結婚するけど、その前に一つ聞いてもいいですか?
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・地名とは一切関係ありません
登場人物
・イリア ・ソル・ルーズウッド
・髪:ブラウン ・髪:ブラウン
・瞳:ブラウン ・瞳:ブラウン
運命の人。
この言葉がどれだけロマンチックなのかは夢見る女の子なら理解してくれるだろう。
けれどもその当事者はどうだろうか。
万が一、相手が他の人を想ってしまったらどうするのだろうか。
………
「イリア聞いてよ!!前ちょっといいなって思ってた人とんでもない浮気野郎だったんだけど!?」
「……この間の?男見る目が無さ過ぎじゃないベス?」
店の前を掃除していると後ろから聞こえてくる友人の声。
ベスは同じ店で働く同僚兼友人で致命的に男を見る目がない。
(でも付き合う前にクズ男なのが発覚して毎回無事なのよね……運がいい子だわ)
今回も未遂で終わったらしくまた相手探しをするらしい。
すぐ近くに彼女を想ってくれている、少なくとも誠実な人はいるのだが、相手は奥手でベスは無関心なので何かのきっかけでもない限りこのままだろう。
私も別に二人の仲を取り持つ気はない。
「こら、二人とも!ちゃんと働かないと減給するよ~」
「うわ店長」
金髪碧眼のいかにも貴族然としているこの男が、この店の店長でありベスに想いを寄せている張本人だ。
この見た目で奥手なのは何のバグだろうか。いかにも遊び歩いていそうなのに思ったよりも純粋で一途らしい。
「イリア、君失礼なこと思ってるだろう」
「いいえ、店長ってヘタレなんだなと思っていただけです」
「ん~凄い失礼だね」
爵位は高くないとはいえ貴族なのに平民の私たちにも分け隔てなく接し、こうやって雇ってくれるあたり人として尊敬すべき方だ。
因みにこの店は平民向けの服を売っており、値段に響かないくらいの貴族らしい刺繍などが入っているので人気を博した。記念日などに着るようなちょっといい服といったところだろうか。
「あ、そうだイリアこれ受け取って」
投げられたのは筒の中に入った図案だった。
私は貴族向けの図案を崩し簡易化するのを主な仕事にしているため次の依頼品だろう。
「投げることないじゃないですか」
「だって君に近づくと後が怖いからさぁ……」
両手を胸の前で掲げ近づかないように距離を取られ困ったように溜息を吐く。
私には一定の距離に異性が近づくと相手が麻痺するという魔法がかけられている。
これの何が厄介かというと父と弟を除いた全ての異性に反応するということだ。
小さい子もお年寄りも関係ない。そのせいで最初は皆に煙たがられたものだ。
適用範囲は広くはないものの、効果を知っているものは安全を取って近づいてこなくなった。
因みに同性は対象外らしくこうやってベスが肩に手を回しても何の効果も発揮しない。
「愛されてるじゃない」
「これが……?こっちの身にもなって欲しいわ」
この魔法をかけられたのは私が生まれて五か月が経った頃、私の初めての祝福を貰う日で家族そろって町から離れた大きな教会に来ていた。
そこに偶々いたのが二歳になったばかりの息子を連れた竜人の一家だった。
父に聞いた話だが、祝福を受けるために椅子に座って待っている間に、いつの間にか目の前にいたその竜人の子供が私の腕を噛んだらしい。その時にこの魔法も付与された。
あまりにも一瞬の出来事に父も母も、向こうの家族も何も出来なかったそうだ。
勿論噛まれた私は大号泣、説明を求めた父に返ってきたのが運命の番というものだった。
竜人には運命の番がいるらしい。通常成人しても見つかる可能性は低く、こんなに早くに見つかったのは奇跡だという。向こうの家族も流石に子ども同士どころか片方が生まれて間もない相手だとは思わず油断していたらしい。そこは確かに仕方がないのかもしれないと、大きくなって経緯を聞いた時に思った。
それでも自分の意志のないまま番になってしまった私に同情してくれたのか、有り余るほどの助成金と支援を申し出てくれたのだ。平民には最早恐怖を感じてしまうぐらいのものだったため、定期的に必要最低限をもらうという形に収まった。そこで豪遊しないあたりよく出来た両親だと思う。おかげで私も弟も平民にしては何不自由ない暮らしをさせてもらっていた。
その後祝福を受けると改めて向こうから説明があり、私は生まれて五か月にして番、ひいては結婚相手が決定したのだ。
「でも定期的に会いに来てくれてるし、背も高くてエスコートも完璧だったじゃない……顔は見たことないけど絶対に浮気なんてしないし、羨ましいわぁ」
「……そう、なんだろうね」
彼は一ヶ月に一度会いに来ていた。私が成人するまでは無理のない交流を、という向こうの配慮だったらしい。先日無事に成人を迎えた日にも会いに来て今後はもう少し頻繁に来ていいかと尋ねられた。好きにすればいいと返事をすると三日に一回というペースになり、私自身も少し驚いた。
今日はその三日に一回の日である。仕事終わりに会う約束をしているので少し早めに上がる予定だ。
ここまでの私の反応でどう思ったか分からないが、別に私は彼を嫌ってはいない。経緯が経緯なので最初のころは抵抗もあったが、今は受け入れ流れに身を任せている。どうせ結婚も決まっているのだし、離れている間に好きになるような人もいなかった。向こうも私以外興味がないのも知っている。ただ、彼について分からないことが二つ。
一つは先程ベスも言ったが彼の顔を見たことが無いのだ。
正確には幼い時に見ているはずなのだが全く思い出せない。
今の彼は重たい前髪を目の下まで垂らし、風が吹こうと覗き込もうと完全防御と化している。
