森にて
ルミナが村を出て二週間ほどが過ぎた。
「ど、どうしよう」
少女の情けない声が森の中に響く。
周りは木々。森の中である。この森は特に異変の影響はまだ見られなく、青々と茂っている。
森の中で困っている。どうやら、ルミナは迷子になっているようだ。
「地図。汚して読めなくなっちゃった……私のバカッ!」
その場に倒れこむ。右手には、汚れて見えなくなっている地図がある。
「やっぱりこれってあれ? 罰が当たったの?」
異変の調査。最重要の大事なことなのだが、初の一人旅。ウキウキ気分でつい、前の町で遊びすぎてしまった。一泊だけの予定が、三泊もしてしまったのだ。
「だ、誰かいませんか!?」
それを悔い辺りに向かって大声を上げる。しかし、魔物が多く出現する森の中央部。そんな、危険なところに人がいるはずもないのだが、
「お嬢さん、一体どうかしたのかい?」
「ヘッ? いたっ!?」
振り向くと、木々の間から近くの村人らしい男が三人もいた。もしものためだろうか、腰には剣やナイフを帯びている。
ルミナは、慌てて立ち上がる。
「よかった……ちょっとしたハプニングで、地図が読めなくなって困っていたところなんです。あのー、近くの村までの道のりを教えてくれませんか?」
ホッと胸を撫で下ろすルミナ。
男たちは顔を見合わせた。
「そうか、そうか、それなら村まで案内するよ」
男たちの微妙な表情と雰囲気の変化をルミナは感じた。
隠れて見えないが、男たちはひっそりと、腰にあった武器を手に持っている。ルミナは経験上そう予想できる。
十六歳の少女であるルミナ。しかし、二年前から父親と母親に連れられて仕事を手伝っている。さすがに、人を殺したことは無いが、実戦は何度も経験済み。十六歳の少女。しかし、れっきとした勇者の末裔なのだ。
一人の男がルミナに近づく。そして、何故か男の動きが止まった。
「な、何だ……これは一体!?」
驚きの声。その光景を見て、男の顔がひきつる。
木が邪魔で見えなかったが、ルミナからちょっとだけ離れた場所。そこには角が生えた巨大な人型の魔物、オーガーが倒れていた。肩から心臓にかけて一気に切られた形跡。
男の視線がルミナを凝視する。そして、ルミナが手に持っていた地図を見て固まった。
地図は紅く(・・)染まって読めなくなっていた。そう、それは、オーガーの血である。
オーガーの死体の近くにいる少女。革の鎧を着て、剣を帯びている。可能性は一つしかない。
少女がオーガーを倒したのだ。
「おい、一体どうした?」
男の仲間が、声をかける。
「や、ヤバい。俺たちの手には負えない」
「何がだよ」
「やっぱり、山賊の類なんですか?」
ルミナは恐怖で顔が引きつっている男を一瞥する。
「お前がいかないなら、俺が行く!」
男の仲間が剣を片手に飛び出す。オーガーの死体に気がついていないようだ。
ルミナはそれに反応したように、剣の柄を手に駆ける。
元々距離が離れていないため、一瞬で対峙する二人。
迅い。
男が剣を振りかぶろうとした瞬間で、ルミナは剣を抜き、男の剣を空に向かって飛ばした。
光速といっても過言ではない神業。
ルミナは回り蹴りをして、剣と同様に男を吹っ飛ばす。男は木に当たり、そのまま倒れこむ。どうやら、気を失ったようだ。
「ふー、どうしますか?」
軽くため息をついて、ルミナはまだ戦意を失っていない男に視線を送る。
男は今起こったことをまだ理解できていないように見える。しかし、黙っているわけにはいかないらしく、ナイフを構え突っ込んできた。
「はー、自己防衛ですからね」
ステップを踏み、男の懐に入るルミナ。そして、剣の柄で思いっきり男の腹に向かって突き出した。
