君恋祭で迷子の美少女を連れて行こう(1日目)
こめちゃんと美少女と一緒に一旦本部に戻ることになった。
一体誰の知り合いだろう?
秋斗、という可能性はなくはないが、低い。私とほぼ一緒に過ごしている彼だから、共通じゃない知り合いの方が少ないし、こんな美少女は一度見たら忘れないから、きっと違う。
会長の可能性も低い。こめちゃんという最愛の彼女がいるし、あの人が二股しているというのはほぼ間違いなくない。会長は鈍くないから自分に寄せられる気持ちに気づいてないということもないだろう。ということは、残るは桜井先輩、東堂先輩、俊くん、冬馬くんか。
私が前を歩く二人を見ながら沈思黙考しているとこめちゃんが美少女に話しかけた。
「あの、会いたい方って、生徒会の人なんですよね?どんな方なんですかー?私たちも生徒会でいっつも一緒の友達や後輩なんですよ!」
「そ、そうですよね!いつも聞いています!綺麗で美しくて優秀な人ばかりだと。」
いつも?定期的に連絡を取っているのか。
「お二人には嫉妬しちゃいます。こんなに綺麗な方が近くにいるなんて…私、霞んじゃいます…。」
「そんなことないですよ〜!お綺麗ですもん、あ、お名前なんて言うんですか〜?」
「名取茅菜って言います。16歳、高1です。」
「同い年だぁ!私は増井米子です。え、お相手の方の名前って」
「ストップ!こ、こめちゃん、当てる方が面白いよ、ね?」
言いながら内心で自嘲する。
違う。
全然面白いなんて思ってない。
知りたくないだけだ。知るのを1秒でも遅くしたいだけ。容姿で勝負するなら十中八九負けるだろう子に想われていると思いたくないだけ。
胸を占めるのは、こんな子に想われて断るやつは男の子じゃない、と誰もが思うくらいの美少女に対する圧倒的な敗北感だ。
敗北?
私はもともと容姿で人と争おうなんて微塵も思っていなかったはずだ。
なんで彼女に対して劣等感を覚えているの?
でも素直なこめちゃんは私の内心の懊悩には気づかず言葉通り受け取ってくれた。
「確かに!雪ちゃんさすが!えっと、茅菜さんの好きな方なんですよね?」
「はい。とても。」
茅菜さんがにっこりと笑って即答した。
「付き合ってるんですか~?」
「…いいえ、私がずっと一方的に…。」
「ど、どんな人なんですかっ?性格とか!」
「えっと、優しくて…私のことを大切にしてくれます。」
「どこで出会ったんですか~?」
「小学校からの幼馴染なんです。」
確実に秋斗ではなくなった。小学校にこんな子はいなかった。
「わぁ!雪ちゃんと秋斗くんみたい!好きになったきっかけは??」
「私が小5の時、変な男の人に絡まれている時に果敢に飛び込んで助けてくれて。」
「かっこいい!!」
「はい。私にはもう彼以外見えません。小学6年生の時に同じクラスになってどれだけ嬉しかったか。」
ぽっと頰を染める茅菜さん。
同じクラス…先輩ではないということか。
「タイプとか、どんな人ですか?」
「えっと、武闘派です。」
武闘派…これで、俊くんも消えた。
「性格はー?」
「一度決めたことはやり遂げる、曲がった事は嫌いで、いつも一生懸命です。」
それって、そんなの、一人しかいないじゃないか。彼だけじゃないか。
まただ。ずきん、と先ほどと同じ痛みが胸の奥で疼く。
見たところ茅菜さんは純粋で可愛らしい。友達にいたら絶対自慢したくなるタイプの子だ。
なのにどうしてこんなに嫌な気分になっているの?
