リクエスト小話その1 未羽の日常 未羽視点
5月5日掲載 お話の時期は、君恋祭後、クッキープレゼントとクリスマスパーティー計画の前
「ねー未羽―。ここの生徒会の女性の先輩方の思考がおじさんな気がしてきたんだけど…。」
いきなりこんなことを昼食のハンバーグ定食を食べながら言ってきたのは親友の相田雪。
デミグラスソースのついたハンバーグを切り分け、もぐもぐした後に一度大きなため息までついている。
「どうしたのよ、いきなり。」
「昨日ね、仕事中に雑談で次の生徒会一年生役員にどんな子が欲しいかって話になったんだ。それでさ、その後、どうやったら優秀な子を集められるかって話になったの。」
「ほうほう。優秀限定なわけ?」
「生徒会は『本来』学生生活を快適にするためのお仕事をする場所でしょ?でさ、知られていないけどお仕事結構きついじゃない?それに加えて、所属してる人は派手だけど、仕事は地味。そりゃさ、君恋祭の運営とか派手なお仕事もあるよ?でも日常のお仕事は構内の清掃だとか見回りだとかプリント作成だとか、生徒の要望をまとめて審議したりするような地味なものでしょ?そうするとさ、生徒会で目立ちたいとか思っている子って当てが外れて仕事しなくなっちゃうらしいんだよね。だからそれを防ぐためにもきちんと信念を持っていて、かつ仕事と学業両立できる子が欲しいんだよ。」
「『本来』を強調したところに悪意を感じるけど言いたいことは分かったわ。んで?それがどうやったら先輩方のおじさんの話につながるのよ?」
「話は続くのよ。そんな人材を探すのだけでも大変なのにさぁ、桜井先輩が『ボクは女の子が多い方がいいな☆』とか言い出して。そしたら美玲先輩も『それなら綺麗な子だな!尊の言う通り、既存の生徒会役員が気持ちよく仕事できる環境を整えることも大事だろう?』とか言い始めて…。まぁここまでもよくある話で聞き流せばいいんだけど…」
美玲先輩って本当に面白い人ね。あの人、好きだなぁ。
「ここでぶっ飛んじゃったのが泉子先輩で『だったら私が作ったコスプレが似合う子にするのです!選挙の時にそれも要綱にいれるのです!』とか言い始めて。さすがにそれは東堂先輩と冬馬くんが止めてくれたんだけど、美玲先輩と泉子先輩は負けなくてね…『だっていいだろう!?美少女がコスプレで頑張ってください♡とか言ってくれたら世界中どんな人でもやる気になるだろう?』『美玲の言う通りなのです!男の子でもしゅんぴょんみたいな子だったら全然オッケーなのです!やっぱりここはしゅんぴょんを見本に…』『嫌です!!絶対に!!』とかなってさ…あれは雑談だったけどお二方はその野望を捨てきれないらしくてまだ燃えてるんだよね。」
ふぅ、とため息をつく親友は真剣な顔で悩んでいるようだ。
だけど傍から聞いたらアホな話にしか聞こえないわよ、雪。
「大体美玲先輩たちは元々可愛い女の子を愛でるために生徒会に入ったって言ってたんでしょ?終始一貫してるじゃない。」
「…確かに…!そうだった!!」
今更のように思い出して「先輩方しかいなかった時は一体どうやってその欲求を抑えていたんだろう…もしや私たちの選出の時もその案出たんじゃ…ぶるぶる」と呟く目の前の少女のお皿からさりげなくハンバーグの残りをかすめ取る。
「あ、ちょっと未羽!!大事に最後まで残してたのにっ!!」
「私に隙を与えた時点で負けなのよ。」
「なんだその横暴!」
「私に言っても無駄だと早く諦めなさい。」
「それを許したらあんたはつけ上がるでしょーがっ!」
そう言って私のお皿から煮物の高野豆腐を取っていった。
「…それ私にダメージないわよ?」
「いいのっ!私が好きだから!ババくさいと言うなら言え!」
そう言ってから高野豆腐を頬張って「おいひー!」と頬を押さえている変人…じゃなかった友人を私はじっと見る。
相田雪。
前世で私が大好きだった乙女ゲーム「君の恋する人は誰?春夏秋冬でいず☆」の悪役として作られた美少女。ゲームの中での彼女は見かけが綺麗に作られ過ぎた反動で返ってその性格の悪さが目につく「ザ・悪役」だった。前世でプレイしてた時、綺麗な顔でうざいことばかりやってくる相田雪が出て来る度にちっと舌打ちしていたのはよく覚えている。
ところが。