顔にコンプレックスでもあるのかと思ったが、以前会った彼の両親は共に超が付くほどの美人で、彼らの遺伝子を確実に引いているであろう人がコンプレックスとは考えづらい。寧ろ隣に並ぶ私の方が悲惨な状況になるだろう。
もう一つは彼の髪の色だ。
彼の両親は共に白髪なのだが私と同じような茶髪である。
染めているのかとも思ったが、あまりにも綺麗で自然な色なので聞くことも躊躇われ分かっていない。
その二点の疑問を除けば結婚相手として完璧だろう。
浮気もしない、将来の心配もない、家族ぐるみの付き合いで仲も良い。
ただ私も年頃の女の子である。
ベスのようにとは言わないが、ときめく様な恋を一度はしてみたいと思ってしまうのは許して欲しい。
幼い頃から会っておりお互いを知っているうえ、あまりにも紳士すぎる彼にときめく機会はほとんどない。刺激さを求めているわけではないのだが、友人の延長のような関係になってしまっている現状を変えたいと少しだけ思っている。
(結婚すれば変わるのかなぁ)
右腕に残る蔓のような模様をなぞる。この模様が番の証であり、私にかけられた魔法の根源である。
要は幼い時に噛まれた場所ということだ。全く記憶はないが、成人前は魔法のかけ直しなのか会う度にここを軽く嚙まれていたのでそうなのだろう。今は会う頻度が高くなったせいか噛まれることは無くなった。
「はいはい、お二人さん、そろそろ仕事しないと本当に減給しちゃうからね」
「はーい」
店長の声にまたね、とベスが離れていく。彼女は売り子なので店頭へと戻っていった。
私も残りの掃除を終え店頭脇の階段から二階へ上がり先程の図案を広げる。
以前は私も女性専属の売り子としていたのだが、男性客に絡まれた子を助けようと間に入ったところ魔法が発動し、即座に彼が転移してきたのだ。今まで魔法が発動してもこんなことは無かった。だから魔法が発動するのは前提で間に入ったのだが、まさか彼がやってくるとは思わず、更には私が襲われたと勘違いした彼の暴走を止めるのにかなりの労力を費やしたので売り子をクビになったのだ。勿論正気に戻った彼に弁償と謝罪はしてもらったが。あんな騒動があったのに部署変換だけで済んだのは店長のおかげだ。本当に頭が上がらない。
一から始めることになった図案の書き起こし作業も自分に合っていたのか楽しく出来たため、今日もあっという間に時間が過ぎていった。
「お先に失礼します」
「おつかれさまでーす」
私の事情を知っている人ばかりなのでいつも通りに店をでる。
待ち合わせ場所は行きつけのレストランだ。
「あ、もう来てる」
少し離れた場所からでも分かるその人を見つけ駆け寄った。向こうも気づいたらしくこちらに歩みを進める。
「お待たせしました」
「いえ、お仕事お疲れさまでした」
私より頭一つ以上高い身長、程よい筋肉がついた身体にすらりとした手足。
一目でわかる上等なスーツに身を包んでいる竜人、ソル・ルーズウッド。
顔は半分髪に隠れて見えないが柔らかく微笑む口で喜んでいるのは分かる。
流れるように私の手を取り挨拶のキスを落とせば、一瞬で私の服装が変わった。
彼が魔法で変えてくれたのだ。初めてこれをされた時には子供みたいにはしゃいだことを覚えている。
今も内心ワクワクしているが表に出すのは子供っぽいかと思い平然としたふりをした。
因みにこの服は変化ではなく入替のようなものなので手元に残る。
おかげで私のクローゼットは平民らしからぬラインナップをしているのだが、デザインの勉強にもなるのでありがたく受け取っている。前に遠慮したら丸め込まれたというのもあるが。
「行きましょうか、今日のメインは貴女が好きなステーキみたいですよ」
「本当ですか?楽しみです」
自然と組まれた腕に私も慣れたものだなと独り言ちた。
レストランの店員も最早常連と化した私たちに慣れたものでスムーズに個室へと案内され食事が運ばれる。彼が食事の途中で人が入り会話が途切れるのが好きではないらしくデザートを除いた料理がいっぺんに出されるのだ。私としても他人の目を気にしなくていいのでありがたかった。
他愛のない会話や近状報告をしている中、私たちの結婚についての話になる。
私も成人を迎えたため、本格的に進めていいかというものだった。
「えぇ、構いませんが……」
「何か心配事でも?」
「……その、ソル……私に隠していることはありませんか?」
これは鎌を掛けただけだ。
付き合いが長いので隠すようなことは何もないはずだが、どうしても私の中で疑問に思うことがあるので一か八かの賭けに出た。ここで少しでも動揺すればそれを追求できる。
真っすぐに彼を見つめればこちらが心配になるぐらいの動揺を見せており思わず間抜けな声がでた。
「えっ、本当にあるの?!」
「いやっ、えっ?!ないよ!なんもない!」
予想外の展開にお互い敬語が抜ける。昔はこんな風に気楽に話していたのに、いつの間にか一歩引いたような態度をとるようになった彼に合わせていたのだが今はそんなことを気にしている暇もない。
「嘘つくの下手すぎでしょ!何のこと?!何を隠してるの?!結婚にまつわるサプライズならこれ以上詮索しないけど!」
「ちがっ、サプライズはあるけど……じゃなくて隠し事なんて……!!」
「……」
「……あ……る……」
「……もし私が言わないと結婚しないなんて言ったらどうすんの?」
「それだけはダメだ!」
椅子を倒す勢いで立ち上がった彼に思わず驚く。自分の言葉にしまったとすぐに後悔した。
彼の母からこの結婚に関して軽々しく破棄や別れる等と言わないで欲しいと言われていたのだ。
竜人の番というものは私が思っている以上に意味のあるものらしく、彼らにとって唯一のものだと聞いていたのに。目の前の彼の様子を見て自分の認識の甘さを改める必要があると思った。
「……ごめん、今のは取り消す」
「……僕も、ごめん、大声出して……ちょっと、一瞬頭が真っ白になっちゃって」
