体育祭でヒーローを気取ろう
2/11 前世との通算年齢を35→37に変更しました。
大玉転がしを横目で見ながら、後の競技で使うリボンを作る。そういえば、初めから個人競技に出るつもりだったせいで、この後の種目を知らないな。
「これ、何に使うんですか?」
「秘密です」
人差し指を唇に当てて、にこっと笑う先輩。素敵ですね。別にイケメンが嫌いなわけじゃないからね。うん。
「そういえば、6月末に生徒会役員選挙があるのを知っていますか?」
「いえ」
知りませんし、知りたくありません。
「私としては、是非優秀な相田さんと上林くんに生徒会に入ってもらいたいのですけれど」
「すみません、部活もありますし、クラス委員もやっているので手一杯なんです」
「私も部活もクラス委員もやっていますよ」
「勉強もやりたいですし」
「生徒会までやったら成績が保てなくなると?社会に出たらこれくらいの仕事はこなせないといけませんよね」
かっちーん。もう前世通算37歳なのに17歳?に諭された!
確かに前世では社会人になる前に死んじゃったけどさ。
「……今はそれどころじゃないんで。考えさせてください。」
「ええ、色好いお返事期待しています」
にこりと笑う海月先輩はさすがのやり手だ。
ふっと競技に目を向けると、夢城さんの番だった。
絶対近づかないようにしよう、と、目をそらそうとしたときに大玉転がしのためのボールがぐらぐらしていることに気づいた。
夢城さんが回る時らへんにぶつかるんじゃないか?あれが当たったら怪我しちゃう、よね?
夢城さんが怪我するのは、おそらくイベント。だから重傷にはならないだろう。
でも、今のゲームには不確定要素が多すぎる。
それにあれに当たったらきっとダンスの方は出来なくなる。
クラスで一番綺麗に踊った彼女は大トリまで務めるはずなのに、それはよろしくない。
それに引き換え、私は末端の末端。ダンスが下手すぎて後ろの一番見えない位置だ。
そこまで考えて、ダメだ、と思って、気づいたら、走っていた。
ガン!という剣呑な音が背中で聞こえる。
倒れてきたポールに夢城さんが「きゃああ!」と言い、それを飛び出した私が背中で受け止めた。
と思ったときもありました。
実際には……
「夏樹!!」
「東堂くん!」
夢城さんに覆いかぶさっているのは私で、その上に更に影があった。
東堂先輩がポールを背に受けて私と夢城さんを庇っていた。
「夏樹、大丈夫か?!」
「……平気だ」
「平気じゃないでしょう!」
四季先生もさすがにここではドジが出ないらしい。
「海月くん、東堂くんを保健室に」
「私も付き添います!元はと言えば私のせいですし!」
夢城さんが元気しゃくしゃくで私の下から飛び出た。
その弾みに押されて地に這う。一人四つん這いのまま残される私。なんて悪役っぽい。
そしてこの役立たずだった感が空しい!
