天夢高校の文化祭に行こう
100話到達しました!ここまでちゃんと投稿し続けられたのは読者様のおかげです。ありがとうございます!!100話目なので、少し長めで。
その週の土曜日。私たち一年生徒会メンバーと会長と未羽は天夢高校の文化祭に行くため、電車に乗っていた。
会長はこめちゃんとデート及びボディーガードがてら。未羽は攻略対象者の山に突っ込みたいだけだ。
「俊、会長いたら休めないんじゃないの?」
こめちゃんがいるのに珍しくうきうきしている俊くんに秋斗が訊いている。
「逆!今日は兄さんがいるから、僕がお守りしなくていいし、責任を問われることはないんだ!」
「…苦労してるな、お前。」
「冬馬くんにもいつも迷惑かけててごめんね。」
男子たちが会話している隙に、私はこそっと未羽と話す。
「あの監禁イベントから助けてくれたのが夢城愛佳だったぁ?」
「そう。間違いないよ。出された予算申請用紙の字と同じだったもん。」
「えー見間違いじゃないの?筆跡なんて。」
「そうかもしれないけど…でも、あの丸っこくて小さい文字で右上がりになっている感じがそっくりだったの。」
「そうだとしてもなんで今回は助けたのか、ね。あの子も自分が悪役の位置にいるって気づいて主人公のあんたに追放されるのを防止しようと思ったのかしら。」
「でもそれなら声を隠す意味がわかんないよ。自分だって言えばいいじゃん?」
「んー。今更会わせる顔がない、とかじゃないのー?今まであれだけ色々やってきたんだから。」
「そうなのかな。そうかもしれない。」
それでも彼女が、私たちが何か言うことなく気づいてくれたのならありがたい。ゲームの設定のようにいがみ合いたいわけじゃない。
「着きましたよ。」
会長の声でみんなが会話をやめて電車から降りた。
もらった招待チケットを持って受付に行く。
前回はここは戦いの場だったけど今日はそうじゃないし、お祭りということで校舎全体が明るく見える。
「すみません、これもらったんですけど…。」
「うわっ!めっちゃ美人!高校生だよね!?どの学校の子?!」
褒められたのは嬉しいけどさっさと受付してほしいなー。後ろが閊えてますから。
私のチケットを確認していた生徒の一人が仰天してはらり、と紙を落とした。
「おい、なにやってんだよ!」
「え、これチケット、空石様の招待チケットじゃね?」
「てことは。」
「あなたは。」
「空石様の彼女の相田雪さん?!」
「違うわっ!!!」
思わず反射で突っ込んでしまった。
まずいな、こんなとこまで噂が先行しているとは。もっと早くなんとかすべきだった。
こほん、と咳払いしてから言い直す。
「違います。私は相田雪ですが、雹くんの彼女ではありません。」
「そーだよ、ゆきはね、俺のなの!」
「お前も違うだろ何どさくさに紛れて言ってんだよ、新田!」
私の後ろから出てきた空石雹レベルの二人のイケメンに受付の天夢男子が固まる。
こら、未羽。そこで楽しそうにカメラ構えない。
「あ、上林だ!」
受付でひと悶着やっていると、見たことのない男の子が手を振ってやってきた。
「あ、野口の従兄弟の!」
「野口正伸だぜ、よろしくな!」
この人が遊くんの従兄弟か。前に編入していたときには会えなかったんだけど、顔はあまり遊くんに似ていない。
「空石様たちが後で会うだろうけど、俺、案内してやろーか?暇だし!」
「お願い出来る?」
「任せとけ!ところでそっちの巨乳の子は名前何て言うの?」
いきなり指名されたこめちゃんが慌てている。
「わわわ私ですか?!増井米子ですっ。私も編入してたんですけど、3組でしたっ!」
「そっか、米子ちゃんかぁ!俺、彼女募集中なんだけどっ!」
訂正。この人、遊くんそっくりだ。空気の読めない具合が。
野口くんがこめちゃんに笑顔を向けた途端にブリザードが吹き荒れ、その顔が凍りつく。
「彼女は私の恋人なんでね、その情報は要りませんよ?」
その凍てつく美しすぎる微笑に野口くんは人形のようにこくこくと頷いた。
君恋の他のメンバーは合掌していた。