現実の相田雪は大分違う。
不器用で空回りが多くてちょっと変わった頑固者。その美貌や学力、身体能力が突出していることの近寄りがたさは抜けているところや鈍いところでフォローされて、出来過ぎることの嫌味っぽさが抜ける。しかし本人が抜けていることについてあまり自覚していないからいじると楽しい。
危害を加えて来た人たちを憎み切れず許してしまうくらいの甘ちゃんでもある。私から見れば、悪く言えば手ぬるい、よく言えば優しすぎると思う。もっと徹底的に、ここに在籍したことを後悔させるくらいの報復をしても許されるくらいの嫌がらせは受けているのに。最終的には「終わり良ければすべて良し」でさっぱりしすぎる。
思考はいたって合理的。かと思えば、正義感が強くて、なんだかんだ揉め事なんかを放っておけない典型的なお姉さん性質。小さいことにも全力投球するから損していることも多い。本人はそれを損だと思っているのかいないのか。
読めそうで読めない子。知れば知るほど面白い。
こんな子を嫌厭する人たちは損してるよなぁって思う。
ま、この子の面白さは私が分かっていればいいんだけどね。
「それよりさ、放課後また生徒会の集まりあるんでしょ?」
「ん。だから未羽とは帰れないわ。あー。今日はまともなお仕事デーになるといいんだけど。」
「…ま、頑張れ。」
再度ため息をついた友人の肩をぽん、と叩きながら、私は内心ほくそ笑んだ。
ねぇ雪ちゃん、あんたがそう言ってたときって大抵フラグになってるって気づいてるかい?
昼休み後の授業中はよいこは真似しよう!イケメン観察のお時間。
だってよ、お姉さん。すぐ手の届く距離にイケメンがいるんですよ?
このクラスで一挙手一投足逃さず観察すべき対象は2人。
雪の隣の席の黒目黒髪の美少年と、それから私の隣の隣の席の金髪の甘い顔立ちの美少年。次点で私の隣の席の銀髪の男の子もいれていい(私のイケメンボーダーはかなり高い位置に設定されてるからね、ここに入ったことは喜ばしいことよ俊くん)。
誰も彼も、乙女ゲームの攻略対象者として、もしくはサブキャラとしてその容姿を設定されている人たちだ。ここは現実世界だけどもその容姿は変わってない。
黒目黒髪の美少年・上林冬馬くんと金髪の美少年・新田秋斗くんは主人公と同学年攻略対象者でその人気は元々高かったけど現実の方がもっといい男だ。その内面がゲームよりずっとイケメン過ぎるから。
そして二人ともが私の前の席に座る友人に想いを寄せていて、ゲームで繰り出される甘いセリフだけでなくて、もっと色んな生の反応を見せてくれるんですよ?
これが見ないでいられますかっての。
今だってほら、見てよ。
いつもだったら期末試験に備えて必死でノートを取っているのに、君恋祭の直後で疲れているのかこくりこくり、と船を漕いでる雪を隣の上林くんが盗み見てる。
シャープペンを持ったまま船を漕いでるもんだからさっきからシャープペンのおしりに重力に従って白いおでこをぶつけそうになっているのを見てやきもきしているようだ。
あ!!今のは見逃せない!
私は机の横から出した無音カメラ(高性能改造版・手ぶれ瞬間補正付)のシャッターを押す。
先生に指名された生徒が黒板前で唸っている間に、上林くんが手を伸ばしてそっと雪の手を押さえ、シャープペンを抜き取って机の上に置いたのだ。それからちょっと頬を赤らめて優しい顔で雪を見ている。
好きな子の手に触れてしまったことに頬を染める純情美少年、いただきました!
こんなことがあったときはうかうかしていれらない。
すぐに視線を隣の隣に移すと、金髪美少年が当然のようにその様子に気づいており不機嫌そうに斜め前を睨んでいる。これもすかさずカメラに収める。
消しゴムを投げて黒髪美少年の頭に当てたいことが顔に出ている嫉妬美少年、いただきました!
乙女ゲームでは甘い顔っていうのは凝って作り込まれているもんだけど、こういうちょっとしたいじけ顔とかは当たり前だが見られない。こういうスチルにもなかったやつは自分でゲットしていかないとね!
そんなわけで今日はベストな写真が2枚も撮れた。
カメラを机の下で確認して思わず顔がゆるむ。
表情から何までばっちり収まっている。うへぇ、間違いなく今週のベストショット!
悶えていいですよね?
