君恋祭でコスプレをしよう(2日目)
前半の見回りを終え、お昼を取るために戻ってきた私と冬馬くんは生徒会室のドアを開き、そして硬直した。
考えてみてほしい。
一瞬、博物館に置いてある類人猿の置物と間違えられるくらいそっくりなレベルの、猿の被り物をした猿顔の男とドアを開けた瞬間に顔を合わせることを。
「…えっと?猿?」
「あ、女王陛下!」
「それ…どうしたの?」
「馬場先輩のお手製のコスプレッス!どうッスか?」
「どう…って。」
似合いすぎて本物と間違えました、とはたして言っていいのか。
見かけと異なり繊細なガラス細工のように脆い少年の心を打ちのめすことにならないか。
「女王陛下!僕はどうですか!?」
やってきたのは雉。頭にクジャクの羽のようなものがいくつも着いている。
はっきりいえば、雉というよりも羽の抜けかけた老いた鶏に似ている。
「鳥…ぽいかな。」
「いやったぁ!できればご褒美に罵っていただけると!」
そうか、雉には正直に言ってよかったんだった。
「女王陛下!おいらはどうすか?」
出てきた桃を見て、なんとか吹き出さずに済んだ。
ゴリラ顔が頭にふんわり素材の桃の被り物をつけているのだ。ちょうど、顔の部分がくり貫きで出ているだけ、というのもネタとしか思えない。
隣でこらえきれずに吹き出した冬馬くんが肩を震わせている。
「馬場先輩がおいらはごついから可愛い方が楽しくていいと言ってくれたんす!」
確かに、一目見ただけで笑える。楽しいというのは間違っていないが、似合っているという意味ではないよ、桃。
「…それ、茅菜ちゃんには見せない方がいいと思うよ?」
「えええええ!?もう写メって送ってしまったんす!」
「え!?なんて!?」
「『ワイルドなダーリンもいいけど、そうやって可愛いダーリンも愛している』って来たんす!」
茅菜さんの視力はおそらく0.001を切っているに違いない。
「あ、ゆきぴょんいいところに帰ってきたですね!」
ぴょこん、と出てきたのは泉子先輩だ。
ちょうど俊くんとこめちゃんも茶道部から帰ってきたところだったようだ。
秋斗も本部テントから先に戻ってきている。
「本部テント、無人になってないっけ?」
「会長と東堂先輩がいるから大丈夫。お昼食べている間はそこの三人が行ってくれる。」
「はいっ!では行ってくるッス (きます)(んす)!」
三人が(被り物を着けたまま)出て行った後、私たちはお弁当をゆったりと食べていたが、食べ終わりかけくらいに泉子先輩がふっふっふ、と不敵に笑いだす。
「ゆきぴょん、こめぴょん、こっちに来るのです!」
「ふえ?」
「なんですかー?」
泉子先輩が紙袋からじゃじゃーんっ!と出したのは。
「それはコスプレの衣装!?」
白い大きな三角の耳やら黄色と黒の縞々の丸っこいおしりやらが見える。
泉子先輩が最近楽しそうだったのはこれのせいだったのか!
「………ま、まさか、これを着ろとか…おっしゃいませんよね、先輩?」
「もちろん、言うですよ!これは、たけるきゅんが夏に二人に名付けたときから、ずーっと構想を練っていたものの実現なのです!」
「嫌です!断固拒否します!こんな、こんな!!」
「ゆきぴょん…。」
泉子先輩はうるうると目を潤ませる。
「このいっそがしい中、この日のために毎日一針一針必死で縫った力作なのですよ…?」
うっ。幼稚園児を苛めているような罪悪感に襲われるのはなぜだろう?
迷いを見せた途端に秋斗と冬馬くんがいい笑顔で肩を叩いてきた。
「ゆきぃ?俺さ、ゆきに貸しがあるよね?」
「え?何かあったっけ?」
「俺もだよな、相田。この前の天夢高校の、ベストカップルショー。」
げっ!ここでそれが!?
「俺、あれ着たゆきにネコ語で話してもらいたいなぁ?一般のお客さんの前ではネコ語は勘弁してあげるから。」
「え!?アレ人前で着るの!?」
「もちろんなのです!むしろそのための物なのですよ!題して『生徒会は真面目なばかりではないのです!アピール』なのです!」
集まっている面々からして君恋高校の生徒会が真面目だなんて誰も思っていないと思います。だからそんなこと今更アピールする必要はないはずです!
私が背中に大量の冷や汗を流している間に泉子先輩は楽しそうに別の衣装も取り出した。
「ほら、私と美玲の分もあるのですよ!明日の本部待機で着るのです!」
「相田。これでチャラになるんだ。せいぜい2日の我慢だろ?俺らは、あの大衆の前で笑いものになったんだぞ?」
ちら、と見ると、こめちゃんは既にそれを制服の上から着ていた。それも楽しそうに!
