君恋祭で酔っ払おう (3日目)
んー?ここどこ?
起き上がって見回してみると、白い天井に、白いベッドに薄い黄色のカーテンがレールから釣り下がっているのが見える。
保健室かな…?
まぁどこでもいっか。
そんなことより、暑い。
とりあえず掛け布団をはぐが、それでも暑い。
さすがに靴下は脱いだら素足になっちゃうからダメだよね。でもキャミソール着てるし、今日は下着も透けるようなことないしブラウスならいっか。リボンが邪魔。ボタンを外すのすらもどかしいところをなんとか動かして全部外したらちょっとは涼しい。ブラウスで扇げば風が入るからましになるー。
「ゆき!」
あ、秋斗だ。せめてカーテン開けるときは声かけようよー。
「なんて格好してんの?!ゆき、だめだってば、脱いじゃ!」
えー。暑いんだもん。さすがにこれ以上脱ぐ気はないよ。
「今でも十分ダメ!ゆき、とりあえず留めて?ね?」
秋斗がボタンを留めようとしている。
秋斗やめてよ、暑いんだってば。
もう体動かすのもだるいんだから押さえないでよ。
それより、なんでそんなに切なそうな顔しているの?何か辛いことでもあったの?
「ゆき、無防備すぎ。本当、勘弁して…。」
秋斗がぎゅっと抱きしめてくれる。
秋斗の匂いだぁ。秋斗の腕の中って気持ちよくてすごく安心する。このままずっとこうしていられたらいいのになぁ。
「…ゆき。ゆきはさ、俺のこと好き?」
んー。好き。大好き。
「…このまま俺がゆきのこと、どっかに連れて行けたらどれだけ幸せかな…。」
どっかってどこだろ?
「どこでも。ゆきが俺だけを見てくれるところ。ゆきと俺だけがいるようなとこ。」
みんなはどうするの?
「みんながいなくてもいいとは言わないけど、ゆきが俺だけを見てくれるようになってからみんなのとこに戻る。それまでは会わない。」
それだと冬馬くんも俊くんもこめちゃんもみんな寂しがるよ?
「上林?あいつは寂しがったりしないよ。悔しがりはするだろうけど。」
冬馬くんは秋斗のこと、大好きだと思うけどなぁ。
あ、ドアが開く音したよ。今度はだぁれ?
「相田、大丈夫か?…っ!!!なっにしてんだよ新田!」
あ、冬馬くんだ。違うよー?私がこうしていたいからそのままなんだよー。秋斗は何もしてないよー?
あれ?冬馬くん、なんでそんなに辛そうな顔してるの?二人とも、何かあったの?
「…分かっていても、辛いよな。なんかお前らの間って入れない気がする。」
「そうだよ上林。俺とゆきの間に入れると思ってんの?さっさと身の程弁えろよ。」
やめてよ。喧嘩しないでよ。そうなっちゃうから私は余計にそういうことを考えたくなくなるのに。
「相田?」
「ゆき?」
二人は仲が良いのに…私が壊しちゃうかもしれない。そんなの嫌だ。二人とも好きなのに。二人を見ているの、大好きなのに。辛いよ、二人がそうやって私のことで喧嘩するの見るの。ふざけている分にはいいの。でも真剣に傷つけ合われたら…辛いよ…。
「ゆき…俺らは…最終的にどっちかしかなくて。どっちもなんて出来ないこと分かってて…。」
うん…。だからね、私は、進みたくないの。ここにいたいの。
「相田、俺たちのせいで、誰かを恋しいとか思えない?」
せいじゃないけど、もし、私が一人を選んでしまったら、二人はどうなるんだろう?
「俺たちは…。」
あ、ダメだ。もう、何も考えられないや…。
はっ!
