君恋祭で焼きそばを受け取ろう(2日目)
なんとかコスプレ状態での本部待機を終えた私は2日目の最後の見回りに入る。当初の予定なら俊くんも一緒のはずだったのだが、彼は数時間にわたり人前で精神をすり減らしたことによりばったり倒れていてとても回れる状態になかったので、私と秋斗だけで回ることになった。
秋斗と一緒に、またも食品衛生法に反しそうなところを取り締まったりしながら残っているお客さんの帰りを促していたのだが、
「ねーねーゆきー。ネコネコ!ネコ語!!」
「いーやーだ。」
道中秋斗はずーっと隣で私に訴え続けている。
「えー。約束でしょ?破っていいの?約束破るのはゆきが一番嫌いなことだよね?」
「う。し、仕事中でしょ?」
ちょっと睨むと、逆に期待に満ちた目で覗きこんできた。
「何?うち帰ってからプライベートでやってくれるの?襲っていい?」
「なっ?!」
真っ赤になった私に対してしてやったり、という顔で笑う秋斗。
「誘ってるようなもんでしょ?二人しかいない部屋で猫耳つけたゆきがネコ語で話してくれるなんて。」
「あ、秋斗はそういう趣味が」
「ないよ?でもゆきならどんな格好でもオッケー!むしろどんどんしてくれて構わないよ?」
「しませんっ!」
「ね?嫌でしょ?じゃあ今やって?」
「う。……あ、秋斗、疲れてな…にゃいか…にゃん?だいじょうぶにゃの?」
くっ。これは私の精神に負荷をかける!さっき散々似合ってるとか可愛いとか言っちゃってごめん、俊くん!反省する。
「…ゆき、俺の方見上げてさ、『にゃあ』って言って。」
「………にゃあ。」
言った途端に秋斗が無言で腕に縋り付いてきた。
「な、何するにゃん!秋斗、仕事はしなきゃだめだにゃん!」
「…やっば。萌える。ゆき、東京のオタク街でバイトしないでね?」
するかっ!
その後も外部者を注意する時以外は全部秋斗にネコ語に直された。いちいち一回一回丁寧に指摘してくれた。小1時間ほど補正されたせいで本部テントに帰ってきた時もつい自然に出てしまった。
「ただいま戻りましたにゃん!」
この場にいない冬馬くん以外のみんなが、ポカンとした顔でこちらを見る。今日も一日洗い物をしていたはずの四季先生までいる。
「しまったぁ!!」
「雪くん!!」
こっちにダッシュしてきた美玲先輩にがバッと抱きすくめられた。
「なんて可愛いんだ!ももももう一度!私にその言葉をっ!」
「嫌です、ミスっただけです。取り返せるものなら取り返したいです。」
「雪くん、私は今日1日頑張ったよ。たくさんのお客さんを魅了した。ぜひそのふさふさの尻尾とふわふわの耳を着けた愛らしい子猫ちゃんに癒されたい…!こんなささやかな私の望みも聞き入れてはくれないのかい?」
ううううう。そう言われると弱い。私、最近流されやすくなってないかなぁ…。
あ、向こうから既にうさ耳を取った俊くんが憐れみの目で見ている!東堂先輩が諦めろって顔で見ている!
分かりましたよ!もう諦めました!
「み、美玲先輩放してください…にゃ。もう諦めましたにゃん。いくらでも話しますにゃん…。」
「本当かい?!」
今度飛び込んできたのは桜井先輩だ。こちらもドレス姿から男子制服に戻っている。
「白猫ちゃん、是非ボクにもその姿でネコ語を!」
「先輩、その手に持っているのはな…にゃんです…にゃん?」
「す、素晴らしい!これかい?これはね、ファンの子がくれた花束だよ!」
「そっちでは…にゃくて、紙袋に入ったプラスチックケースの方ですにゃ。」
「これはね、同じくファンの子が持ってきてくれたらしい、焼きそばだよ!人数分あるからこれからみんなで食べようじゃないか!それはそうとして、白猫ちゃん、上目遣いで『たけるにゃん、愛してるにゃ♡』とか言って抱きついてもらえグェッ!」
横から秋斗の飛び蹴りが決まった!