生徒会室の前に着いたところでこめちゃんがためらいなくドアを開けようとする。
「待ってこめちゃん!茅菜さん。あなたのお探しの方は今ここにはいないと思いますよ?」
「え、そんな。でもさっきラインが来て生徒会室にいるって…。」
「え?さっき?」
「ごめん、雪ちゃん。」
「え?」
「もう開けちゃった。」
時既に遅し。
生徒会室のドアが開いており、そこには何やら作業中だったらしい泉子先輩と美玲先輩がいた。二人はドアの目の前に立った超絶美少女に一瞬固まった後、ヌーの群れのような勢いで走ってきた。
「ゆ、雪くん!!こ、こ、この美少女は誰かね?!」
「こめぴょん、この子は誰なのですか?!いや、誰でもいいのです!写真写真!」
いや、よくないよ先輩。
「この子はガラの悪いナンパで絡まれていて…。茅菜さん、やっぱりここにはいないようなので、私呼んで」
「ちぃちゃん!!!」
「「「「へ?」」」」
私たち全員が一斉にきょとんとする。ここにいるのは、泉子先輩と美玲先輩、こめちゃんと私の女性陣だけだ。男性陣は今、本部テントの時間らしい。だからこの子の探し相手がいるわけ…。
「桃くん!!!」
「はっ?!」
超絶美少女・茅菜さんはどすどすと走ってきた(転がってきたという方が正しい気がする)桃に飛びついて抱きつく。
「こ、怖かったぁ!桃くんに会おうと思ったのに、変な人に絡まれてしまって…こちらの増井さんとあとえっと。」
「相田雪です。」
「相田…女王陛下?!」
まさかこんな美少女にそんな風に呼ばれる日が来ようとは!
はっ!待てよ。この子はどうやら桃の関係者らしいし、女王陛下なんて呼ばれていると知ったら私、この子に嫌われてしまうんじゃ…?
「いや、その呼び方は!」
「いえいえ!相田さん…女王陛下と海月俊様は桃くんにとって神と崇める人物だと聞きました!きっと人格者なんだろうと思ってました!やっぱり素敵な方だったんですね!」
桃に女王陛下と呼ばれたきっかけは、桃がエロ画像を見ていたことを盗聴と監視カメラで見張って知り、それをネタに脅したことにあるから全く人格者なことはしていない。
ん?
「まさか、ちぃ…茅菜って!桃の彼女さん!?」
「彼女だなんてそんな!」
盗聴と監視の結果分かった桃の彼女の名前はちぃ。だ。
「え、桃、彼女じゃないの?」
「うっす。か、彼女なんて…おいらみたいな人を怖がらせるゴリラなんか、こんな可愛いちぃに好かれるわけないんす!おいらがずっと想ってるだけんす!」
その言葉に超絶美少女はその円らな瞳を大きく見開く。
「桃くん!!そんなっ!私、桃くんのこと、小学生の時からずっとずっと好きで!桃くん以外男性には見えないのっ!」
「ちぃちゃん!!!」
ガバッと抱きつきあう二人。
「おいらも大好きんす!世界で一番!」
「桃くん!!!」
体格差から見て暴漢が少女に無理矢理抱きついているようにしか見えないが、茅菜さんは自らもしっかりと桃に抱きついている。
どこの世界に、『愛してるんすちぃ。大好きんすちぃ。会いたいんす…』とか呟いてケータイにキスしたり、電話で嬉しそうに話しているゴリラを見て聞いて、彼女じゃないと思う人がいるだろうか。
私の先ほどからの内心に気づいていないこめちゃんは宙を眺めていた。
「確かに、さっき言ってた条件には合うよねぇ。」
どうやら先ほど茅菜さんの言った人柄をあてはめていたらしい。
武闘派…確かに、しつこく生徒会メンバーに絡む人を投げ飛ばしたりしている。
一生懸命…確かに、私たちのために修学旅行で4日寝ずの番をしたりするから間違っていない。
だが、まさかのドレイいや補助員だったとは。想定外すぎた。特にこの子があまりにも美少女だから。
「ももももも桃!お前裏切ったな!」
「桃くん!僕たちはもう友達じゃないぞ!」
残された猿と雉が滂沱の涙を流しているが今の桃には聞こえていない。顔が溶けきっている。
「はにぃ♡」
「だーりん♡」
「あのぉ、お二人さん、出来れば外でやってくれない?」
「はっ!女王陛下!しばらく出てきていいんすか?」
「出て行ってください、頼むから。」
二人は抱き合って出て行き、後には呆然とする先輩方と、泣き崩れる二人の友人と、「いいねぇ楽しそうで!」というこめちゃんが残された。
「とりあえず、桃しか男性に見えない彼女は病院に行った方がいいな。」
「私のストライク美少女は変わった子が多いのです…。」
あとで本部テントにも茅菜さんは挨拶に行った(俊くんには拝みに行った)らしいが、その時に男性全員が「美女と野獣…!」と呟いたそうだ。
こうして君恋祭1日目は私の心に小さな違和感を残した他は至って平和に終わったのだった。