年越しをしよう
12月31日午後11時50分。
私は今、太陽と秋斗と双方の両親と一緒にちょっと大きな神社にいる。秋斗の家と私の一家で年明けと同時に初詣をするのが毎年の慣習になっている。
「ゆき、寒くない?かなり冷えてるし、また手、凍ってない?」
「大丈夫、ありがとう。秋斗。」
「ねーちゃん、足元凍っているから、滑んなよ?」
「太陽もありがとね。」
「あらあら。本当に二人は雪ちゃんのことについては一生懸命ね?」
秋斗のお母さんがくすくす笑っている。
これは一生懸命というより過保護だと思いますよ、おばさん。
遠くから聞こえる、ごーんごーんごーんとお腹に響くような低い鐘の音は心を落ち着かせるから好きだ。
「そういえば、除夜の鐘もう鳴ってたんだね!」
「今年ももう終わりか!早いなー。」
「太陽、お前受験の方は大丈夫なの?」
「秋斗にぃ、俺への信用なさすぎ。俺、模試で全国3位以内から落ちたことねーから。クリスマスパーティーで先輩たちと話す前から落ちる気なんてさらさらないけど、もっと行きたくなったんだ。俺、本気だからな!」
「太陽も頭の出来いいんだよなぁ。でも、よかった。そんだけ言ってくれたらあいつらも先輩方も喜ぶよ。」
自分よりもずっと身長の高い秋斗に頭を撫でられ、太陽が「秋斗にぃ!俺そんなガキじゃねーから!子供扱いすんなー!」と抵抗している。顔がちょっと赤いから照れているだけだ。
「あ、甘酒ある!ねーちゃん、俺取ってくる!」
「太陽!走ったら危ないよ!?」
「私がついていくわよー。」
お母さんが太陽の後についていく。
うちのお父さんと秋斗のお父さんは既に甘酒のコーナーに行っており、太陽たちがそれに合流したので、秋斗と秋斗のお母さんと一緒にお参りの列に残された。
「今年はいろんなことがあったねー。」
「そうだね。」
「来年もこういう風に過ごせるといいな。来年は生徒会にどんな子が入ってくるんだろうね?先輩たちみたいにキャラ濃いのかな!?そしたらさ、今以上に混迷しそうだよね。ストッパーの東堂先輩とか俊くんとかが困っちゃいそう!ね?」
笑いながら話しかけたが、秋斗は困ったように笑うだけだ。
あれ?なんで何も言わないの?
「…秋斗、もしかして、雪ちゃんにあのことまだ言ってないの?」
秋斗のお母さんが秋斗に不安そうに声をかけている。
「母さん!それ、このタイミングで言わなくてもよくない?また今度で。」
「秋斗、何の話?」
「秋斗、雪ちゃんにはちゃんと言わないとだめよ?」
「分かってる。」
嫌な予感がする。
「ねぇ秋斗。どういうこと?」
「…ちょっと待って。初詣してから、話すから。」
1月1日0時0分。年が明けた。
でも、私の心に年明けの晴れやかさはない。
さっきの秋斗と秋斗のお母さんの会話が気になって仕方がない。
お参りだけ済ませると、おみくじをすることもなく私は秋斗の袖を引っ張る。
「ね、さっきの!」
「…分かった。母さん、ちょっと俺たち先に帰ってるから。」
「分かったわ。人ごみに気を付けてね。」
秋斗と並んで歩く。
今までずっとやってきたことだ。
でも今は秋斗がどこかに行ってしまいそうで、私から秋斗を離さないように彼の腕に自分の腕を絡めて歩く。秋斗もいつもなら「ゆきがこうやってくるの珍しいね!俺すっげー嬉しい!」とか言ってくるのに、何も言わずに静かに歩いているもんだから、余計怖い。
何か言って。
でも何も言わないで。聞くのが怖い。
矛盾した思いで口を開けない。
湿気を含んだ雪が寒さで固まって、さくさく、というよりザクザクしている。この踏み心地の悪さは、今の居心地の悪さのよう。
そうやってお互い無言で歩き続けた帰路の半ばでようやく秋斗が口を開いた。
「…ゆき。」
「…何…?」
「…あのね、俺。」
それだけ言って言葉を切り、私と目を合わせようとしない秋斗に不安が募り、ついぎゅっと秋斗の服を掴む手に力を籠める。
「秋斗?」
「俺ね。……転校するんだ。2月に。」
転校…?
「…ど、どこの県に引っ越すの?」
「日本じゃない。父さんの転勤で、イギリスに戻るんだ。」
外国に。
秋斗が。
「…い、いつまで?」
「…分からない。父さんの転勤期間が最低でも5年。でも延びると思うって。」
「あ、秋斗も…ついていくの?」
秋斗は私の方を見てから静かに頷いた。
ついていく…秋斗が、ここからいなくなる?
「秋斗なら一人暮らしもできるよね?高校生で一人暮らししている人だっていないわけじゃないよね?未羽だってそうだし!…それでも秋斗は行くの?」
「…うん。ついていこうと思ってる。」
「なんで!?一緒にいてくれるって言ったよね!?」
秋斗の言葉を受け入れたくなくて、ぐいぐい腕を引っ張って道の真ん中で彼を止める。
「ゆき。落ち着いて。」
「この前のクリスマスパーティーの時だって、いるって…傍にいるって言ってくれたのに!」
「うん、あの時はね、俺もこの話知らなくて。この話を母さんから聞いたのって、あの日帰った後だったんだ。」
そんなに急に。
「…どうして直ぐに教えてくれなかったの?」
「本当はね、もっと後に言うつもりだったんだ。ぎりぎりでいいかなって思ってた。」
「なんで!?どうして!!」
「そういう顔するでしょ?今言ったら、2月までずっと、ゆきはそういう顔する。」
目頭が熱くて、視界が歪んでいる今の私は、どんな顔をしているんだろう。
情けない。けれど止められない。
黙った私の両肩に手が乗せられたのに気づいて顔を上げると、こちらを見る秋斗の真剣な目と目があった。
「だからね、俺、ちゃんとゆきに言わなきゃいけない。もっともっと、時間をかけるつもりだったんだけど。…でももう、時間がないんだ。」
何を言われるかなんて、彼らの気持ちを誤魔化し続け、自分の心を見ないようにしてきた私ですら分かる。
分かるから願う。
言わないで。
言われたら、答えなくちゃいけない。
秋斗が離れてしまうということを聞いてもなお、私は彼を選べるの?
そんなの、比べられない。秋斗が傍にいてくれること前提でようやく答えを出したのに。きっとその気持ちは揺らいでしまう。
だからお願い。言わないで。
そんな私の空しいわがままな願いは最後まで叶わなかった。
「俺、ゆきのことが好きです。これ以上ないくらい、世界で一番大好きです。ゆき、俺と付き合ってください。」
秋斗が離さないというように私をぎゅっと抱き寄せた。