完結お礼小話その1 キスのその後 秋斗視点
5月4日掲載 雪が秋斗に気持ちを告げた直後の秋斗
俺の一番大切な幼馴染が泣きながら部屋を出ていった。
俺の手から離れていった。
「…くそっ。」
力なくベッドに座って、髪をきつくつかむ。
「俺、何がダメだったんだろう…。」
努力はしてきた。勉強も運動も服のセンスもスタイルも。彼女に振り向いてもらえるように、どんな男にも負けないように。
それでも彼女は俺を選んでくれなかった。
なぜ、よりも何よりも胸の奥が痛い。ただその痛みに耐えるためだけに「なぜ」という言葉を頭の中で繰り返す。
今頃彼女は泣いている。
性格から言って、誰かに縋り付きもせず1人で泣こうとするんだろう。
俺に悪いと思うから、彼女は自分が決断したことで俺に与えた痛みを1人で抱えようとするんだ。
そう考えたら、反射的にケータイに手が伸びた。そして画面ロックを解除する。
けれどそこから動けない。
どうやってもダイヤルボタンは押せない。
「ははっ。バカバカしい。なんで俺が敵に塩送らなきゃいけねーんだよ。」
ケータイをベッドに放る。
いつだって一番に考えてきたのに、俺を選んでくれなかった幼馴染。俺が壊さないように大事に大事に守ってきたのに、高校に入ってたった1年で彼女の心をかっさらっていったライバル。
その二人のために、どうしてフラれた俺が動かなきゃいけない?
馬鹿馬鹿しい。
放ったケータイを遠くからぼんやりと眺めながら、それでも考えるのは彼女のこと。
彼女は、泣いていた。
ぺろりと唇をなめれば、彼女が残した涙の味がする。
俺の前で泣いちゃいけないと、顔を歪めるくらい必死で、俺が目をつむるまで我慢していた。それでもこらえきれなくて、俺が目を瞑ったあとに零れたそれ。
今までだってそうだった。
彼女は辛いことがあったときにそれを1人で抱えこもうとする。同じ辛さを他人に与えないように、辛くないわけないのに、頼ろうとしない。
人前で涙を見せようとしない彼女が、クリスマスパーティーの準備で俺の前で泣いたとき、あぁ、終わったって、思った。
本当は、12月より前から彼女にわずかに生じた気持ちの変化には気づいていた。気づいていても諦められなかった。だから認めなかった。
俺は、黙って彼女の背中を押してやることだって出来たんだ。
なのにそれをしなかった。
黙って見ていた。
そして俺がいなくなることと同時に気持ちを伝えて彼女が応えてくれることを望んだ。
彼女は1月だけじゃない、12月から、2ヶ月以上悩んでいたのに。
他ならぬ俺のために。
彼女を今あれほどまでに泣かせ、苦しめているのは俺だ。
あれほど傷つけたくなかったあの子を。
それほどまでに彼女が憎いのか?
否。
そんなわけない。
裏切られたと思っても、彼女を憎むことなんて、出来るわけないんだ。俺が彼女の傍にいたのだって、自分がいたかったから。選んでもらいたいという気持ちはあったけれど、そんな打算を全部抜きにしても近くにいたいと思った。
強くて、凛としていて美しい、がんばり屋な子。
それでいて意外に脆くて護ってあげたくなる俺が一番好きな女。
彼女が笑ってくれるなら、俺がどうなろうとどうでもいい、そうまで想っていた、いや想っている相手。
どんな結末になろうと嫌いになんて、なれやしない。
その彼女が今一番欲していて、そして彼女を癒せるのはただ一人。それが誰かくらい、俺が一番分かっている。そして今、そいつを彼女の元に連れていけるのは俺だけだということも。
それが例え俺じゃなくても。
俺は。
それを分かっていて放っておくことなんてできないんだ。
さっき放ったケータイを掴み、電話帳を無造作に操作。見つけた名前は今一番会いたくない相手。それでも、そいつは彼女が恋しく思う相手で、俺にとっても、友達。
認める。
あいつはかっこいい。
見た目や能力だけじゃない。大人っぽいところと、無邪気なところと、二つを持ってて絶妙に使い分けてくる。本人が自覚して使い分けてるときとそうじゃないときとどっちもあるけれど、それでもそのバランスは魅力に見える。
彼女もそれに惹かれたのかもしれない。それは全然不思議じゃない。とても悔しいことに。
コールで、直ぐにつながった。
「珍しいな、新田が電話してくるなんて。何か用事?」
その声は男の俺でも惚れ惚れするくらい耳障りがよくて、悔しい。
「……。」
「なんだよ。いたずら電話なら切るぞ。」
「…公園。」
「は?」
「俺と、ゆきの家の近くの児童公園。」
「何の話?」
「そこに多分、ゆきがいる。…泣いてる。一人で泣いてると思う。」
「は?!」
「早く行けよ!お前じゃなきゃダメなんだよ!!好きな女なんだろ!?」
むしゃくしゃして、あいつにとっては理不尽以外の何物でもなく怒鳴ってしまった。
なのに、あいつはそれについて何か言うこともなく、
「…連絡助かる。ありがとう。」
それだけ返してきた。
電話が切れて、乾いた笑いが漏れた。
「なんだよ…ほんとに。嫌みったらしいほど、男前なやつ…。俺、ばっかみてぇ。」
持ったケータイに、ぽつりと雫が落ちた。