やってきたのは鳥肌と彼。
4月末。
4月は新入生が学校に慣れるための時間だから入学式、始業式の他には特別な行事はない。
茶道部の活動はあの後まだ1回だが、その時も三枝葉月は私にべったりだった。
さすがに女子に、それも悪役に惚れられたということはない、きっとこれこそ何かの間違いだ!だってこの子は攻略対象者様を好きになってそれに嫉妬する役割の子だもん!そう、この悪い夢は覚めるに違いない!
そう期待して迎えた2回目の部活。
「お姉様!」
「…その、お姉様っていうの、やめようか葉月ちゃん。」
三枝さん、と呼んでいたら本気で泣きそうな顔をされたので名前で呼ぶようにしている。
「ほら、私にばかりくっついてたらお兄さんだって寂しがるよ?」
「…俺は大丈夫です。葉月が幸せであれば。」
余計なことを!どうみても重度のシスコンだろ、あんたは!ここはもうあえて女子にも嫉妬とかしなさいよ!
「お姉様が葉月のことを呼び捨ててくださらないのはやはり葉月のお姉様への愛が十分には伝わっていないからですわね…!こうなったらお姉様が葉月を呼び捨てにしてくださるまで葉月はお姉さまにくっついて愛を語りますわ!具体的には毎朝お姉様のお家にお出迎えに行って『おはようございますお姉様、本日もご機嫌麗しゅう。お美しいお姉様に朝からお会いできて葉月は今日も一日幸せですわ』とお伝えしてそれから朝の抱擁をしてそれから…」
「三枝兄!冗談よね?この子はなかなかジョークがうまいのよね?」
「…葉月は冗談が一切言えません。それから昔からすごく気に入った物を放さない習性があります。ぬいぐるみとかだと肌身離さず持ち歩いて取り上げられそうになろうもんなら1日中泣いてました。」
「それ絶対幼稚園くらいの時でしょ!?今なら分別もついているでしょう?」
「…さぁ。あの犬のぬいぐるみぐらい執着したのは相田先輩が初めてなので…。先輩はどう思われますか?」
すりすりと頬ずりしてくる愛らしい少女を見下ろして結論を出す。
「その辺りは成長していない気がするわ…!お兄さんとして止められないの?」
「…そのモードに入ると俺でも止められませんでした。『いつき、大っ嫌い!』と30回くらい叫ばれましたから、俺の回復の方が…今もおそらく無理です。」
ストッパー!仕事しろ!
「雪ちゃん…俺にその地位代わって…。」
「遊くん、代われるものなら代わるよ。」
「雪は熱狂的に好かれる傾向にありますわね。あの生徒会補助員のお三方しかり。秋斗くんしかり。太陽くんしかり。」
「冬馬くんもそうだよねぇ。」
「冬馬くんは熱狂的とかではないと思うんだけどなぁ。」
「弟と話してても嫉妬しちゃう人が熱狂的じゃない?雪ちゃんどこまでの想いを要求するの?にひひひひ。」
「ち、違っ!」
未羽がにやにやと私を突っついていると、私たちの会話を聞いていた葉月が不思議そうに首を傾げる。
「秋斗さんとおっしゃるのは?男性ですわね?お姉様の恋人は上林冬馬先輩でしょう?」
「あ、彼はね。雪さんの幼馴染で去年までのうちの学校にいたんだ。茶道部員で生徒会も一緒だったんだよ。事情で転校しちゃったんだけどね。」
寂しそうに笑う俊くん。
「そうなんですの…。葉月もまだまだですわね!お姉様のことはきちんと把握しておかなければ!」
まずい、この子の私への執着度を見るに未羽2号ができる!私のプライバシーがどんどんダダ漏れに!