いや、怪我しなかったことはよかったとは思うんだけどね!それとこれとはまた違う。
精神的ダメージを食らったとこからなんとか立ち上がり、控えテントの方に戻る。
「ゆき!」
テント側に来ていたのは秋斗と未羽と俊くんだった。
「みんな」
「大丈夫?怪我ない?」
「平気。東堂先輩が全部受けてくれたから」
「あんな危ないことしないで。俺、心臓止まるかと思った」
「ごめん、つい目に入っちゃって」
秋斗の本当に心配そうな顔にさすがに申し訳なくて私も反省する。
対して、未羽は厳しい表情を崩さない。きっと私がイベントを潰したからだ。彼女との協定に反する行為だ。
「ごめん、未羽……」
「あんたばっかじゃないの?!ここは簡単に怪我も病気もするし最悪命も落とす現実世界なんだよ?!なんであんな軽はずみなことしてんのよ?!怪我したら治るのにも時間かかるのよ?!」
未羽……?なんで泣きそうな顔してんのさ。
「あんな頭直撃コースに自分から特攻するなんて、ほんっとにバカ!」
未羽はそれだけ言うと私に抱きついた。
「ごめん、心配かけたんだね、本当に反省してる」
そっか、心配してくれたんだね。ごめんね。そして、乙女ゲームイベントを潰したことに怒ってると勘違いしてごめん。猛省してる。
「えーと、相田?」
「上林くん!どうして?」
「俺も人員補充でここに呼ばれてて……大丈夫か?」
「うん、問題ないよ」
「ここ騒ぎになってバタバタしてるし、今相田がここにいるのはよくないと思う。だから離れた方がいい。代わりに新田と。あと君」
「僕?海月俊です」
「海月先輩の弟?じゃあ海月、手伝ってくれないか?体育祭の続きをしなきゃいけないからな」
秋斗がいらっとした顔で食ってかかろうとするのを上林くんが遮る。
「相田が怪我してなくても休ませる方がいいだろ?」
「そりゃそうだけど!くそ……分かったよ」
「じゃあ、相田、横田と席戻って休んでろよ?」
「ありがと、助かるわ」
泣いてる未羽には話さなきゃいけないこともあるしね。
未羽と会場を抜け、秘密の部屋まで行く。まるで◯リーポッターのようなネーミングだけど、単なる空き教室だ。泣きやんだ未羽に、夢城さんが転生者で、君恋をプレイしたことのある人であると知ったことを伝えると、未羽は厳しい表情で頷いた。
「やっぱりね」
「気づいてたの?」
「自分からイベント回収しようとしてたところらへんから怪しいなって思ってたんだ」
「今回の東堂先輩の怪我もイベント?」
「いや、あれは本来ゲームの相田雪が大玉の時にあの子を押して怪我させて、それを東堂先輩がお姫様抱っこで運ぶイベントの代わりだと思う」
「にしては結構危ないような?それに怪我だって夢城さんじゃなくて東堂先輩がしてるし」
「それは多分あのイベントがゲーム補正じゃないから」
「え」
「あの子、体育祭実行委員でしょ?ポールの台座が不安定になるようにしておくのも簡単だし、仕組んでたんじゃないかな」
「そんな……逆ハーのために怪我まで?」
「あの子はきっとこの世界を乙女ゲームだって思い込んでるのよ。甘く見てる。だから転生者は嫌なのよ!」
ついでに言えば私とあなたも転生者ですよ?
「ふっ。決めたわ。私、全力で妨害してやる」
え?まさかの悪役候補がここに誕生?!
「ゲーム補正に負けちゃだめだよ未羽!!!」
「いや、私は嫌がらせするとかそんな低俗なことはしないわよ」
「じゃあどうするの?」
「今あの子、本当に主人公だと思う?」
「そりゃ、補正に次ぐ補正が……まさか」
「そうよ。サポートキャラが降りて、悪役が降りたように。あの子だって主人公から降りる可能性があるのよ。まだイベントが起こってるからゲーム的にはあの子が主人公なんでしょうけど」
「でも……代わりの主人公って?」
「あら。ここにいるじゃない」
「は?」
「どの攻略対象者とも関わりを持っていて、なおかつ好感度の高い子が」
まさかそんな!トロイの木馬的な!実はゲームが私を陥れるためにこの子を送ったんじゃないよね?!
「落ち着いて!本末転倒だから!私は関係者になりたくないって頑張ってたのよ?何が楽しくて主人公になろうとか考えるの?」
「それがどーした?」
ああ。目がいっちゃってる。これは完全に「手段のために目的を忘れた」目だ。
「別に雪が何かする必要はないよ。勝手にそうなってく。きっとその流れは変えられない」
いや、絶賛変えたいです。
「雪にはその力があるの!」
アクションアニメの主人公に対する発言、みたいなのはやめなさい。ふっふっふ。と笑う未羽に諦めの文字はなかった。