完結お礼小話その2 優等生の難題 冬馬視点
5月4日掲載 お話の時期は秋斗転校後、雪誕生日前
ここは地元の駅から何本も電車を乗り継いで来た東京のある駅ナカのショッピングモール。
俺は駅を降りてそこに足を踏み入れた。都心ではないけれど大きな駅だけあって人や店で溢れていて歩きづらい中、なんとかここまでたどり着いた。
駅のホームから移動するまで何度「お兄さん、芸能プロダクションに興味ない?うち、○○ってとこなんだけど」とか「そこのお兄さん!!美容モデルやってみませんか?」と声をかけられたことか…。女性に声をかけられることはもう慣れたし、かわし方も覚えたけれど、こういうのはあまり体験してなかった。都会はこれが面倒だ。東京に住んでいなくてよかった。
それでもわざわざここまで来たのには理由がある。
来週に控えているのは、ついこの間、想いが届いて彼女になったばかりのあの子の誕生日。
ここならきっと、彼女が気に入ってくれる物があるはずだ。
恋愛なんてするはずないと思っていたのに存外簡単に落ちて、そこからずっと想っていた相手。
それまで声をかけられる一方だったのに、いざ自分が言う側になって伝えた気持ちはあっさりと断られた。
想定していた。むしろ受けてもらえるとは思ってなかった。
それでも好きだと思う人に断られるというのはダメージがくるもんだと思った。
頑なに目を向けてこようとしない彼女に振り向いてもらうために色々やった。後から思い返せば恥ずかしくてたまらないこともしたが、鈍い彼女にはあれくらいでちょうどだったらしい。だから後悔はしていない。
そうやって諦めずに声をかければ、少しずつこちらに興味を向けるようになってくれた。
こちらを気にしてくれていると分かったときは嬉しくて、外にそれが出ないようにするのには努力を要した。いやばれていたか。
最近は確かにこちらを見ていることが多いなと思っていた。でも彼女はいつも予想の斜め上の思考回路を経て行動している。ここで期待して実は違いました、で沈められると精神的に立ち直るのに時間がかかりそうだったから、期待してはまさか、で打ち消すことの繰り返しだった。
それが本当に自分のことを好きになってくれるなんて。夢みたいだ。
自然と笑みが浮かぶ。
いけない。俺、最近浮かれすぎだ。
顔を引き締めてショップを巡る。
アクセサリーを置いてあるお店はまさにピンキリ。値段もデザインも様相もさまざまで目が回る。女子は楽しそうにショッピングしているが、何が楽しいのかいまいち分からない。こういうところを一人で出歩くのは初めてな上、周りから様々な視線を感じるのに疲れてきて自然と人が少なめのジュエリー系に足が向かう。
女の子へのプレゼント、と考えたときに経験値の皆無な俺にはアクセサリーしか思いつけなかった。
付き合って1か月どころか、実質的にはまだ1週間くらいにしかならない彼女に指輪は重すぎる、とあっさり切ると、残るのは。
「ネックレスだよな…。」
そこまではあっさり決まって、あとは実際に見て似合いそうなものを、と軽い気持ちでここに来たのだが、当てが外れた。
チェーンの材質や色、ペンダントトップの形に至るまでこんなに種類があるなんて想定外だった。ネットで探してある程度絞ってから来るんだった。
「プレゼントをお探しですか?」
「あ、はい。誕生日プレゼントを探していて…。」
途方に暮れていると近くのショップの店員さんが声をかけてくれた。
「彼女さんですか?」
「…はい。」
「まぁ。素敵ですね!」
もう一人近くからやってきた店員のお姉さんもにっこりと笑ってくれる。
相田が彼女、という事実をこういう風に噛みしめられて、嬉しい。
たったこれだけでドキドキしてしまうなんてきっと彼女は知らない。
「どのようなものをお探しですか?」
「ネックレスなんですけど…俺、どういうのがいいかあんまりよく知らなくて。」
リサーチはできなかった。彼女は今それどころじゃないから。
「彼女さんはどういう物がお好みですか?」
「………動物が好きですね。」
彼女の趣味が分からない。
そもそも彼女の私服を見たのは一年合宿や生徒会の合宿の時や夏にみんなで出かけた時、それから12月のデートの時だけだ。
合宿の時は動きやすさを重視しているだろうから考慮に入れないとして12月のデートの時の恰好を思い出す。
コートは長めのトレンチで、ワンピースに短いブーツだった。お嬢様っぽい感じ。確か彼女のお母さんの趣味なのだと言っていた。
夏の時もそうだったがアクセサリーはつけていなかった。
指はもちろん、首元なんてそんなに見ることはできなかったけれど、それは覚えている。あんまりしないのかな、と思った覚えがあるから。
と、細い指先や雪のように白い首元を思い出して、ぼっと顔が熱くなってぶんぶんと首を振る。
俺、本当に挙動不審だ。ばかじゃないか。落ち着け。
「それならうちの商品は一押しです。こちらのわんちゃんのデザインが人気なんですよ。」
見せてもらったのは、テリア系、とみられる犬の形のペンダントトップだ。
動物を見るだけで幸せそうに、無邪気に笑う彼女は可愛らしい。見て楽しそうにしているのを確認したのは鹿、カモ、カメ、コイあたりだが絶対に犬も好きだろう。あれだけ動物が好きなら犬の形なら外さない。
だがしかし。
「い、犬はちょっと。」
「あら。わんちゃんはお気に召しませんでしたか。」
「いや俺が。すみません。」
犬が嫌い、というよりも犬は「あいつ」を連想させる。
俺がついこの前までずっと競ってきた相手で、そして大切な彼女の幼馴染。まさに飼い犬のように彼女に甘え、他人に唸り、ずっと傍にいたやつ。
