期末試験を受けよう
みんなで会計処理を終え帰ろうとした時にプリントを手にした冬馬くんに呼び止められた。
「相田。四季先生がこれの印刷、人数分やっといてくれって。」
「え、これからかぁ!うう。」
あの先生は明日からの期末試験を作るのに忙しくてすっかり冬休みの注意事項のプリントの印刷を忘れていたらしい。
「ゆき、俺も手伝おうか?」
「ううん。大丈夫。明日から期末試験だから先帰って?今日まで会計は一番大変だったでしょ?試験は万全の体調で受けないと!」
「…分かった。帰り気をつけてね。」
秋斗を見送り、私は冬馬くんとコピー室に向かう。
いつもなら何かしらの話をし始めるのだが、今日は私の方が彼と話す気分になれなくて黙り込んでしまう。
本当に、どうしてこれほどまでに不愉快な気分なんだろう。今日は間違いなく早く寝た方がいいな。昔、お母さんに怒られて大泣きしたときはそのまま寝入り、翌日けろっと機嫌が直ることが多かった。その名残なのか、私は今でも機嫌が悪いときに眠くなる傾向がある。幸いなことに、天夢高校編入での雹くんとのバトルの際にかなり先まで勉強した上に演習もばっちり行っているし、それに加えて毎日の復習も欠かしていないから誰にも負ける気はしない。
イライラしているときは寝るに限る。うん。それで直ればいい。
そう結論付けていると、冬馬くんが声をかけてきた。
「相田。」
「ん?」
「最近、俺に怒ってるよな?」
「え?いや?怒る要素ないよ?」
「それにしては、ピリピリしてない?」
やはり出てしまっていたか。
否定しない私を見て、彼は申し訳なさそうに目を伏せた。
「俺、思い当たる節がないんだ。でも何か相田を不機嫌にさせるようなことしたんだったら謝る。ごめん。」
私の不機嫌の原因が彼にあるとしても、彼が悪いわけではない。それぐらい自分でも分かっている。
こんなにも誠実な人に、私は当たっているだけだ。自分でも理解できない感情の渦を整理しきれなくて、それに癇癪を起している小さな子供みたいに。
「違うの。冬馬くんのせいじゃない。不愉快な思いをさせちゃって、私こそごめん。冬馬くんは何もしてないよ。」
私の返事に、冬馬くんは怪訝そうな顔をしたけど、そっか。とだけ言って黙々とコピーを取る作業に戻った。と思われたが、「あのさ」と再び彼の方から話しかけてきた。
「何?」
「12日のことなんだけど。」
期末試験結果発表後の土曜日。例の一年合宿で約束したお出かけのことだ。
「相田、どこ行きたい?」
「え?いや、冬馬くんのお誕生日だよ?冬馬くんが行きたいところに行くのが普通でしょ。私が希望出すところじゃないよ。」
「いや俺は…相田といられればいいから。」
その言葉で頰が熱くなる。鬱屈とした気持ちが晴れるように一気に気分が上がり、先ほどとは違った意味で少し呼吸が苦しくなる。
あれ?どうして?
「行きたいところ、どこかない?」
「じゃ、じゃあ、映画で。」
観ている間は話さなくていいという定番。一番都合がいいはずだ。
「オッケー、分かった。じゃあ12日は10時に駅で待ち合わせな?」
「う、うん。」
冬馬くんとのプリントコピーを終えた次の日からすぐに期末試験は始まった。
主要11科目の他に家庭科、政経、保健体育などのサブ科目が入る期末試験はかなりの科目数だ。しかも赤点を取ると自動的に年末年始に補習を受ける羽目になる。さすがの未羽でも嫌だったらしく、1日目の試験直前も赤シートで隠して必死で歴史を覚えたり、英単語帳を捲ったりしていた。
「大丈夫、君恋の全てのセリフとそのパラメータの数値を記憶しているあんたなら、本気を出せば余裕だよ。」
「あれはね、特殊なものでしか発揮できない能力なのよ?対象が君恋じゃないと…。」
「でも赤点取ったら多分25日あたり補習入るからクリスマスパーティーに出られないよ?」
「何だって!?」
未羽の本気度が上がった!