「…未羽さん、何やってるの?なんか顔が…」
俊くんだまらっしゃい。
放課後。
ここからはよいこは真似しちゃだめだよ!盗聴のお時間。
さてさて今日は一体どんな会話が聞けることやら。ふふふふふふ。
掃除を終えて図書室に向かう。ここは一番生徒会室から近くて雑音が入りにくいし長時間いても怪しまれない貴重なスポットだ。
適当な本を取ってそれを見てるふりをしながら音に集中する。
イヤホンだけをポケットから出して聞いているから、日常生活してても不審には思われない。音楽を聴きながら何かやっているように見えるだけだもんね。
どうやら生徒会室では作業をしているようでガサガサ、というプリントの音が聞こえる。
『もう12月なんですね。12月といえばクリスマスですね!』
俊くんの声からそれは始まった。
『そうだね~。みんなでお祝いできるといいなぁ~。』
『こめちゃん、会長と過ごしたいんじゃないの?』
『は、春先輩とは24日に過ごせばいいから…。』
『会長はそれでいいんですか?』
『私はまいこさんが幸せであればそれでいいんです。』
相変わらずこめちゃん海月先輩カップルはどうどうと惚気てくれるなー。その潔さはゲーム通り。ごちそうさまです。
『まぁ確かに、みんなでできたら楽しそうだよね、秋斗。今までは私と太陽と三人でしかやってこなかったもんね。』
『俺は今年もそれでもいいんだけど。…でもまぁみんなでやってもいいよね。』
『いいですね!私、計画しましょうか?』
『先生が計画…これ以上なく不安なんですが…。』
『何を言っているんです上林くん。もしするなら素敵なクリスマスパーティーにして見せますとも!あ、そういえば。馬場さんもこの前クリスマス企画がしたいって言っていましたよね?どんなことがしたかったんですか?』
『さすがなのです先生!このタイミングでその話題はさすがです!』
『いや~それほどでも~。』
先生、絶対何を褒められているか分かってないね。いつものことだが。それも可愛くて許されるのが四季ちゃんだわ。
『どやぁ!なのです!』
『…!!そ、それはっ!!!!泉子先輩っ!どうして!』
『ふふふふふふ。手作り第2号なのですよ…!昨日新入生に着せるというのは潰されましたからね…。やり場のない思いを元々作っていたものに改良を加える形で発散させたのです!どうですか、この色、デザイン、白いふわふわ感!』
『…それを一体どこで使うんですか?』
『よく聞いてくれたのです、あきときゅん!ふふふふふ。クリスマスに美少女サンタにプレゼントを渡される構図って素敵だと思いますですよね?』
どうやら泉子先輩が取り出したのはサンタのコスプレ衣装らしい。そしてこの流れは。
『は…ははは…。泉子先輩、それは「ご自分で」着られるんですよね?』
雪の引きつった笑い声が聞こえる。その顔までリアルに思い浮かべられるわよ、雪。
『もちろん私や美玲も着ますが、あと2着用意してますですよ?』
がさがさ、と袋から何かを取り出して広げる音がする。
『なっ!?…サンタなのにだぼーんとした感じがなくて密着型なんて!!しかもこれ膝上何センチのミニスカですか!?余裕で30センチは上ですよね!?ものすごいきわどいデザインじゃないですか!!!白猫とかミツバチと違って完全に衣装として着るタイプなのに一体どうやって私たちのサイズを!?』
『ふふふ甘いですよゆきぴょん。常日頃私がどうしてゆきぴょんたちに抱きついていると思うです?』
『女子に抱きつくのが好きだから、ですよね?』
『とうまきゅんの答えもピンポンですが、それだけではないのです!私は抱きつけばスリーサイズくらいなら瞬時に分かるのです!毎日その変化を確認してきちんとぴったりの物を作ることがモノづくりの極意、基本なのです!』
『えええええええ!?言ってることかっこよさそうで実はすごくいやらしいですよ?!泉子先輩、セクハラぎりぎりですよ!!いやアウトか?』
雪も律儀に突っ込むから余計いじられるのに。今のままが面白いからそのことには絶対気づかせないようにしようっと。
『ふふん、関係ないのです!職人魂と趣味への熱意はそんなもの超えるのです!』
『本当かい泉子!?じゃあハニーちゃんのお胸のサイズは今一体グェエエエ!!』
『尊、いい加減発言を見直さなければ自分の首を絞めることになりますよ。文字通り。』
