君恋祭を迎えよう (1日目)
とうとうやってきた。君恋祭の始まりだ。
「今日まで長かった…。」
駆け込み申請を処理し、場所取り争いを諌め、酒厳禁!などのポスターを学校中に貼り…そして昨日、食品衛生法違反を行っていないか、行っているもの(前日にお好み焼きのモトを作っておいて保冷バックに入れて準備していた、とか)を没収するなどの仕事を終えてようやく朝を迎えた。
「雪くん、これからが本番だぞ。ここから3日間は戦いだ。」
「はい…。」
「みなさん、シフト表をチェックしておきましょうね。」
シフトを間違えると迷子や落し物管理、揉め事処理を行う本部テントに人がいないことになってしまう。祭自体は、朝10時から夕方17時まで。仕事としては、本部待機の他に、校内見回り、客勧誘チェック(強引なものを止めたりする)、持ち込み禁止物チェックなどがある。最終日は16時には終わることになっているが、後夜祭があるので掃除のチェックなども入ってくる。この3日間に、自分たちの仕事の他に、それぞれ部活に顔出しなどもある。これをたった10人+3人でやるのだ。
部活に出る時間は決まっていて、一年生は、私と秋斗が1日目の前半。こめちゃん、俊くんが2日目の前半。冬馬くんが1日目の後半だ。二年の先輩方は美玲先輩と桜井先輩が2日目に演劇の関係で全く出られないので、2日目はなるべく一年生が働く必要がある。
「なかなか回れなさそうですねぇ。」
「校内見回りの時に実質一応回れるから安心しろ。」
残念そうなこめちゃんに東堂先輩が声をかける。
「東堂先輩、演劇は出ないんですか?」
「俺はサッカー部の方に出るからな、タコ焼き焼くんだと。」
「会長と泉子先輩はどこにいるんです?」
「私は囲碁の方には顔を出しません。こちらが忙しいですからね。演劇の方は少しだけ出ますよ。」
「私も写真の方はいなくていいのです!展示しておくだけですからね!なので演劇と生徒会メインに動くですよ!」
「そういえば、桜井先輩方って演劇で何の役なんですか?」
冬馬くんが訊くと桜井先輩がウインクを返す。
「それはね、ひ み つ☆だよ。ボクも美玲も春彦も泉子も輝くからね、是非ちらっと観に来にきておくれ!特にボクと美玲は一日中だからね、見られるはずだよ!それよりもボクはつれない冬馬くんがボクに興味を持ってくれたことが嬉しいな。あれかな、いつもは秋斗くんに嫉妬しちゃっててなかなか言えないけど、とうとう」
「愛ちゃん先生は茶道部、四季先生は1-Aの仕事でなかなかこっちに顔見せ出来ないと聞いたからな、私たちで頑張ろう!さぁ、手を出して。」
美玲先輩が円陣の中央に手を出し、みんなが重ねる。
「じゃあみなさん、頑張りましょう!」
「「「「「「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」」」」」」
会長の掛け声に私たちは三馬鹿含めみんなで気合を入れた。
「じゃ、俺らは茶道部の方に行ってきます。」
「気をつけてね〜!」
「部長に僕たちのことよろしく伝えといてね!」
「はーい。」
1日目午前開始の合図前に私と秋斗は移動する。
「お待たせしましたー。」
「来たわねん。そっちはどうだったかしらん?」
「バッチリです。」
「なら良かった。さぁ、これに着替えてもらって、給仕のお仕事頼むわねん?」
「はい。」
私たちは一年生。お客様の前でお点前することはない。お客様の前で着物を着てお点前するのは主に三年の先輩方。お点前を見る方は座敷にお呼びして、そちらで主人のお茶を飲む。
しかし、茶道部は部員総勢僅か18名しかいないにもかかわらず、お客さんが整理券を買ってくるほどの人気の部署らしい。その理由は愛ちゃん先生のご実家の絶品上生菓子と、それから着物を着た落ち着いた雰囲気にある。
つまり、お点前の座敷に入れないお客様も来るわけで、そういう方に簡易で作ったお茶と和菓子を出したり、食器を洗ったりするのが一年の役目だ。
「あ、来た来た!昨日までお疲れ!」
明美が笑顔で手を振ってくれる。
「これからが本番だよ、昨日までは準備だって。」
「でもここ2週間ほどはかなり遅くまで残って準備してましたでしょう?」
「うん、その分みんなに楽しんでもらえるといいな。」
私たちは紬に着替えて腰丈の渋い紺色のエプロンを着ける。和菓子屋の店員さんみたいだ。
女子が給仕、男子は裏方が基本なので秋斗たちは制服のままだ。秋斗と俊くんを表に出した方がいいか(ここでも遊くんが出てこない…)で部長たちが悩んだらしいが、「お客様を集めることが目的ではないわ。男の子たちの容姿ではなく学年の序列でなさい?」の愛ちゃん先生の鶴の一声でまとまったらしい。
