体力テストも全力で。
キリが悪かったので長くなりました。ストックが切れるまでは2日に1回をめどに奇数日更新をしていこうと思います。お付き合いいただけると嬉しいです。
次の日は体力テスト。
君恋高校では文部科学省の指導要綱に従った走り幅跳び、上体おこし、反復横跳び、長座体前屈、握力測定、持久走、立ち幅跳び、50メートル走、ハンドボール投げの計9種目を男女別に別れて各自空いているところからこなしていく。私はもちろんいつもの茶道部の女子と一緒に回ることにした。
「ふふふふふ。さぁ、行くわよ!!」
「…雪は元気ですわね。」
京子は全般的に体育が苦手だからげんなりしているが、私は元気いっぱいだ。
だってダンスがない体育は私の天下だもの!
走り幅跳び、上体おこし、反復横跳び、50メートル走、ハンドボール投げ(握力は鍛えていないので女子平均値にとどまる)は女子平均値を余裕で上回り、まさに我の前に敵なし状態だった。これは女子がさぼっているせいもあるけど、男子に混ざっても十分競えるんじゃないかという数値を叩き出せているから余は大変満足です。
一番苦労していたのはもちろん京子。こめちゃんもその豊満なお胸が邪魔をするので俊敏な動き、とは言い難い。だが動きが小動物のようにちょこまかしていて大変可愛らしい。男女ともにマスコットガールと認定される愛され少女はここでも騒がれていた。
一方、明美は身軽なので運動は不得手じゃない。
それから未羽はああ見えて偵察やら観察やらのためにこの広い学校を隅から隅まで走り回れる体力のある女なので全体的に結構いいスコアを出している(50メートル走では四季先生がゴール地点でのタイムキーパー役としてにこにこ笑って立っていたので未羽のスコアは異常によかった)。
そんなこんなで項目を終えながら得意満面で次の長座体前屈に移動中、京子が不思議そうに私を見てきた。
「雪のその細い腕や足のどこにそんな力があるんでしょう?…不思議でなりませんわ。」
「そんなに細くないと思うよ?」
申し訳ないが私の手足はモデルさんのような細さではない。あの筋肉のつかない手足では間違いなく運動はできないからね。
「雪の足は綺麗な筋肉の付き方してんのよねー。すらっとしてて形がいい。貧相さがなくて私、好きよ?」
この子の観察対象はあくまで攻略対象者様だけだったはずだよね?私の足は攻略対象者様じゃないことを言い聞かせなきゃいけないかしら。
「…ジャージでよかった。なんかあんたの視線にさらされてると削られそう。特殊性癖を持たない人の一般感覚が。」
「あら。一般的意見よ?真っ白で太く見えないってなかなかないんだから。見ててそそられる感じ~。ぐへへへへ。」
「うわああああ。なんか奥歯がかゆい。ほら見てよ。明美が雨くんに最初に会ったとき並みの鳥肌が!」
「まぁまぁ。未羽のそういう発言はいつものことじゃん。」
「おめでとう未羽。あんたのおっさんキャラはとうとう公式化されたわ。」
「このうら若き乙女におっさんとはなんと失敬な!」
私と未羽がぎゃあぎゃあ騒いでいる間にも京子とこめちゃんはのんびり話をしていた。
「雪は筋肉の質がいいんですわね、きっと。羨ましいですわ。」
「一等級肉ってことだね~。美味しそう!」
…キラキラした目でこっちを見ないでこめちゃん。
私は豚や牛じゃないからね?
「それよりさ、雪は気にならないの?」
「何が?」
「ここは共学だからさ、大抵の女子は自分をか弱く見せるのに必死じゃない?それに雪は真っ向から勢いよく逆走しているわけ。男子からの目とか気にならないの?」
「んー。できることをやりきらないのって主義じゃないんだ。やるからには全力でやりたい。」
「あー。雪っぽい。」
「冬馬くんにも見られていいの~?猛牛の勢いで走ってるとことか!」
私そんなに見苦しい走り方してるの!?
こめちゃんの何気ない言葉に一番打ちのめされたんですけど。
「…もう去年散々やらかしてきたわけだからこれ以上評価が下がることはないと思うんだよね。……そ、それに…それで幻滅するようなら…多分…もともとす…好きになってくれてないかなぁ…とか…。」
だんだん尻すぼみになる私の返答にみんながにやりと笑った。
「いいねぇいいねぇ。雪がそういう風にはにかむようになるとは去年は思わなんだよ。」
「これからもこういうのが見られるわけですわね。」
恥ずかしくなってくるりとみんなに背を向け、さっさと体前屈の台に座った。
「雪ちゃん、長座体前屈は大丈夫なの~?」
「それを訊かれる理由が分からないんだけどなこめちゃん。」
言いながらぐににににーとこんにゃくのような柔軟さを見せつけると未羽がぼそっと呟いてくる。
「あんた、柔軟は問題ないのにダンスできないって…。それはもうセンスの問題よね。」
そこは突っ込んじゃいけないところなんだよ!
