お弁当は手作りにすべき。(体育祭編その1)
やってきた二度目の体育祭。今年もきちんと晴れている。そういえば行事のある時はいつもいい天気で、雨天中止だとか雨天延期だとかの項目はことごとく無駄になっている。この辺は設定なのかもしれない。さすが乙女ゲームが元の世界だ。
私は今年も俊くんと一緒のチームになった。
「雪さん、今年も一緒だね。」
「本当だね!俊くんとは一緒になる運命みたい!」
「…雪さん、無自覚に僕を危険に晒すのはやめて。」
危険って冬馬のこと?と訊けば無言で頷かれたので太陽の先日の言葉と被ったのが気になって追及してみる。
「…冬馬は秋斗みたいに敵意をむき出すことはしないよ?」
「ああうん、確かに表面的にはね。ちくちくと笑顔で突っついてくる感じだよね。」
「そうなの?冬馬、そんなことしてたんだー。」
「冬馬くんは雪さんが思っているよりやきもち焼きだと思うよ?」
「そうかな。会長よりマシだよ?」
「兄さんと比べちゃだめだよ…。」
俊くんががくっと肩を落とした。
今年も関係者と友達をチームごとに並べると、
赤 東堂先輩 明美 京子
紫 会長 湾内祥子
青 冬馬 太陽 三馬鹿
白 こめちゃん 美玲先輩
黒 三枝兄妹 未羽
緑 桜井先輩 泉子先輩
と見事にばらけている。
そして私は。
「相田先輩、お久しぶりです。」
にこにこ笑いながら手を振る茶髪のイケメンが寄ってくる。
「神無月くん、いつも太陽がお世話になってます。」
「いえいえ。僕こそですよ。」
神無月くんのいる黄緑色チームに分配された。
「あ、君が神無月くんなんだね!はじめまして。僕は生徒会2年の海月俊です。」
「海月会長の弟さんですよね!生徒会推薦の話、お聞きしました!ありがとうございます。僕、頑張ります。」
俊くんと挨拶している様子を見ても普通の子でどこが背徳なのかはいまだに分からない。もしかしたら付き合ったりするといけない方向に走る子なのかもしれない。
「例えばムチとか手錠を持ってきちゃったりとか…監禁しちゃう系だとか…。」
「相田先輩?」
「ななななんでもないよ。神無月くんは運動、得意?」
「それなりですね。勉強よりは太陽と競えると思います。」
「何に出るの?」
「100メートル走と借り物競争です。」
ということは今年は会長、東堂先輩、冬馬、太陽、神無月くんが借り物競争に出ることになる。攻略対象者勢揃いかと思いきや、三枝くんは葉月と同じ競技に出るらしく、出ていない。それでも十分豪華な顔ぶれだ。おそらく未羽が超高性能カメラをあちこちに設置していることだろう。
「借りられる側に残ってたら乱闘が起こりそうなメンバーだね。」
私が言うと、俊くんも苦笑する。
そんなことを話しているうちに開会の放送が流れる。
「あ、始まるみたいだよ、雪さん。神無月くんも行こう。」
午前の種目は終わったとき、私は既に燃え尽きていた。
「今年はきつかった…。」
私が黄緑チームの控え席でへたりこみ肩で息をしているのを、俊くんが背中をさすって労ってくれた。
「今年は凄かったね…。」
100メートル走は去年と同じでそれほど苦もなく1位を取った。問題は1000メートルリレーだ。並みの男子よりも足の速い私はなぜか文化系の部活所属の女子なのにアンカーにされた。
アンカー、ということは。
「東堂先輩と…冬馬と三枝くんと一緒に走るなんて…この順番にした黄緑チームの先輩方を恨むわ…。」
ハイスペック攻略対象者たちと競う女子の立場になってほしい。アンカー、他に女子はいなかったぞ!
