君恋祭で先輩の演劇を観よう (2日目)
君恋祭も2日目。
今日の私のお仕事は前半が見回り、後半が本部待機だ。午前の部は冬馬くんと一緒に回ることになっていて、昨日と同じように会長の2日目の開催のアナウンスの後、私と冬馬くんで一緒に出る。
「今日も人が多いねー。むしろ昨日より多い気がする。」
「今日は2年の先輩方の演劇でも一番期待されている小西先輩たちの演劇の日だもんな。多くなるはずだよ。」
隣を歩いている冬馬くんはいつも通り、仕事をきっちりこなす容姿端麗な優等生だ。辺りの女性がこっちをちらちら見ているのが分かる。いつもはそんな視線、どうとも思わないのに、昨日の弓道部の女の子の髪を拭っていた姿が脳裏からは離れない今日の私は、それらが気になって仕方がない。
私の表情が冴えないせいか、冬馬くんが心配そうに尋ねてくれた。
「どうした?相田、今日元気ないんじゃないか?」
「そ、そんなことないよ!…君恋祭の仕事でちょっと疲れたっていうのがあるくらい。」
「準備期間からずっとだもんな。ちゃんと寝られてる?」
「ちゃんと寝てますとも。それでも今何がしたいって訊かれたらベッドにダイブ、かなぁ。」
「それ、俺も同じ。」
冬馬くんはいつもの通りくすっと笑う。
いつも通りの笑顔なのに、あれ。
なんでこんなにくすぐったいんだろう。
「し、心配ありがとう。あの、そうだ。演劇の方行こうよ。きっとそこが一番混んでるでしょ?」
「間違いないな。」
二人で演劇場の方に向かう。君恋高校は結構演劇に力を入れている学校らしく、体育館とは別に演劇場があるのだ。週末なんかはコンクールの会場にも使われたりもしている。外部に貸出ししているらしい。そんな君恋高校の演劇部も規模が大きく、一学年およそ100人くらい、学年の6分の1の生徒が入っている。そこで主役クラスを演じる小西先輩や桜井先輩にファンクラブがないわけないのだ。
「こりゃあ…」
「すごい人だな。」
予想通り、演劇場の近くは人でいっぱいだった。そして見回りとしては来て正解だった。
辺りで観客を狙った強引な引き込みやらナンパなんかが行われている。
ナンパするのは自由だし、勧誘するのも構わないけど、どうして人に迷惑をかけるレベルでやるかな?
私と冬馬くんでその辺りの違反者を排除したり、悪質な場合には東堂先輩や秋斗に連絡して本部に連行してもらう。その後は愛ちゃん先生のお説教が待っている。ちなみに愛ちゃん先生の「お仕置き部屋」に送られた人たちがお説教を終えて出て来る時にはなぜか全身が震えて顔面蒼白になって大人しくなる。愛ちゃん先生が「決して覗いてはだめよん?」と笑顔でおっしゃったから何が行われているのかは誰も知らない。もちろん、生徒会役員は三馬鹿含め、誰もその言いつけを破ろうとはしなかった。世の中には知らなくていいことがあるんだよ、うん。
「おや、白猫ちゃんじゃないか!」
「桜井先輩?」
声に振り向くと、そこには、豪奢なドレスを着て、地毛と同じブリジッドカラーの長いカツラを被った桜井先輩がいた。
「え?先輩、それ、女性もの…?」
「その通りだとも!ボクは今日の主役、ジュリエットだからね!!!」
「………もしや、ロミオは…。」
「もちろん美玲だとも!」
なぜ逆にしなかった!!
いや、もともと中性的な顔立ちのイケメンの桜井先輩は女性の姿でもそれほど違和感を感じないが、なぜ敢えて替えたのか。
桜井先輩に気づいて周りの人たちがきゃあああと歓声を上げてこっちに迫ってくる。
「すとっぷ!女の子たち!まだボクの真価を発揮していない間にそれだけ喜んでくれるのは嬉しいけどね、是非ボクの演技を観た後に迫ってほしいな!待ってるよ☆」
「「「「「きゃああああああ!」」」」」
先輩。いつものスタイルですが、その姿でやられると、なんとなくガールズラブな臭いがします。
「さて、白猫ちゃん、冬馬くん、美玲があっちにいるから、ちょっと挨拶してから行くといいよ。あんまり長くはいられないんだろう?」
「はい、ここらへんの取締はさっきやったので。」
舞台裏にちょこっと呼ばれ、向かうと騎士姿の美玲先輩がいた。
「雪くん!!!今日も可愛いな!今日は朝から会えなくて残念だったよ!」
そう言ってその姿のまま私に抱きつく。
美玲先輩、後ろにいる同級生たちの目が殺人レベルなので放してもらえると!
前世が女子高だったから分かるのだが、女性同士で先輩を崇拝する後輩というのは絶対にいるもんだ。それは男性への愛にも勝る強い思いで、下手すると本当に刺されかねない。
「せ、先輩。えっと、とてもよくお似合いですね!」
今日の美玲先輩は、男性として見ても惚れてしまうほどかっこいい。
「そうだろう?この姿なら私の可愛い妹たちに満足してもらえるだろうか。二人は劇は観られないんだろう?」
「はい。すみません。」
「構わないよ。仕方のないことだ。」
「会長や泉子先輩はもう準備されているんですか?」
「準備している。が、もうスタンバイの方に入っているだろうな。」
「何の役なんです?」
「泉子は可愛い町娘の役でね、ジュリエットの前でこけてそれをジュリエットが助ける、という役目だよ。」
「海月は憎々しいジュリエットの父親役だよ。最初はかなりぎこちなかったんだが、こめちゃんを娘だと思って、盗られるつもりでやってみろ、と言ってみたら迫力が100倍上がったぞ。」
会長、気持ちが入りすぎるんでしょう。多分美玲先輩の父親役の人はかなり劇中恐ろしい思いをすることになる。美玲先輩はいつも見慣れているからそれに反発するロミオの役を完璧にこなせるだろう。
「…それ、ジュリエット、つまり桜井先輩が子供ってことだよな…。」
冬馬くん、それ指摘したら多分会長がかなりあっさり娘をロミオにあげるから言っちゃだめだよ?
劇自体は観られなかったのだが、その日の劇はものすごい盛況だったという。
特に会長の迫力は鬼気迫るものだったらしく、予想通り相手ロミオの父親役はかなり怯えた演技になったそうだ。でもやはりすごかったのは美玲先輩と桜井先輩。
二人は感情がこもりすぎていて、涙を流すシーンは全て本物。
「ロミオーっ!」「ジュリエーット!」の有名なシーンでは会場のかなりの人を泣かせたというからさすがだと思う。
「…キスシーン良かったねぇ!」
「あんなに濃厚な…!あれ、本当にやったのかな!?」
「でもあれ触れるだけじゃなかったでしょう!?」
「こここ小西先輩の唇が~~!」
入口付近で一部を見て出てきたお客さんたちの言葉に本部テントにいた秋斗が呟いた。
「…さすがに本当にはしてないですよね…?」
「美玲たちは入れ込むタイプの演技派だからな、どこまで嘘か分からん。」
「まさか、さすがに」
「美玲たちの普段の行動からどう思うですか?」
泉子先輩の質問に秋斗も私も冬馬くんも誰もが笑い飛ばせずに沈黙することになった。