へたりと座った彼の身体が震えていることに気づいて傍に寄る。
迷った挙句その震える手に触れれば縋るように両手で包み込まれた。
ごめんと繰り返す彼に流石に罪悪感が募る。
「……私も軽率だったし、もう謝らないで……別に無理に秘密を暴きたいわけじゃなかったの、気になることがあって、それを聞くのにこんな風に鎌掛けたのよ」
「……気になることって何……?言ってくれれば答えるのに」
「ちょっと、聞きにくくて……その、貴方の髪のこと、なんだけど……」
髪という単語にピクリと彼が反応する。
やはり私の知らない何かがあると確信した。
「……貴方が隠したいことって、その髪にも関わることなの?」
「……」
「ソル?」
長い葛藤の末小さく頷いた彼にそっか、と返した。
「それってどうしても私に言えないこと?」
「……知ったら、イリア、僕のこと軽蔑するかもしれない」
「えぇ?そんな心配するようなことしてんの?」
「……多分」
「んーそっか……私貴方の顔が見たかっただけなんだけど」
「……え?」
「結婚するのに旦那の顔も分からないなんてありえないでしょ」
「……えっ?でも、あれ……?」
なんで、もしかしてと一人で呟く彼からそっと離れる。
いつの間にか繋がれていた手が離れていた。
呼び鈴を鳴らしてデザートを頼むと、自問自答している彼を見ながら二人分のデザートを平らげた。
その後平常心を取り戻した彼と一緒にレストランを出る。
何となく気まずい雰囲気が残り私の家に着くまで一言も話さなかった。
「……ありがとうございました、それとごめんなさい」
「いや、僕の方こそ取り乱しちゃって申し訳ない……ねぇ、イリア、次の休みっていつ?」
「えっと……四日後、かな」
「じゃあ次の約束はその日で……一日空けておいて……君に話したいことがあるんだ」
エスコートの手が外され間で繋がる。緊張しているのか彼の手は冷たかった。
どうやら私に打ち明けてくれるらしい。
「いいよ、待ってる……あとこれからもこうやって話していいよね?」
「公の場じゃなければいいよ、昔に戻ったみたいで嬉しかったし」
「分かった」
じゃあ、おやすみと言えばおやすみという返事とともに頬が合わせられる。
触れた髪がくすぐったかった。
………
「おはようございます」
「イリアおはよう~!聞いて~!また気になる人見つけちゃった」
店に顔を出せば正面からベスが抱きついてくるのでそれを抱きしめ返す。
その後ろで笑顔とともにどす黒いオーラを纏った店長の姿が見えたが気づかないふりをした。
なんでこの子はあの分かりやすい反応に気づかないんだ。
「……どんな人?」
「昨日フィッティングに来た人!オーダーしていったからまたきっと会えるし、来たらイリアにも教えるね!」
その言葉を聞いて店長がオーダー用紙をまくり、とあるページで止まった。
気のせいだろうか、大きなバツ印を付けたような音がしたのは。
「そっか、楽しみにしてるね」
「うん!あ、そういえば昨日はどうだった?いつも通り?」
「あー……そろそろ本格的に結婚というのが見えてきたかも」
「え!おめでとう……っていうのも今更な気もするけど」
「ふふ、ありがとう」
朝の挨拶が終わりまた一日が始まる。
同じような日々を過ごしながらあっという間に約束の日となった。
いつも定期的な逢瀬を重ねていたので三日後に私が最後までいることに皆が驚いていたのはおもしろかったな。
「さて、と」
普段通りに支度を整え朝ごはんの準備をする母の所へ向かう。
気付いた母がおはようと声をかけてくれた。
「おはよう~今日のご飯は何?」
「昨日のシチューとチーズパンよ、庭から野菜取ってきてサラダ作ってくれる?」
「はーい」
キッチンを通り過ぎボウルをもって庭に向かう。外では父が出荷用の芋を収穫していた。
「お父さんおはよ!」
「おはようイリア……あれ、今日ってソル君と会うんじゃなかったのか?」
「そうだよ~朝ごはん食べたら多分来るよ」
「そっか……そろそろ覚悟しなきゃかなぁ……」
ポツリと呟いた言葉は聞こえず、私は鼻歌交じりにサラダ用の葉物野菜を収穫し始めた。
朝ごはんの準備が終わる頃に起きてきた弟のクリスは制服を着ているものの他の身支度は整っておらず、いつものように母に小言を言われる。
クリスはソルの家からの助成もあり学校に通っている。成績もこのままであれば高等部やその先も問題ないだろう。私も中等部までは通わせてもらったが、その後は家庭教師が付いた。主に竜人を学ぶためのもので、マナーも一通り覚えることが出来た。
食事を終えるとクリスが学校に行くのを見送り、私も最低限の身だしなみを整える。
いつも彼がその場にふさわしい恰好にしてくれるので何も気にしなくていいのは本当にありがたい。
外で彼を待ちながら水やりをしていると近くの樹の下にソルの姿が見えた。
彼は決まってそこに転移をして歩いてこちらにやってくる。
一度転移に驚いた父が腰を痛めたのを気にしているらしい。
「おはようソル」
「おはよう、待たせちゃった?」
「ううん、大丈夫」
昔のように挨拶を交わす姿を見ていた母がにこりと微笑んだ。
「おはようございます、こちら少しですが獲れたてのものですので皆さんで食べてください」
「あらあら、ありがとうね」
重いので机の上に置きますね、と勝手知ったる様子で我が家に入りキッチンの近くの机に置いて戻ってくる。付き合いが長いと自然とこういったことが出来るのが凄い。
「ラルフさんは……」
「あの人、丁度出荷の時間になっちゃって……よろしくって言ってたわ」
ラルフは父の名前である。少し前までは一緒にいたのだが出荷の時間に間に合わないと行ってしまったのだ。ソルはそうですか、と残念そうに呟いた。前から思っていたが私の家族のことを好きすぎないか?