黄緑チームは2位とかなりいい順位でバトンを渡されて一時は1位だった黄色チームを抜きもした。しかしゴールから1m手前に着いているくらいの圧倒的リードがない限り、追い上げた東堂先輩や冬馬に勝てるわけがない。ギリギリ三枝くんに追い抜かれないで済んで3位だ。
「雪ちゃん、女子ではぶっちぎりで速かったよぉ!」
お昼をみんなで食べることになっていたので俊くんに支えられて集合場所によろよろと向かうと、こめちゃんが褒めてくれる。一方で未羽はバカにしきった表情で見て来る。
「雪、あんたまたやったのね。多分また湿布のお世話になるんでしょうね。」
「そうだ…ろうね…。」
雹くんと競った時以来の爆走に息するのすら苦しい。錆びついた味が喉の奥に広がっている。
「雪、大丈夫か?」
「上林先輩が心配しなくてもねーちゃんのことは俺が様子見ますから!」
「おぉ。なんか去年の秋斗くんと同じタイミングで噛みついてるね、太陽くん。」
「また違った楽しみ方ができますわね。」
他人事だから言えるんだよ明美さん方。太陽と冬馬の間にはマリアナ海峡並みの深い溝があるんだよ。
「お姉様ぁ!」
ふらついているところに強烈なタックルを食らい、隣の俊くんにもたれる形になってしまった。
「お姉様、かっこよかったですわぁ!!さすがお姉様ですわ!特に最後、リレーで走る姿はカモシカのようでしたわ…!葉月は何枚写真を撮っても足りませんでしたわ!!」
ぎゅうぎゅうみぞおちを締め付けられて猛烈な吐き気に襲われる。
「う…吐く……。」
「はい、そこまで。」
美少女の拘束から解放されて、ぽふっと柔らかく包み込まれる。
「君が、雪に心酔してるっていう子?悪いけど、雪そのままだと吐きそうだからこっちに返してもらうよ。」
「あなたがお姉様の恋人でいらっしゃる上林先輩ですわね?」
「…そうだよ。初めまして。」
冬馬の反応が一瞬、本当に一瞬だけ遅れた気がする。が、手すりにかかった濡れ雑巾のように冬馬にもたれてぐったりしている今の私には気にしている余裕はない。
「お会いできて光栄ですわ!私、三枝葉月と申しますの。こちらは兄の三枝五月ですわ。」
三枝くんがぺこ、と軽く頭を下げる。そこに割って入ったのは太陽だ。
「お前さ、後先考えずに全力で走ってふらふらしてる人に何してんだよ!」
太陽、おバカって言ったね。聞こえてるからね?
「あなたは…お姉様の弟で同じクラスの相田太陽くんでしたわね?」
「そうだよ。お前だろ?自称妹とか意味分かんねーこと言ってねーちゃんに付きまとっているって迷惑女!」
「あら、結構な言いぐさですわね。お姉様が葉月のことを認めてくださっているのだからいいのですわ。葉月を妹のように思ってくださっていますもの!実のお姉様のことをおバカと評する弟よりよっぽど可愛い妹ですわよ?」
太陽と葉月の間でバチバチと散る火花を止めたのは神無月くんだ。
「太陽も葉月もやめなって!ここで喧嘩してどうするの?」
「弥生、この迷惑女と知り合い?」
「弥生は私の幼馴染ですわ!」
「こんな女が?!」
ショックを受けた様子の太陽にふふん、と勝ち誇った様子の葉月。
「葉月も相田先輩に謝らないと!先輩、葉月のタックルで瀕死状態でしょ?」
冬馬の腕の中でぐったりする私に葉月が申し訳なさそうな顔をする。
「お、お姉様、ごめんなさい。」
「いいよ、自業自得だからね…。」
「ほら、太陽もそこまでにしとけ。とりあえず飯食うぞ。」
ぽん、と太陽の頭に手を置き、太陽を止めてくれたのは東堂先輩だ。太陽は東堂先輩に対してはとても従順だからまだ不満そうな顔をしているものの黙り込んだ。
「お前たちも一緒に食っていかないか?」
「え、いいんですか?」
神無月くんが目をキラキラさせて喜ぶのを未羽がじいいぃっと凝視している。
スチルを見られていない神無月くんと三枝くんの表情を見逃す気はさらさらないらしい。
「お姉様方と一緒にご飯をいただけるなんて!」
「私は可愛い女の子と一緒にご飯はいつでも大歓迎だ!」
