リクエスト小話その2 本当に訊きたいことは何ですか? 俊くん視点
お話の時期は本編完結後。後日談のようなものです。初の10000字超えの小話!苦笑 短編並です。
僕は理系だからかな。言葉を使うのが苦手だ。
表現するのも酌み取るのも難しいと思う。
だから間違えたりすることはしょっちゅうだ。
これはそんな僕が、秋斗くんが転校してしばらく経ってから体験したお話。
『拝啓 秋斗くん
久しぶりです。海月俊です。秋斗くんがそっちに行ってからおよそ1か月が経ちましたがいかがお過ごしですか?こっちとは時差があるからメールにしたんだけど、なんか堅苦しくなってるかな(笑)普通に書きます。
僕、秋斗くんに辞書借りてたでしょ?あれ、返しそびれてたことに昨日気づいたんだ。ごめんね。そっちに送り返すべきか困って連絡しました。もしすぐに必要だったら明日郵送の準備をするから言ってください。
せっかくメールするんだからこっちの最近の様子も書いておこうかな。
茶道部はね、遊くんが副部長に決まったんだ。次の年度からはもっと明るくなりそうでしょ?「新入部員集まるかなぁ…いや集めてやる!50人は集めないとこの野口遊様の男が廃るぜ!」っていうのが遊くんの最近の口癖になってるよ。ちなみに明美さんに必ず「無謀な目標を掲げると後で自滅するからやめといた方がいいわよ。」って言われてるんだけどね。
生徒会の方だけど、やっぱり秋斗くんがいないと火の消えたような寂しさがあるね。僕もなんだかんだドタバタとやってるのを楽しんでたみたい。特に桜井先輩が顕著でね?この前、東堂先輩と雪さんと僕で風紀取締りの見回りしてたときに、桜井先輩と夢城さんがその…違反してるところを取り締まったんだけど(東堂先輩は「お前は取り締まる方だろう!」ってお説教してて、雪さんは大きくため息ついてたよ。)その時に「ボクはね、秋斗くんがいなくなって寂しくて仕方ないんだよ!そしてボクと秋斗くんは以心伝心。今も彼からボクがいないことが辛くて仕方ないっていうヘルプコールがこのハートにびんびん伝わってくるのさ!心臓を撃ち抜かれるように苦しくてたまらない、この辛さを愛佳が癒してくれているんだよ!」って言ってたよ。
多分秋斗くんが一番気になってるのは雪さんのことだよね。雪さんね、元気だし、1月のときみたいな取り繕うような笑顔とかはないんだけど、誰にも見られないかもって時にじっと隣を見て寂しそうにしてる。こないだもね、何か話しててその時につい口癖になってるのか「ね、あき…あう。」とか言ってた。前みたいにひた隠しにしようって感じじゃないから、これはもう時間がかかるんだろうなってみんな見守ってる。冬馬くんがそれにちゃんと気づいてて慰めてるみたい。
そんな感じだから秋斗くんがまた帰ってくるのみんな待ってるから。5年後に会えるの楽しみにしてる!他にも話したいことはいっぱいあるけどメールなのでこのくらいで。じゃあまたね!
敬具 俊 』
これでよし、送信っと。
返事は次の日にすぐに来た。
『俊
メールありがとう。みんな俺に遠慮して近況とか教えてくれないと思ってたから嬉しかった。
辞書は全然使わないから預かっといてくれる?わざわざありがとな!
こっちはそこそこ。君恋みたいに濃い人たちはいないけど友達も出来たしうまくやってる。ただ飯がすごく不味いから自炊の毎日。多分俺、料理の腕上がるわ。』
秋斗くんあれより上手くなるのかぁ。すごいなぁ。
『50人(笑) また愛ちゃん先生の奇抜な選抜試験でもやりたいのか、遊は。まぁでも遊なら愛ちゃん先生と面白い部活にしそう。またどんな感じになったか教えて。あ、ゆきの前でいかがわしいことをした親愛なる桜井先輩には伝言を頼む。「そこまで思っていただいている感謝の代わりに、存在すら忘れていた先輩の全身写真つき枕に今晩から想いを込めて五寸釘を打ち込むことにするのできっともっとドキドキできると思います。」』
秋斗くんらしいなぁと思って楽しく読んでいた。
ここまではよかった。ここまでは。
『でさ、俊に頼みたいことがあるんだ。』
このあとがかなり下の方まで空白だ。
なんで間があるんだろう?と思いながら画面をスクロールさせて、僕はパソコンの前で固まった。
『あのいけ好かないばか野郎が寂しがるゆきを慰めてるって書いてたけど、それは、どういう意味?まさかとは思うけど、付き合って1か月でキスしたりしてないよな?
