新一年生推薦枠は誰の手に。
「雪ちゃんは相変わらずだったねぇ!」
生徒会室で猿の出してくれたオレンジジュースを飲みながらこめちゃんが褒めてくれた。
「雪さんは今年も不動の1位なのかなぁ。」
私は2年最初の中間でも1位を取った。冬馬と付き合ったことを後悔しないようにするためにも、恋愛のせいで勉強が疎かになったと言われないためにも、
「この座は譲れない!たとえ相手が冬馬でもね!!」
ビシッと指を突きつけると、彼氏であるところの冬馬はおかしそうにくすっと笑う。
「俺、手は抜かないよ?」
「望むところ!」
「それにしても、上林は2位、増井は20位、俊は16位。相変わらずお前らもいい成績取ってるな。」
東堂先輩がしみじみと成績順位表を見て言う。
なんで先輩方がこんなものを持っているかと言われればこれから決めるもののためだ。2年のものはいらないはずなのにちゃっかり先輩方の手に渡っているのは雉が無駄に用意したからだ。ちなみに彼らは自分たちの欄を黒塗りにしたようなのだが、下の方で3つだけ黒塗りにしているのでかえって分かりやすくなっている。これじゃあ隠したいのか目立たせたいのか分からない。
「みなさん集まりましたね。それじゃあ始めましょうか。」
「今年の新一年生の生徒会推薦枠を決めるのですね!可愛い女の子がいいのです!まさに『あの計画』を実行するときが来たのです!」
去年の冬あたりに計画されていた新入生コスプレ選抜会のことだろう。
「だめです泉子先輩!そんなことやったら人いなくなっちゃいますよ!!」
「むぅ~どうしてみんなコスプレの良さを分かってくれないのでしょうね!?コスプレ美少女は人類の宝なのです!嫌いな人はいないはずなのになぜか美玲くらいしか共感者は得られないのです!」
「私も素敵な女の子を選びたくてたまらないんだがな。本当にそうしたくて仕方ないんだがな!!だが現実的に考えればこの場面では仕事に耐えられるような有能性がないといけない。そうしないと推薦された子が可哀想だ。泉子、あの計画は諦めよう。」
「…美玲が裏切ったのです…。」
「泉子。可愛い女の子がこんな過酷なところに入れられるんだよ?白猫ちゃんみたいにガッツもある子じゃないと、推薦枠に女の子をいれるのは難しいよ。」
「雪ぴょんみたいに勇ましい系美少女はなかなかいないのです…。悔しいのです…。」
「そうですよ。相田さんの時は『大丈夫です!相田さんは男の子よりもよっぽど精神が頑丈な子ですから。心臓に毛が生えたような子ですよ!』と四季先生にもお墨付きをもらってのことでしたからね、あれは例外ですよ。」
おかしい。去年の最初の時期に先生にここまで酷評されるようなことをしただろうか。
ちょっと先生がドジするたびに白い目を向けて「これ以上やるなら逆に教師人生やめさせてやろうか、その方が世のためになるんじゃないか」と考えたことがあるくらいだ。
「さて。話を戻しましょう。学生の本分は勉学ですからひとまずはこれが目安になるとして…これによると…。」
「太陽くん、すごいですね~。」
入学選抜試験も中間もトップの欄にあるのは「相田太陽」の文字。私は前世チートがあるからまだしも太陽はない。あの子本人の努力と実力で勝ち取った座だ。
えへん、あの子はすごい子なのだよ?
