この親にしてこの子あり。
冬馬と冬馬のお母さんに連れられて冬馬のお家に行くことになった。
この急展開はなんですか!?
というか、まだ私たちは付き合って5か月くらいだよ!?
たまたまとはいえ、お互いの親に会うの早すぎませんかね!?
冬馬のお母さんが私をお家に呼んだ理由はよくわからないので、とりあえず前で冬馬と冬馬のお母さんが何かを話しながら歩いているのに静かについていく。
お母さんが何かを言ってくすくす笑い、冬馬が顔を赤くして何か言っているようだ。
仲良いなぁ。
学校での冬馬はいつも静かに微笑んでいることが多い人。かといってノリが悪いわけじゃないから交友関係は広い。でも無邪気な笑顔とか、不機嫌な顔とかは私や仲のいい茶道部の友達以外の人には見せておらず、全体的にはあまり感情を露わにすることはない。
その分だけ、周りと距離を取っているということだ。
その冬馬がお母さんにははっきり笑ったり照れたり、ちょっと不機嫌そうな顔をしたりするのを見るとほっとする。
よかった。冬馬はきっとお母さんには昔からこうやって感情を出せていたんだな。
冬馬の過去に結構重いものがありそうなことは、こないだ冬馬のお祖父さんとの会話で察している。そういう中で身近に冬馬のことを一番に考えてくれる方がいたことは、きっと冬馬にとって最大の幸せなんだろうなぁ。
「着いたわ。結構歩かせてしまってごめんなさい。」
冬馬のお母さんがいきなり振り返る。
…ここって、この市…いや、県でも有数の高級住宅街なんですけど。
冬馬、前にお祖父さんと別に暮らしていて、普通の暮らしをしているって言ってませんでした?
うちの何倍の広さがあるんだろう、というようなお家の前でぽけら~っとしてしまうのは一般庶民としては仕方ないと思ってほしい。
固まる私を、「雪さん?」と解凍した冬馬のお母さんに先導されてその大きなお家に足を踏み入れることになった。
「今お茶の準備をするから、そこでお待ちになってね。」
にこにこする冬馬のお母さんにリビングまで案内され、そこのソファに腰掛ける。
応接間がなかっただけましか?リビングも外から見た広さ通り、開放的で広い。
あまりにもきょろきょろしてしまうと恥ずかしいのでソファでちんまり座って待っていると自室に戻って着替えていたらしい冬馬が私服でリビングに入ってきた。
部屋着だから下はジーパンに上はシャツというラフな格好だ。
「ごめん、待たせたな。」
「いやいや、全然。むしろいきなりお邪魔しちゃったのは私だもん。」
「雪さんは、コーヒーと紅茶、どっちがお好き?」
「あ、紅茶の方が。」
「よかったわぁ。冬馬がコーヒー派で、私は紅茶の方が好きなの。味方が増えたわ。」
両手を合わせて嬉しそうに笑う冬馬お母さん…いや沙織さん。彼女は高校2年生の息子がいるようには全く見えない。未婚、いてもせいぜい幼稚園のお子さんがいるかな、という感じだ。だからお母さんと呼ぶより名前にさん付けの方がしっくりくる。
「どうぞ?」
沙織さんが紅茶とコーヒーを人数分持ってきてくれる。
「ありがとうございます。」
石のように固くなっている私にくすくす笑う沙織さん。
「そんなに緊張しないで。お友達のように話してほしいわ。せっかく冬馬の彼女さんが来てくれたんだもの。」
「いやでもっ。あのー、普通は男の子のお母さんって、息子の彼女は嫌なものだと思うので…。」
そういうと、沙織さんは、あら。とぱちぱちと長い睫に縁どられた大きな目でまばたきする。
「全然、そんなことないわ。冬馬、これまで全然女の子に興味なくて私、心配していたくらいなのよ?」
これだけ綺麗なお母さんがいたら、どんな過去があろうとなかろうと女の子に対するハードルは上がるに決まっている。自分が子供だったらそうだ。
沙織さんはくすくすと楽しそうに笑いながら続ける。
「それがね、去年の今頃だったかしら。初めて女の子の話をしたのよ?」
「え?」
「ゲホゲホッ!母さんっ!」
隣に座って静かにコーヒーを飲んでいた冬馬がむせている。
「あら、いいじゃないの。学校であったことそんなに話してくれる方じゃないし、中学の時と同じように毎日行って帰ってを繰り返しているのかな、と思っていたら、とても楽しそうでね。よく聞いたら、好きな子が出来たってすぐに分かったわ。」
こうやって彼氏側の付き合う前の話を聞くのも照れるもんですね。
「その時に相田さんって名前を言っていたから、さっき聞いたとき、私嬉しくって。確かに冬あたりからすごく雰囲気が柔らかくなったからそうかなって思っていたのだけど、やっぱりねって思って。それ以来とてもお会いしてみたかったの!」
「雰囲気、変わったんですか?冬馬くん。」
「ええ。とっても。優しい目をするようになったわ。それから、冬になって私が買った覚えのない手袋していたんだけど、すごく愛おしそうにそれを見ていてね。誕生日に雪さんがくれたものだったのよね?」
「は、はい…。でも大したものじゃないんです、本当に。」
特にこんな大きなお家を見た後だと…!高校生の懐事情はそんなに暖かくないのです。ブランド品なんてとてもじゃないけど買えません!