大事な大事なゆきの、一番の幼馴染みとして、不純異性交遊は防ぐべきだと思うんだ。俺。
というわけで、俊。ゆきがあいつとどうしてるか、俺に教えて。俊にしか頼めないから、よろしくな!
秋斗 』
頭が真っ白になった。
ど――――――しろっていうの?!
雪さんに、冬馬くんと、き、き、き、キスしたかって訊けってこと?!
僕に?!
それに確か。
机の横に掛けてある部屋のカレンダーを急いでみると、やっぱり明日が終業式。
明日くらいしか訊くチャンスはない。
ミッションインポッシブルだよ!!秋斗くん!!
こうして僕の挑戦は始まったんだ。
「雪さん!冬馬くん!未羽さん!」
僕は次の日の終業式後、未羽さんと冬馬くんと一緒にお弁当を買っている雪さんに駆け寄った。僕たちは今日も生徒会の仕事があるからこの後も残ることになっている。多分未羽さんは一緒にお昼に付き合っているんだろう。
「俊、そんなに急がなくても売り切れないって。大丈夫だよ。」
「あ、いや、みんなを見かけたから急いで来ただけだよ、あはははは。」
「俊くんも一緒に食べる?」
「うん。お邪魔してもいい?」
「もちろん。」
「こめちゃんは?」
「会長のとこだよ。」
「あぁ。兄さんのとこか…。」
僕の兄さんは度胸もあるし才能にも溢れる完璧超人で生徒会長の鑑って言われてる。僕が小さい頃からずっと憧れてきて今も尊敬してやまない人だ。
ただ唯一、恋人に関することを除けば(ここは重要)。
思えば去年一年、一体どれだけ兄さんとこめちゃんのカップルに振り回されたんだろう。そしてこれからどれだけ振り回されるんだろう…。考えるといつも辺りが暗くなるんだ、なぜか。
はっ。いけない、将来を憂いている場合じゃないんだ。
僕にはミッションがあったんだった!
「雪さん!」
「どうしたの俊くん、そんな気合いの籠った声だして。」
「あのさ、あの…雪さんは…き…」
きょとん、とこちらを見てくる雪さんは僕が君恋に入って最初に出来た友達で一番長い付き合いの女の子だ。一見冷たくも見える美貌の持ち主だけど、最近では仲のいい人には壁を作らずくるくると表情を変える可愛い子で、魅力的だと思う。あの二人が取り合ってたのが全く不思議でないくらい。
でも今はかえってその無邪気さが辛い!あんなプライベートなことを訊けっていうの?!しかも何の脈絡もなく?!秋斗くん、殺生な!
「き、き、き、…昨日のお昼御飯何食べたの?!」
「昨日は…確か、カレーライスかな?あれ、それ一昨日だったっけ…。サバ味噌煮定食だったっけ…?」
「…雪。昨日の昼があやふやなのはまずいと思う。」
「わ、分かってるよ、冬馬くん!待って!思い出すから!えーっとえーっと。」
「あ、いいんだ。ごめん。…えーっとそうじゃなくて…!その!冬馬くんと……き…」
「き?」
「きっ…きっ…今日の仕事帰りは一緒に帰るのっ?」
「んー。ちょこっと残してあることやるだけだから、少し生徒会室寄ったら今日は未羽と帰るつもり。どうかした?広報の仕事溜まってたっけ?」
「ううん平気!ちゃんと終わってるよ!そういうことじゃないんだ。えっとその…」
ダメだ僕にはキスなんて単語は口に出せない。でも秋斗くんの頼みも無下には断れない…。どうすれば…どうすれば…どうしよう。
そうだ。違う表現を使えばいいんじゃないか?そう、日本的に言えばいいんじゃ?日本語でキスは
「せっ」
笑顔のままで自分が固まったのが分かる。
バカじゃないか僕!もっと言えないよ!!日本語の方が洋語よりもっとずっと言いづらい!