「相田くんはサッカー部でしたね。夏樹、彼はどうですか?」
「あいつは上林みたいな万能タイプだな。単に技量があるだけじゃなくて戦略を練るのも上手い。その他の面を見てても恐ろしく有能だな。ただな。」
「ただ?」
「女子に冷たいのが玉に瑕だ。あえて丁寧語で話すし、そもそも目を合わせようともしないな。クラスでは知らんが、マネージャーや観客で来る女子生徒にはそうしているな。」
「それはどういうことなのでしょうね?」
「分かったよ!きっと太陽くんはそっちの趣味」
「太陽、昔から結構女の子に追いかけ回されていましたから。雹くんほどの恐怖心はありませんけど、苦手なんだと思います。」
桜井先輩の顔にノートをぶつけて黙らせてからすぐに答える。
桜井先輩、口は禍の元なんですよ。
「彼女がいたこともないのかい?あの顔で?」
「ないですね。私の知っている限りはですけど。」
弟の恋愛事情全てまでは把握していないが、あの弟に隠れ彼女がいたら逆立ちして1周500メートル以上ある第1校庭を5周くらいしていい。
「近くに雪くんがいたせいなんじゃないのか?」
「あぁ確かに、白猫ちゃんが近くにいると他の女の子に目を向けるのは難しいかもね。あぁ、太陽くん、人生損をしているよ!女の子たちと話さないなんて!」
「どういう意味ですか?」
「白猫ちゃんは別に家でおっさん、とかではないだろう?」
「は?」
「つまりだな、雪くんは家で手がふさがっている時に足でドアを開けたり、スカートで人前で座るときに胡座をかいたり、風呂上りに裸で腰に手を当てて牛乳を飲んだりしないだろう?」
「しませんが…。そもそもうちは昔から秋斗が出入りしてましたし…。それにしても美玲先輩、いやに具体的ですね。」
「なぁに!私がそうだからだ!さすがに風呂上りでも下着は着ているがな!」
「…小西先輩、それは暴露しなくてもよかったと思います…。」
俊くんが控えめにみんなが思ったことを代表した。
「美玲がどれだけおっさんかは今はどうでもいいのです!とにかく、ゆきぴょんがちゃんと家で女の子だったとすると、たいようきゅんの女の子を見る目が厳しくなり、結果として女子に厳しくなっているということが分かればいいのです!」
そうかなぁ…。
太陽、「自分の性別の自覚を持ってくんない?」って口うるさいんだよね。「この私のどこを見て女子じゃないというのか言ってみなさい!」と胸を張って返したら「性格と思考回路。」と即答されたのは去年だった気がする。弟と会話して初めて腹が立った瞬間だった。思考回路と言われたら私の人格全否定じゃないの。女子力がないと言われるよりも打撃だ。
「だけどまぁ、生徒会をやる上で支障とまではならないだろう。太陽が候補1だな。」
「遅れました〜!」
「四季先生!」
四季先生の久々のご登場だ。
だが相変わらずドアのところで引っかかってこけそうになっているところから見てもあまり様子は変わらない。
「すみません、せっかく作ったデータの入ったマイクロチップを落として踏んで壊してしまって…。プリント作り直すのに時間がかかっていたんですー。」
先生、依然として幼虫時代を謳歌中なんですね。それからそういうのはバックアップを取っておくもんなんですよ?
「今、相田太陽くんを一人目の候補者にしようということを決めました。先生、どうでしょう?」
「相田くんは今年の私のクラスのクラス委員をやってくれているんですが、私がドジをするたびに自発的に代わりにやってくれてるんですよー。最近では私が頼む前に予めやってくれることも多くて!さすが相田さんの弟さんですね。」
弟は姉の仕事も継いだみたいだ。あの子は自分のスペックが高すぎるせいでドジな人を見るとイライラして代わりに全部やり始めるという損な性格しているから私以上に苦労しているはずだ。
「もう一人の候補が出てこなくて…先生は一年担任としてどの人がいいと思いますか?」
「うーん。そうですねぇ。まだ他のクラスの子まで目が届いていないのですが…。今年のAクラスも有能な子が集まっているようなので、その中で、というのであれば、神無月くんなんかどうでしょうか?」
神無月…というとあの攻略対象者の彼だ。
「あ、そいつ、俺の部活の後輩です。」
冬馬が手を挙げる。
「どんなやつだ?」
「弓道は初心者ですが、一生懸命真面目に取り組んでますよ。みんなに優しい明るいやつでまとめ役とかに自然となってますね。」
「成績の方もかなりいいですね。中間では5位を取ってます。」
「神無月くんは綺麗な男の子かい?」
「…桜井先輩。夢城いますよね?」
「一緒に仕事をしていくなら綺麗な子の方がいいだろう?」
冬馬がため息をついて答える。
「容姿で言うなら、おそらく一年で太陽くんと一、二を争うと思いますよ。俺の知っている範囲であれば。」
「決まりだね!ボクは賛成だ!」
「桜井先輩早っ!」
「でもいい子そうならその子で問題ないのです!」
「私も仲良くしてもらえればいいなぁ〜!」
「では二人には正式には私からお伝えします。ですが、太陽くんには相田さん、神無月くんには上林くん、それぞれ予め伝えておいてもらえますか?」
「「分かりました。」」
家に帰ってから太陽にこの事実を伝えた。
果たして太陽はどうするか?
太陽の嫌いな冬馬もいるし、逆に太陽の大好きな東堂先輩がいるここには
「入るに決まってんだろ。」
でしょうね。
「東堂先輩もいるし、ねーちゃんもいるし、上林先輩のことも監視できるしな。」
「私と冬馬は人前で監視されなければいけないようなことはしません。むしろ会長や桜井先輩の方が風紀を乱しまくってるんだから。…そういえばさ、太陽。」
「んー?」
「太陽はなんで冬馬を毛嫌いしているの?」
いくら太陽がシスコンだとしても、それで終わらせるにはいささか労力をかけすぎている気がする。
この子は合理的だから自分のメリットデメリットに関わらないと動かないし、余計な労力をかけるタイプではない。そんな太陽があそこまで過剰に冬馬に反発するのは、彼がいることが何らかのデメリットになると考えているということだ。
太陽はしばし黙った後に答えた。
「あいつは…危険だから。」
「は?」
「あいつの傍にいたらねーちゃんがそのうちあいつに傷つけられるか犠牲になるのが見えるから。」
どういう意味だろう?