「そろそろ俺はあなたに物申す時が来たと思うんですよね、ええ?」
秋斗が笑顔でギリギリと桜井先輩の襟元を締め上げる。
「新田!待て!早まるな!桜井の意識が落ちるぞ!」
それを東堂先輩が慌てて止めに行く。
「新田くん、ストップ!あぁ!」
更に助けようとした四季先生がこけて桜井先輩と秋斗にタックルすることになる。
「わぁい、修羅場なのです!」
「そうですね~!」
「こめちゃん、君はなんだったんだい?」
「私ですか?ミツバチハッチです!明日も着ますよ?」
「…まいこさん、明日もあれで人前に出るんですか…?」
「?春先輩?もちろんですよ?」
「素晴らしい!こめちゃんのハニーも見られるのか…!俊くんは…?」
「僕はもう二度と着ません!!絶対です!僕、人数分のお箸取ってきます!」
「あ、私は冬馬くんを探して来ますにゃ!」
本部テントにいなかったので生徒会室かと思い、俊くんと一緒に向かう。
「雪さん、身を犠牲にしたね…。」
「俊くんもにゃ…。ごめんにゃ、可愛いとか言っちゃったの反省してるにゃ。」
「うん、もういいよ…。馬場先輩の中での僕が男性じゃないことぐらいは察してたから予期しておくべきだったんだ…!それと雪さん、僕にはネコ語でなくていいよ?」
ネコもうやめてよかったんだったね!!
白猫コスプレ一式を取り外してから生徒会室に入ったが、冬馬くんの姿はなかった。
「あれ?いないね?もしかして教室かな?1-Aって今使われてない教室だったよね?」
「あ、じゃあ私行って見てきてみるよ。」
1-Aの教室に行くと、冬馬くんはいた。
薄暗い教室の中で自分の席に座って突っ伏している。
「冬馬くん、桜井先輩が焼きそば…」
声をかけながら近寄って、気づいた。長くて黒い睫毛が廊下の光を受けて影を落とし、すーすーとわずかな音が聞こえる。
「寝てる…?」
両腕の上に頭を置いて横を向いたその顔は安らかだ。
「…そうだよね、疲れてたよね。冬馬くんだって。お疲れ様だね。」
そのあまりに安らかな寝顔に、起こすことが忍びなく思われたので、彼が起きるまで待っていることにした。
あまりにも長く寝ているようだったら体冷えちゃうから、起こそうかな。
そう考えながら隣の自席に座り、その横顔を何気なく見つめる。
秋斗以外で男の子の寝顔を見るのは初めてだろうか。
「きれー…。」
つい声が出てしまうくらい、綺麗だった。攻略対象者という括りで見ているからそれほど違和感がなかったけれど、やはり普通レベルを明らかに超えて美しい。そう、男の子なのに、綺麗とか美しいとかいう言葉が似合ってしまうのだ。かといって女性的かというとそうではない。
じっとその顔に眺めているうちに、顔にかかるサラサラの前髪が気になって仕方なくなる。
廊下から漏れ出る光を受けて鴉の濡れ羽色に艶めくその黒髪は、どれだけサラサラなんだろう。柔らかいのかな。意外と固いのかな。
触ってみたい。少しだけだったら、起こさないで触れられるだろうか。
欲求が、抑えられない。
近づいてそうっと指を伸ばして髪に触れようとしたその直前で、ふ、と瞼が上がりまだぼんやりとした黒い瞳と目が合ってしまった。至近距離で。
「うっあああ!」
予想外の展開に女子力のなさをアピールするかのような叫び声をあげて椅子から落ちて尻餅をついてしまった。
私の大声に、パチリと目を開き覚醒する冬馬くん。
「…え、あれ?相田?なんでここに?」
「ご、ごめんっ!!なんかねっ桜井先輩が焼きそばの差し入れもらったらしくって!!で、いないから、探してて!お、起こしてごめんっ。」
「あ、いや、俺こそごめん。ちょっと物取りに来て少しだけ、とか思ってたのにそのまま結構寝ちゃったらしい。探させたんだな。…どうした?なんかあった?」
「いや、何もない!ほんとに!」
心臓がバクバクする。喉から出そうなくらい、痛いくらいにドキドキしている。
「そう?じゃあ戻るか。」
立ち上がった冬馬くんはこっちに手を伸ばしてくれるが、それを掴めるほど私の精神は回復していなかったので遠慮しておく。
二人で戻りながらも、私の脳みそはいつまでも同じことを考えていた。
攻略対象者様に自分から触れてみたい?今まで一度も思わなかったのに。
何考えてるんだろう?私、一体どうしたんだろう?