クッキーをあげよう
調理実習の後、私たち女子は作ったクッキーを持ち帰った。こめちゃんが大量の砂糖を投入しようとしたのを防いで、私と、料理が得意な明美(「料理は一定の手順守ったら失敗するもんじゃないでしょ」と言っている。是非美玲先輩に聞かせてあげたい。)主導で作ったものだから味は保証されているはずだ。
男子たちは女子がクッキーを作っていたのを知っているので、さながらバレンタインデーのようにそわそわしている。
そわそわ状態はもちろん、男子だけではない。
「は、春先輩にっ!」
会長のいる2階にダッシュしようとするこめちゃんを止める。
「こめちゃん、ストーップ!放課後生徒会室であげられるでしょ?まだ6限あるから、もうちょっと待とう?ね?」
「むー。わかった…。」
「ほら、遊くん。私たちからだよ。」
私がこめちゃんを宥めている間に明美からクッキーを手渡された遊くんが、よっしゃあああ!と雄叫びをあげていた。
放課後。
こめちゃんが会長に手ずからクッキーを渡し、二人の世界にどっぷりと浸っている。触れると溶かされそうな甘いオーラを放っているので誰も近寄らない。
「俊くん、どうぞ。」
私がタッパーに入れてあるクッキーを渡すと俊くんがにっこりと笑って受け取ってくれた。
「ありがとう。雪さんが夏に作ってくれたカップケーキ、美味しかったから嬉しいな。」
「こめちゃんも一緒に作ってるよ?」
「……。」
クッキーを口元に運んだ俊くんの手が止まり、露骨に悲愴な顔になる。
「あ、大丈夫。砂糖ぶち込みは防いだからマトモな味なはず。」
「…雪さん、からかったね…。」
「ふふふふ。まぁまぁ。あ、先輩方もどうぞ!」
「ありがたくもらっておく。」
私からクッキーをもらって爽やかに笑った東堂先輩。
それは京子も作っているからね。その様子を後で伝えたらきっとはにかみながら喜ぶだろう。
「私にもあるのですか!嬉しいのです!飾らないとなのです!」
いや食べましょう。
「嬉しいよ、雪くん。私は今すごく幸せだ!雪くんが一つ一つ丁寧に作ってくれたわけだからな…!」
未羽が振り回した粉が元になっています、すみません。
「白猫ちゃんがボクにクッキー!!愛のクッキーをくれるとは!遂にこの日が来たんだね!これは愛の告白とみなしていいわけだね?」
「よくないです。私はどれだけの人に告白することになるんですかっ!」
つい言葉に出して突っ込んでしまった。
「あれ、こういうこと言うと秋斗くんの蹴りが入りそうなものなんだけど。つまらないな。」
あ、あれ喜んでたんですか、先輩?
「秋斗と冬馬くんはいろんな女子に呼び止められてここに来るまでが障害物競争みたいになってましたよ。」
「それはそうだろうな。」
話していると秋斗が入ってくる。
「あきときゅん、お疲れ様なのですー。」
「断れるのは全部断って、それでもらうのも1枚とかに制限したのにこんな…。」
両手に抱えるクッキーの山。
「はい、これあげる。」
秋斗はそれらを全部三馬鹿に渡す。
「「「お、俺っちらにいただけるんですか?」」」
「そうそう。」
にこにこしているが秋斗はただ面倒なだけだろう。この人、愛想はいいけど結構ドライなんだよね。
そのままこっちに楽しそうにやってくる。
「ゆきー!」
「秋斗、今もらったやつ横流ししたところでしょうが。」
「ゆきからもらうのは全くの別物!ゆき、俺のは?俺のは?」
「あるよ、はい。秋斗。どうぞ?」
「ありがと、ゆき。大事に食べるから。」
秋斗が大切そうにクッキーを抱き締めて笑顔を浮かべる。
「あれ?冬馬くんは?一緒じゃなかったの?」
「あいつなら、そこであの夢城さんに捕まってたよ。」
そう言って秋斗は笑顔から一変、嫌そうな顔をする。一年合宿の一件の後、秋斗は完全に夢城さんを自分の敵としてみなした。そういうことをしないように、と言ったから本人に露骨にはしないけど、こうやって本人に見えないところで嫌そうな顔をする。
「秋斗。そういう顔は。」
「分かってる。本人にはしてないよ。ゆきの前だけ。」
「遅くなりました。」
ちょうどその時こちらも両手にたくさんのクッキーを抱えた冬馬くんが入ってくる。秋斗より多いのは秋斗ほどはっきり断らないからだろう。
「はい、猿、雉、桃。やるよ。」
にっこり笑う冬馬くん。
しかしまさかやることが秋斗と同じとは!
