイプの子だけじゃないんだし。」
「例えば他にどんなタイプが?」
こめちゃん…のところは相互に磁石のS極とN極のようなもんだから例えとしてはダメ。
明美のところは…雨くんがひっつき虫状態だろうからダメ。
なに。いい例がいない…だと?
「じゃあー…私とか?」
「ねーちゃんは中身だけ見たら女子の規格外。女子枠で語ったら負けだろ。」
お姉ちゃんに弟からの強烈なアッパーカットが決まった!!
「そ…そんなに女子力ない、かなぁ…?」
「昔から趣味が一般女子から外れてる。物事の捉え方や他人との付き合い方は男子っぽくて、群れたりすることに意義を感じてない。それから『普通の』女子は人が全力疾走してる中に飛び込んでガラスを素手で掴もうとは思わねーだろうし、そういう無茶を除けば、ねーちゃんの日常生活の思考回路はかなり合理的な方だ…ったろ。」
群れなかったのは、群れる相手もいなかったっていうのもあったけどな!
そして実際は未羽の方がよっぽど合理的な女だけどな!
「だったというのは?」
「…最近上林先輩といることが増えて、思考が少し子供っぽくなってる。感情的って言うか。」
素直になったと言ってほしいんだけどなぁ。
自分の行動を思い返してうんうん唸っていると、太陽は顔を顰めてノートを閉じた。
「そもそもなんで付き合わなきゃいけないわけ?女子の行動原理が嫌いってことをあえて脇に置くとしても、俺には付き合うことのメリットが全然理解できないんだよ。金も時間も行動も何もかも、拘束されるだけだろ?」
ここでお姉ちゃんにカウンターのチャンス!
「デートの仕方によるでしょ?お金かけない付き合い方もあるし、付き合いだって終始べったりいなきゃいけないわけじゃないよ。社会人は忙しくて会えないことも多いわけだし?」
「へぇ。連絡が1か月に1回で、後は会わないでいいっていうのも付き合う、っていうなら考えてもいいけどな。」
「…それは付き合ってるって言わないわ。そうだ、遠距離恋愛とかもあるじゃない?あれなんかつきあい方はあっさりになるから、会えたときに楽しさ倍増でしょ?鬱陶しくないし、楽しいかも…」
「遠距離の失敗例の多さ分かってる?そもそもそれで上手くいくのは、遠距離になる前に親密な関係があることと、遠距離になるのがやむを得ない状況にあることが前提だろ?時間と行動を制限されないとしても前提が成り立たない。それに、金については大抵の女子が買い物とかイベントに行きたがることくらい知ってる。ねーちゃんがやるようなデートを一般だと想定すんなよ?」
「…私のようなっていうのは?どうして知ってるの?」
「ねーちゃんが春休みに上林先輩と会ってないわけねーよな?毎日毎日、なんで制服着てたり、私服の時でも教科書や問題集でパンパンのバックを持ってたわけ?あれ、勉強しに行ってるだけだっただろ?一般的にはデートって言わねーからな?」
くっ。こんなところでも刺されるとは!
「そうでなくても今の時代、ケータイやらなんやらで連絡取れるだろ?勉強中とかに始終連絡されるのは、物理的には近くにいなくてもべったり付きまとわれてんのと同義だからな?」
カウンターからの逆カウンターで完膚なきまでに叩きのめされた。
でも虫の息でもなんとか反撃しなければ…!
「…確かに、太陽が言ってることは間違ってない。けど、時間も行動も拘束されてるとは思わないんだよ。太陽は熱帯魚観察が好きでしょう?それやってる時って魚に時間を取られているとは考えないよね?それと同じ。自分が一緒にいたいから相手に合わせる。少しでも長くいたいから一緒にいる。理屈じゃないんだよね、これ。…そうやって考えると結局『好き』って気持ちがあるかないかやその強さに帰着するのかな。」
「比例はすんだろ。だから女子を好きだと思えない俺には付き合うなんてありえない。」
ま、負け確定か…!?