「せっ?」
「せっ、折半しよう、未羽さん!お弁当代!!」
ちょうどお弁当を買おうとしていた未羽さんに無理矢理話を振ることで難を逃れる作戦に出る
「ほへ?俊くん、ワリカンしてくれるってこと?私これ1人で食べちゃうけど?」
「…あ、いや。…えっと、…半分払うけど未羽さん1人で食べていいよ…。」
「うそやだっ。俊くん太っ腹~!らっきぃ!」
「ええぇ?!俊くん、なんで?!」
僕の250円は僕が二の足を踏んだせいで犠牲になりました。
三人とご飯を食べながらなんとか尋ねる方法を考える。話題をそっちに持っていくことも考えたけど、残念ながら僕にその技術はない。考え込みすぎたせいでみんなの話題すら分からない…。本当にどうしよう。
落ち着こう。そもそもどうして日本語で言おうなんて血迷ったんだろう?
そうだ、もっとかるーく、可愛らしく訊けば、雪さんだってさらっと答えてくれるんじゃないかな。えっと…可愛らしく可愛らしく…
「ね、雪さん!」
「んー?何?」
冬馬くんの隣、僕の斜め前に座ってお弁当のブロッコリーを摘まみ上げたところの雪さんに再度声をかける。そう、軽く。軽く訊けば…!
「雪さんさ、チュー…」
「ちゅう?」
だだだだだだめだぁ!!!小首を傾げる雪さんにそんなこと訊けないよ!!
「…チュ、チューイングキャンディーを昨日買ったんだけど、いる?」
「え、ガムじゃないやつ?!あの溶けてなくなるやつでしょ?あれ、昔すごく好きだったの!ありがとう、俊くん!あとでいただきますー。」
雪さんはぱぁっと顔を明るくして、わぁ懐かしい!と喜んで僕からチューイングキャンディーを受け取った。
ポケットに昨日偶然ガムと間違えて買ったものが入っててよかったぁ!
「それより俊くん、今日やけに気前いいね?何かいいことでもあったの?」
「う、うん…。まぁちょっとね…。」
逆に全然ツイてないんだよ、本当は。主に僕自身のせいだけど。
でも雪さんは僕の不審な様子には全然気づいてないみたい。洞察力はあるはずなのに、彼女はこういうことに関しては驚くほど鈍いから。
僕はほっとしたような、がっかりしたような気分でほうっとため息をついた。
無理だよ、秋斗くん。僕にはとてもとても、あんなことは訊けないよ。
お昼を食べてから生徒会室に移動することになって立ち上がったところで未羽さんに呼び止められた。
「あ、二人とも先に行ってて。俊くんちょっといい?」
「?うん、構わないよ。」
返事をした瞬間に未羽さんに腕を掴まれ1-Aの教室まで連れていかれた。
なんだろう?恋人同士になった二人の邪魔をさせないためかな?
引っ張られるままについていく途中、僕より低い背の女の子のボブカットの頭を見て思う。
未羽さんと会ってから1年が経つわけだけど、この子は誰よりも不思議な子だ。神出鬼没で、授業中にやにやと不気味に笑ってたり、何でもかんでも面白がるような様子を見せたりする。そうかと思えば、思い切り子供っぽく泣いたり友達のために骨身を惜しまず動いたりする時もある。特に雪さんに何か遭ったときは何を置いても駆けつけてる子。そんなイメージ。
未羽さんにとって、行動原理は雪さんってことかな?
そんな未羽さんはもうみんな帰った教室に入ったところで僕に向き直った。
「さて。俊くん。」
「うん、何か用かな?」
「さっきからどうして雪に上林くんとキスしたか訊こうとしてたの?」
「え!?どどどどどどうしてそれっ!?」
「あんなもん分かんないのは恋愛鈍ちゃんくらいよ。俊くんはそんなこと自分から調べようなんて考える人じゃないから…さしずめ秋斗くんの差し金?」
そうだった!未羽さんは雪さんと逆、こういうことにかけては驚くほど鋭いんだった!