「では今日は一日イリアさんをお借りします……いつもの時間には戻りますので」
「分かったわ、気を付けてね」
「いってきまーす」
母の見送りを受け、差し出された彼の手を取る。目を閉じるよう指示があったので転移するんだなと襲ってくるであろう浮遊感に身構えた。
「イリア、目を開けて」
「……うわ、すごい」
目を開けた先に広がる広大な湖。森に囲まれ、鳥の鳴き声が聞こえる中、その湖は淡い不思議な光を放っていた。
「きれい……」
「妖精がいると云われている湖なんだ……少し歩こうか?」
頷いた時に見えた私の服は動きやすい上品なワンピースになっており、いつの間にか彼の手にあった麦わら帽子をかぶせられた。
エスコートの形をとるのかと思ったが掌を差し出され、その手を重ねれば隙間なく重なりゆっくりと歩き出した。暫く景色を楽しんだあと恐る恐る彼が切り出す。
「……ねぇ、イリア……なんで今になって僕の顔なんて気になったの?」
「別に今に始まったことじゃないわよ?気になっていたけど聞けなかったってのが正解」
「……君が思うような顔じゃなかったらどうする?」
「私が思うような顔って何?タイプかどうかってこと?」
「そう、だね」
「そもそも私のタイプの顔なんて知らないでしょ?」
「……知ってる」
「……え?」
「……知ってる、だから、僕は顔を隠してたんだ」
止まった歩みに私が一歩進んだ形で向かい合う。
私もあまり分かっていないようなことをソルが知っているというのが信じられなく、更にはそのせいで顔を隠すようになったと言われ受け入れるのに時間がかかる。
相変わらず表情は伺えないが、固く結ばれた口元が嘘ではないと語っている。
「知ってるって……え?私そんなこと話したことある?」
「話したことはないよ、それに君は今覚えてないはずだ」
「……どういうこと?」
「……僕は」
「……」
「僕は……君の記憶を奪っている……五歳から十五歳までの記憶の一部を」
ぎゅっと、繋がれた手に力が入る。
あまりにも突拍子のないことに理解が追い付かない。
私が理解できていないと気づいた彼が困ったように笑って繋いでいない反対側の手を胸の前に持ち上げる。白い煙が渦巻くように纏まり、ガラスのような容器に入っていった。
「これが僕が奪った君の記憶……これからこれを君に返すけど……怒ってもいいし、責めてもいい、それだけのことはしてるから……でも、出来れば……嫌いにならないで」
「まっ……!!」
震える声が聞こえ受け入れる前に話が進み、止める前にその容器は地面に落ちて砕け散った。
同時に何かが頭の中に流れ込み、立ち眩みのような眩暈を感じてソルを支えに寄りかかる。
「……ごめんね、イリア」
悲し気な呟きとともに私は意識を手放した。
………
「なんでみんなと遊べないの!!!」
「イリア……今日はソル君が会いに来る日だろう?」
幼い私が父に向かって駄々をこねている。
話の内容的に友達と約束した日とソルの来訪日が被ったらしい。このぐらいの時期はまだ曜日や時間の感覚が分かっていないので仕方がないのかもしれないが、ちゃんと把握してないこちらが悪いな。
「じゃあソルもいっしょに遊べばいいじゃない!!」
「それは……うーん……今日のお友達の中に男の子もいるだろう?ソル君は嫌がるんじゃないかなぁ」
「せっかくなかよくなったのに、なんでだめなの!?ソルもともだちになればいいだけでしょ?!」
「うーーーーーーん……」
父がどう説明しようか悩んでいる姿を見て自分も頭を抱える。これは確かに説得が難しい。
番なのだからわざわざ嫉妬させるようなことをするなと言ったところで理解できないのが関の山だ。
そうこうしているうちに家のドアがノックされる。父の慌て様からソルの家族が来たのだろう。
父が目を離した一瞬の隙に横をすり抜け勢いよくドアを開けて驚いてるソルの手を引っ張り走り出す。
向こうの両親を置いてきぼりにして私は駆け抜けた。なんて行動力だ。
「イリアーーーーー!!!!!」
「おひるごはんの前にはかえるから!!!」
父の絶望した声を背に私とソルは駆けていく。
ソルは訳も分からないまま私に手を引かれていた。
「どこに行くの?」
「みんなのとこ!ソルともともだちになってほしい子がいるの!」
走る過程でソルのかぶっていたフードが捲れる。そこから覗くのは茶髪ではなく、陽の光を反射して輝く綺麗なプラチナであった。その顔もやはり両親の血を引継いでいるだけあって可愛らしく、くりくりとした瞳はルビーのような赤色である。
(えええええ!!!かっっっわいい!!!!!えっ、ソルってあんな顔してたの!!??!?)
