王道を期待しないで。
更新が遅れてしまったのでお詫びの2話投稿。今度から更新時間は朝6時にしますので、次回更新は月曜日の6時になります。よろしくお願いします。
「茶道部の新入部員に雪のことを姉と熱烈に慕う1年が入ってきた?」
「そうなの。これがなかなか強烈な子でね…。悪い子ではない、と思うんだけど。」
今は茶道部新入部員歓迎会から何日か経った放課後、冬馬くんと二人で席替えのくじを作っているところだ。机を挟んでお互いに向き合って紙を切ったり番号を書き込んだりしていた。手を機械的に動かすだけの単純なお仕事なのでこないだの茶道部入部試験のことを話しながら作業を行っている。
歓迎会中も三枝葉月は私にぴったりとくっついて離れなかった。その姿は甘えてくる猫のようで愛らしく、私の引きはがそうとする意思を失わせた。とはいえ、私の体に手を回して頬ずりしてくるなどやっていることは未羽とは別種のタイプの変態の域。遊くんと新1年生男子が羨ましそうな目で私を見てきたとき、何度代わってあげたいと思ったことか。いやさすがに代わるのは倫理的にまずいし、代わった瞬間に三枝兄が金槌を出してきそうなオーラを出していたせいで彼らはその野望を口には出さなかったが。
未羽はといえば、あれが本気なのか、それともあの子が転生者で私を油断させるための罠なのかを鑑別しようとし、判断つきかねているようだった。
これまで私は、初対面で敵意や悪意、そこまでいかなくても警戒心やマイナスイメージを持って話しかけられるのが普通だった。悲しいかな、それが当たり前になっていた。
だから初めから愛情や憧憬を露わにして近づいてくる彼女に当惑している、というのが正直なところだ。
未羽は「人は嘘をつくし、裏切りもする。簡単に信用するもんじゃない。」と口が酸っぱくなるほど言い、相手が裏切るかもしれないことを前提に人付き合いをする。でも私はそんなに器用じゃないから彼女のように割り切った上で人付き合いの幅を広げることができない。
秋斗に言われた通り、内に一人で籠るのはもうやめた。だから「信頼できる」と思った人のことたちは信じ切ろうと思っている。でも今まで頑なに内に籠っていた人間がその輪を更に広げていくのには時間がかかる。
彼女が何か意図を隠して近寄ってきたとは思いたくない。かといって何か思惑のある人たちがいることが分かっている状態で無条件に信用できるわけでもない。
内に籠らずに外に出ていくというのは難しい。
急に暗くなった私の表情を見ていた冬馬くんがぽん、と頭に手を置いて、優しく撫でてくれる。
「悪い子じゃないと思いたいんだったら思えばいいし、迷うなら今は保留ってことにしておけばいいんじゃないか?無理しなくていいと思う。」
「そうかな?あそこまで好きって示してくれてるのにこっちが困っちゃうのって悪いかなって気にもなるんだよね。」
「初対面で好き全開っていうのは誰でも多少驚くし困るよ。それが普通。特に雪は好意に慣れてないもんな。…なんか不安なことがあったら、必ず頼れよ?」
「うん。ありがとう。」
去年は冬馬くんにこんな風に撫でてもらって安心するなんて微塵も思っていなかったなぁ。
冬馬くんも同じことを考えていたのか小さく笑った。
「去年の今頃のこと覚えてる?雪、俺のことを友達とすら思ってなかったんだよな。」
「否定はしないよ。」
去年の今頃は未羽と作戦会議する前だもんな。
「俺と話すの、今も嫌?」
答えを分かっているくせに、からかうように訊いてくる。
「そんなわけない。…だったら付き合ってないよ。」
だな、と優しい笑顔を向けてくれる冬馬くん。
そういえば、冬馬くんは。
今の進行具合でいいと思っているのかな。
私は前世で男の子と付き合ったことがあるわけだから男の子たちがどう思っているのか、なんとなく察せられると思っていた(これを未羽に話したらその勘は絶対に信じるなとコメントされた)。
けれど冬馬くんは分からない。
いつも優しい笑顔を向けてくれてこちらに気を配ってくれる。心から想ってくれているのはよく分かる。
でも彼は私にそれほど触れてこない。
せいぜいさっきのように頭を撫でたり手をつなぐ程度で、それほど抱きしめられることもない。
秋斗が日常的にぎゅっとしてくるタイプだったからなのかな。人肌恋しい。
でもこないだの三枝さんに抱きつかれるのとは違う。
好きな人の腕に抱きしめられたい。
もっと、冬馬くんの優しい腕にぎゅっとされたい。
…って!私は何を考えているんだっ!!!
