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白い息

作者: 猫さん

 今日も僕は歩きなれた散歩コースを愛犬のスパイクと一緒に小走りで駆けていく。

 駆けているのはスパイクが強くリードを引っ張っていくからではなく、いつもより10分遅れて家を出たせいで彼女に会えないかもしれないと思ったからだ。




 彼女は寒がりらしくもこもこに着ぶくれして、顔の半分はマフラーで隠れてしまうぐらいぐるぐる巻きにしていていつも同じバス停のベンチの左側にちょこんと座っている。

 人懐っこいスパイクは彼女のお気に入りで僕たちの姿を認めると「あっ」と微笑んでスパイクの体をいつも優しく撫でてくれるのだ。


 「可愛いですね」と毛だらけになるのも厭わずスパイクを撫でまわす彼女とのやり取りはいつしか僕にとってかけがえのないものになりつつあるし、なにより彼女とのやり取りから始まる一日がとても好きだった。


 


 持ち込んだ仕事の処理に時間が掛かってしまい布団に入ったのが真夜中だったとはいえいつもの30分も遅く起きるなんて最悪だ。


 彼女に会えなかったら仕事を残して帰って行った先輩の首を絞めようと思う。






 バス停までの最後の曲がり角を曲がり小走りとはもはや言えない、全速力で僕は走った。

 スパイクも急く僕の心中を察しているのか途中立ち止まったりせず黙ってついてきてくれる。



 直進を息を切らしながら走り、小さく見えてきたバス停のベンチに彼女は


 いなかった。








 彼女の特等席であるベンチの左側には彼女はおらず白っぽく色あせている木の面が僕を一層寂しくさせる。


 最初は彼女に会おうとしてたわけじゃない。毎日同じ時間に散歩に出て、毎日同じ時間に通り過ぎるバス停にたまたま毎日彼女がいただけなんだ。

 それが彼女の笑みを見る度に僕はいつしか「今日もいるかな」と期待しながら家を出るようになった。

 

 彼女は僕たちが来るまで単行本を読んでいる。いや、バスが来るまでかな。

 

 単行本を読んでバスを待つ彼女の姿は遠目から見てもとても綺麗で、学生ではないと思うけれど社会人と言われてもしっくりこない幼い面影を残した顔は僕になんともいえない気持ちを落とした。


 この淡い気持ちはなんだろうかと考えたこともあったけど今は考えるのをやめた。




 今日は会えなかったな、とスパイクに目線だけで言い、これ以上進む気にはなれず引き返そうと振り返った。





 「あ」





 振り返ったその先に会いたかった彼女が缶コーヒーを二つ手に持って立っていた。



 「あの、えと、あの」



 いないと思った彼女を目の前にしてなにを言ったらいいかわからなくなった僕はしどろもどろになった。


 助けを求めるように目線をスパイクにやるとスパイクは案の定、いつもと同じようにちぎれんばかりに尻尾を振っていた。もし僕にもこいつみたいに尻尾がついていたら今彼女に会えて戸惑いつつもうれしいと思っている僕の気持ちは彼女にすぐわかってしまうだろう。それはなんだか気恥ずかしい。



 「おはようございます。今日は少し遅かったですね?」


 いつもと同じベージュの毛糸のマフラーを少し下げて柔らかく微笑む。


 鼻の頭が赤くしながら「ふふっ」と笑う彼女に僕の心はいっぱいになった。



 「これお兄さんの分です。よかったらどうですか?」


 はい、と差し出す缶コーヒーを少し見つめ「ありがとう」と受け取る。少しだけ触れ合った指先がとても冷たい。

 


 これは僕を、僕たちを待ってくれていたと自惚れてもいいのだろうか。この朝の日課を大事に思っていたのは僕だけじゃないと期待してもいいのだろうか。


 






 「いつものバスはさっきもう行ってしまいました」


 温かい缶コーヒーを頬にあてて彼女は上目づかいに僕を見た。

 缶コーヒーの温かいのにあてられて頬がほのかに赤い。



 「でも、今日もちゃんとお二人に会えてよかったです」



 長いまつげを伏せて少し照れたように笑った。

 それにつられて僕も少し照れて貰った缶コーヒーを飲むふりをして笑みをかみ殺した。

























 「と、いう夢を見たんです僕。」



 「・・・だからなんだ」


 

 「いえ、もう、なんだか幸せな夢すぎて布団から出たくないなぁと思っていたらつい二度寝してしまって寝坊して遅刻してしまったわけなんですよ、わかります?先輩」



 「・・・それはあれか?つまりその夢のせいで遅刻してしまったわけで僕のせいじゃありませーんと、言いたいのか?ん?」


 

 「そうです、そうなんです。それでまたその待ってる子が可愛すぎてですね、もう一回見れないかなぁなんて思って寝ちゃったりしちゃったわけですよ先輩」



 「・・・」



 「あれ?先輩、どこいくんですか?」



 「・・・」


  

 「あれっ、せんぱーい、せんぱーい」



 「話しかけるな、バカがうつる」



 「ちょっ、そんなー!ひどいですー!」



 「なにかあったのかと心配してお前の分の仕事を朝一やった俺をぶん殴ってやりたいな」



 「えーーっ」



 「今晩、お前の奢りでしこたまヤケ酒ヤケ飯食わせてもらうからな、覚悟しておけよ」



 「えっ!えーーーっ!」


 





お決まりでしたね;

でもなんだかお決まりが書きたい気分だったのです。


読んでくださってありがとうございました。

             

              猫

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