「そんな様子を見ているとね、この子も男の子になったんだなぁってしみじみ思っちゃったわ。冬馬はどう?雪さんのことをちゃんと大事にしてあげられているかしら?」
「それは、もう。私が冬馬くんのことを振り回してばかりです。いつも優しくて、私、その何分の一も返せていないんです。何度お礼を言っても足りないぐらいお世話になっています。」
そう、と沙織さんが優しい笑顔を冬馬に向ける。
「雪さんと冬馬が付き合ったのって、2月1日かしら?」
「?は、はい。そうです。」
答えると、沙織さんは少女のようにぱああと顔を明るくさせ、嬉しそうに声を弾ませた。
「やっぱり!あの日ね、冬馬いきなり夕食の前に飛び出していって、それからしばらくして帰ってきたんだけど、玄関で、『よっしゃああああ!』って絶叫してたのよ?この子、そんなに大声あげる子じゃないから私びっくりしてキッチンから飛び出しちゃったわ。」
冬馬は顔を耳まで真っ赤にしてばっと立ち上がった。いたたまれなくなったらしい。
「母さんっ、何か買い物ない?俺、買ってくる!雪、ごめん。一人で平気?」
「だ、大丈夫。」
彼氏のお母さんと二人きりにされるのはちょっと心細いけど、沙織さんなら大丈夫そうだ。
沙織さんはくすくす笑ってから、「じゃあ忘れちゃった夕飯の買い物してきてくれるかしら?」とリストを書いて渡していた。
冬馬が出て行ってから、私と沙織さんだけになる。
「雪さん。」
「はいっ!」
「冬馬がいない間に、少しだけお話したいことがあるんだけど、いいかしら?」
まさかさっきのは冬馬を出て行かせる作戦だったの!?
ふわふわ天然系に見せかけて実は策士だったとか?あなどれないなさすが冬馬母!
「…それは、冬馬くんのご家庭の事情でしょうか?」
そう返すと、沙織さんは少し驚いたように目を見開く。
「冬馬から話を聞いた?」
「いえ。ただ、この前左手を怪我したときに冬馬くんのお祖父さんの病院で治療していただいたんですけど、その時にお祖父さんとお話させていただいて少しだけ小耳にはさみました。」
そう言うと沙織さんは少しだけ焦ったように私の方に身を乗り出す。
「お父様に!?雪さん、大丈夫だった?」
「はい。冬馬くんもいてくれましたし、お会いしたのは少しだけでしたので。」
「お父様に認められたのね。雪さんはとても聡明そうなお嬢さんだものね。」
「いえそんな大したものじゃないです。」
私の言葉に沙織さんはじっと私を見てから、わずかに目を伏せた。
あぁ、睫がとても長くて本当に綺麗な人だなぁ。私が男だったら一目惚れしてしまうだろうな。
「…やっぱり雪さんに嘘をつくことはできないわ。」
「…どういうことですか?」
沙織さんが冬馬と同じ真っ黒な瞳で私を見つめた。
「雪さん。」
「はい。」
「私は、今日雪さんをお誘いしたときには母親として本当のことは言わないつもりだったの。いえ、本当ならずっと言わないでいるつもりだったわ。」
「はい。」
「でもね。冬馬からさっき話を聞けば聞くほど雪さんが素敵なお嬢さんで、冬馬のことを本当に想ってくれてるのが分かるから、どうしてもそんな卑怯なことはできない、と思ってしまったの。」
「…卑怯、ですか?」
「雪さんがこの話を聞いて、無理だと思ったら。」
沙織さんが手に持っていたティーカップを置いて、そして口を開いた。
「あの子とはすぐに別れた方がいいと思うの。できるかしら?」
冬馬と別れる?