隣に並ぶ私と比べるとショートカットなのもありどちらが女の子か分からない。
(なんであの顔を隠しているのよ……いや、私からすれば隣にこんなに美人が並んでたら死にたくなっていたかもしれないな?)
可愛すぎる彼を眺めているといつの間にか集合場所に着いたようで、ソルはまたフードをかぶった。この容姿では悪目立ちするので仕方ないだろう。私に気づいた黒髪の男の子が声をかける。どことなく既視感のある男に首を傾げた。
「イリア、おそいぞ!」
「ごめん、ともだち待ってたらおそくなっちゃった」
繋いだままのソルの手を離そうとするが彼は離さず寧ろ強く握った。
今なら牽制しているのだろうと分かるが、当時の私にそんなことは分からない。
「そいつだれ?どこのやつ?」
「えっとね」
「……誰でもいいだろ、それより君は誰?イリアの何?」
私の言葉を遮り前へと出たソルに私はむっとする。
お願いだからそれ以上何もしないで私。
「おれはルー、こっちはリリーとダン……この町に住んでるイリアのともだちだ、で、お前は?」
「……ソル」
相手の様子に僅かに警戒を緩めたのか、腰を落とした体勢からリラックスしたものへと変わる。
名前を聞くとルーは、あぁ、と呟いた。
「お前がイリアのうんめいってやつ?母ちゃんが言ってた」
「えっ、しょうらいけっこんするっていってたひと!?」
小さい町だ、竜人の番だなんて当たり前に噂は広がっていくだろう。
周りにも理解されていることにソルは満更でもなさそうにしていた。それはそうか、理解されているということは私にちょっかいを出すという人がいないということだから。
ただ、この頃の私がこれを聞いて受け入れているかと言えば恐らく違うだろう。
「……わかんないもん!ソルとけっこんするかなんてわかんないでしょ!」
「え……」
「ルーみたいにつよくて、かっこいいひとのほうが……!!」
そこでプツリと目の前が暗くなる。
今なら分かる、絶対に言ってはいけない言葉を言ってしまったことに。
(そりゃ記憶も奪いたくなるか……っていうか私ルーのこと好きだったっけ?)
思い出した後も考えてみるが別に好きではないような気もする。一番仲のいい異性ではあった気もするが。彼もいつの間にかこの町からいなくなっておりその後の足取りは分からなかったはずだが、どうも既視感がある。唸りながら考えているうちに思い出したのはベスの顔だ。
(ベスの言ってた浮気野郎、どこかで見た顔だと思ったらもしかしてルーでは???)
真相は今となっては分からないが、もしあれがルーだととしたら寧ろこの疑惑の記憶は無くても構わない。ベスのことを言えなくなってしまうではないか。
どうでもいい情報を得たところで次の記憶が入ってくる。
どの記憶も私が良いと言った異性に関する記憶だった。中には本当に惚れかけているものもある。
その度にソルが私の記憶を消していたおかげで、私は一度も他の人を好きになったことがないと思い込んでいたようだ。
そしてソルは私の記憶を消した後、次に会う時に私が良いと言った人の雰囲気に寄せていた。
髪や瞳の色、服装や態度まで。今のソルは十五歳のころ参加した彼の生誕パーティーの時に見たウェイターを意識しているのだろう。丁度歳上に憧れる時期だ。
その後ソルは顔を隠し、私は彼以外の異性を見ることをやめた。
自分の状況を飲み込み理解できたのだろう。
(……なんだかなぁ……愛されてるな、私)
一生懸命私の好みになろうとしてくれているソルの姿は最早愛おしい。
そして同時に彼にかけた心労に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
決められた運命なんてヒトの私には分からない。
もう少し出会うのが遅ければ、もっと私が大人だったら、違った交流の仕方があっただろう。
私たちは出会うのが早すぎたのだ。
(こんなの見せられたんじゃ嫌うどころか好きになっちゃうじゃんね)
顔がどうとか、ときめきたいだとか、最早我儘としか思えなくなってくる。
包まれるような、寄り添うような、そんな形の愛し方があると知った。
若くて経験がないおかげでそれに気付けないだけだった。
(さぁて、そろそろ起きれるかな?)