最終的に私は自分のプライバシーを守る道を取った。
「葉月。分かった。あなたのことは名前で呼び捨てることにするわ。だからどうか私のプライバシーを侵害するようなことはやめて。もしそれをしたらあなたと今後一切話をしない。」
「お、お姉様が葉月のことを名前で!もちろんっ!葉月はお姉様が不快になるようなことは致しませんわ!」
「…葉月、帛紗捌きの練習するぞ。」
「分かっていますわ、五月。今行きます。お姉様、また後で。」
るんるんで去っていく三枝妹。
私がこれ以上なく重いため息をつくと、未羽が近寄ってくる。
「ま、あの子は白ね。あんたに敵意も害意もないわ。隠している様子もない。」
「…でしょうね…。ここまで来て裏切られたら人間不信になりそうだわ…。」
「それよりも気になるのが、あの覗き魔ね。」
「せめて現主人公、とかにしておきなさいよ。」
「敵意も害意もある、かぁ。やっぱり夢城愛佳みたいに逆ハーねらいなのかしら。それとも上林くん個別コースを取りたいのかしら…。どっちにしても、転生者ではあるし、あの夢城愛佳よりも賢そうね。」
「…うん。太陽を好きになってもらうなんてできるのかなぁ。人の心なんてそう簡単に動かないのに、マイナスからのスタートの予感なんて…。」
「そこはさ、一応エンドをずらす方向でも補正求めていけるし今後次第でしょ。それより。」
「ん?」
「あんた、あの後上林くんと大丈夫なの?」
う…。
「その顔。大丈夫じゃないのね?」
「う…うん。別に冷たいとかそういうのはないんだけど…。よそよそしいっていうか距離があるっていうか。」
「よそよそしい、ねぇ。」
「今までだったら、頭撫でてくれるタイミングで撫でてくれなかったりするんだ…。帰りとかに手は繋いでくれるんだけどね。」
「ちゃんと謝ったの?」
「うん、そりゃあもう、何度も。でも『俺がミスっただけだから、雪は気にしないで』の一点張りで。」
「あああー。彼も頑固なとこあるからなぁ。難しいわね。」
このまま気まずいままなんて嫌なのに。
そんなことを未羽と話しているときだった。廊下が妙に騒がしい。
「一体何事ですの?」
「…悪寒がする。」
明美の悪寒が働くということは。おそらく。
茶道部の部室のドアががらっと開けられた。駆け込んできた人物の顔に、3年の先輩と1年の女子2人がきゃあきゃあ言う。ちなみに葉月は「葉月はお姉様が来た時しかきゃあきゃあ騒ぎませんの。」と言っていた。
乱入者はそのままこっちに歩み寄った。
「明美さんっ!」
「げっ。来たっ!?」
明美が一瞬で遊くんの後ろに隠れたせいで、それほど仲が悪くなかったはずの遊くんをものすごい目でにらむ儚げ美少年。
「野口くん、俺がいない間に明美さんと何かありましたか!?」
「なななななな!なんもねーよっ!!!ホントだよ!そんな顔して見んなっ!こえぇよ!!明美ちゃん、お願いだから、隠れるなら女の子の後ろに隠れてくれよっ!!」
「遊くん、ごめん。一番近かっただけ。ちょっと!50センチ以内に入るなって前に言ったでしょ!?」
「すみません、雨がまた暴走しました。」
「鮫島くん。」
愛ちゃん先生に謝罪しているのは、天夢の良識派であるところの鮫島くんだ。
「相田さん、それから他のみなさんも。久しぶりだな。雨がいきなり部活の邪魔をしてすまない。」
「本当よ。全く。空石くん、あなたの情熱は美しいと思うけどね、ちゃんと対応できないようじゃ大人の男にはなれないわよ?」
「す、すみません。つい。」
雨くんが謝っている間に、鮫島くんは未羽の傍に行く。
「未羽さんも。久しぶり。」
「鮫島くんおひさー。雨くんのお守りは大変そうね。なんかこめちゃんのお守りをしている俊くんみたいな空気が漂ってるわ。」
「未羽ちゃん~なんで私がそこに出て来るの~?」
「鮫島くん、お互い頑張ろうね!」
「海月。頑張ろう。」
以心伝心する鮫島くんと俊くん。
「ところで、なんで鮫島くんも雨くんも君恋の制服を着ているの?」
そう、二人は君恋の高校2年の制服を着ている。
「よく訊いてくれましたね、雪さん!」
雨くんがるんるんでこっちに向かってくる。
「我が天夢高校で今年度から生徒会を作るというお話をしたのを覚えていますか?」
「うん。」
「それで視察に来たんですよ。だから交換編入ではありませんよ?」
「ということは、あの二人も?」
「ええ。来てます。あの二人は生徒会室の方に挨拶に行きました。」
「今日の放課後だけならわざわざこっちの制服着たりしないよね?」
俊くんの疑問に答えたのは鮫島くんだ。
「今日入れてゴールデンウイークの直前のこの3日間お邪魔することになった。Aクラスに編入させてもらうことになっているんだ。」
鮫島くんの言葉に俊くんと私が小さく呟いた。
「Aクラスって…。」
「私たちのクラスだね…。」
厄介ごとの種だけがどんどんやってくるのはなんでなんだろうなぁ…。