元祖主人公の告白を聞こう
問題美少女のいきなりの告白に東堂先輩と冬馬くんを除いた全員が動きを止めて目を見開く。一番驚いているのは言わずもがな、桜井先輩だ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「うわぁっと!」
東堂先輩と冬馬くんが、驚いてパソコンを落としかけた四季先生を慌てて支えに行くのを尻目に、夢城さんは桜井先輩の前で話し始める。
「あたし…その、今まで問題行動ばかり起こしていました。でも、今年の夏、あのビーチで先輩だけが優しく宥めてくれて…あたし、自分がいけないんじゃないかって薄々気づき始めたんです。それから秋にあの事件に遭って。あの時一人で出歩くのは危ないって言われてたのに出歩いていたから…自業自得だったんです。それを桜井先輩に助けていただいて…。それで保健室にいた時に新田くんに縋り付いたときに気づいたんです。あたし、ドキドキしてないって。その後、桜井先輩が入ってきたことに気づいて、この人にはこの姿を見られたくないってお礼も言えず逃げ出しちゃって。それから、何度も夏のお詫びと秋のお礼を言いに行こうと思ったのに勇気が出なくて。出来るのは君恋祭で差し入れを入れたり、クッキーを上林くんに預けたりすることぐらいでした。」
あの焼きそばは夢城さんからだったのか…!
「東堂先輩と上林くんには秋終わりくらいから相談に乗ってもらって、ありがとうございました。」
ペコッと頭を下げる夢城さん。
「いや別にこれくらい。」
「大したことしてないよ。」
「あたしがしたかったのは、桜井先輩にちゃんと謝って、お礼を言って、それから気持ちを伝えることだけです。ここまで押しかけてすみません。どうしてもいつも女の子が周りにいて声をかけられなかったんです。ここなら絶対に他の女の子がいないと分かっていたのでここに来ました。」
「君は…その、海月や夏樹や新田くんや上林くんが気になってたんじゃないのか?」
美玲先輩の言葉に唇を噛む夢城さん。
「…最初は確かに、新田くんや海月先輩や上林くんや東堂先輩に憧れていました。でも…違うんです。その、外見にきゃあきゃあ言ってたに過ぎないんです…。好きだと思っていたのですけど、桜井先輩のことを想う時とは全然違いました。桜井先輩のことを想うと、胸が苦しくて…。」
美少女が目を伏せる。
「…あたしだって。あたしだって、なんでこんなことになるのか全然分かんないです。自分でもなんでこうなったのか…。ここは乙女…」
「乙女?」
「ああああああああ!」
私が大声をあげ、同時に未羽が乱入し、私と一緒に夢城さんの両脇を抱えて出て行く。
「すみません、ちょっと彼女に用事思い出しました!すぐに戻ります!」
ぽかん、とした面々と呆気にとられたままの桜井先輩を残し、私と未羽は夢城さんを例の秘密の部屋まで引っ張る。
「な、ちょっ!相田さん?!横田さん?!」
「いいからこっち来る!」
未羽は夢城さんを無理矢理教室に引き込むとぱたん!とドアを閉め、彼女に向かい合う。
「あんたさぁ、どーゆー神経してんのよ?!あの人たちに、ここが乙女ゲームの世界だって言おうとしたでしょ?!」
「え、え、え?!ど、どどどういうこと?!よ、横田さん、そそそそれ!」
「あんたね、考えなかったの?転生者は本当に自分一人だって思ってた?私や雪と関わった人が全然ゲームと違う動きをしていたの見てて、なんとも思わなかったの?!」
「まさか、横田さん…。」
「あーもう。めんどい。私だけじゃないわ、雪もそうよ。転生者よ。雪はこの世界の知識ゼロだったけどね!」
「まさか…そんなことが…。」
「それで?ゲームの逆ハーを妨害した私たちを恨む?」
未羽が目を吊り上げたまま夢城さんに迫る。
夢城さんの脳は事実を咀嚼して飲み込むのに時間かかっていたようだったけど、しばらく固まってから、ぶんぶんと首を振った。
「確かに!最初はこいつらあたしの邪魔ばかりしやがって!って思ってたよ…。でも、所詮違ったの。攻略対象者の人たちはみんな綺麗でカッコよくて、ちやほやされたかったけど、それはあくまでプレイヤーの視点だった。想うと胸がドキドキして苦しくてどうしようもなくなる、この本当の気持ちはゲームではほとんど出てきてすらいなかった桜井先輩だけにしか持てなかった…。」
目を未羽から逸らし、ため息をつく夢城さん。元祖主人公はそんな仕草もいちいち絵になる。
「どうしてもこの気持ちをあの人に伝えたくて、抑えられなくなったの。あの人が他の女の子に話しかけて笑う姿を見て、辛くてたまらなかった。そりゃね、桜井先輩は女の子みんなに優しいよ。それだからあたしにも優しくしてくれた。でも、好きになったから、だからこそあの人を独占したいと思った。」
彼女の想いは、私と同じ。私が冬馬くんに対して持った感情と同じものを彼女は桜井先輩に感じていた。
「でもそんなことはできない。だったら。せめてお礼とお詫びと、そしてこの気持ちを伝えてケジメをつけることぐらいしか出来ないって。…相田さん。」
「ふえ?!」
「あなたには悪いことをした。自覚してる。色々ね、嫌がらせもしたし、死ねばいいのにくらい思った。」
過激だな!