奪われた記憶は全て戻った。
今は一刻も早くソルに会いたい。
起きろ起きろと念じている間に耳が微かに外の音を拾い始めた。
………
意識を手放したイリアを支え涼しい樹の下に移動するとその場にシートとクッションを出す。
身体が辛くならないよう横にすると隣に座り樹に背を預けた。
「……終わった」
木漏れ日を感じながら今までの自身の行いを振り返る。
一生隠し通すつもりだった。他人の記憶を奪うだなんて、軽蔑されて恐れられてもおかしくない。
辛く苦しい記憶ならまだしも、僕が奪ったのは彼女の淡い恋の記憶。
番に対する答えに嘘が付けないというのもいいことばかりではない。
思い出しただけでも腹立たしい相手の男たち。全てが全て恋というわけではないのも分かっていた。
大半は親愛や憧れのようなもので、記憶を奪わなくても問題は無いものだった。
それでも僕が許せなかった。自分以外の異性という存在がイリアの中にいるという事実に耐えられなかった。
けれどもまさかイリアが僕のことに興味を持ってくれてるとは思わなかった。
以前彼女から私より可愛いなんてずるいと言われたことがある。
僕からしてみればイリアほど可愛いものは無かったのだが、そう言われた後明らかに距離が出来てしまい隣に並ぶことすら避けられたことがあった。それからイリアに会う時はフードで顔を隠したり、仮面をつけてみたり、髪を伸ばしたりしてみた。今のこの前髪はこちらの表情が分かりにくいため実はちょっと気に入っている。イリアを前にしてだらしない顔を見られないで済むから。
『んーそっか……私貴方の顔が見たかっただけなんだけど』
あの言葉から察するにイリアの中で僕が顔を隠すようになったきっかけの出来事は覚えていないのだろう。
幼い頃の話だ、ヒトの彼女なら覚えてないのも仕方がない。
「……嫌われたかな」
膝を抱え小さくなる。
今彼女は僕が奪った記憶を処理して受け止めているはず。その中でまた相手のことを好きなってしまったらどうしよう。
イリアは自分を僕の番だと受け入れている。
けれども僕たちの間に愛があるかと言われたら、どうだろうか。
嫌われていないと好きの間には天と地ほど意味に差がある。
「やだなぁ……」
番から離れられないのが竜人だ。
もしイリアがこれで僕から離れて行ったら、僕は、どうなってしまうのだろう。
きっと彼女を引き留めるために何でもする。
精神に干渉する?見えない鎖を繋ぐ?強制契約を交わす?閉じ込める?
意識の隅に彼女の家族が浮かんで消えていった。
いっそこのまま眠り続けてくれれば。
(僕も彼女も幸せなんじゃ……)
「……ん」
微かに聞こえた声にびくりと身体を揺らす。
慌てて彼女の状態を確認すれば眉間に皴が寄り身体も微かに動いている。
目が覚める兆候に、鼓動が早くなった。
「……ん、んん……あ、れ……?」
ゆっくりと目が開き焦点の合って無い瞳が数度瞬きを繰り返し、身体を起こしたイリアが目を擦り現実を見ようとしている。
どうしよう、どうしたらいい。
別れを告げられるのが、軽蔑の目を向けられるのが、怖くて怖くて仕方がない。
大丈夫かと、気分はどうかと声を掛けたいのに、今の僕にはそんな資格も余裕もない。
俯いたまま彼女の行動を待つしかなく、とてつもない長い時間が過ぎたように感じる。
「……ソル」
名前を呼ばれる、これがいつもだったらそれだけで飛べるくらい喜べるのに。
目をきつく閉じたまま次の言葉を待っていると、柔らかいものに包み込まれる。
驚いて思わず目を開ければイリアが僕に抱き着いていた。
僕の頭を包むように、慈悲深さを感じるようなそんな手つきで。
「イ、リア……?」
「ごめんね、私が軽率過ぎた……幼い頃のは許して欲しいけど、流石に中等部入ってからも他の人にうつつ抜かそうとしてたなんて」
「え……?なんで君が謝って……僕は君の記憶を奪ったんだよ……?」
「それは本当に反省して欲しいし、こっちが頼まない限り二度とやらないで欲しい」
「ごめんなさい」
急に温度の下がった言葉に謝罪の言葉しか出てこない。
冷や汗が流れるのが分かったが、尚も抱きしめたままのイリアに困惑する。
「……でも、記憶返してもらえてよかった」
「そ、れは……」
またその相手に恋をしたということだろうか。
僕から離れる口実が出来たからだろうか。
無意識に彼女の服を掴むが力が入らずするりと抜けた。
「ソルのこと、改めて好きになったかも」
「……………………え????????」
予想を遥かに超えた言葉が降ってきて思考が固まる。
たった今、僕は怒られていたのではないだろうか。
捨てられる恐怖に怯えていたのではなかろうか。
なのに、彼女から紡がれたのは全く逆の意味をもつ言葉で。
「えっ……いま、なん、えっ」
「だって私が良いなって思った人に合わせて自分のスタイルも変えてたんでしょ?愛されてるなぁって思っちゃうじゃん」
確かにイリアの記憶を消した際、少しでも彼女の好みになろうと魔法で姿を変えていた。
自分とはかけ離れたようなものでも、彼女に好かれるならとやっていたものだ。
抱擁を解いた彼女が僕の頬を包んで自分と顔を合わせるように上を向かせる。
こんなに至近距離で彼女を見たのは初めてて、先程とは違う動悸がしてくる。
「今の姿も違うんでしょ?もう変えなくていいよ、どんなソルでも愛せる自信あるから」
「……ほんとうに?」
「本当、あ、でも私より可愛かったらどうしよう」
「それは絶対あり得ないから、イリアの方が絶対可愛い」