なので今は茶道部室の隣の一般客用のテーブル席には2年の女子の先輩と明美、未羽、私がいる。茶道部で一番和服を着慣れている京子は座敷への案内やお菓子だしをすることになっているのでテーブル給仕はしない。
「わぁ、飾り付け頑張ったんだね!」
壁には赤い幕を張り、テーブルには和柄のクロスがかかっていて、室内は優しいオレンジ系の灯りを灯している。音楽は和風の穏やかなやつだ。
「でしょう?」
会計担当の2年の男子の先輩が嬉しそうに部屋を見やる。
「相田さんもお疲れ様。昨日までになんとかやれたよ。ここはガヤガヤした外の世界とは別空間にしたいからね、多分忙しさは目が回るほどだと思うけど、雑にならないように気をつけて?」
「はい!」
会長の開始の放送が流れた後、すぐに茶道部にはお客様が来た。
「いらっしゃいませ」
座敷に入れる人数を超えたあとのお客様は二年女子の先輩方と一緒にテーブルに誘導する。
和菓子は見本が会計兼受付に置いてあって、チップを買ってもらうことになっている。
「黄色…秋斗、黄色だよー。」
「おっけー。」
給仕の女子が持ってきたチップの色を見て、二年男子の先輩と秋斗と遊くんがお菓子とお抹茶の準備をしてくれ、それを運ぶのだ。
開始から1時間ほど経った頃。
茶道部の会場は座敷を含め満員となり、入口のところにお客さんがいっぱい並んでいる状態となっていたのだが、妙に入り口付近が騒がしい。
「何かあったのかな?」
「…なんか、嫌な予感がする。」
明美が肩をさすっている。
「え?」
「明美さんっ!」
並んでいた順番が来たのか、入ってきたのは。
「雨くん!それから鮫島くん!」
「未羽さんもこないだ以来だね。」
「そーだねー。しかし、それにしてもあの四人で来たの?目立ったでしょうに。」
「いや、雹と斉は明日来ると。俺は雨の見張り。雨一人にすると多分暴走するから。」
未羽と鮫島くんのやり取り通り、横目でちらっと見ると、
「明美さん、会えて嬉しいです!着物姿素敵ですね!」
「来るなっ寄るなっ!ほら、鳥肌立ってる!席に座ってください!」
可憐な美少年攻略対象者が明美に引っ付こうとしており、周りのお客さん及び二年の先輩方が顔を赤くしてきゃあきゃあ言っている。
「明美さん、給仕してくれるんですよね!?」
「当店では指名制は取っていませんっ!」
「ほら、騒がないの。ワタシは茶道部顧問の伊勢屋と申します。お席にお付きくださいませ、お客様?」
愛ちゃん先生が諌めると、雨くんはすぐに、すっと真面目な優等生の顔に戻り大きく頭を下げた。
「先日の編入の時にはご迷惑おかけしました。俺、目が覚めたんです。もうご迷惑はおかけしません。なのでどうかここの立ち入り禁止だけはしないでいただけませんか?」
必死の様子に愛ちゃん先生はふっと笑った。
「生徒やお客様に危害を加えられないのであれば、何度でもお越しくださいな。」
その言葉にぱああああっとそれこそユリの花が開くように美しい笑顔を浮かべて、るんるんで席に着く雨くん。明美に赤いチップを渡しながら訊く。
「明美さん、休憩時間に一緒に回りませんか?」
「忙しいです、休憩とかありません。」
取りつく島もないくらいの明美の即答。
「雨くん、あれから1か月間、約束きっちり守ってるらしいよ?しかも、ケータイまで変えてアドレス全部削除して通学ルートまで変えたんだって。」
家を引っ越したことまで言ったら絶対引くからね、婉曲的表現に変えておく。
それを聞いて、明美はぐ、と詰まる。
「でも…。今日は忙しいし…。」
「明日は?どうですの?明美。」
「京子!」
「頑張っている殿方はきちんと応援して差し上げないといけませんわ?」
「っ。…京子と未羽が一緒に来てくれるなら…明日の後半なら、いいけど。」
「本当ですかっ!?ありがとうございますっ!京子さんも、未羽さんも、ありがとうございます!俺、明日は嵐になろうが火事が起ころうと来ますから!」
うん、まぁそうなったら祭自体休止になるからね?
それはともかく。あれほどまでに必死な雨くんを見た明美はどうなんだろう?最初の印象とは180度違うはずだ。
そう思ってちらりと彼女を見た。だから気付けた。目を逸らす明美の頬にほんのちょっとだけ朱がさしていたことに。
明美の雪解けも近いかもしれない。
いいな。
恋したら、ああなるんだろうか。
必死の雨くん。
嫌々言いながらもちょっと嬉しくて、頬を染める明美。
でれでれの会長。
同じく甘えて仕方がないこめちゃん。
恋って魔法みたい。人をおかしく変えていく。
でも。
いいな。
というわけで君恋祭編スタートです。この編で編、と言える回はおしまいになりますのでお楽しみいただけると嬉しいです。