「でも、反省してる。今は思ってない。あたし、謝って許してもらえるとは思ってないけど、あなたにも謝りたい。すみませんでした。」
「夢城さん…。」
「ふん、都合いいことね。全く。」
「横田さん。」
「未羽。」
「雪がどんだけ苦労したのか、あんた分かってる?この一年、ゲームの知識もないこの子が、降りかかってくるイベントを振り払うためにどれだけ苦労したか。あの一年合宿では本当に死ぬかと思ったのよ!」
「あ、あたしだって、それがわかった。あたしがゲームの相田雪と同じポジションになっていることに途中から気づいたの。それで、なんとかあたしが出来る助けをしなくちゃって。」
「監禁の時に助けてくれたのは夢城さんでしょ?」
「…気づいてたの?」
「あの時に渡されたカードの字が君恋祭の予算申請の紙の字と同じだったから。私こそ、あれはお礼を言うとこだわ。ありがとう、助かった。」
「相田さん。」
ブーブーブー!
私の電話着信のバイブ音が鳴る。
「はい、秋斗?あ、先生たち呼んでる?分かった。今から戻る。」
電話を切って、夢城さんに再度向かい合う。
「あなたとは未羽も含めて話したいことがいっぱいあるわ。でもそれはあと。とりあえず、生徒会室に戻りましょう?…桜井先輩が呼んでるって。」
夢城さんの肩がぴくり、と動いた。
「未羽、あんたも。…私のために怒ってくれてるんでしょ。ありがと。でも、もう平気よ。私、終わったことに拘る方じゃないの。」
「…もー雪はさぁ!そーゆーとこほんっとに甘いんだから!…ほら、行くわよ元祖主人公!」
「え、あたしのこと?!」
「決まってんでしょ。桜井先輩が呼んでるんだから、行くわよ?」
三人で生徒会室に戻ると、ようやく落ち着いた様子のみんなが待っていた。
「未羽さん、一体どうしてこのタイミングで出てきたの…?雪さんと息がぴったりすぎて驚いたよ。」
「雪のことなら何でもおまかせあれの横田未羽様なんだから当然よ?」
未羽が意味の分からない論理で俊くんを誤魔化している間に私は夢城さんの腕を引っ張って生徒会室の真ん中、桜井先輩の近くまで進む。
「ゆき!大丈夫?!何があったの?」
「いやいや、なんか、夢城さんが乙女心を打ち明けたいって前に言ってたから。」
「お、乙女心?」
「そう。それで作戦会議を。ほら、夢城さん!」
とん、と桜井先輩の前に押し出す。
「うわわわわわ。相田さんっ。」
「小鳥ちゃん。」
「は、はいっ!!」
桜井先輩の真面目な声に夢城さんがびくっと一歩引く。
「ごめんね、ボクとしたことが小鳥ちゃんがそんな風に思っていてくれたことに気づかなかったよ。」
目を合わせない夢城さんを、桜井先輩がしっかりと見つめた。
「小鳥ちゃん、目を逸らさないで?」
「!」
「ボクは小鳥ちゃんと、きちんと話してみたいんだ。小鳥ちゃんが何を思って言ってくれたのか。こんなにたくさん人が見てる中で言うのは、勇気がいったでしょう?…でもね、ボクはそういうの、好きじゃない。」
夢城さんの握りしめた手や細い肩が震えている。
好きで好きで、こんな状況でも告白しちゃうような人にそういう風に言われたら、怖いよね。
今なら彼女の気持ちも分かる。
「たけるきゅん、そんな言い方は…!」
「泉子、私たちは黙ってましょう。尊には尊が言いたいことがあるはずです。」
思わず進み出た泉子先輩を会長が止める。
「ボクはね、女の子にそんな辛いことをさせるなんて我慢ならないんだ。ボクは、自分で告う方だよ。…ね、小鳥ちゃん、ボクはね、そんな情熱的なキミが可愛らしいと思う。まだボクはキミのことをほとんど知らない。それでもね、そんな情熱的なキミとボクはきっと相性がいいと思うんだ。…小鳥ちゃん、いや愛佳ちゃん。」
「先輩…あたしの名前…。ご存知で?」
優しくにっこりする先輩。
「愛佳ちゃん。ボクはキミに心を奪われたんだ。ボクと付き合ってくれないかな?」
わーお!!!桜井先輩かっこいい!これが全くおふざけの入らない本気モードですね?攻略対象者様が霞むレベルのイケメンになっていますよ!
「…あの…あたしなんかで…い、いろいろご迷惑かけたのに…あたしなんかで…。」
「だめだよ。ボクが好きだなって思う子のことをなんか、なんて言うその口は閉じさせてもらうね。」
そのまま、桜井先輩がそっと夢城さんにキスした。
それは、本当に乙女ゲームのスチルのように、美しい光景だった。
…のはいいんですけどね?あなたもですか!公衆の面前でキスするのがこの世界の決まりなんですか?!