出店で買ったケバブを齧りながら学年ごとの催し物や発表を見て回る。学習発表あたりでは、未羽は教室にすら入らずに酷くつまらなさそうに廊下の窓からイケメンを探し「ちっ。やっぱ攻略対象者様ほどのはいないな…」とか言っていた。今は、そんな退屈さんの未羽を回収して雹くんたちがいるという1組に向かっている。
隣の秋斗がフランクフルトを食べながら野口くんに尋ねる。
「文化祭の一番の目玉は何なの?」
「なんといっても天夢ミスコンと、ベストカップルショーだろうな!」
「ミスコン?ミスターコンじゃなくて?」
俊くんの疑問にもう一度「ミスコン!」と答える野口くん。
「イケメンショーなんてやったら空石様たちが優勝するに決まってるからなー!そんなのやらなくてもかなり女の子たち来てくれてるし、せっかくだったら面白いのをって!」
「なるほど。野口は出てないのか?」
「まっさかー!あれ、結構レベル高い人ばっかだし、俺なんかだと全然!ネタにもなんねーもん。」
「うちの学校はミスターコンとかそういうのあるんだっけ?」
「あるけど、生徒会参加禁止って書いてあったよ?」
勝負にならないからか。
「あ、俺そろそろシフトの時間だから行くわ!」
野口君は教室まで案内すると、そのままじゃあなーと手を振って行ってしまった。
「なんか、野口くんって顔似ていないけど、遊くんと同じくらい空気読めなくて」
「嵐みたいだな。」
みんなの意見が合致した瞬間だった。
教室の前で入っていいか困っていると、
「あー!!秋斗くぅん!!」
今度はゆるふわパーマの背の高い美人が廊下の向こうで手を振ってやってきた。
「秋斗、友達?」
「いや、知らない。」
「二人とも冷たいー!僕ら友達でしょ?」
「その声…種村くん?!」
「あったりぃ!」
「どっからどう見てもモデルな美人さんじゃん!」
廊下をこっちにやってきた美人…斉くんに俊くんと未羽が驚きを隠せずにいる。
「へっへー!僕、優勝候補だからねっ!面白いことには参加しないとっ!でも僕よりもっと面白い人がいるよ?」
私たちは斉くんに案内されて控えの教室に入る。
その瞬間、全員が固まった。
目の細い、体つきは筋肉質のがっしりしたイケメンが、丈の短いピンクのワンピース姿で長髪のカツラを持って立っている。
「「「「「…。」」」」」
「なんか言ってくれ!!頼むから!」
イケメンが沈黙に耐えられずに叫ぶ。
「…すね毛は剃った方がいいんじゃないかな…?」
俊くん、それはみんなが思っていたよ!言ってくれてありがとう!
「さ、鮫島?お前、なんで女装…?」
冬馬くんが目を点にしている光景は珍しい。
「俺も出るんだよ!出させられるんだよ!ミスコンに!!」
それは明らかに人選ミスじゃないだろうか。
鮫島くんは筋肉質で顔つきも男性そのもの。剣道部所属という話がこれ以上なく似合う侍系イケメンだ。斉くんのように可愛らしいイケメンならともかく、男らしい鮫島くんはイケメンでもミスコンからは最も縁遠い。
「…雨くんとかの方が絶対似合うでしょ?」
「俺は出場しないんですよ。」
「雨くん!」
相変わらず華奢で可憐な美少年攻略対象者様の雨くんが入ってきて辺りをきょろきょろ見回す。
「お久しぶりです、雪さん。明美さんはお元気ですか?今日はいらしてないですか?」
「元気だけど、今日は来てない。」
誘ってみたのだが「行かないよ、そんなん!」と返された。まだまだ潔癖の関門は固く閉ざされている。
「そうですか…。」
がっかりした様子の雨くん。
「雨はな、女に見られるのさえ避けるために今回の出場を見送ったんだ。」
「雹くん!」
「雪!来てくれたんだな!」
満面の笑みの攻略対象者様に未羽がくらっとしている。
「はいストップ!それ以上ゆきには近づかせないよ?」
秋斗が間で雹くんの邪魔をし、雹くんが舌打ちすると、秋斗が唸り始める。
雲行きの怪しさに慌てて雨くんに「どういうこと?」と振っておく。
「俺は、明美さんに認めてもらうまで女性と接する機会を完全に断とうと思いまして。だからほら、ケータイのアドレス帳も全部削除しました。いや、ケータイすら変えました。女性の押しかけを防ぐためにマンションまで引っ越しました。」