「珍しいな。お前は食べるのかと思っていたが。」
東堂先輩が少し驚いたように言う。
「いえ、甘いものは腹壊す可能性があるんであまり得意じゃなくて。…あ、これ、あの夢城からです。生徒会のみんなに迷惑かけたので、と。」
夏や秋の事件のことなのだろうか。
生徒会のみんなに渡したいのなら別に冬馬くんに渡す必要はないじゃないか。なんでわざわざ彼に渡したの?やっぱり夢城さんは冬馬くんを狙っているの?
考えたら、また喉の奥で苦い味が広がった。君恋祭の時と同じ。じんわりと苦しい。
「え、夢城さんが?」
「あの夏休みに海月に迫った子か。悪いが私はパスだ。」
「私もいらないのです!」
「俺も。何が入ってるか分からないので。」
多分今の夢城さんはそんなことをしない。
それは監禁事件で助けられた私が一番分かっているはず。それなのに、彼女のことを庇う言葉が出てこない。むしろみんなに嫌われているのを、どこかほくそ笑んでいる?
そこまで気づいて軽い自己嫌悪を覚える。
一体私、どこで精神が捻じ曲がっちゃったんだろう?なんでこんなに嫌な子になってるんだろう?
「美玲、泉子、秋斗くん。女の子から贈られたものにそういうことを言ってはいけないよ?」
桜井先輩がその包みを受け取った。
「先輩、女の子からじゃなかったらどうなんですか?そこの三人とか。」
秋斗が三馬鹿を指すと、先輩はにっこり笑った。
「ドブに捨てていい。」
酷い切り方だ!桜井先輩は女の子と綺麗な男の子以外にはとことん厳しいお方だ。
「食べたい人だけ、食べればいいよ。」
結局夢城さんのは、東堂先輩と桜井先輩と冬馬くんだけが受け取った。
甘いの苦手って言ってたのに、夢城さんのは受け取るんだ。
そうなんだ。
その事実が気に食わない。
最近冬馬くんに話しかけている夢城さんにおかしな様子はなかった。容姿通りの可愛らしい女の子だった。それで時折楽しそうに冬馬くんと笑っていた。
思い出せばわずかに目を伏せたくなる。
考えれば考えるほど口の中が塩辛くなるような、不快な気分になる。
なんなの、なんでこんなに胸がざわつくの?
「相田は?俺にはくれないの?」
いつものようににこりと微笑んだ冬馬くんがからかうように私に話しかけて来る。
なんでそんな風に話しかけるの?そんな風に普通に。
あなたはその顔で、彼女にも笑ったの?
なんか、嫌だ。
「相田?」
なんでこんな気持ちに?
自分にため息をつきたくなる。
これじゃあまるで主人公と攻略対象者の関係に嫉妬する悪役そのものじゃないの。
…嫉妬?この感情は嫉妬なのか?
でもどうして?
彼は秋斗じゃない。私との関係なんてこの1年もないくらいだ。嫉妬を覚える理由がない。
「…どうぞ。」
少しの間考え込んでしまったことで変な間が空いてしまった。もしかしたら不機嫌な様子も滲み出てしまったかもしれない。
「ゆき?」
「なんでもない!ちょっと考え事してた!ごめん、どうぞ!あら。三人の分はなくなっちゃった、ごめん!」
「「「女王陛下ぁ――――!そんなぁ!」」」
「それだけあるならいいじゃないの、クリスマス会には三人も来るでしょ?その時になんか食べよ?」
「うひょおおおお!女王陛下、そのお言葉だけで十分ッス!」
「もう満腹んす!」
「恐れ多い!」
三馬鹿の騒ぎで、有耶無耶に出来ていれば、いいのだけど。