と覚悟したときに
「さっきから聞いてれば二人とも言葉が固すぎない?それに恋愛トークなのにどうしてそんなに闘気がにじみ出ているのかしら?」
「お母さん、聞いてたの?」
「聞こえるわよ。最初は政治の話でもしてるのかと思ったくらいの空気だったわよ。」
お母さんがため息をつきながらこっちにやってきた。
「全く、太陽も早く恋してくれないかしら?ほら、恋するとそこまで合理的に動けなくなるでしょう?」
「…母さん、俺の話最初っからちゃんと聞いてた?俺、女子嫌いなんだけど。」
「雪だって恋愛に全然興味なかったのに、去年いきなりなのよ?それも去年の最初の方は今の太陽のように全力で話題出すのすら嫌がって、秋斗くんのそれらしい素振り全部無視していたのよ?それが冬あたりにいきなり!それ以来雪は前よりもずぅっと女性として魅力的になったわ。本当に冬馬くんには感謝しなきゃね!」
「…もともとねーちゃんに女子っぽさは皆無に近かったわけだから前よりも、という比較対象が間違ってる…」
私がぎろっと睨むと太陽は焦点を切り替えた。
「それにだぜ?ねーちゃんが付き合うようになったのは、好きっていうか…あいつがしつこく付きまとってたからで…いわば諦めみたいなもんだろ?」
「秋斗くんの方が雪とは長くいたでしょう?」
「ぐっ…!」
太陽の旗色が悪くなったところですかさずお母さんが自論を畳みかけている。
「嫌い嫌いって言ってる方が、落ちたときは情熱的なのよ?太陽なんか雪よりも極端だから、きっと照れちゃったりして可愛いんでしょうね!」
「な、なんねーよっ!」
「生徒会に入ったら頑張って私を楽しませてね?」
「何を頑張るんだよ!?」
「さぁなんでしょうね?ふふふふ。」
太陽はその言葉でこれ以上会話を続けてもお母さんのペースに巻き込まれるだけだと思ったのか黙りこみ、その姿を見たお母さんは得意げに私にウインクして見せた。
カンカンカーン!闖入者お母さんの圧勝!
この方は全く論理的でないのに相手の戦意を喪失させて黙らせるのが大得意で太陽の天敵だ。
そんな様子で落ち着いたあたりで私の携帯が鳴った。未羽だ。
『あ、雪ぃ?今平気?』
「ご飯食べてるとこだけど、どうかした?」
『んーちょっと聞かせたいことがあるのよ。電話じゃ難しいからさ、うち来てくんない?』
「あんたの家なんて知らないんだけど。」
『雪の家の前の道を駅方向にまっすぐ行って、交差点を右に曲がったとこにある坂を上ったすぐのとこにあるマンションの2階219号室。来られる?』
「ん。行けるよ。ちょっと待ってて。」
夕食を途中で終え、「お母さんにちょっと出るね。」と声をかけて家を出る。
そのまま未羽に言われた通りの道をたどって彼女が住むマンションまで向かう。
こんなところに家があったとは…徒歩2分かからないくらいじゃないか。
学校圏内でかつ去年まで私の家の盗聴ができていたようなところに住んでいるのだから、おかしくはないけれど、それにしてもよく気づかれずにここに住んでいたもんだ。
ピーンポ―ン。
呼び鈴ですぐに未羽が顔を出してきた。
「早かったわね。」
「まぁご飯食べ終わりくらいだったしね。あ、お母さんが未羽に会いに行くなら渡してって、これ。」
未羽が一人暮らしであることを伝えたら、お母さんに、「一人暮らしは大変だから未羽ちゃんにおかずも持っていってあげて。」と言われたのだ。
「うわぁ、助かるわぁ。お礼お伝えしといて?どうぞどうぞ狭いとこですが。」
狭いは謙遜ではなかった。
部屋自体は一人暮らしにしては少し広いくらいの間取り。
なのに至るところに、ごつい工具やらプラスチックの塊やらネジやらが散らばっている。それからパソコンが2台あってモニターが3個くらいついている上、高校やこの市周辺の地図があってピンが刺して貼ってある。
何よりも危険な臭いがするのは、攻略対象者の写真(アルバム保存用ではないやつ)が地図の上に貼ってあったり、壁に区分されて貼ってあったりするところだ。戸棚には録り貯めたらしき音声データを入れてあると見られるボックスが整理して入っている。
完全にストーカーの家だろこれ。
警察に見つかったらあっという間に迷惑防止条例やストーカー規制法違反で現行犯逮捕されるぞ。
私が辺りを見回して沈黙していると、未羽が「ほら座りなよー。」とお茶を渡してくる。
「どこに座れと?座る場所ないでしょ!」
「ベッドの上とか場所あるでしょ?」
「洗濯とかやってんの?片付けられない人の部屋とかになってないの?」
「失礼な。私、整理整頓や洗濯はきっちりやる派よ!その辺に汚い服とかあったら、突然大事なイベントがあっても飛び出したり出来ないじゃない。」
「高校生の女の子の部屋にありがちなドレッサーとかもないんかい。学習机は?」
「雪だってドレッサーなんか持ってないでしょ?机はそこ。パソコンとか地図に占拠されてる。」
「…家で勉強は?」
「なんの話?それより私の部屋見に来たわけじゃないでしょ。」
そうでした。
「それで?夢城さん見たときに湾内さん驚いてたけど、それ関連?盗聴で何か進展あったとか?」
そう言うと、未羽がふふっと笑う。
「あんたの恋愛以外では察しの良いとこ、嫌いじゃないわ。」
恋愛以外では、は余計だよ!