僕が何と言っていいか分からず困ったように沈黙すると、やっぱりね、と呟いて目で白状しろと迫ってくるので仕方なく自白する。
「…この前秋斗くんにメールしたときに、雪さんが、秋斗くんがいなくてたまに寂しそうにしてることと、それを冬馬くんが慰めてることを書いたんだ。そうしたらなんでか…その、き、き、キ……スとかそういう不純異性交遊はよくないから…雪さんが冬馬くんとどうしてるか教えてくれってメールが返ってきてそれで…。」
「雪が上林くんとキスしたか、って訊かれたんじゃないの?」
「…文面はどうしてるか、だったと思う…でも文脈からしてそうだと思ったんだけど。」
なんでわざわざそんなこと訊き返すんだろう?
「ふぅん。なるほどねぇ。」
未羽さんはしばしの間、沈黙した。物思いにふけっているようだった。
どうせばれちゃったんなら、未羽さんに訊いた方が早い気がする。だって未羽さんは雪さんと常に繋がっているみたいにいつでも雪さんの行く先々に現れる子だから。雪さんのことは何でも知ってるはずだ。
「あ、未羽さん。あの、それでその答えは…」
「ね、俊くん。秋斗くんって素直じゃないわよね。特に上林くんには。」
「へ?!あ、うん。そうだね。」
いきなりどうしたんだろう?
「…秋斗くんさ、向こうに行ってる間、雪とは連絡取らないんだって。」
「え?」
それは寝耳に水で、話が繋がっていないことを指摘することも忘れてしまった。
「今年いっぱい、雪とは一切連絡を取らないからって私に言い残していったんだ。」
「…そんな。会うどころか、メールも電話もラインもしないって…こと?」
「うん。それがけじめだからって。『あいつは気に食わないけど……でもあいつが時間くれたことは事実だからね。けじめくらいは俺もつけるよ。』って言ってた。」
「そんなことまでしなくても!」
「私もそう言ったんだけどね。『未羽ちゃん、俺のゆきへの積年の想いを軽く考えすぎ。それくらいしないと難しいんだ。俺が想いを引きずっちゃったら、ゆきにも、あいつにも悪いでしょ。』って苦笑された。」
秋斗くんは、一度決めたことはちゃんと守る人だ。だからきっと、例え訊きたいことがあったとしても雪さんには連絡しない。
「…じゃあ余計僕が訊かないと。未羽さん教えてくれない?」
「やーだよっ!だって俊くんがさっき払ってくれた分の対価情報は今渡したもんっ!」
わざとらしく、私は無料では動かない女~なんて言いながら返してくる未羽さんは、本当に教えてくれる気はないみたいだ。
今の話が対価ってどういうことだろう?
未羽さんの話はなぞなぞをするみたいにまとまりがなくて、ぽん、ぽん、って欠片になった情報を投げて来るから彼女が言いたいことが分からない。
それは僕に読解力がないからなのかな。
「…じゃあいいよ。今度こそちゃんと本人に訊くから。」
未羽さんが教えてくれないのなら、本人にちゃんと訊かないと。会えない彼がどうしても知りたいことなら、ちゃんと訊いて答えてあげないと。
決意を固めて生徒会室に向かおうとした僕を未羽さんは言葉一つで引き止めた。
「俊くんさ、秋斗くんの身になって考えてみなよ。」
「え?」
いつもの少し面白がるような表情を消し、真面目な顔で未羽さんは言ってきた。
「俊くんが秋斗くんだったら、元々好きで仕方がなかった人のそんなこと、聞きたい?」
僕は女の子をあれほど強く好きになったことがないからよく分からないけれど、もし好きで仕方がなかったのに気持ちが実らなかった相手が他の人、それも友達と付き合ったら。
その相手が友達とどの程度進んでいるか、知りたいか?
