表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ランドスケープ  作者: 井上達也
私、蘇生篇
31/35

[中二病]

 何も無かったかのように、夜は静かになっていく。私は、そんな毎日が嫌いだった。

 嫌いだけれど寝なければならない。そして、嫌いな明日に向かって目を覚まさないといけない。寝るのが嫌いだ。

 そんな私を手助けをするつもりなのかマンションの上の階の住人がうるさかった。最近引っ越してきたらしい。まったく気がつかなかった。引っ越しをしてきたばかりなのか、それとも家の勝手がわからないのか、大変陽気に騒いで夜中までうるさいのだ。

 ガタガタガタガタガタガタとなんの躊躇もなく歩き回る。

 ギュインギュインギュインと深夜にも関わらず、電動ドライバーを使って、なにやら作っている。最近は家具を自分で作るものが流行っている。外国の青と黄色を基調とした広告が有名なところとかところとか。実際の所わたしにはよくわからないのだが。

 よくよく考えてみれば、引っ越してくる前から内装工事やらなんやらで、とてもうるさかったのを覚えている。ためしに、携帯電話の録音機能を使って音を取ってみたが、耳をつんざくとはこのことかというような音であった。何デシベルだ。そもそも、デシベルってなによ。メートルもフィートもヤードも。なんなら、イノウエという単位でも作っていいんじゃないか。

 

 ああ。そうだね。全く。自分が嫌になるよ。

 嫌いって、言わないでよ。

 好きでもなかったって?それはそれで傷つくなぁ。

 体が目的だったの?ふーん。最低だね。

 

 人は、なんのために生きているのだろう。きっと、中学生くらいになって誰もが思うことだ。きっと、人生あるあるの一つだろう。そして、なんだか理由がよくわかなくなって、「今が楽しければいい」とか「よし、今を生きる」とか言って、今を大切にする。でも、本当に大切なことは今ではなくて、将来だったりするわけで、今は結局将来にとっての過去であって、そんな明日の今日は昨日で昨日の今日は明日でありまして。今の自分を作るのは、今の自分じゃない。紛れもなく過去の自分である。だから、大切にするのは今ではなく、明日のために今何ができるか。明日につながることを今する。なんだ、結局大切なのは今じゃないか。


 当然のことを当然のように突然が突然のように。



 あたまが、とっても痛い。いたいいたいいたい。トマト。トマト。しんぶんし。しんぶんし。

 日本語ってすごいや。「かえる」って単語の意味を考えだしたら、かなりあることに気がついたんだ。



 本当は、寝たいんだ。もっと。もう、起きたくないよ。このまま、このまま私は寝ていたい。初恋のあの子だって、いまはどうしているとか、初めて殴った男のことか、初めてちゅーをした幼稚園の先生とか。

 気になる。すごい。気になる。


 あたまのなかがまっしろになっていく。でも、それはきっと、明日の自分のために必要になって……





「おい!」


 誰かが、私を呼んでいた。

 しかし、目の前に居る人物が誰だかわからなかった。わたしは、そのうつろな目で周りを見回した。初めて高校の頃にデートをした喫茶店によく似ていた。大変気合いを入れていた思い出があったが、そんなことは帰り道にビンタをされたら覚えているということも同時に思い出してしまった。


「しっかりしろよ、おい!」


 その誰だか、しらない人は私の体を揺すっていた。痛い。正直痛いのでやめてください。なんか、お腹もいたくなってきたような気がしますって。





 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