『春彦、文字通り、という前に実行に移しているだろ。あと笑いながら言うな。薄ら寒いぞ。』
『おや夏樹。この寒さで風邪を引いたんじゃないですか。体は温かくした方がいいですよ。』
海月先輩、相変わらず物騒だなぁ。ゲームとぶれないキャラだけど、ここまでお笑い要素はなかったのになぁ。
『こ、今回は私、着ませんからね?前回は秋斗と冬馬くんに借りがあったから諦めただけで!』
『じゃあゲームにしよう!』
『ゲーム?小西先輩、それは一体?』
『今から1時間の構内鬼ごっこ大会だ。ルールは簡単。こめちゃんと雪くんが捕まったら負け。大人しくこれを着ること。逃げきれれば勝ち。私と泉子だけでいい。』
『そんなぁ!?』
『俺たち仕事残ってるんですけど…。』
『捕まえるのも単に手、とかじゃなくてもっと可愛い方がいいな。ぎゅっと抱きつけたら捕まえたことにしよう。』
『誰得!?』
『参加します。』
『冬馬くん!アホですか!!』
『いいねぇ!!!!!美玲ナイスアイディアだよ!だって白猫ちゃんをぎゅっとドゴァァァ!!』
ものすごい破壊音がした。
『物理的に不参加にするのはありですか?』
『……新田、お前もやった後に訊いてどうする。先生、桜井の足持ってください。とりあえずソファに寝かせましょう。』
『桜井くーん…。起きてますかー…?』
『わー。秋斗くん、見事な回し蹴りだったねぇ!どこでそういうの覚えたの~?』
『自己防衛とゆきのストーカー撃退のために自己トレーニングした。こういうところで変態な先輩を戦闘不能にするのにも使える。鍛えてよかったと思ってるよ。』
『…だめですね。桜井先輩は失神してます。』
『報告ご苦労、上林くん。今回のは大目に見るが、こういうやり方はなしとしよう、いいかい新田くん。』
『ちっ。一人やり損ねた…。』
『あの程度で俺がやられると思ったら大間違いだからな、新田。』
『言ったな?!』
『まぁ、怪我しない程度で妨害するならよしにしよう。逃げるひと…いや二人が可哀想だからな。』
美玲先輩の発言の瞬間にあの攻略対象者様二人が向かいあって唸りだした光景が目に浮かんで、にひひひひ、と声が漏れてしまった。
隣に座っていた上級生が、そろーっと離れていくのが分かるが別に構わないよ。
今いいとこなんだから!
『先輩っ!それでもこんなのないですよ!!だってこめちゃんは会長に自分から抱きつきに行って終了じゃないですか!!実質私一人が逃げ回る役に…!』
『逃げ回らなくてもいいんだぞ雪くん。さぁ私の胸に飛び込んでおいで。男性にはしにくいだろう?』
『それしたら必然的にあれ着る羽目になりますし、それに美玲先輩、手の動かし方がなんだか卑猥で近づけません!』
『あの。僕は棄権したいんですけど…。』
『棄権は許さないのです!棄権する場合、代わりに着てもらうのです!』
『え…だってサイズが…それにこれスカートですよ…?』
『それくらいの手直しは余裕のよっちゃんなのです!いいのですよ?しゅんぴょんが着てくれても。きっと可愛いのでしょうねぇ!』
『え…。』
ばさっと何かが落ちる音がした。
『し、俊くん…まさかあなたまで裏切るとか…。』
『…ごめんね雪さん。僕はさすがにスカートの屈辱には耐えられないんだ…!』
『いにゃああああ!お仕事っ!お仕事はっ!?みなさん落ち着いて正気に戻って…!』
『さぁ雪くん、3分時間をあげるぞ。逃げ回りなさい。逃げる獲物を追うのは楽しいからな…!』
『美玲先輩、目がいっちゃってます……!!え、これ本当に強制的に』
『問答無用なのです!さぁ、ゲームスタートなのですっ!』
ガラっと生徒会室のドアが勢いよく開く音がして廊下を走っていく音が入る。
今頃あの俊足を生かして全力疾走してるんだろう。
「なんなのよなんなのよなんなのよ―――!!!真面目な生徒会はどこ行ったー!?」
雪の絶叫がイヤホンごしでなく聞こえた。
結局なんだかんだアホに付き合ってしまって振り回される友人の行動は面白い。
攻略対象者様の観察単体も面白いけど、雪が絡むから余計その面白さは倍増するのよね。
結局、あの子以上に興味を持てる存在はないわ。
「ま、あの子の行先は想像つくわ。さーて。行ってからかって遊んでくるかなぁ。…その前に湿布また買っとくか?」
私はイヤホンをつけたままにんまり笑って本を戻すと悠々と図書室を出た。
おしまい
雪がどこに逃げたかは読者様はお分かりになる、かな…?