まさか。
「…知りたくない、と思う。」
「でしょ。それによ?秋斗くん自分は既に雪にキスしてるじゃない。そんな人がキス程度で不純異性交遊だなんて言うかしら?」
「あ…そういえば…。」
「それが分かれば、答えは自ずと見えてくるはずよ。」
「え。僕、まだ全然未羽さんが言いたいことが分かんないんだけど…。」
そう言っても未羽さんはふふっと笑ったままだ。どうやら未羽さんは分かっているみたい。
僕は未羽さんや冬馬くんみたいに察しのいいタイプではないからこんな曖昧なヒントじゃちっとも分からない。
頭の中がごちゃごちゃになって困り果ててついぼやいてしまった。
「…なんで秋斗くん、未羽さんに訊かなかったんだろう…。未羽さんなら絶対雪さんの事情を全部知ってるのに…。」
「それは簡単。俊くんは素直で偽らないからね。」
「どういう意味?」
「秋斗くんを心配させまいと雪が元気で全然気にしてない、なんて下手な嘘は絶対につかないでしょ?」
「…それは。雪さんが例え冬馬くんのことを好きになっても、秋斗くんのことが大事じゃないわけないでしょ?だから秋斗くんがいなくなったことを寂しいって全然思ってない方がおかしいじゃない。嘘つく意味がないよ。それに秋斗くんが知りたいのは嘘の雪さんじゃなくて本当の雪さんの今だと思うから…。」
「答え、もう出てるじゃない。」
「え?」
「はい、ヒントはここまで!私にしては出血大サービスしちゃった!引き止めちゃってごめんねー。あ、そーだそーだ。あの子、大切なもん忘れてってるのよ。大事にし過ぎて厳重に包んだまま一番危なくなさそうなところに入れて忘れるってあの子間抜けにもほどがあるでしょ。きっと今頃血相変えて探してるわよ。後で私も会うけど、多分今まさに必死だろうから、これ、渡しといてくれる?」
渡されたのは小さなポーチだ。
「よろしくねー。」
それからひらひらと手を振って出ていこうとする未羽さんは最後にこっちを見て、珍しくにこっと何の含みもない顔で笑った。
「秋斗くんにとって俊くんは、上林くんに勝るとも劣らないくらい信頼してる大事な友達なんだと思うわ。ちゃんと酌み取ってあげてね。それじゃ!」
秋斗くんが僕を?
仲はいいとは思うけど、でもあの冬馬くんと同じくらいかと言われると自信がない。
だってあの二人は特別なんだ。お互いがお互いに。
僕はそれと同程度の信頼を寄せてもらえるほど、秋斗くんの中で重要だったって言えるのかな。
そんなことを思ってから、違う違う!と思考を切り替える。
それは今は置いておこう。
大事なのは、秋斗くんのメールのこと。
未羽さんのヒントを思い返しながら生徒会室に向かう。
思いだそう。秋斗くんの性格を、口調を、それから未羽さんのさっきの言葉を。
未羽さんの話では秋斗くんが本当に訊きたいことは冬馬くんと雪さんがキスしたかどうかじゃないって感じだった。
だったら、本当に訊きたいことは、何だろう?
悩みながら歩いていると、廊下の向こうから鬼気迫る勢いでまさに爆走してくる雪さんの姿が見えた。顔が泣きそうに歪んでいる。
「ゆ、雪さん?!」
「あ、俊くん!ごめん、ちょっと急いでるからまた後で!」
「待って待って。どうしたの?!そんな必死な顔して。」
「いやあの……大事なものがないの!どこにも!!」
「お財布?家の鍵?」
「ううん、それは平気。」
大事な物?
