君恋祭で倒れよう(3日目)
遂に君恋祭最終日を迎えた。今日は通常時間より早く終わり、後夜祭のキャンプファイヤーがあることになっている。前半の本部待機を終え、美玲先輩と泉子先輩と秋斗と冬馬くんと生徒会室に戻る。先輩たちと秋斗に強制されて私には今日も白猫の耳がくっついている。この格好でいることに対する羞恥心は大分薄れた。人間は慣れる生き物なのです。
ちなみに美玲先輩はリボ◯の騎士のような格好、泉子先輩は不思議の国のアリスのコスプレで大変よく似合っていた。
そんな仮装行列か!と突っ込みたくなるような私たちが戻る途中で何人かの女の子が「あのっ」と声をかけてきた。
「ほら、行きなよ!チャンスは今日なんでしょ!」
「う…うん。」
その中の一人が前に進み出る。
「あのっ!上林くん!」
「え、俺に何か用?」
「きょ、今日の後夜祭で、少しお時間いただけませんかっ!?」
これはあれか。定番の文化祭後に告白とかいう。
「雪くん、私たちは先に行こう。」
「そうですね。」
秋斗も私たちについてこようとしたのだが、
「新田くん!その私は新田くんに…。」
と止められていた。
女性三人になって戻る途中、泉子先輩が話しかけてくる。
「今日はみんな大変なのですね!特に生徒会の男の子たちはみんなかっこいいですからね!」
「そうだな。でも逆もあるんだぞ?雪くんなんか気をつけないと。」
「私は大丈夫ですよ。」
美玲先輩の言葉を笑い飛ばし、少し後ろを振り返るけれど二人の姿はまだ見えない。おそらくあの後も他の女の子に捕まっているんだろう。
「二人が気になりますですか?」
「…いえ。二人が女の子に人気なのはもともと分かっていますもん。」
生徒会室には既に俊くんと東堂先輩がいてお弁当を食べていたので私たちも同席する。
「お疲れ様です。」
「お疲れ。あの二人はどうした?」
「夏樹、そこの弁当を3つ取ってくれ。…あの二人なら後夜祭の後、時間もらえませんかって女の子たちに呼び止められていたからな。置いてきた。」
「二人は引く手あまたですから大変でしょうね。」
「俊くんも声かけられたんじゃないの?」
そう訊くと、俊くんは苦笑する。
「何人かの女の子には声かけてもらったんだけどね。でも僕は兄さんの暴走を止めたりするので手一杯で今それどころじゃないから、申し訳ないんだけど断ったんだ。」
俊くんもやはりモテる。
「当然東堂先輩もお声かけされてるんですよね?」
「俺は去年もだけど、生徒会の仕事でそれどころじゃないからな。全部断った。春彦に今年声かけする子はいないだろうが、いてもおそらく結論は同じだろうな。」
「ちなみに桜井先輩は?」
「全部受けている。みんなでキャンプファイヤーを楽しむそうだ。」
らしい。とってもあの人らしい。
「あの二人はどうするだろうな?」
「あきときゅんはその場でやんわり、でも速攻断りそうなのです!」
「だろうな。上林は紳士的だからな。その場では無理だと思うと返して、でもどうしても言うだけ言いたいと言われたら断れずに時間は作ってやるんだろうな。」
そんな姿も簡単に想像がつく。
なんとなくこれ以上この話題を続けたくない気がして、さりげなく話を逸らす。
「午後は桜井先輩と見回りなんですが、やっぱり呼び止められたりして大変ですかね?先輩、あの舞台でより人気上がったでしょう?」
「まぁそれは、多分。」
「尊の方も大変だと思うが。」
「ゆきぴょんの方が大変だと思うですよ?」
「え?何でです?」
「…雪さんって自覚ないよね。多分秋斗くんと冬馬くんっていう見張りが付いていない唯一の機会だし、大変だと思うよ?」
そんな馬鹿な。私はそんなに自意識過剰ではないよ。
「相田さん!あの、後夜祭の時、キャンプファイヤーを一緒に見ませんか?」
「ごめんなさい。仕事がありまして。」
甘かった。
いや、両親は容姿が結構整っているし、何よりあの太陽の姉だから、私も自分がそれなりに容姿に恵まれていることは知っている。でも元々ゲーム設定で悪役の私は、きっとにじみ出る悪役オーラで人を拒絶しているはずだからそれほどモテるはずはない。そう確信していた。現にこの学校の一部、いや大半の女の子たちには蛇蝎のように忌み嫌われている。それが一体どういうことだろう。不可解だ。