「そこまでするの?!」
「明美さんのためです!」
ガッツを入れる雨くん。
明美、君はかなり危ない人に目をつけられたみたいだよ。
「明美もすごいわねー。ま、とりあえず、鮫島くん。それ、脱いじゃいなよ。」
さらっと言う未羽に全員がぎょっとして振り返る。
「あ、誤解しないでよ?裸見たいとかじゃないから。」
実は3割くらい入ってるだろ、未羽。
「ワンピースだからダメなのよ、爆笑狙いならいいけど。」
「違う!雨の代わりに出させられるんだ!ネタのつもりはない!」
ネタのつもりじゃなかったのか。
「ならさ、もっとスレンダーな感じが似合う服にしなよ。下は細いジーンズでさ、上は薄めのシャツとニットで…あと首元はストールとか巻けばその肩幅も隠せるかなー。頭はかつらはやめて…眉はメイクとかでなんとかなるか?」
未羽がそのへんの備品を漁っている。
「斉くん、絶対に分かっててあれを鮫島くんに着させたでしょ?」
私がこそっと訊くと、
「あ、ばれちゃったぁ?あれの方が面白いじゃん?結人は。」
と返してきた。なかなかひどい友人だな。
目を戻すと、
「あ、ちょい待って!ここで脱ぐなっ!」
「いや時間ないから。」
「一応私も雪も女だからっ!」
珍しく、未羽が慌てた声を出していた。
未羽が奥でワンピースを脱いで下着になろうとしている鮫島くんと格闘している間にこっちでは更に面倒なことが起こっていた。
「おいそこどけよ狛犬、雪のところに行けないだろ!」
「俺を狛犬扱いとはいい度胸だよね?ゆきには触らせないって言ってんだろ?!」
「お前らもうやめとけよ、そろそろ始まるんだろ、ミスコン。」
「上林、余裕そうだけど、こいつが雪に抱きついていいわけ?」
「いいわけないだろ!でもお前もいつもやってるだろうが!」
「俺は特別なの!」
「スト―――――ップ!」
私は大声を出すと、冬馬くんと秋斗をかきわけ、自ら雹くんに近寄って正面に立ち、そしてその頬にそっと手を添えた。
「ゆき?!」「相田!?」
そのまま、ぐいいいーと頬を引っ張った。
「いたたた!何しやがる!」
秋斗も冬馬くんも雹くんも、そして生温かい目で見守っていた俊くんと斉くんと雨くんも刮目した。
「雹くん、私はあなたの彼女じゃないわ。この学校中に広まっているのをなんとかしてくれない?」
「こないだから言っているがお前は俺の女だろ?」
アメジストの目が不機嫌そうに細められるが私は怯まない。想定済みだ。
「了承した覚えはないわ。雹くん。あなた、実はボキャブラリーが少ないでしょ?」
「なんだと?」
「じゃあはっきり訊くけど、あなたは私に触られてドキドキする?」
「…いや。」
「私もあなたに触れられた時にはドキドキしないわ。つまりね、あなたは別に私に恋愛感情を持ってるわけじゃないのよ。」
「でもっ!今までどんな女の側に行っても鳥肌が立って気持ち悪くて仕方なかったのに、お前は違うから…!」
「それは!私が男子制服だったからよ。」
「は?今も鳥肌なんて立ってねーよ。」
「第一印象でそこまで苦手意識を持ってなかったところで熱い勝負をしたから、友好的な気持ちが芽生えたにすぎない。」
雹くんが黙り込む。
「…じゃあ、俺はどうしたらいいんだよ、またお前と話せなくなるのか?」
「聞いてた?最初に語彙力がないのねって言ったでしょ。語彙じゃないか、概念が少ないのね。女は恋愛対象か、それとも嫌悪の対象かって、狭すぎるの!世の中には女友達ってもんがあるのよ!」
「女友達…?」
「そ!異性だけど、友達!分かる?あなたの発想だと、私は未羽以外ここにいる男性は全て恋愛対象ってことになるわ?でも違う。そうじゃない関係だってある。でしょ?斉くん。」
「僕に振るの?!…まぁそうだね。雪ちゃんにとってもそうだし、僕にとってもそうだけど、お互い恋愛対象じゃない。仲はそれなりにいいけどね。」
「ほら。ね?だからさ。」
にこっとその綺麗な顔に笑いかける。
「私はあんたの初の『女友達』になってあげるわ?」