美玲先輩が葉月の手を取って頬ずりし、泉子先輩が「可愛いのです〜!」と抱きついたせいで、かの葉月が面喰っている。先輩方にとって葉月は垂涎ものですよね。
そんな様子を見て京子が呟いた。
「それにしても煌びやかな集まりですわね。」
周りから今も熱い視線は寄せられているが、流石にこの集団に突っ込んで行く勇気は出ないのか遠巻きに観察されたり、写真を撮られたりしている。
京子の言葉を受けて明美も苦笑する。
「そうそう、なんかこう見るとつくづくあの人たちは住む世界が違うんだよなって思っちゃうのよねー。」
「住む世界が違う?どういうこと?」
「なんていうの?ここまで整った顔をしている人たちを前にすると腰が引けるっていうかさぁ。私みたいにふつーな顔してる人から見ると近づきにくかったりするわけよ。暗黙の入れないぞってオーラが出てるんだよ。声をかけるのすら躊躇うって人もいると思うわよ?」
「…そんなもんかな?特に感じないけど…。」
「それは雪があちら側の人間だからですわ。」
「え?私も?」
いまいち納得できずにいると未羽が話しかけて来る。
「雪、あんたさ、中学の時も近寄りがたいって言われなかった?」
「え?うーまぁ言われたけど、それは多分秋斗がいたせいと後は私が成績とかに拘るツンツン女だったせいじゃないの?」
「それがないとは言わないわよ。どの局面においても別格の存在に近寄りがたくなる人間は多いもんだけど、外から見える容姿は一番顕著。あんたは主人公並みの容姿について自覚なさすぎね。」
「ある程度自覚はしているよ?この顔は絵師さんに作られているわけだし。」
「なら評価は改めなさいな。秋斗くんや太陽くん、上林くんの苦労が思いやられるわ。ある程度客観的に自分を評価する術を身に着けた方がトラブルに巻き込まれないわよ?」
「既にトラブル巻き込まれ放題で今更何かしてもって思うんだけどそれは怠慢?」
「…ま、ゲーム以外のトラブルを過剰に誘発することのないようにってことよ。」
最近未羽は、役割を与えられていた去年より私の身の振り方について注意を促すことが多い。今年はモブなんだからそんなに気にしなくてもいいはずなのに。
でもこれについて私はあまりに君恋第3弾を甘く見ていた、と後から何度も反省することになる。
そんな感じで二人でこそこそと会話しながらお弁当を広げているところに葉月が走ってやってきた。
ちょっと息を弾ませてピンク色の包みを解き、いそいそと取り出したお弁当箱からソーセージを選び出すとそれをぷすっとフォークで刺し、私の前に差し出す。
「お姉様、これをお召し上がりください!はい、あーん。」
「ねーちゃんに何食わせようとしてんだよ!」
「お弁当ですわ。見れば分かるでしょう?何か文句でも?」
「うちは母さんが作ってくれてるからいらねーよ。」
「太陽も葉月もやめなってば。」
第2ラウンドを始めた二人を止める神無月くんを見て彼に脳内で良識派のスタンプを押す。精神的には東堂先輩や俊くんを引き継ぐんだろうなぁ。
一方、本来葉月のストッパーのはずの三枝兄は黙々と弁当を食べることに熱中している。
あんた、ストッパーって売りはどこに行ったんだ。
会長はこめちゃんの手作り弁当(砂糖の量が心配なので誰も味見しない)をあーん、と食べさせてもらってデレッデレだ。
「もしこめちゃんがこのまま会長とうまく行ったりしたら俊くんも砂糖入りご飯を食べさせられるのかな…。」
「雪さんやめて。僕それより早く家を出るから。それまでに同棲とか始めちゃったら僕がご飯作るから。こめちゃんをキッチンには立たせないよ。」
「…俊くん、それは家政夫になってしまうんじゃ…。」
「なるべく早く独立するつもりだよ。」
俊くんが危機迫った顔で言ったあとで話題を変えた。
「それより雪さんは冬馬くんにお弁当作ってきたりしてないの?」
「…!定番のお弁当…だと?!」
「…その様子だとあんた全然考えてなかったわね。」
未羽のジト目が心に刺さる。今日の体育祭の危険なイベントとやらが気になってそれどころではなかったの!