「うっ……!」
うめき声を上げてその場に倒れる男。
一分も経たないうちに、山賊と思しき男が二人倒される。
「怪しい男についていかないか――お父さんの言っていた通り。これから、どうしよう」
ルミナはまだ固まっていた男にそう問い掛けた。
「一応、言って置きますけど、オーガーも自己防衛ですよ」
「お、お譲ちゃんは一体?」
「ルミナです。職業は、何かしら? 冒険者? うーん、何か違う。いや、それよりも近くの村はどこか教えてください」
「これ以上俺たちに何もしないか?」
「交渉するまでもないです。あなた達が襲ってきたからやったまで。これ以上するつもりは毛頭ありません」
キッパリというルミナ。
「悪かった。謝る。まさか、お譲ちゃんがここまで強いなんて。いや、よく思ったらこんな森の中心部にまで一人でくるんだ。それなりに、強くなかったらこないか」
ハハハッと男は笑い、ため息をついた。どうやら、開き直ったように見える。
「それで、近くの村までどうやったら行けるんですか?」
「この道を真っ直ぐ進んで行くと、森を抜ける。その後、右に見える渓谷に沿って北に向かう。すると、また森が見えるから、その森を突き抜ける。これが一番早く村に向かう道だ」
「ありがとうございました」
ルミナはお礼を言い、男に教えてもらった道を歩こうとする。
「ちなみに、さっきも言ってたけど、このオーガーも君が?」
男はオーガーの死体を指差す。
「はい、まあまあ強かったです」
可愛らしい笑みを浮かルミナは走って去っていった。
「オーガーがまあまあ強いか、あの子は一体何なんだか」
オーガーが一体でも現れると、小さな村が無くなると言われるほど凶悪な魔物である。
それを、一人の少女だけで倒す。あの少女の力が計り知れない。
男は倒れている仲間が起きるまで待っていた。
「うっ……こ、ここは?」
「ここはじゃない。さっさと、起きろ。行くぞ」
「あれ? さっきの子はどこいった?」
「もう行った。はーあれは論外だ。別格過ぎる」
「……それじゃあ、村の行き方を教えたのか?」
「それしかないだろ。急いでたみたいだから、渓谷のほうの近道を教えた」
すると、仲間の男は一気に顔色が悪くなる。
「ど、どうかしたか?」
「知らないのか!? 今、渓谷には魔物が群れをなしているって。何か、オーガーとかゴブリンとかがたくさんいるって聞いたぜ」
それを聞くと男も一気に顔色が悪くなった
「や、ヤバい。さすがに、あの子死ぬかも」
「さすがにじゃないだろ! オーガーがいるんだ。大の男一人倒せるぐらいと訳が違う」
男はオーガーの死体を指差す。
「な、何だこりゃ! お、お前がやったのか?」
「まさか。あの子がやったんだよ。でも、複数いたら無理だよな」
二人の脳内ではオーガーに殺される金髪の少女の姿が想像される。
「今からでも間に合うか?」
「どうかな。あれから、三十分は経っている。急いでいた様子だし走ってた。こっちの方が地理には強いが、あの子普通に森に慣れてる。間に合ってもギリギリで、俺たちが行ったところで……」
少女の死体の近くに男の死体が三つ。焼け石に水の状態。
想像しただけで二人の背筋が冷たくなる。
「あの子にはすごく悪いが、諦めるか……」
二人は顔を暗くしながら目を合わせた。
「ぐはっ!?」
まだ気絶していた仲間の呻き声が聞こえ、二人は振り向く。すると、
「面倒だが、聞いたから仕方ないか」
男の仲間を踏み、その上に立つ銀髪の少年がいた。
「それに少しそいつのことが気になる」
少年はオーガーの死体に目をやる。
「なあ、その渓谷の道のり教えろよ」
少年は冷淡な笑みを浮かべた。




