君恋祭で見回りをしよう(1日目)
秋斗と一緒に生徒会室に戻ると、太陽がちょうど出ていこうとしていたところに鉢合わせた。
「太陽、東堂先輩には会えた?」
「うん。」
太陽が、あのツンデレという設定の太陽が素直にニコニコしている!ツンもでないくらい好きなのか!?それともここでも補正が働いていて太陽のキャラは変わったのか?
「太陽、お前、これ!…あ、相田も帰ってきたのか。」
「東堂先輩、太陽は名前呼びなんですね。」
「相田姉と混ざるだろ?」
そう苦笑しながら東堂先輩は太陽に何かを渡した。あれはリストバンドかな?
「これ、来年入学して返してくれ。絶対合格しろよ?」
「もちろんです!俺、主席合格以外取る気ないんで。」
「これは来年もすごい逸材が来てくれそうですね。」
会長が太陽を見て笑うと、太陽ははにかんだようにどうも、と返した。
私が太陽を門のところまで送る。
「東堂先輩が貸してくれたのってリストバンド?」
「そ。俺がサッカーやってるって話した後、受験するんでなんか激励の言葉くださいって言ったらお守りだって。」
さっすが東堂先輩。言葉より態度ですか。かっこいい。
太陽は目を細めてにっと笑った。
「ねーちゃん、いい学校入ったな。俺、天夢高校も勧められてたけど、ねーちゃんのおかげで君恋に目を向けられてよかったよ。」
そっか。もしかしたら私がここに入ったことは、私以外の人にいい影響を与えられているのかも。そう考えると、私がここに入ったことが例えゲームのせいだったとしても、私はゲームに感謝しなくちゃいけないのかな。
「…そうでしょ。でも入ったらもっとそう思うわよ。模試、頑張って来なさいね。」
「だから、誰に向かって言ってんだって!頑張るに決まってんだろ!」
太陽が帰った後、生徒会室で太陽の差し入れのお昼を食べてていると先輩方が感心したように話しかけてきた。
「お前の弟は出来たやつだな。」
「そうですね、私もそう思います。私より色々デキる子ですし。」
あの子のスペックは私を遥かに凌駕する。お姉ちゃんが見せびらかして自慢したくなるくらいあの子はよくデキた子だ。太陽がデキない子でもそれはそれで可愛くてたまらなかった気がするけど。つまり出来不出来問わず可愛い弟だと思ってる。うん、姉バカというなら言ってください。
「白猫ちゃんよりデキるっていうのはすごいことだね。ボクはあの可愛さにずっきゅんと来ちゃった。是非生徒会に来年入ってほしいな。」
「確かに。あの子は来年是非生徒会に入ってほしいですね。…さて、俺は部活の方出てきますね。」
冬馬くんが出ていき、こめちゃんがにこにこしながらこっちにやってきた。
「雪ちゃん、後半は私と一緒に見回りだよね~?」
「うん。よし、じゃあ行こっか!」
こめちゃんと二人で校内に出る。腕には生徒会役員であることを示す緑の腕章をつけている。見回りを続けるうちに最初は熱心に見張っていたこめちゃんが次第に落ち着かなくなった。
「…こめちゃん。そんなにうずうずしなくていいから。クレープ食べたかったら買ってきていいよ?先輩も見回りの時に回れるって言ってたし。」
「ほ、本当!?ありがとう、雪ちゃん!」
鰹節を前にした猫状態のこめちゃんはクレープを出している屋台にダッシュしていく。
その後も私が、強引な勧誘をしようとしている人を止めたり、お酒を没収したり、たばこを吸っている人を注意する中、こめちゃんは、たい焼きにタピオカ入りのジュース、わたあめ、アイスクリームを制覇していた。
見回りをする気は全くなくなったらしい。
「あ、雪ちゃん。冬馬くんのとこだよ!」
校内を歩いているうち、遠くの方に弓道部の出し物が見える場所に出た。
「弓道部って出し物なんだっけ?」
「えっとね、ベビーカステラ!」
食べていい?というキラキラした目でこっちを見て来るので、もちろん私は白旗を揚げる。
「わーい!」
近づいていくと、冬馬くんが弓道部の友達とちょうど焼いている姿が見えた。
「上林、そっちもっと焼いてー。」
「あ、ごめん!」
「これはもうひっくり返していいはず!」
「わっかんないんだけど!お前らよく区別つくな!」
いつも茶道部の面々と一緒にいるから大丈夫かと思っていたのだが、やはり彼は弓道部の友達ともうまくやっているようだ。
「うわー生地ついたっ。さいあくー!誰か取って取ってー!」
そんな風に遠目から見ても和気藹々と焼いている途中で一人の女の子の髪に生地が付いてしまったらしい。
「ちょっと動かないで。今拭いてあげるから。」
その女の子の近くにいた冬馬くんがタオルで頭を優しく拭いてあげていた。
「…あー結構べったりついてるな……取れた。もう大丈夫。」
「あ、ありがとう、上林くん…。」
「どういたしまして。」
頬を染める女の子に、にこりと微笑んでいる彼を見た時、走り寄ろうとしているこめちゃんを止めてしまった。
「雪ちゃん?どうしたの?」
「…あ。ごめん、こめちゃん。…そうだ。あっちでもベビーカステラ売ってるよ?しかも中に苺クリームが入っているらしいよ?」
「ほ、本当!?……うううう、ごめんね、冬馬くんっ!苺クリーム、食べたいっ。」
こめちゃんがUターンして別方向に向かってくれたことに、なんだかほっとする。
もう一度目を戻すと嬉しそうに冬馬くんに話しかけているさっきの女の子と、弓道部の他の友達に小突かれて笑っている冬馬くんが見えた。頬を染めるあの同級生の女の子の瞳はわずかに潤んでいて頬も赤い。少し離れた死角から見ても分かる。あれは、恋する少女の顔だ。
それが分かって、なぜかずきっと胸の奥が痛くなった。
見ていたくない。ここから離れたい。
私はさっさと踵を返し、イチゴクリーム入りベビーカステラを買いに行ったこめちゃんの後を追った。
その後も巡回は続く。
「そこのあなたっ!女性に無理に声をかけるのはよくないですっ。生徒会の名で成敗しますっ!」
「…こめちゃん、全然迫力ない上に、言葉を間違えているよ?」
両手いっぱいにお菓子を持ったまま、二人の男性を止めていた。その二人は無理矢理女の子の手を取って連れて行こうとしていたからタイミングとしてはバッチリだったのだが。
私はこめちゃんの代わりに前に出る。
「すみません、君恋祭実行委員です。申し訳ありませんが、こういう強制的なナンパは風紀を乱すのでご遠慮いただいています。」
こういうのは、勢い勝負。
絶対引かない姿勢でぐっと睨みつけることが大事だ。女二人だからといってなめられてはいけない。
私の睨み上げに負け、男たちはちっと言って去っていく。
「大丈夫ですか?怪我などされていませんか?」
「ありがとうございます…。」
助けた女の子を正面から見てびっくりした。
これがものすごい美少女。それこそ、乙女ゲームの主人公である夢城さんと並び立つレベルの。こりゃあ男どもが放っておかないな。
「お一人で大丈夫ですか?どなたかとはぐれられたのなら、ご案内しますよ?」
「あ、ありがとうございます…。あの、生徒会の本部テントに行きたいのでよければ案内していただけませんか?」
「え?」
「会いたい人が、いるんです。私の大切な彼が生徒会で働いているんです。」