「雪?今何考えてる?」
「ななななんでもないっ!!!なんで分かるの!?」
慌てて言うと、冬馬くんは私の様子を見てくすくす笑う。
「さっきから同じ番号を5回も書いてるのを見たら誰でも分かるよ。」
「ごめん!今度から脳みそ内の仕事用の区画と煩悩用の区画のしきりを強固にしておくね。」
「それ多分努力の方向間違ってるからな。」
冬馬くんが手を止めて、俯いた私の顔を下から興味深そうに覗き込んできた。
「で、煩悩ってどんな?」
「え。」
「今言っただろ?『煩悩用の区画』って。雪の煩悩って何?」
なんてことだ!本人の前でぽろっと漏らしてしまったとか!
「な、なんでもないよ…!……そ、そうだ、ぼ、ぼんくらって言いたかったの!」
「へぇ。じゃあなんでそんなに赤い顔してんの?」
「~~~っ!!それはっ。そのっ。」
机越しに意地悪くにやにやしてこっちを見ている冬馬くんから目を逸らす。
「くっ。そのっ……冬馬くんが、す、好きだなぁってしみじみ思ったの!…こんなに好きになるなんて、思ってなかったなって!」
私が現世でこんなに男の子のことを好きになるなんて。
あんなに人を好きになることが怖かったのに。
「…冬馬くん?」
沈黙が続くからちょっと目を戻すと、冬馬くんは今度は真面目な表情でまっすぐに私を見ていた。
その深く黒檀のように黒い瞳から目を逸らせない。
「雪。」
急に一段と柔らかくなった声音にどきん、とする。
机の上に置いた手に手を重ねられる。
私が、彼が好きだと気づくきっかけを与えてくれた手だ。
綺麗な顔が近づく。
男の子なのに睫が長いなぁ。なんでカールしてるんだろう。生まれつきですかそうですか。肌のきめが細かくて綺麗って女子に喧嘩を売ってるんだろうか?
それにしても触れてないのに分かってしまうくらい近づくなんてなぁ。
この距離感まるで……おや?
まるでもなにもない。
冬馬くん、キスしようとしてる?
気づけば、一気に頬が熱くなる。
そうかこのタイミングか!
いやでも雰囲気的にはおかしくないのか!二人きりだし!夕方の教室だし!
こういうのスチルでありそう。…いかん、思考が未羽様だ。
彼氏との初キス直前にこれだけ違うことを考える余裕があるとは私もなかなか経験値を積んできたんじゃないか?…何の経験値だ何の。
どうやら私はかなり混乱しているらしい。
でも嫌かと言われたらそんなことない。
嬉しい。
目を瞑ってそれを受けようと思ったときだ。
ぞくっと悪寒がするくらいの視線を感じた。
視線の方向に目をやると、教室の外から女の子がこちらを見ていた。
赤いリボン、つまり1年生だ。そしてその子の容姿はすさまじく整っていた。
「ちょ、ちょっと待って。」
慌てて立ち上がってドアの方に向かう間にその子は走っていってしまった。
あの子はほぼ確実に第3弾の関係者。あの容姿から言っておそらく…主人公。
その主人公は私をしっかり睨みつけていた。ただ単に「冬馬くんの彼女」への敵意ではなく、なんとなく、怒りを含んだまま観察しているような視線でもあった気がする。
なんの意図があって見てたんだろう?
もしかしてあの子は私にいい感情を持っていないのか?
そうすると太陽は選んでもらえない可能性が高まっている?
いや、そう断定するにはまだ早い。ひとまず未羽に伝えなければ。
ケータイを出そうとして、ケータイがバッグの中であることを思い出す。そして一緒に自分の状況も思い出す。
…ん?今、私は何をしようとしていたんだっけ。
……彼氏と一緒に仕事してて、いい雰囲気になって、初めてキスしようとしていたんでした。
しまった。大失敗だ。
おそらく私がしでかした中でもワースト10に入るくらいにやらかしてしまったことだと言っていい。
「と、冬馬くん。ごめん。私…。」
俯いたままの冬馬くんに声をかける。
「…いい。ごめん。俺がミスった。もうくじ作り終わったから帰ろうか。」
私と視線を合わせないまま、冬馬くんが立ち上がった。
あぁなんてことだ!最近本当についてない!
あのタイミングでいきなり立ち上がったんだからキスを避けたんだと思われる。
きっと私が嫌がったと誤解している。
「冬馬くん、違うの!その」
「いいから。雪、今の忘れて。」
話は終わり、というようにバックを持って教室を出たところで私を待ってくれる彼からは蒸し返すな、という雰囲気が出ている。
こんな時に限って彼の言いたいことが分かってしまう自分が辛い!
誤解なのに!一体どう伝えればいいの?