「白猫ちゃん、モテるねぇ!いつもあの二人と一緒だから分かりにくいけど、これで何人だい?」
「さぁ。数えていません。」
「数えられないくらいってことだろう?いやぁ、それならボクと一緒に観ないかい?」
「桜井先輩のハーレムに加わるつもりはありませんよ。」
「手厳しいなぁ!ボクは生徒会の後輩のためならいつでもこの身を捧げるのに。」
「…桜井先輩、多分秋斗がいたら、『その身と命を捧げてください、神に、今すぐ!』とか言われますよ?」
「さすが白猫ちゃん。秋斗くんの思考を読んでるね。ところでさ。」
「なんですか?」
「白猫ちゃんは恋愛に興味はないのかい?」
「…前まではそうでした。頑なに、嫌だと思ってました。」
「へぇ!前まではっていうことは、今は違うんだね?」
「はい。周りで…会長やこめちゃんを初めとして恋愛で変わっていく人を見ていて、私は恋愛の悪い面ばかり見ていたんだなと思って。」
「まるで恋愛をしたことがあるみたいな口調だけど、中学の時に付き合っていたのかい?あの秋斗くんの前で?」
しまった!!
「い、いえ!なんか、その。親戚のお姉さんがいろいろ嫌な想いをしたらしくてその話を聞いていたので…。」
ふぅん、と、当然のことながら納得していない様子の桜井先輩。
この人はなんだかんだ一番鋭い気がする。何度か前世経験暴露を気づかれそうになっているし。
「ボクは白猫ちゃんに幸せになってほしいよ。白猫ちゃんだけじゃない、ボクの周りの人みんなにね。…ボクはね、心配してるんだ。」
「何をです?」
「白猫ちゃんは無意識に自分の気持ちにブレーキをかけていないかなってね。白猫ちゃんがもし秋斗くんか冬馬くんと恋愛することになったら、どちらかは選ばれない。つまり、どちらかは必ず傷つくことになる…。白猫ちゃんはあの二人が実は仲が良いことを知っていて、それでいて自分への気持ちも分かっているから、その板挟みから余計気持ちが出せなくなっているような気がするんだよ。」
驚いて桜井先輩を見るが、彼はあのフェロモンを振りまきながら周りを監視したままだ。
「図星かい?」
「…そういう風に、言われたことはありませんでしたが…。」
ゲームを知っている未羽も、それからあの二人にも、誰にも指摘されなかった事実をこの人に指摘されるとは思っていなかった。桜井先輩はつくづく底知れない人物だと思う。
「ボクはね、それでもどちらかを選んでいいと思うよ?」
「え?」
「恋愛なんてそんなものだからさ。自分の意思をそんなもので潰す必要はないよ。そんなこと、二人とも望んでいないだろうからね。…ま、これはボクの持論だけどね!いいんだよ白猫ちゃん。板挟みが苦しかったらボクを選んでくれても!」
「いえ、結構です。」
「そんなツンな白猫ちゃんがいいなぁ!」
桜井先輩はいつものように笑っていた。
君恋祭は順調に終わり、キャンプファイヤーの準備が始まる。その間に私たち生徒会は食品ゴミのチェックや屋台のテント片付け、備品片付けのチェックで大わらわしていた。これがもう、全ての部署でこの時間に一気に来るんだから、東堂先輩の言う通り、全く余裕なんてない。
それでもなんとかこなしつつ、私は校内のポスターを回収して生徒会室に帰ってきた。
「つ、疲れた…。」
珍しく部屋には誰もいない。
「水…。」
持っていたペットボトルの水は既に空。ここにはみんなが持ち込んだジュースなどの飲み物が豊富にあるのでそれをいただくことにする。
「ジュ、ジュースは要らない…。甘いのは余計喉乾く…。お茶、お茶。よし、烏龍茶発見。」
なんとか見つけたお茶をその辺の紙コップに注ぎ、一気飲み。
「ゲホッゲホッ!え?苦っ!何これ?!」
全部飲んでしまったのだが、急激に目が回る。
「うえ?」
天と地がひっくり返るような眩暈がして、自分がその場で崩れ落ちるのを認識したのを最後に、私の意識はなくなった。