「…もしかしてこれのこと?未羽さんが、雪さんのだから渡してほしいって。」
僕が出したポーチを見て雪さんはその大きな瞳を真ん丸にすると、「それ!!ちょっといいかな?!」とポーチを開けた。
「あ、あったぁ……!よかったぁ…。」
しゃらり、という金属の柔らかい音が聞こえると、雪さんは胸をなでおろしてほぅと息をついた。
「よかった、本当によかったぁ…。チェーンなんてそうそう切れないんだからやっぱりもう一回一回外すのやめよう…。肌身離さず着けていよう…。もう…血の気が引いたよ…。」
と呟いてそれを両手でぎゅうっと握りしめている。
本当になくなったら困る物だったんだろうな。何だろう。
雪さんがそうっと開いた手のひらにあったのは雪の結晶の形のネックレスだった。
この時期に雪の形?珍しいなぁ。
「すごく大事なものだったんだね。よかったね、見つかって。」
僕が笑うと、雪さんは顔を上げた。
「うん!!俊くん本当にありがとう!!!助かった!!」
ほっとした、泣き笑いのような笑顔を見せるくらい大事なネックレスだとすれば。
「…それ、もしかして冬馬くんにもらった?」
「そうなの。分かる?…あ、冬馬くんには内緒にしておいてこの話。お願いします!」
「それは全然構わないよ。」
「助かるー。一瞬でもなくしたって知ったらやっぱり不快だと思うんだ…。」
そうかなぁ。ネックレスを見つけて安堵した時の様子を見たらどれだけそれを大切にしているかなんて僕にだって瞬時に分かった。
外すときに絶対になくさないようにわざわざポーチに入れて持ち運んでいるくらい大事にしてるって知ったら冬馬くんなら逆に喜びそうなもんだけど。
僕の内心には気づかないまま、雪さんはネックレスを見つめている。
少しだけ頬を染めて目を細めてそれを見つめる雪さんはすごく愛らしくて幸せそう。初対面の頃、あんなに恋愛を否定してとげとげした空気を放っていた子とは思えないほどだ。
きっとこの顔は秋斗くんが見たかっただろうな。少し胸が痛んでも、それでも大切な女の子のこんな顔は見たいだろうな。
今ここにいる僕が、秋斗くんだったらよかったのに。
…僕が、秋斗くんだったら?
その瞬間、すべての疑問が解消できた。未羽さんの謎めいたヒントと、秋斗くんの普段の話し方と、性格が一つの糸で繋がった。
秋斗くんが連絡を取らないと決めた雪さんは秋斗くんにとってとても大切な幼馴染み。
彼女のことを心から想っているのは、その種類が恋愛か友情かという違いがあるだけで変わらない。もちろん距離が離れても。
そして秋斗くんは冬馬くんには意地を張っちゃうから素直になれない。だから訊けない。
そんな秋斗くんが、彼女が寂しそうにしているという話を聞いて気になっていることは。
「俊くん、ありがとうね!これ未羽からだって言ってたよね?ちょっと未羽にもお礼言って来るから先に生徒会室行ってて?」
そう言って去ろうとする雪さんに僕は声をかけた。
「雪さん。」
「ん?なぁに?」
今度こそ、秋斗くんが本当に訊きたいことを。
「雪さんさ、冬馬くんを好きになって今、幸せ?」
振り返った雪さんは唐突な質問に驚いていたけれど、
「うん!すごく幸せだよ。」
ほんのりと白い頬を染めたまま、にっこりと満面の笑顔を見せて、はっきりと言ってくれた。
生徒会室に入ると冬馬くんが一人でパソコンを使っていた。
今日は生徒会補助員の三人はお休みだ。なぜかって期末試験で赤点を取って三人仲良く補習を受けているからだ。僕たちも先輩方も彼らをこき使いすぎなのかもしれない。少し労わってあげないといけないのに。反省しなきゃ。
「あ、俊。横田の用事は終わったのか?」
「うん。」
「で、俊はなんで俺と雪がキスしたか訊きたかったの?」
ゴンっ。
椅子に座ろうとした僕は失敗して体重に任せて机に腰をしたたかぶつけてしまった。
「大丈夫か!?」
痛みに悶絶する僕に手を差し伸べてくれる冬馬くんは心配しながら苦笑している。
「…み、未羽さんも冬馬くんも…怖いくらい察しがいいよね…。一番気づいてほしかった人は気づかなかったのに…。」
「あれは雪が鈍すぎるだけ。」