唐突に覚醒した。
「あたたたた…。」
急に上半身を起こしたせいか、頭がずきずきする。
「あれ?ここは、保健室?私なんでこんなとこに?」
「雪。起きたかー?」
シャッとカーテンが引かれる音がして未羽が入ってきた。
「未羽!!なんでここに?」
「秋斗くんから連絡来てね。あんた、何があったか覚えてる?」
「私…確か、後夜祭の時の告白タイムが面倒だから裏方仕事に回ってて…なんであんなに声掛けられたんだろう?悪役なはずなのに。」
「あぁ。それは簡単よ。あんた、主人公になってもおかしくない顔してるもん。」
「え、それ悪役としていいの?!悪役オーラ出すような意地悪っぽい雰囲気がにじみ出る感じじゃないの?」
「あんた…というか、まぁ私たちのゲーム上の顔作った結構人気なイラストレーターがね、作成前日に彼氏にフラれたらしくって。それで腹いせに『どーせ私は主人公顔じゃないわよっ!いけっ相田雪!主人公の座なんか奪っちまえ!私の最高傑作美少女を作ったる!!』って作ったらしくって。あんまりにもいい感じの美少女ができちゃったからボツにするのが惜しくてそのまま採用されたらしいわよ?」
なんだそれ。私情持ち込みすぎだろ。
「それでオッケー出すプロデューサーってどうなの?」
「だからその分、あんたゲームですごい性格悪かったのよね。プレイヤーにはかなり惜しまれてたのよ。この子が性格良ければねーって。主人公いけたのにって。」
「一体そんな情報をどこで…。」
「え?制作秘話の裏話コーナー?それより、あんた、お酒飲んでぶっ倒れたのよ?覚えてる?」
「お酒?そんなもん飲んでな…!!!あ、あれ、お茶じゃなかったのかぁ!!」
「ウーロンハイを烏龍茶ペットボトルに入れて持ち込んだやつがいたらしくてね、その没収品だったって愛ちゃん先生が言ってたわよ。」
没収品も一時的に生徒会室に保管されている。どうやら没収品が多すぎて私物と混ざっていたようだ。全く、なんでそんな手の込んだ持ち込みをしてくれたんだ!!ウーロンハイって、ウイスキーじゃないか!
前世はお酒に強くて酔った事がなかったから通算しても初体験だが、なかなか酷い気分だ。頭は痛いわ、気持ちは悪いわ、身体中かっかして熱いわ。ろくなことがない。
大体、リボンはどこにいった。なんでいつも閉めてる第一ボタンが開いてるのさ?
「それでね、秋斗くんが倒れたあんたを見つけてここまでお姫様抱っこで運んで来てくれたってこと。」
「未羽はなんで事情を知ってるの?」
「盗聴してたに決まってんでしょ。もう9時よ?」
「9時?!あ、あいたたた。頭痛い。」
「酒のせいでしょ、ばっかねぇ。もう一般生徒は帰ってるわよ。…それより、ねぇ、雪?」
未羽が保健室のベッドに腰掛けてこっちを真面目な表情で見てきた。
「なぁに?」
「あんたさ、二人の関係性で悩んでたわけ?」
「な、なぜそれを?!」
「…まぁ盗聴してたからね。」
桜井先輩との会話のせいか。
「…分かんないけど、ちょっとは考えてた。」
「悪かったわ。私はさ、乙女ゲームのプレイヤー視点で見てたから気づかなかった。ここは現実だものね。一人とイチャラブして終わりー!じゃないものね。」
「うん…。」
「個人的には、だけど。私は桜井先輩と同意見ね。」
「同意見?」
「そ。恋愛なんて一人しか選べないのは当たり前。あとの人間関係までのことまであんたが気を回すことじゃない。それは二人の問題でしょ?」
「でも…ここはゲームの世界観で、ゲーム補正が働いたから、私がその対象になったのであって…それなら、それで傷つくのは私に責任が…。」
未羽がいきなり私の頭にデコピンしてきた。
酒で頭がガンガンしているところにこれはキツイ。
「――――っ!!未羽ぅ!」
「あのさ、あんたそれ本気で言ってる?」
「へ?」
涙目で未羽を見ると、未羽は目を尖らせていた。
「あんたが言ったんでしょ。ここが現実だって。もし本当にゲームまんまなら、主人公の夢城愛佳がどんな性格でも惚れるもんでしょうが。それを二人があんたに惹かれたのは、それは現実のあんたをちゃんと見ているからよ。」
「そんな…。」
「それを認めないのは、二人の心への冒涜よ。素直な気持ちをゲームのせいってしてるんだからね。」
「…うん…。」
未羽はふっと表情を和らげて私の方に寄ると優しく抱きしめてきた。
「みみみ未羽!?」
「私だってそうよ。あんたが今のあんただから、友達になりたいって思った。あんたのことが大好きだと思うし、あんたのために何とかしてやりたいって思う。意地っ張りで、頭いいくせに不器用で、抜けてて、度胸あるのに臆病なそんなあんたが、私も俊くんもこめちゃんも、茶道部のみんなも生徒会の人も、それからあの二人も好きなんじゃないの。」
「未羽…。」
「そんな難しく考え込まないの。ちゃんと自分の気持ちを素直に見つめなさい。」
「…うん。ありがと、未羽。」
ぶっきらぼうな口調で、自分の欲望にまっすぐで。それでいて実はすごく優しくて友達想いのあんたが、私も大好きだよ。未羽。
これにて君恋祭編は終わりです。お読みいただきありがとうございました!