「それは冬馬が女子に人気だから浮気するということ?」
「そういう疑念があるわけ?」
「ううん、ないけど。他に何があるのか分からないだけ。太陽は何を思って言っているの?」
「…言わない。」
「はぁ!?」
「じゃあさ、ねーちゃん。今俺に『あいつが危険だ』って言われて、上林先輩のこと怖いと思う?」
「全く。」
「だろ?今俺が何か言っても、ねーちゃんは必死で俺のこと説得するだけだろ?」
「そりゃあ…」
「あいつのことを盲目的に好きだって思っている今、言ったってしょうがねーもん。もう少し冷静になった辺りで言った方が説得力がある。」
「そんな…盲目的とかじゃないよ。…気持ちが変わらないとは言い切れないけど、少なくとも今冷静じゃないっていうわけじゃない。」
「…そこで絶対に気持ちが変わらない言い切らないとこがねーちゃんらしーよな。」
それはそうだ。気持ちが変わることなんてよくあること。それが絶対じゃないことは私が一番知っている。
「でも冷静じゃないって言い切れる?家の前でキスしといて?」
「う。」
「3か月も経たない間なんて精神状態が高揚してるもんだから盛り上がってるに決まってる。どんな人間だってそーだろ。今話しても無駄。それなら話すつもりはない。俺もきっちりあいつの尻尾押さえる時間が必要だしな。でも、離れた方がいい、とだけは言っておく。」
「和解の余地はないの?」
「ないね。」
即答か。歩み寄りの余地はないらしい。どうにかして太陽と冬馬の仲を取り持たないとなぁ。
それに今後の生徒会の行く末も心配だ。太陽を止められる東堂先輩は夏までで引退なんだから。
あ、でも太陽が選挙で勝てるとは限らないのか。
「そうだ。選挙で勝たないと推薦もらえても仕方ないのは分かってるよね?」
「そんなにバカじゃない。それとも何?俺が負けるとでも?」
確かにゲーム仕様がないとしてもこの子は負けないだろうけどさ。
「…太陽、人間謙虚さってものも大事だよ?」
「下手な謙虚さは逆に嫌味だろ?俺は自分の能力を常に客観的に認識しておこうと思ってるだけ。この学校で俺以上に出来るやつは5人もいないっていうのが俺の見立てだけどねーちゃんは違うわけ?」
相変わらずの自信家っぷりだが嫌味にならないのは太陽の言う通り実力が伴っているからだ。私は1年生の能力は把握していないけれど、太陽の実力はよく知っているからぐうの音も出ない。
「…ま、神無月くんも生徒会推薦枠だから、二人で頑張って。」
「弥生もか!よっしゃ!あいついれば楽しいしな!」
無邪気に笑う太陽を見たらきっと友達はびっくりするんだろうな。可愛い子なんだけど。
「神無月くんと仲良いんだね。どんな子?」
「弥生はいいやつ!明るくて元気で優しいやつだと思う。頭の回転も速いから話してて楽。気、使わなくていい感じ。」
「ふぅん。」
こうやって聞いていても彼は普通の子にしか聞こえない。
「そういえば、太陽、女の子に冷たいんだって?」
太陽は私の言葉に顔をしかめる。
「そんなくだらないことどこで聞いたの?」
「推薦枠決める時には人柄も見るの。東堂先輩が言ってたよ?」
太陽はぷいと私から顔を逸らして答える。
「…だってあいつらうるせーんだもん。周りできゃあきゃあ騒ぐし、大抵決まったことしか言わねーし。友達と遊んでる方が楽しいに決まってる。」
これは相当だなぁ。
「神無月くんだって太陽と競うくらい人気って聞いたよ?彼なんかどうしてんの?見習えないの?」
「あいつは…結構みんなに優しいから。女子も男子も関係ないって感じだな。でもそのせいで期待もった女子に告白されまくってる。」
「ふぅん。」
自分の容姿の程度を分かっていた秋斗や冬馬と違ってあまり自分の容姿のほどを自覚していないのか。
「それはそうと。もうすぐ体育祭だよな。ねーちゃん、何に出んの?」
「私は去年と同じで100メートル走と1000メートルリレーだよ。」
短距離なら高校生男子にも引けを取らない私は今年も体育祭イベントに巻き込まれないために単独種目に出ることにしている。未羽には主人公の湾内祥子はゲームでは旗取り合戦と大玉に出るからそれを除けと言われた。今年の私はモブだけど、念は念を、というやつだ。
「太陽は?」
「俺は借り物競争と100メートル走。」
やはり太陽も借り物競争に出るのか。体育祭での太陽のイベントは借り物競争くらい。ここはゲーム通り進んでいるらしい。
最初の危険なイベントがあると言われる体育祭。まずはこれを無事に乗り切らなければ。
次話から体育祭編です。