「どうだろ?さっき見たソルは可愛かったよ?」
「いつの話してるの……」
イリアの笑みを受け自身にかけた魔法を解除する。
髪の色は白へ、重かった前髪は程よい長さに落ち着いた。前髪のせいで見えてはいなかったが瞳の色もブラウンから赤へと戻すと何故か途端に恥ずかしさが募る。
今まで仮の姿だったからだろうか。自分自身に自信が持てず、顔を逸らそうとするがイリアに頬を掴まれたままで身動きが取れない。
「普通にかっこいいじゃん、何で私はこのソルを見て良さに気づけなかったのか……勿体ない」
「……嫌じゃない?」
「全然、寧ろ想像よりかっこよくて私の立場が無い」
「……?なんで君の立場が無くなるの?」
「あーそうだ竜人って番が全てだから他人からの見た目にこだわりないんだった……ソル、私と家族の前ではこの姿でいいけど他の……ヒトがいる時には前の格好にして」
「……やっぱり、あっちのほうがいい……?」
「違う違う、私がこの姿のソルを他のヒトに見せたくないの」
かっこいいから、と微笑む彼女に胸の高まりがピークに達する。
勝手に手が動いてイリアの頭の後ろから自分の方へ引き寄せると、僕を覗いていた彼女との距離が無くなった。驚いた彼女が頬を掴んでいた手を離したのでその手を引っ張りもっと引き寄せる。
角度を変えて何度も唇を合わせている最中、苦しそうに開いた口から舌を滑り込ませれば漏れ出た吐息とともに頭が叩かれた。
「……っ!!もうっ!!ソルの変態!!!」
「へんた……!!?」
嫌がってはいなかったはずだと冷静な部分で考えるも、流石にがっつき過ぎた感が否めない。
真っ赤になって涙を浮かべるイリアにそそられるものがあるがこれ以上は嫌われそうなので素直に謝り、彼女を抱きしめる許可を求めた。
イリアも顔を見られたくないのか僕に背中を預ける形で間に収まり、後ろから抱きしめるように手を回す。ほのかに香る石鹸の匂いに思わず彼女の髪に顔を埋めた。
「改めて、ごめんねイリア……もう二度としないから」
「匂い嗅ぎながら謝られても……」
困ったように文句を言うが止めようとはしないのでここまでは大丈夫らしい。
首筋に唇を寄せれば、それはダメだと手を叩かれた。
「それに私もソルに悪いこと思っちゃったし」
「どんなこと?」
「そういう事情があるって知らなかったし、紳士ぶってたみたいだから手も出してこないし、一緒に居すぎて友人の延長みたいな感じなのかなって」
「……もう一回してあげようか?」
「わー!!待って待って!!さっきので分かってるから!!そうじゃないって分かったから!!!」
とんでもない言われように彼女の顔を上げさせて迫ろうとするが素早く手で口を塞がれた。
僕がどれだけ我慢してたと思っているんだ。
ヒトの成長というのは竜人より遥かに緩やかで、それでいて瞬く間に成熟していく。
身体的な年齢は二歳差とはいえ、精神的な差は五歳ほどの違いがあるだろう。
幼い頃はそれが顕著で、だからこそまだ理解も出来ていない五歳のイリアの発言に僕は衝動的に記憶を奪ってしまったのだけれど。
成長していくにつれてどんどん綺麗になっていくイリアに月に一回しか会えないというのは中々に辛いものだった。僕も僕で両親からヒトの成長は竜人と違うということを嫌というほど聞かされた。だから彼女が成人するまではそういったことや雰囲気にはしないことを徹底していたのに、まさかそれが裏目に出るとは。
「……ってことは今後はこういったこともしていいってことだよね?」
「……場所を選べばね?」
「……今は?」
「……普通のキスまでなら許す」
正式に彼女に許しを貰い塞がれていた手が下ろされるとこちらの方に振りむかせ、もう一度触れるだけのキスをする。
照れくさそうに笑うその顔に胸の奥がときめいた。
「そういえばこれっていつまであるの?」
再び僕に背中を預けた彼女がおもむろに右腕を上げる。
番の証である文様のことを言っているようだ。
「ずっとあるよ」
「えっ、そうなの?!あの魔法も?」
「魔法は消すこともできるけど……出来れば僕と一緒に生活するまではかけさせて欲しくて……離れてるし……」
「じゃあもう少し範囲を狭くとか、条件変えるとかできない?私に悪意を持つ人だけ弾くとか」
「……それじゃあ好意を持った男が君に近づくじゃないか」
「あーそういう風になっちゃうのか……あ、でも範囲の縮小は出来そう?この前すれ違ったおじいちゃんに反応しちゃって流石に申し訳なくて……」
「…………出来る、けど」
「……したくない?」
「……出来れば」
イリアの言いたいことも分かる。流石に御年を召した方や赤ん坊まで効果の範囲にしてしまうのは相手のことを考えると非常に危ない。けれどもそれが男というだけで僕は許すことが出来そうになかった。
しかし、仕方ないかと唸る彼女を喜ばせたいという気持ちも無くは無くて。
「……じゃあ条件付きで魔法の効果を変えるよ……五歳以下と六十歳以上のヒトには麻痺じゃなくて痺れるくらいの効果にしておく……ちょっと強い静電気ぐらいの」
「え、いいの?ソルありがとう!」
こちらに顔を向け笑う彼女に先程までの嫌な感情が解けていく。
とことん番に甘いものだ。
魔法の効果をかけ直すために彼女の腕を取りその場所を噛んだ。
噛み終わった後にその文様をなぞる。
「この文様は……ごめんね、最初に噛んだところに出来るから消すことも移すことも出来ないんだ」
「へー……因みにソルのお母さんってどこにあるの?」
「どこだっけ……あ、うなじかな」