俺は人が思っている以上に口が悪い。素で話したら怖いとか、辛辣だとか言われたこともある。だから他人に言葉を使う時はすごく気を遣う。それなのに、あいつにはそれはなかった。あいつはそんなこと気にしないし、言われて俺への対応をどうこうするような小さいやつじゃないから。もしかしたらあいつの俺に対する印象は最初から底辺だ、ということで安心していたのかもしれない。自分でもあんなに他人に遠慮なく言葉を吐けるとは思ってなかった、というくらいのことまで言っている自覚はある。
あいつは間違いなく俺の「友達」だ。
そんなあいつの存在は、俺の中でも大きいが、それ以上に彼女の方が大きい。つい先日あいつが外国に行ってしまったことが彼女の中で小さい出来事なわけがない。
お別れの時間を作ろうが何をしようが人生のほとんど半分をずっと一緒に過ごしてきたやつがいなくなって喪失感がないわけがない。
気丈な彼女は、俺や周りに気を遣わせないようにもうちゃんとお別れできたから大丈夫だ、という様子を見せるけれど、ふとした時に寂しそうにしていることには気づいている。
その彼女にあいつを連想させる物を渡してその傷を抉ってどうする。
俺が犬の形の物を断ると、その店員さんは
「うちの商品はこのわんちゃんのモチーフが入っている物がほとんどなんです。申し訳ありません。」と残念そうに言ってきた。と、すぐに別のショップから別の店員さんが声をかけてきた。
「ならばうちはどうでしょうか?いろんな形をご用意していますよ。一般的に彼女さんにプレゼントに渡すならハートの形がおすすめです。」
「ハート、ですか…。」
彼女がハートのネックレスをしている姿を思い浮かべる。
うん、全く違和感がない。
というかあの容姿だ。どんなものでも大抵似合う。普段自分が使う物としてもハートの形は一般的だ。実は彼女がしていてもおかしくはない。
だから問題だ。
彼女は自分がどれだけ男子に人気かについて無自覚だ。それは学内に限られない。
12月に出かけたとき、彼女は俺が周りの女性に騒がれている、と言って気にしていたけれど、自分だって注目されていた。俺が映画のチケットを買って戻ってくる時にも周りで彼女を見ている男がどれだけいたか。俺が急いで戻ったから声はかけられなかったようだけど、無防備すぎて困る。
恋人がいるってことを明らかに示すようなものがいい。周りの男の牽制になるようなやつ。絶対彼氏からもらった、と周りに悟らせるようなやつ。
そんなことを考えて自分に苦笑する。
参ったな。俺、こんなに独占欲の強いやつだったんだ。
「他にどんなものがあるか見せてもらっていいですか?」
「もちろんです。こちらへどうぞ。」
いろいろ見せてもらって、それを見つけた。
見た瞬間に、これだと思った。
「これ…!」
「こちらは誕生石を入れられるタイプになっております。ですがこの形はこの時期からだとすぐに使えなくなりますが…それでもよろしいですか?雪の結晶の形は冬以外使えませんから…。」
「いえ、これがいいです。」
見つけたのは、彼女の名前の由来の形のもの。
その繊細な形も、銀色と誕生石のアメジストの紫色も彼女には絶対によく似合う。
それに。
もし彼女が冬以外も使ってくれたら、牽制になるかもしれない。普通は使わないデザインを季節外れで使うのはそれが特別だという証拠だから。
…この先使ってくれる前提だけど。
俺がそれに決定する意思が強いことを見て取った店員のお姉さんはすぐに笑顔を浮かべて営業トークを始めてくれた。管理の仕方や保証書や誕生石のアメジストを入れる加工に3日かかるのでまた取りに来てほしいことなどを伝えられる。
「今後の弊社サービスの向上のためにお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい。なんでしょうか?」
「この時期にこのデザインを選ばれる方は少ないんですが、お客様は迷いなくこれを選ばれました。その理由をお伺いしても?」
「…彼女の名前が雪、なんです。」
俺の返答ににこり、と店員さんは笑った。
「本当に大切になさっているんですね。」
「え?」
「言葉にお客様の想いがこもっていらっしゃいますから。」
顔が熱い。
見ず知らずの店員さんにばれてしまうくらい俺は分かりやすいのか。
ポーカーフェイスは得意だと思っていたのだけどな。
「…すぐ季節外れになっても、喜んでもらえるといいんですが。」
「お客様の先ほどのご様子をそのままお伝えになれば彼女さんもきっと喜んでくれると思いますよ。」
「ありがとうございます。」
店員さんに励まされて、俺は店を出て電車に乗った。
さっき見たネックレスを思い出し、そしてそれをつけた彼女の姿を思い浮かべる。
笑ってくれたらいいな。
笑顔の彼女の姿を考えるだけで、心拍数が上がって胸の奥が締まる。
前より笑うようになったけれど、それでも満面の笑顔、というのはなかなか見せてもらえない。
あいつより、まだまだ俺は信用されてない。
大輪の華が開くようにふわっと笑ったときの彼女は、息をのむほど美しい。
動物を見たときとか、何かに夢中になっているときに笑った彼女は抱きしめてしまいたくなるくらい可愛らしい。
どんな笑顔でもいい。全部の笑顔を俺に見せて。
笑顔でなくてもいいんだ。今まであいつに見せてきた顔、全部俺に見せて。
君を独占したいんだ。
まだ相田が彼女になってくれた嬉しさだけでいっぱいで、そんなこと言う余裕もさせる余裕も俺にはないけれど、いつか絶対に伝えたい。
こんなにも君が好きで仕方ないんだと。
おしまい