君恋祭で茶道部給仕を頑張ろう (1日目)
雨くんと鮫島くんが席でお菓子を食べているとまた入口の方が騒がしくなった。
「今度はなんなの…?」
「今日は千客万来~イケメンな予感っ♪」
明美がちょっと疲れたように、未羽がうきうきと言う中、現れたのは
「ねーちゃん。頑張ってる?」
「太陽!」
青色の髪、海色の目の弟だ。
未羽の予想大当たり。イケメンレーダーは今日も絶好調だ。
「え、相田さんの弟くん!?超美少年じゃん!」
二年の先輩方も太陽の登場に周囲の人たちが再度落ち着かなくなっているので、急いで雨くんたちの席に相席させる。
「あんた、勉強はいいの?ここ来てる暇あるの?」
「俺を誰だと思ってんの?大丈夫。ちゃんと主席で入学して見せる。」
あぁ、あんたは全国上位3位以内をキープしている超ハイスペックな年下の隠し攻略対象者様でしたね。
「おー太陽!さすがだな。元気にしてた?」
太陽の声が聞こえたのか秋斗も裏方からひょっこり顔を出した。
攻略対象者という絶世のイケメンが4人も集った席にはみんなの注目が集まる。
「秋斗にぃも元気?家隣なのになかなか会えないもんな!未羽さんも、明美さんも、お久しぶりです。」
ぺこっと太陽が頭を下げる。
「こちらの方々はねーちゃんの友達?」
「そうそう、天夢高校っていう学校の首席の人たちだよ。」
「あぁ、天夢って塾で勧められてた…。はじめまして、相田雪の弟の相田太陽と言います。姉がお世話になっています。」
雨くんに関しては、お世話しているのはむしろこっちだと思う。
「鮫島結人だ。よろしく。」
「相田遺伝子ってすごいんですね。はじめまして、空石雨です。よろしく。」
にこっと笑う雨くん。
「でも、明美さんに手を出したら、俺、年下でも容赦しません。」
笑顔のままですごむのやめようね、雨くん。
その様子を見て太陽はきょとん、とした後、くすっと笑った。
「大丈夫です。俺、ねーちゃんに手だされなければ敵認定しないんで。そこんところ、多分空石さんにとっては一番安心だと思いますよ?」
「てことは、新田は敵なのか?」
「えぇ。秋斗にぃは敵です。あとはもう一人…。」
「上林か。」
「ご存知でしたか?俺、負けませんから。」
「…太陽、だからさ、君と私は実の姉弟だよね?負けるとか負けないとかないよね?」
「お前にも負けねーよ?太陽!」
秋斗も話聞こうよ!
未羽がなぜ持っていたのか、夏に買ったレコーダースイッチをオンにしている。
だめだ、話題を変えよう。
「太陽、この後すぐ帰るの?」
「ちょっと見たら帰る。この後夜まで模試あるから。あ、でも東堂先輩にはお会いしていきたい。」
「東堂先輩なら生徒会室にいるよ、多分。でも一般人立ち入り禁止だからなぁ。」
「ゆきに荷物届けに来たってことにしていけば?」
「そうする。ついでにお昼ご飯かなんか差し入れしておくよ。」
我が弟ながら気の利く子だ。
「あ、俺も生徒会長には挨拶していきたいですね。一緒に行きますか?」
「是非。」
本来なら絶対会うことのない攻略対象者が会話している姿に未羽の顔がとろけていた。
雨くんと太陽と鮫島くんが去った後はざわめきも落ち着き、相変わらず満員状態ではあるが比較的スムーズに仕事が済んでいた。
しかし順風満帆かというとそういうわけでもない。給仕の私たちをナンパしようとする人は案外多く、中にはマナーの悪い客もいる。おそらく男子が裏方担当になっているせいで男性がいないと思われているからだ。愛ちゃん先生がお昼を取りに行った今が最悪だった。
「ねぇ、キミは何て名前?この後休憩とか入るよね?一緒に回らない?」
「すみません、私この後も忙しいので。」
それでも大抵困ったように笑って断ったり、ある程度口調を強くすれば去ってくれるのだが、たまには違う人もいる。今ここで私に声を掛けている人もそうだ。