黒い触覚のついた被り物に、透明な羽が背中から出ていて、尻尾のように黄色と黒の縞々の丸っこいおしりがくっつけられている。
「可愛い!」
思わず私が言ってしまうと、こめちゃんが照れたように笑って、
「は、春先輩のところに行ってくるねっ!」
と飛び出て行った。
やはり一番に見せたいらしい。
元々こめちゃんはこういうのに全く抵抗ないもんなぁ。
「さぁ、ゆきぴょんもですよ?」
「こ、こういうのには、向き不向きというのがございまして…。」
「ゆきぴょんは絶対に向いている方だと思うのです。」
にこにこした泉子先輩の顔が絶対に逃がさない、と言っている。
ここまでか…!
猫耳なんて生涯着けることはないと思っていたのに、それをトイレで着けながら一人なんとかこの言いようのない恥ずかしさから逃れられないか考える。
私はこういうのが似合うキャラでは絶対にない、断じてない。これが許されるのはまさにこめちゃんのようなキャラの子だけのはずだ!
でももう逃げようがない。だってアリジゴクの穴のように一度はまったら止まらない泉子先輩の発案だし、いつもだったら助けてくれそうな騎士二人には裏切られている。この場で唯一、ストッパーになってくれそうな俊くんすらにこにこ笑って見守っているだけだったんだ!まさに孤立無援、四面楚歌!!
こうなったら覚悟を決めろ!女は度胸だ!
前世を思い出せ私!確か大学1年でサークルに入ったとき、自己紹介の出し物で寸劇を披露させられた。あの時じゃんけんに負けた男の子がいたじゃないか!彼はそのせいで全身白タイツ姿で「我こそはたまごヒーローである!」とか言ってみんなの前でポーズを決めるという罰ゲーム以外のナニモノでもないモノをやらされていたじゃないか!最初のインパクトが大きすぎて彼のその後4年間のあだ名は「玉子笑」を略した「おわらい」くんにになったはずだ。その時の彼の心境を思えばこの程度…!
「き、着られましたっ!!ど、ど、ど、どーでしょうか!?」
トイレから生徒会室に戻る。
「「「「………。」」」」
白い大きめの猫耳に、長くてふさふさした白い尻尾。手首と足首に白いふわふわのリストバンド。それからもこもこの白い靴。辛うじて制服ではない衣装でなくて済んだのは「ゆきぴょんは恥ずかしがり屋さんだからこれ以上要求すると逃げちゃいそうだったからなのです!」らしい。
尋ねたはいいものの、恥ずかしくて思わず地面とにらめっこする。顔が火照っていて熱い。
「全員静かなんですけど、せめて何か言ってくれませんか!?この沈黙は耐えがたいんです!!」
「~エクセレントなのですっ!!!」
いきなりタックルを食らって思わずよろめく。
「けほっ……は?」
「思っていた通りなのです!とっても似合うのですっ!私の脳内に永久保存の姿なのですっ!!」
「やっばい。ゆき、めちゃくちゃ可愛い!似合いすぎ!」
「相田、すごい。それ、すごい可愛い。」
「雪さん、本当にネコみたいだよ。可愛い。」
照れる。素直に照れる。恥ずかしさで地面にごろごろと転がりたくなる。
私が悶えていると、泉子先輩がテンション最高潮のままターゲットを変えた。
「さ、しゅんぴょんもですよ?」
「「「「え?」」」」
完全に他人事として楽しんでいたはずの俊くんの笑顔が凍った。
「え、あの、僕、男ですから…。」
「絶対似合うのです!私の予想は確信に近いのです!絶対着てもらうのです!」
「え、ちょっと!馬場先輩っ、やめてくださいっ!」
「いいじゃんか、俊、絶対似合うって!」
秋斗にも押さえられて俊くんが無理矢理着けさせられたのは白いウサギの耳に白い丸っこい尻尾。私と似た白いリストバンド。
白いウサギさんだ。
「ひ、酷いです…。僕、男なのに…。」
本人はショックを受けてしょげているが、俊くんは銀髪だから白いうさ耳が本当に頭から生えているように見える。つまり、これ以上なく似合っている。
「ごめん、俊くん、すごく似合ってるよ。」
「雪さんまで!?まさか、これで人前に出ろとか…。」
「もちろんですよ。しゅんぴょん。」
「嫌だぁ!!!!」
「さ、相田、俊、行くぞ。交代の時間だ。」
その後、結局私たちはその格好で本部待機をさせられた。
天夢の四人が顔を出してくれたのだが、私たちを見て唖然としていた。
茶道部面々には
「こめちゃん、雪、超似合う!可愛いっ!」
「でも最高なのは」
「「「「俊くん(ですわね)!!」」」」」
と言われ、俊くんは完全に沈んでいた。
俊くん、哀れすぎる。