「冬馬ごめん…。」
「いいって。雪にそこは期待してないから。」
「さりげなく雪への評価が窺える言葉でしたわね。」
京子!私の心に追撃を仕掛けないで。
地味に落ち込んでいると、ぴと、とほっぺに冷たいお茶を当てられる。
「それより雪、気持ち悪さはもう取れた?これいる?」
「ありがとう…。」
もらったお茶は喉を優しく潤してくれ、気分の悪さを解消してくれた。のだが。
「…なんで周りの女の子が悲鳴あげてるの?」
「雪ぃ、それ、上林くんの飲みかけだよう?間接キスだよぅ?女子が欲しがってやまないペットボトルだよぅ?」
「…!!」
何気なく受け取って飲んでしまったけど、それで下級生女子が!付き合っていることを知らない他学年女子から見れば悲鳴ものだ。
ちろりと隣を見れば視線を外された。この様子だと…もしや…。
「冬馬、わ、分かってた?ね、狙ってやった?」
「…ま、ちょっとは。」
冬馬がほんのりと顔を赤らめる。
この人お弁当のこと全然納得してないじゃないですか!彼氏彼女っぽいことしたかったんですねごめんなさい!!
「おや間接キスなのにそれほど雪が動揺してないね。」
「もしやお二人。」
「進みました?」
「!!!」
私の顔は直ぐに赤くなるからばれてしまう。
「おやおやぁ。」
「これはこれはこれは。」
「雪、またあとで、ゆっくり報告してくださいましね?」
茶道部三姉妹を代表して明美がぽん、と肩を叩き未羽がにっこり笑った。
周りに注目されまくる昼ご飯を終えてチーム席に戻った後は借り物競争があった。去年と競技の順序が変わったらしい。同じく午前プログラムで競技を終えた俊くんとゆっくり観戦態勢に入る。
「今年はどうなるんだろうね?」
「去年は秋斗と冬馬が私のとこに来て周りの女子の恨みを買ったんだよねぇ。」
「今年は秋斗くんいないから大丈夫じゃない?」
「甘いよ俊くん。あれ見て。」
向こうの方で紙を受け取った冬馬と太陽が何やらやりあっているのが見える。やりあっているというよりは太陽が一方的に冬馬を邪魔しているようだ。
太陽、あんた冬馬と同じチームでしょうが。私怨を持ち込みすぎだよ。
「…なんとなくこっちに向かってる気がするんだけど僕の気のせいかな?」
「気のせいじゃないと思うから一時退散しようかと思うんだ。ほら、既にこっちに一定の注目が集まってるし…。」
「相田先輩!」
立ち上がったところでちょうど捕まった。しかしそれは冬馬でも太陽でもなかった。
「僕と来てください!これ、お願いします!!」
紙を見せてくる神無月くんだ。
紙には 『尊敬する人(先生を除く)』と書かれている。
去年の冬馬と同じかい!
「尊敬っていうと同じチームだと相田先輩が一番理由を説明しやすいかなと思って!」
「それはありがたいんだけどほら、揉め事を起こすのはちょっと…」
「周りの先輩方にもそうしろって言われて!ぜひお願いします!」
「そうだよ、相田さん!行って!」
「相田さん!!」
同級生や上級生の声に促される。
確かにチーム対抗競技だから、ここで他のチームの冬馬や太陽についていくことは裏切りになる。
「うぅ…わかったよ…。」
神無月くんの渡してくる黄緑色のリボンをポニーテールにつけるとそのまま走る。
ちょうどその時冬馬と太陽と目が合ってしまったがあえて止まらず走り続ける。
このあとずっと観客席待機なんだもん!チームを裏切って後でちくちく嫌味を言われるのは嫌なんだ!
「相田先輩速く!」
「筋肉痛の足はそんなに速く動かせないの!」
「じゃあ申し訳ないですけど、引っ張りますね。」
「えええうわぁ!痛いんだってば!色んな意味で!」
攻略対象者様に手を引っ張られていると周囲からの視線が痛いんだよ!女子の恨み妬み嫉みもあるけどさ、冬馬とか太陽とかの嫉妬の視線も痛ければ、こっちに向いているだろう未羽の高性能カメラも痛いんだ!
あの人たちの目には「イケメン男子(彼氏じゃない)とお手々繋いできゃっきゃうふふの図」にしか見えてないんだからね!?