最後の持久走を終え、未羽たちを待っている時間に聞き慣れた声に呼ばれた。
「ねーちゃん!」
「太陽。」
太陽は君恋高校のジャージで私の方にやってきた。
「太陽は終わったとこ?」
「これから。ねーちゃんたち高2の後が俺たちだから。」
「あ、そうだったっけ。」
「どうしたんだよ?なんか上の空?持久走もねーちゃんならもっと速く走れただろ?」
この子も私のことによく気のつく子だ。
確かに先ほどの持久走は万全な体制で臨んだものではなかった。
気が散っていて走ることに集中できなかったのだ。
昨日妙な手紙をもらったことで周りを意識するようにしたところ、観察されているような視線があることに気づいた。あの手紙は間違いなく君恋第2弾をやったことのある人からのものだ。それもこの時期に寄越すということから考えてその人は新入生。
でもそれが具体的に誰か、どんな意図によるのかは分からない。
もちろん、今受ける視線にあの手紙の人からの視線があるかも分からない。
目的の分からない視線に晒されることは想像以上に精神を疲弊させる。
みんなと話しているときや何かに夢中になっていれば紛れるけれど、一定の速度を保って走り続ければいいだけの持久走やこうやってぼうっとしている時間ほど気味の悪さが際立つ。
私は前世からそうだけど、裏でいじめをするタイプが大っ嫌いだ。来るなら正々堂々来てほしい。それで不満なことがあるならはっきり言ってもらって、納得できないならぶつかって、その状態を終わらせたい。中学の時は、自分に嫌がらせをしている人に何が気に食わないのか言ってほしいと向かっていったこともある。もちろん私への嫌がらせの証拠はきちんと揃えて言い逃れはできないようにして行きました。逃げることは許しません。
理由?ご想像の通り、私に貼りついていたイケメンな幼馴染が原因の嫉妬でしたとも。
でも、高校に入って乙女ゲーム転生に気づいてからは、売られた喧嘩を買うのはやめた。
なんでかって?
まずは乙女ゲームの仕様で嫉妬される要因が増えたから。それに加えて単に考えられる相手の数が多すぎて面倒だった。単純計算で中学の時から比べて3倍の人数が在籍しているんだもの。まともに1つ1つ誰が犯人か特定するのは骨が折れる。
最初は憤りもした。けれどそのうち、妬みや嫉みに塗りつぶされて目が見えなくなっている子たちに哀れみすら感じてしまうようになった。恨みで嫌がらせをするような子を誰が好いてくれるのか。そんなことにも気づけないなんてよっぽど目が曇っちゃったんだろう、そう思った。
だから実害がでなければ基本的に放置している。
未羽なんかに言わせれば甘いらしいけどね。
こほん。それはいいとして。
そういういじめは明らかに嫌がらせを目的にしているから逆に分かりやすい。けれど、今回は違う。それが気持ち悪い。
「んー。なんか見られている感じがして。」
太陽に隠してもどうせばれてしまうのでそのまま言ってみると、太陽はなんだそんなことか、という顔をする。
「あったりまえだろ。1年の間でも、ねーちゃんって有名人だからな。」
「え、どうして?まさか…もうそんなに広まってるの?」
「は?」
「冬馬くんと付き合っていること。同級生でもまだ知らない子結構いたと思ってたんだけど予想以上に広まってるのかな…。そうか、知られたら新入生まで敵に回すことになるんだよね…。」
ゲーム関係で観察されている可能性を言うわけにもいかず、他に考えられる可能性の方を口に出すと太陽はなぜかため息をつく。
「…ねーちゃんって色々自覚ねーよな。秋斗にぃが心配してたわけだよ。ねーちゃん、ちょっと身辺に気を付けた方がいい。」
言われなくても十分身辺には気をつけているさ。最近は鍵付きロッカーにほとんどの荷物を入れてるから安心だ!
しかし今の私には、自分の持ち物を気にするよりも「ま、それは俺が注意しておけばいっか。」とか呟く弟に突っ込むよりも何よりも確認しなければいけないことがある。
さっきから、太陽から少しだけ離れたところにいる男の子。私と太陽が二人で話している間同じ場所で所在無げに立っている、明るめの茶色の少し跳ねた髪にエメラルドの目のキラキラしたオーラを出している男の子のことだ。
危険発生の30秒くらい前にならないと教えてくれない虫の知らせが発動中だ。
「…太陽?」
「ん?」
にっこりと笑って訊く。最大限の期待を込めて。
「そこの彼、もしかして太陽を待ってくれてるの?友達?」
違うと言え!赤の他人だと!赤の他人が厳しいとしても「あぁあんまり話してないけど多分クラスメート」くらいの返事だったらお姉ちゃんは嬉しくて飛び上がっちゃうから。
しかし例にもれず弟はしっかり私の幻想をぶち壊してくれた。
「あぁ、こいつは神無月弥生。同じクラスでさ、入学式で仲良くなったんだ。弥生、待たせて悪い。こっちは相田雪って言って俺の姉貴。生徒会もやってる。」
太陽、あんたにとってはライバルキャラにあたる子と仲良くなってどうするの!それも名前で呼んでるとか!よっぽど馬が合ったんだね!