「だよね。それは分かってたんだけどね…。」
「で?新田になんか言われた?」
あー本当にこの人たちは。少しはその恋愛に関する察しの良さを雪さんに分けてあげられたらいいのに。
「……だとしたらなんて答える?」
「ノーコメント。」
冬馬くんは即答した。
「答えがどっちであったとしても、そんな話自体、聞いて嬉しいわけないだろ。だから俺も答えない。」
はっきり言った後で「いや、まだしてない、って答えならあいつは『ざっまぁみろ!』って笑いそうだよな…もうした、って言ったら次会った瞬間に『一発殴らせろ!』とか言いそうだし。どっち答えても俺が損するやつだろこれ…。」と呟いてるけれど。
そんな冬馬くんも、やっぱり秋斗くんのことを想っている。
「…秋斗くん、雪さんのこと心配してたみたい。」
「…うわなんだそれ。俺を信用してないなあいつ。」
「いや、違うよ。僕が寂しがってるって言っちゃったから訊かれたんだ。それにそりゃあもう分かりにくい言い回しで訊いてきたし。冬馬くんのことは信用も尊重もしてるよ。…だからあえて『僕に』訊いたんじゃないかなって思う。」
訊きたくても訊けない雪さんでも、信用はしてるけど素直になれない相手である冬馬くんでもなく、第三者としての僕に。
冬馬くんはあえて大事なことを省いた僕の回答を聞いただけなのに明晰な頭脳でその穴の部分の答えを弾き出したようだ。
「…あいつあの時俺に礼の一言も言わなかったくせに…なんだよそれ。別に連絡取るな、なんて俺言わないのに。変に義理堅いやつ…。…バカじゃないの。」
呆れたように、どこか寂しそうに呟く彼が何を思っているのか僕には正確には分からない。
けれど。
きちんと尊重し合っているのに、一番伝えたい言葉は直接言えない二人を見てれば分かることもある。
この人たち、本当はとても不器用なんだなぁ。
僕がこんなことを思ったって知ったら二人はなんて言うだろう。
いつも向かい合って言い合っていた二人が背中合わせでむすっとする姿が浮かんで自然と笑いが漏れた。
帰宅してから僕が秋斗くんにメールしたところ、すぐに返事がきたからラインに切り替えた。
『本当に、秋斗くんも素直じゃないね。』
『お前も結構言うようになったよなー。』
『言うよ。不器用な者同士で僕を間に挟むんだから、全く。大体、僕にはあんなに遠回しな言い方しないで直接訊いてくれてよかったのに!僕、本当に雪さんに「キスした?」って訊こうとしてすごく困ったんだからね?』
『あはは。遠回しにしたのは悪かったって。俺が今のタイミングでそれ直接書いたら、諦められないって見えるじゃんか。…それに俺が訊いてもいいのかなってためらいもあったんだ。』
『そんなのいいに決まってるでしょ。秋斗くんが雪さんの一番大切な幼馴染であることに変わりはないんだから。』
『…そうだな。あ、そうだ。俺が俊に頼んだのは俊が俊だから、だからな?』
『?全然意味が分からないよ?』
『お前には、誰も嘘つけないから。』
『え?』
『俊って素直で嘘つかないだろ?お前は誰にも壁を作らないし、作らせないんだよ。だからゆきだって俺との約束破ってあの時俺の転校のことお前に話そうと思ったんだと思う。それ、お前のすっげーとこ。お前なら本当に雪が幸せか分かると思ったし、それを包み隠さず伝えてくれると思った。だからお前に訊いた。別に誰でもよかったってわけじゃない。』
『そうだったんだ…。雪さんにも冬馬くんにも訊けないからだと思ってた。』
『ばーか。あいつは、まぁ…その。いなかったらつまんないと思う程度には必要なやつだけど、俊だって同じくらい俺にとって必要な存在だから。自分を低く評価すんなよ?』
それから秋斗くんと少し世間話をしてからラインを終えて、自室からリビングに行ったら、兄さんがこっちを見ておや、というように話しかけてきた。
「俊、嬉しそうですね。頬が緩んでいますよ。」
「え、そうかな。」
兄さんがにこりと微笑んで訊いてくれた。
「何かいいことでもありましたか?」
いいこと?
「うん!すごく嬉しいことが分かったんだ!」
僕の笑顔に、兄さんも、よかったですね。と笑い返してくれた。
おしまい