「そんな…」
「脅してるわけじゃないわ。私、あなたを騙してでも、冬馬の素敵なところをいっぱい教えてあげて雪さんにずっとあの子の傍にいてほしいって思っていたし、今もそう思っているわ。」
「冬馬くんはどんな女の子からもお墨付きをもらえる素敵な人だと思いますよ?」
「そうね。あの子の外見も、そして能力も、親の贔屓目を除いても高水準でしょう。」
「私もそう思います。」
「…雪さんはあの子の中身をどう思う?」
「中身、ですか?どう、と言われても…。」
私が答えると沙織さんは困ったように笑った。
「ごめんなさい、こんな変な質問をしてしまって。相手の母親に言いづらいと思うから」
「いえ。困ったのは、私は彼の一番暗い部分を知らないから、その状態で評価をするのは難しいなと思ったからです。評価って、プラスとマイナスを全部見てするものですよね?私の知っているところだけだとプラスの評価しかできないものですから。」
「そう。あの子優しい、わよね。きっと。」
「とても優しいですが、同じくらい面白いです。これでも洞察力はある方だと思っていたのに彼は見えないんですよ、いつも嵌められるんですよね。」
「え?面白い?嵌める?」
はい、と笑って答える。
「私、彼の外見も素敵だとは思いますが、彼の中身を一部見せてもらってからの方が好きなんです。いえ、正確には彼の内面のそういうところに惹かれたんです。」
沙織さんがこっちを見て固まっているので付け加える。
「すみません。実は私、あんなに完璧な、漫画から抜け出た王子様みたいな彼に告白してもらって一度断っているんです。」
「あら。それは…?」
「恋人を作るつもりがなかったからです。だから彼のことはかなり客観的に見ていたと思います。…さりげない気遣いができて、人当たりが良くて、真面目だけど堅苦しさのない優等生。最初の彼の印象はそうでした。そんな冬馬くんはすごいと思いましたが、でも少し遠いと思いました。」
「遠い…。」
「はい。私、彼と友達になって1年一緒に過ごして、そんな大人っぽい彼も確かに彼自身だけど、彼の一側面に過ぎないんだなって分かりました。彼、外見よりももっと幼くて、やきもち焼きで、腹黒くて、たまにSっ気があります。私に気持ちを悟らせる時とかは少し強引でした。知能戦が得意で、私を動揺させる変化球の言葉遊びも大好きです。」
彼が今まで見せてくれた顔を思いだして自然と笑みが浮かぶ。
「でもその彼の方が、私は好きなんです。」
私のへにゃと締まらない顔を見て、くすっと沙織さんは笑った。
「…やっぱり雪さんにはずっと冬馬の傍にいてほしいわ。」
「私も、なんです。」
沙織さんの顔を見つめてはっきりと言う。
「冬馬くんがもっと他の面を持っていそうなことは気づいています。それでも彼が話してくれるまで待つつもりでした。…だけどもしお母さんである沙織さんが教えてくださるなら…沙織さんが教えてもいいと思ってくださったことを聞きたいんです。私、彼のことをもっと知りたいんです。そしてできたら彼の重みを少しでも軽くしたいなんて企んでるんです。」
言葉を飾ることはしない。他人の過去に踏み込むことは、図々しいことだ。
でもそんなことをお願いしてでも、彼と一緒にいたい。
それを分かってもらいたい。
「教えていただけませんか。彼のことを。」
頭を下げた私を見て、沙織さんは一度お茶を口に運んでそれから言った。
「…愉快な話ではないけれど聞いてもらえるかしら?」
6月14日の活動報告に明美視点の雨くんとの日常の小話前篇を掲載しました。雨くんとの馴れ初めもあるので、R15ですが、ご興味のある方はどうぞ。後篇は明日か近日中に掲載予定です。