「あんたの想像通り湾内祥子が夢城愛佳に接触したわ。」
「ちなみに二人はゲーム内で会うことはあるの?」
「ないわ。夢城愛佳がいたら逆ハーされているか、個別の攻略対象者が一人埋まってることになるんだから。二人は同じ世界には存在しないって最初に言ったでしょ?それ前提にこれ聞いてもらった方が早いわね。」
そう言って未羽がパソコンを操作すると、音声が流れ始める。
『あの、あなたは夢城愛佳…先輩ですよね?』
『そうだけど?あなたはさっき生徒会役員選挙に出ていた一年生?』
『あたし、湾内祥子と言います。あのっ。……先輩は君恋…「君の恋する人は誰?春夏秋冬デイズ☆」をご存知ですか?』
『…!なぜそれを!?』
『やっぱり!!あたし、第3弾の主人公なんです。』
『あー第3弾出たんだー。』
『あなたも転生者なんですよね?!それであの、生徒会の桜井先輩と付き合ってる…?』
『そうよ!尊先輩はすっごく優しくて素敵でエロくて…』
『先輩はあの相田雪に騙されているんです!』
『へ?』
『相田雪は転生者で、先輩の主人公の座を奪って、それで攻略対象者を独り占めしたんですよね?!桜井先輩と付き合ってるのも無理矢理なんじゃないですか?憎くないですか?あたし、復讐のお手伝いをっ。』
『待って待って!まずさ、あたしは尊先輩のこと、愛してるよ?』
『え?』
『無理矢理どころか、あたしから好きになって告白したんだもん。その時相田雪はまだ誰とも付き合ってなかった。それまでも付き合えただろうにそうしてなかったし、かといって逆ハーを狙っていたわけでもなかった。それで、あたしがどれだけ先輩のことが好きかっていうと』
『それはどうでもいいです。』
『ここが一番大事なとこなのに…。』
『先輩の話からすると、…相田雪は悪役なのに、あなたの地位を奪ったっていうわけじゃないんですか?そもそも転生者ってご存知なんですか?』
『転生者っていうのは知ってる。んー取られたって意味ではそうなんだろうけど。』
『やっぱり!』
『でも、それは彼女の意思じゃなかったんだろーね。強いて言うなら、ゲームの意思?』
『えぇ?ゲームの意思?』
『あの子、最初っから攻略対象者に絡まれてたもん。あたしもあの子がわざとやってるのかと思ってうざいなって思った時もあった。でも、今思えばあの子はイベントを出来る限り避けてたし、それに。』
『それに?』
『あたしのこと、本気でゲームから庇ってくれたの。ゲームから悪役認定されたあたしをね。ゲームに悪役設定されたら、どういう目に遭うか分かる?』
『…悪役と同じ目に遭うってことですか?』
『そ。君恋の悪役がどうなるか、プレイヤーだったあなたは知ってるんでしょ?学校追放されそうになったのよ、あたし。あの子をぶつかって殺しかけちゃったからね。』
『ころ…!?学校追放…!?』
『やろうと思ったわけじゃないのにね。逆らえない強制的な力って感じだった。』
『…。』
『あなたはさっきサブの相手に追いやられたって、言ったけど、違うよ。あたしが尊先輩を見つけて選んだの。ゲームに関係なく本当に好きな人見つけられたの。』
『本当に好き…。』
『そうよ。あの子は愛しの尊先輩って人と会うきっかけもくれたようなもん。向こうはまだあたしのこと警戒してるだろうけど、あたしは今はあの子に感謝してるわ。それとね、湾内さん、元主人公としてこれだけ言っておくね。』
『え…?』
『その地位は確約されたものじゃないのよ。ゲームの進行次第で配役は移り変わるもんなの。それはここが現実だから。だからあなたが相田雪を憎むのは自由だけど、それにとりつかれたら、多分あなた自身が歪むわよ。』
『あたしが…歪む…。そんな、そんなことって。』
『現に去年のあたしがそうだったからね。元祖主人公の先輩として忠告はしたわよー。』
『待って!…ください!てことはあの…相田雪は…あたしが思ってるような…』
『人じゃないんじゃないの?今年もスタンス変えてなければだけど。まぁ冬王子が彼氏だし、今更何か狙うってことはない気がするけどなー。体育祭の事故だって、あなたを庇ったんじゃないのって気がする。』
『そんな…そんなことって。でも。まだ信じられない…そんな』
『あ、ラインだ。先輩帰れない…!?ごめんあたしもう行くわ!』
『先輩!まだ聞きたいことが!』
『ごめん尊先輩が呼んでるの!』
「ここまでね。私もまさか、あの夢城愛佳がこういう風に今思っているってことは知らなかったわ。」
「なんていうか…湾内さんの根拠のない強固な自信が揺らいでたよね?」
「被害者だと思ってた主人公に直接言われたんだもんねぇ。そりゃあ説得力もあるわ。ちょっと夢城愛佳を見直した。」
「もしかして、…事態がちょっと好転した?」
「あー本当に、なんの因果か分からないけど、繋がるもんなのね。まぁでも油断は禁物よ、まだ納得したって感じじゃない。」
「うん。でもちょっと希望が見えただけ嬉しいな…。となると問題は太陽なんだけどかなり手強いんだよね。」
「太陽くんはねぇ。まぁ状況を見て対応していくしかないでしょ。やるわよ、雪。」
「うん。ありがとね、未羽!」
こうして私の長い生徒会新役員選挙の一日は終わった。