「そんなこと言わないで。オレ、キミみたいなコほとんど見たことないよ。ね、アドレス教えてよ。そしたら一旦引いてあげるからさぁ。」
なんだその上から目線。殴っていいですか?この満員の店内で忙しい上、これまでの君恋祭準備のためにあんまり寝てないんでイライラ溜まっているんですよ。
これは無視作戦だな、と返事をせずに放置していたところ、
「あー!キミ、ツンデレっしょ?やっべぇ!オレちょー好み!ね?」
と馴れ馴れしく腕を掴んでくる。
「やめてください。放して。」
殴っていいんですね、同意あったとみなしますよ。
「すみませんその辺にしていただけますかお客様。」
一度も息継ぎをしないで発せられた低い声が背後から聞こえたと同時にぐっと体ごと引かれて、ぽふっとその腕の中に収まる。愛ちゃん先生に私のことで暴走しないように、と散々注意を受けているせいか、口調はまだ丁寧、というか棒読みだ。しかし苛立ちを抑え付けているせいで余計全身から怒りのオーラが滲み出ている。こんなの振り返らなくても誰でどんな顔をしているかくらい分かる。
男は凄まじい美形に睨み上げられて怯み、「ちっ、もー来ねーよ!」とか言って机を蹴って出て行った。
「雪、大丈夫だった?」
他のお客さんの給仕をしていた未羽が近寄ってくる。
「大丈夫。」
「大丈夫、じゃないよ。今朝からゆき、どんだけ声かけられてると思ってんの?」
「…確かに今日は多めだけど。」
「12人だよ!直接声かけたやつだけで!今のやついれて13人!」
数えてたんかい。
「数字が不吉だね…。」
「なにのんびりしたこと言ってんの?俺、もう我慢出来ない!ゆき、裏方の洗い物担当にする。緊急だからきっと愛ちゃん先生も許してくれるよ。」
「でも人数が!」
「俺が代わりに。」
「「「「「「「いや、秋斗くんもだめ。私たちだけで大丈夫だから!」」」」」」」」
二年の先輩方と未羽と明美が見事に息を合わせた。秋斗が給仕したら今以上の混乱が起きることを全員が正確に理解していた。
秋斗に後ろから抱きしめられたまま引きずられるようにして裏口から移動する。
「…秋斗、恥ずかしいんだけど、放してくれない?」
「嫌だ。」
そのまま洗い場まで連れていかれ、
「どーせ生徒会戻るまであと1時間だし、洗い物よろしくね?」
と言われるまで解放してくれなかった。
秋斗はすぐに抱きしめてくるから、ドキドキする、というより安心する。秋斗の腕も背の高さも昔とは随分変わってしまったけど、その香りは変わらない。それに包まれていれば絶対自分は大丈夫、という揺るがないほどの安堵を得られる。
て、何考えてんのかな、私は…。
水洗い場の前で取り残された私は自分に心内ツッコミを入れてから水洗い場に入る。
「え、四季先生?」
「あ、相田さん!相田さんも洗い物ですか?」
なぜかにこにことする先生が迎えてくれた。
「先生も洗い物なんですか?」
攻略対象者の先生を店の前に立たせた方が売れそうなものだが、なんでみんなこんな裏方にしているんだろう?
「そうなんです。…私、またやってしまって。」
まさか。
「店前での焼きそば作りをやっていたら、つい力が入りすぎてソースをお客さんにかけちゃって。…謝ろうと思って近寄ったらそのまま近くの段ボールにつまずいて作ってあった焼きそばのパックを5つダメにしてしまって…。」
ああ、容易に想像できる。
「それでこうなりました。」
シフト表には、『先生=一日洗い物。』と書いてある。
「でも、洗い終わったボウルとか運ぶんですよね、落としてませんか?」
「相田さんまで〜。大丈夫ですよ、洗ったものは定期的に誰かが取りに来てくれますから。だから私は基本ずっとここにいますよ。」
うわぁ。みんな懲りたんだな。
てへへ、と笑っている先生は体よく厄介払いされたことにきちんと気づいているのだろうか?