[いたずらな先輩]
次の日の放課後、俺は生徒会室に居た。その日のお昼休みに生徒会長から「今日の放課後集まるから忘れないで」という伝言をもらっていたからだ。なにやら、決めないといけないことがあるらしい。
俺は、二年の生徒会役員である。二年の生徒会役員はこの中学には二名いる。俺を含めてだ。もう一人は女の子である。実は、俺はその子が好きだった。正直な理由は、パンの自動販売機を中学校に設置することではなく、単に彼女と少しでも長い時間を共有していたかったからだ。我ながらなんともロマンチックである。いや、一歩間違えばただのストーカーである。
俺は、生徒会室で他の役員が来るのを待ってはいたが、一向に来なかった。生徒会室にはずいぶんと古いパソコンが部屋の片隅に置いてあった。正直俺は、パソコンとかには全くと言って良いほど詳しくはないアナログ少年だった。故に、あまりゲームもやらない。大抵、本ばかり読んで無駄な時間を過ごしていると思う。
あまりに、暇なのでそのパソコンをいじってみることにした。しかし、電源ボタンを押しても全然起動しなかった。電源ボタンについては間違ってはいないはずだ。画面の右下にあるくぼみを何度も俺は押した。そして、俺は電源コードがコンセントに入っていないことに気がついた。俺は、慌ててコンセントに電源コードを指したのだった。
ビビビという内部で何かが起動したような音を発しながら目の前のパソコンは起動した。目の前のブラウン管顔面には、ウインドウズ95という表示が出て、一瞬にして真っ青な画面になった。
「なにすりりゃいんだこれ」
俺は、焦っていた。その時だった。部屋に誰かが入ってきたのだ。
「おはよー。あれ、シンジくんなにやってるの?」
入ってきたのは、森本ユキ先輩だった。シルバーピンクの細いフレームのメガネをかけた可愛らしい先輩だ。彼氏は、一応いるということを聞いた。
「あれま。随分と化石パソコンを見つけてしまったものだね。あたしも初めて気がつきましたよ」
「えっと、これどうすればいいんですか。使い方とかよくわかんないんですが」
俺は、その場の状況を打開することが出来なくてついつい先輩に聞いてしまった。
「どうすればいいですかって……あなたが勝手に起動しただけでしょう。電源を落とせば良いじゃない。それに、そのパソコン単なる先生たちが使ってたパソコンのお古とかで、随分前からここにあったものらしいわよ」
先輩は、このパソコンの存在に気づいていたらしい。
「まぁ、そういわれればそうですね」
そういって、俺はパソコンの電源を落とし、コードを引っこ抜いた。
パソコンでなんとなく、遊んだあと、生徒会室の真ん中にある机に俺と先輩は座った。先輩は、英語の宿題がーといって、ノートを開いてやり始めていた。俺は、結局人が一人増えたとしても暇を持て余したのだった。
「あのさ、シンジくん」
「はい、なんでしょう」
「好きな子とか居ないの?」
突然、森本先輩が質問をしてきて、俺は一瞬たじろいだ」
「へ?」
「だから、好きな子。居るでしょ。一人くらい」
「まぁ、二人も三人も居たらそれはそれでですね」
「そういう意味じゃない」
先輩は、口を膨らまして拗ねた。
「居ますよ。一人くらい」
俺は、答えた。
「あ。なっちゃんでしょ」
どうして、その名前が先輩から出るのだろうか。そして、どうしてわかったってしまうのだろうか。俺の日々の生活態度から容易に推測できるような話でもないだろうと思うのだが。
「あれ、もしかして当たっちゃった?」
俺が、暫し沈黙しているところに先輩はさらに突っ込んできたのだった。
「いや。うん。そんなんじゃないです」
なっちゃん。吉川奈津子ちゃん。現時点における好きな人である。出会いは、実は体育倉庫だった。俺が、サッカーボールを運んでいると奈津子ちゃんも来て……という感じである。俺は、一瞬にして好きになってしまった。どこがと聞かれても、特定の事柄に当てはめることはできない。恋というのはそういうものではないかと俺は思う。理由など無いのだ。なんとなく、とか直感とか。そういう類いで俺は好きになってしまったのだった。
「ふーん」
森本先輩は、自分の予想が外れて少々寂しそうにした。結構自信があったみたいだ。その後「だって、いつも生徒会役員で集まって話し合いとかするとかシンジくんはよくなっちゃんのこと見てるからさぁ」ということだった。
全く。俺という存在が怖いぜ。バレバレであった。理由を言われた瞬間、変な汗が体中から出たのであった。
「せ、先輩こそ彼氏さんとはどうなんです?いい感じなんでしょ?」
俺は、話題を変えようと必死だった。
「うん……まぁ」
随分と曖昧な返事をした。もしかして、地雷のようなものを踏んでしまったようだった。そういえば、彼氏がいるとは聞いていたが、誰とは聞いてなかった気がする。誰だろうか。
「そんなことはいいからさ」
森本先輩は、やはりあまりして欲しくない話題なのか話題を変えてきた。
「あたしと、キスしよ」
「へ?」
すると、森本先輩は立ち上がって、俺の方へとやってきた。「ちょ、ちょ……」という準備が全くできていない余裕の無さからくるなんとも情けないリアクションが出てしまった。しかし、一方で「え、マジで?」というなんとも喜ばしい出来事が起こるのではないかという期待感が俺を覆った。
森本先輩の唇が俺の顔の目の前まで来た。
「目、とじなよ」
そう言われて「は、はい」と俺は言って目を閉じた。胸の高鳴りを俺は押さえられなくなっていた。どうやら、先ほどの天使と悪魔さんは、後者の悪魔が殴り勝ったようだった。
しかし、俺の期待とは裏腹におでこにデコピンが一発飛んできた。
「ごめん、冗談。ちょっと、悪ノリしちゃった」
俺は、また変な汗がでてきた。ああ。嘘でしたか。俺のファーストキスは、いたずらな先輩の唇によって奪われる寸前であったがそれはどうやら回避されてしまった。
「もう、からかわないでくださいよ」
「ごめんごめん」
そういって、先輩は両手をあわせながら笑っていた。
「もしかして本気ですると思った?」
「ええ、まあ……ちょっと心の準備できてなかったですけど……」
「そっか……」
すると、次の瞬間だった。先輩は、俺の両肩に手をおいて唇を俺の唇に重ねた。その瞬間、反射的に目を俺は閉じた。中学生になって、初めてキスを俺はした。いたずらな先輩の手によって。味は、レモンでもオレンジでもなく、しょうゆの味がした。
そして、彼女は「ごめんね」と言った。そして「ちょっと、トイレ言ってくるね」と言って、彼女は生徒会室から出て行った。俺は、何がなんだかよくわからず、ぽかんとして教室の真ん中に座っていた。
その後、他の役員があつまり、無事に会議はスタート、終了したのであった。
『ビビビ、コレヨリプログラムヲジッコウスル』
教室の片隅に置いてある型の古いパソコンの画面に文字が表示された。誰もいない、真っ暗な教室で。