そうして期末試験講評日。
「やっぱり雪ちゃん1位かぁ!結局今年1位逃したの1回だけだったねぇ!」
ふふふふふ!やってやったぜ!サブ科目は暗記物が多いし、政経なんて前世チートで余裕だったから、油断は禁物だったもののおそらく中間よりも1位は取りやすいと思っていたのだ。
「冬馬くんは不動の2位になりつつあるね。あ!秋斗くん3位!!すごい急上昇!」
「秋斗、すごいね!初めの中間なんて30位だったのに。」
「そりゃそーだよ。こいつに負けてばっかじゃまずいしね。今回はあと少しだったのに!」
「本当だよ、新田、やるよな。俺、少し焦るわ。」
「ここで少しとか言ったな!そこはもっと焦ろよ!」
冬馬くんと私は10点差、冬馬くんと秋斗は15点差つけている。
「俊くんもこめちゃんも上がったね!」
「天夢編入では相当勉強したからね。」
照れたように笑う俊くんは10位。こめちゃんは14位だ。
「私あんま変わんなかったー!ていうか落ちた!」
「私もですわ。やはり期末は難しいですわね。あら、遊くんはどうしたんですの?」
「み、未羽ちゃんが…!」
遊くんが幽霊でも見たかのように慄いている。
「ふふん!私の実力を見たか!」
未羽は一時期450位近かった。よくても下位3分の1から抜け出せるかどうか、のラインだったのに、なんと。
「「「「「「「「250位?!?!」」」」」」」」
未羽は君恋マジックを起こした。
さすが、君恋のためなら火の中水の中森の中の女。
「へっへっへ。やればできる女なのよ、私は。」
「だねぇ。」
誰もが今回の未羽には勝てないと思う。
「そういえば、未羽ちゃん、ちょっとやつれたよねぇ?」
「はっはっは。試験期間は寝てないからね。逆に試験終わってから丸2日起きてない。」
「なにその極端さ。あんた、体壊すわよ?お母さんとか何にも言わないの?」
「え?私、一人暮らしだけど?」
「なにそれ初耳なんだけど。」
一人びりっけつになって(全科目、かろうじて赤点にはなっていない。)落ち込んでいる遊くんを慰める会をみんなが始めたのを見計らって未羽とこそっと話す。
「私さ。中学1年なりたて時に自分がゲームのサポートキャラって気づいちゃって、それから、ゲームに出てきた『横田未羽』の両親と全く同じ言葉を話すお母さんとか見てたら『何もかもゲーム設定なのかな』って思っちゃって。高校は君恋に入ること決めてたし、ゲームでもそうだったからすんなり来られたんだけど、中学くらいから両親とそんなに話してなかったんだよね。」
「未羽、それは…。」
「分かってる。分かったって言った方が正しいのかな。この世界は現実だし、お父さんもお母さんも別にゲーム設定だから何かしてくれたわけじゃない。それに…うん、現実世界を大事に過ごしたいなって誰かさんを見て思ったんだよね。反省した。」
どこか遠くを見るように話していた未羽がこっちを向いてにっと笑った。
「だからさ。ちゃんとこの世界の両親と話そうと思って!年末年始、実家に帰ろうと思ってる。」
「ご両親はどこに住んでるの?」
「U県。」
隣の県だ。
「…ご両親と仲良くなったら、向こうに帰るの?」
私の疑問に、未羽は呆れ顔で半眼になった。
「あんた何言ってんの?転校しちゃったら攻略対象者様も、これからの展開も観察できないじゃないの。これからがいいところなのにさ!両親とかとの仲直りっていうのかな、それしてくるだけよ。…だからそんなに泣きそうな顔しないの。」
こつん、と軽く頭を小突かれる。
「…私、弱くなったよね。ここに入って前世の記憶戻った時はさ、一人で何でもやっていこうって思っていたのに。いつの間にか、未羽や秋斗や冬馬くんや…。みんながいないと寂しくて仕方なくなっちゃったの。」
私の言葉に未羽はくすっと笑った。
「それは弱くなったんじゃなくて、大切な人がいっぱい出来たってことでしょ?この世界を好きになったってことでしょ?それは成長なんじゃないの?」
「…そうだね。」
大切な人がいっぱい。
この世界で転生に気づいてから、一番恐れていたはずのもの。
でも、私はそれをいつの間にかたくさん手に入れていたんだね。