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ランドスケープ  作者: 井上達也
私、飛翔篇
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[さわやか。それこそが三組の証]

 私は、高校生になった。肝心の私と言えば、激動の中学生生活を終えたばかりで、正直頭はクラクラだったりする。あれやこれやが、一瞬に変わったり、あんなことやこんなことを経験して私は、一回りも二周りも成長したのだった。

 今日は高校登校初日。可もなく不可もなくが私のモットーであり、座右の銘でもある。普通が一番だ。そんな私が進んだ高校は商業高校。現代における過激な大学受験戦争に立ち向かうにはちと心許ない高校だったりするが私は気にしてはいなかった。結局の所、どんな学科の高校であれ、なんであれ、受験勉強をして合格基準を突破すれば大学には合格できると思っているからだ。高校が商業高校だったから、はもはや言い訳の域でしかない。私にとってどうでもいいのである。

 高校入学初日であるのに、既に大学に合格をしているようなことを考えている私は、既に大学にでも行った話をしているような気分になった。ありえない。今日からは、高校生である。ピカピカの。



 私のクラスは一年三組だった。国営放送でやっていた某番組も三組だった。よく小学校の頃、一時間目あたりの道徳の授業で見せられていたのを思い出す。というか三組とつくだけですぐに思い出す。昔から「三」という数字には不思議な魔力があり、なんでも三とつけたり三以内に押さえておけば説得力があるような風潮があることが解せなかった。大体、ことわざにこうある。

「仏の顔は三度まで」

「二度あることは三度ある」

「三度目の正直」

 ざっと、今自分の頭に三のつくことわざを思い浮かべてみた。内容については割愛する(自分で考えていることをわざわざ説明するのはそもそもおかしい)。

 私は思う。特に二つ目と三つ目の話をセットにすると特におかしいと思っていた。端的に言わせて頂くと、三度あるなら二度ある。二度目の正直も存在するのではないかといつも思うのだ。そして、こうも思う。ただの屁理屈だと。



 私は、そんなどうでもいいことを考えながら教室の椅子に座っていた。それは、どこもかしこも真新しさなどなく、完璧な使い回しの椅子と机のセットだったということは言うまでもあるまい。

 先生が教室に入ってきた。いよいよ、高校生活が始まると思った。しかし、私は気になることが一つあった。私の目の前の席が空席となっていることである。時計を確認してみても既に登校時間は過ぎている。まさかの登校拒否を高校初日から行う猛者がいるのかもしれない。ただ、そんな考えはすぐさま杞憂に思ったということはなんとなく理解していた。

「遅れてすいませんでした!」

 教室のドアを開けて、大きな声で入ってきた男子生徒が居た。どうみても、悪そう。そんなイメージは第一印象では抱くヤツもいないだろうというほどの真面目そうなヤツだった。しかしだ。意外とこういうヤツに限って悪かったりする。そのまたの逆も然りだ。悪そうなヤツに限っていいヤツで頭も良かったりする。社会というものは恐ろしいのだ。高校生くらいから徐々に理解してくるものだったりする。



 案の上、彼は私の前に座ったのだった。





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