この子は友情と恋愛だったら間違いなく友情を取る。
つまり?
【おめでとう!太陽退学回避エンドルートの障害が増えた!】
一難去ってまた一難、どころか一難去らずにまた一難。
…姉弟ともども一旦お祓いに行くかな。
私に内心で疫病神扱いされたその男の子は礼儀正しくぺこり、とお辞儀をした。
「はじめまして。僕、神無月弥生っていいます。太陽とはこないだ会ったばかりなんですけど、意気投合しました。よろしくお願いします。」
どう頑張って否定しようとしてもできない、この子こそが新攻略対象者の神無月弥生だろう。このカラフルな世界では比較的地味な色合いなのに、顔立ちが整いすぎていて全然地味じゃない。そして未羽の言った通り純朴そうな美少年だ。この子本当に背徳系なのかな?
「は、はじめまして。太陽の姉の相田雪です。…太陽のこと、よろしくお願いします。」
できれば主人公の恋人役は太陽に譲ってあげてください!
私が疫病神だろうとなんだろうと神だろう!と無茶苦茶な理屈で祈りを捧げていると
「雪。」
「冬馬くん!」
いつの間にか下はジャージで上は体育着の冬馬くんが後ろに来ていた。そのせいで太陽と神無月くんと冬馬くんに挟まれる形になる。
攻略対象者様が三人も集えば文殊の知恵が浮かぶよりも先に女子が集まります。
毎度のことながら周りからの視線で貫かれそうだ。もちろん私だけが。
「うわ。上林さん…じゃない、上林先輩…。」
「太陽くん、久しぶり。」
太陽が露骨に嫌そうな顔をする。秋斗を兄と慕う太陽は冬馬くんにあまりいい感情を持っていない。馬が合わないんだろう。
逆に神無月くんの方はぱあっと嬉しそうに顔を輝かせた。
「え、次期生徒会長の上林冬馬先輩ですよね!?うわぁ、やっぱ本物はすっげーかっこいいー!あ、すみません、僕、1年の神無月弥生といいます。太陽とは入学式で友達になって、今相田先輩に紹介してもらっていたところです。」
「はじめまして。俺は2年の上林冬馬。」
にこっと外用の笑顔を浮かべた後、冬馬くんは太陽に顔を向けると、
「そんなに露骨に嫌そうな顔するなよ。」
と苦笑する。
「俺、あなたのこと認めていませんから。俺が尊敬しているのは、東堂先輩と雨さんだけだし、兄貴と思っているのは秋斗にぃだけですから。」
睨みつけるような太陽の視線を余裕で受け止めた冬馬くんは
「なんか、そういう顔、最初のあいつに似てる。懐かしいな。そのうち君にも認めてもらうよ。」
そう言って、私の肩を抱いてそのままそこから離れた。
後ろで地面を蹴る、ガッという音がしたのは気のせいじゃない。
体力テストを終えた女子のみんなのところに戻ると、冬馬くんは、「じゃ、俺、他の終わらせて来るわ。」と反復横跳びの列に戻っていった。
「…あれ?冬馬くんは何しに来たんだろう?」
私のつぶやきに未羽がため息をつく。
「雪って、ほんっとーに鈍いわね。」
「え?」
「あれは嫉妬ですわよ。」
「嫉妬?か、彼女の弟に?」
「どっちかっていうと、もう一人のイケメンくんの方じゃないの?ま、弟相手でも独占欲ってあるらしけど?」
明美がにやにやしながら教室に帰り始める。
冬馬くんが?独占欲?今会った二人は私に対して恋愛感情を持っているわけでもないのに?なぜ?
「雪、あんたは自分の恋愛面での鈍さを分かっておきなさいよ?」
「うー分かったよ。それより。さっきの。」
「ええ。あの子が新攻略対象者の一人。神無月弥生よ。」
「なんか、見た目を除けば普通の素直な男の子って感じだったよ?もしゲームとか関係なかったら太陽はまたスペック高そうな友達見つけたなーでもいい子そうでよかったーとか思ってたとこだよ。」
「それが読めないあの子の難しいところね。雪、あんたも感じてるわよね?私も、あんたも見られているわ。」
「うん。そんな感じがする。」
「いつも以上に注意してね。」
「うん。」
「雪ちゃ~ん?未羽ちゃ~ん?クラス戻っちゃうよ?」
こめちゃんの呼び声に、私と未羽は小走りでみんなの後を追いかけた。