「……聞いといてなんだけど、なんか噛む場所ってその人のアレが伺えるよね……」
「アレ……?」
「あっ、ごめん、なんでもない、気にしないで」
「そう……?僕も手首を噛んだはずだったんだけど……」
ラルフに抱えられていたイリアを衝動的に噛んでしまったので狙いがずれたのと、成長するにつれ伸びたので本来手首にあったはずの文様は手首とひじの間になってしまった。
「別にいいよ、なんか綺麗だし」
「そう思ってもらえてるならよかった」
嫌がっていないことも分かり安堵したのと同時に僕の気分はすこぶる良い。
反省しなきゃいけないこともあるけれどイリアがそのままの僕を受け入れてくれたし、ある程度の接触も許してくれた。結婚の準備を進めるにあたっての気がかりはほとんど解消されただろう。
「あー早く結婚したい……」
「……なんか大胆になったね……?」
「もともとずっと思ってたよ、我慢してたんだから少しぐらいは……もしかしてこういうの言われるの嫌?」
「嫌じゃないけど、恥ずかしいっていうか……今までのソルに慣れちゃってたから変な感じで」
「これからは言葉でも態度でも伝えていくから、もし嫌だったら言ってね……でもあんまり拒絶しないでもらえたら嬉しい……僕もなるべく我慢するから」
肩口に顔を埋めればくすぐたっそうに身を捩った。
………
後ろから抱きしめられながら何故か私の匂いを嗅いでいるソルをなるべく意識しないように目の前の絶景を見つめる。普段からそんなにリアクションが大きくない方で良かったと心の底から感謝する日が来るとは思わなかった。
(……なにあのイケメン)
さらさらとした癖のない白銀の髪に、少し垂れ目気味の宝石のような煌めく赤い瞳。
いつも見えていた口元は前と変わらないようで、全体でみるととんでもない美形が現れたことに動揺が隠せない。
更にはそんな彼の余裕のないような表情まで見てしまい、色々といっぱいいっぱいになってしまったのは許して欲しい。刺激が強すぎるとはこういうことなのか。
こんなに騒いでいる後で言っても信憑性が無いのだが、本当にソルがどんな顔をしていようとも愛す自信はあった。見た目に関係なく、私を想ってくれていた彼を好きになったから。
しかし蓋を開けてみればあの美貌だ。少しぐらい騒がせて欲しいし、他のヒトに見せたくない気持ちも分かって欲しい。
そして、そんな彼が私だけを求めてくれるという状況に興奮しないわけがない。
(……これ今の年齢でソルと会っていたらどうだったろう……この美形が?自分のことを番だと言ってくる?その上噛まれて囲われる?とてもじゃないけど信じられなさそう……)
そう考えるとこの二十年来の信頼関係の積み上げは大事なものだったのだと思う。
順番が少し、というかだいぶ違うだけで、恋をして両想いになって婚約という一般的な手順を今になって踏み終えた。すぐ目の前に結婚が迫っているけれども、ここでお互いの気持ちがちゃんと通じ合ったのは本当に良かった。
「そう言えば結婚後ってソルと一緒に住むんだよね?」
「うん、一応僕は嫡男だし……申し訳ないけど仕事は辞めてもらってこちらに来てもらうことにはなるけど、いつでもご両親やクリス君に会えるようにはするから」
「ありがとう」
家庭教師の授業で学んだことで一番ショックだったのは私の寿命が竜人であるソルに引っ張られるということだった。しかも私とソルは出会うのも番になるのも早かったので、私の身体はすでに竜人と同じような月日の重ね方をしているらしい。まだ若いので気にはならないが、もう少ししたらその異様性に周囲も気づくだろう。見た目が変わらないというのは一種の恐怖である。
父や母を見送るのはヒトであった時も変わらぬ事実であった。けれどもクリスやベス、他の友人たちも見送る立場となってしまったことに漠然とした不安と恐怖を抱えたことは記憶に新しい。
けれども私にはもう受け入れる以外の道が無かった。
拒んだところで事実は変わらず、嘆いたところで覆せない。
ショックを受けて寝込んだ私に付きっきりでソルが慰めてくれたことがあった。
自分のことのように悲しみ、そして自分のせいでという責任感と罪悪感から彼もまた悩んでいたのだろう。一緒に泣いてくれて、私の行き場のない思いを引き出してくれた。それを見て受け入れようと思えたのも大きかった。
だからソルに頼んで結婚後は年齢相応の見た目になるように魔法をかけてもらう予定だ。
まだ先の話ではあるが私と縁を結んだヒトを見送るまでは見た目だけでも同じ時を刻んでいきたい。
「あ、あともし子どもが出来たらなんだけど」
「こっ……!?い、イリア、そんな話……!それに、いくらなんでも早すぎじゃ……!!」
「え?だって結婚もすぐだし……お母さんたちにも孫見せてあげたいし」
今後の人生のことを考えているうちにぶつかるであろう跡継ぎ問題。最低限の知識は知っているし、周りから自然と聞こえてくるものもある。私たちにとってそういう話題は大っぴらにしないのは当たり前だがそこまでデリケートなものではない。ただソルの反応を見る限り今後は控えた方がいいのだろう。今は二人だけだから大目に見て欲しい。
「えーっと……その、家庭教師からなんて教わってる?」
「定期的に籠る月があるってのと夜までの身支度の整え方だけ、あとはソルに任せておけば……」
「そっちじゃなくて!!!その……僕たちは子を生しにくいってのは……」
「……聞いた気もする」
すっかりヒトの基準で物事を考えていたが、ソルに言われて思い出す。
竜人は長命であるため子どもが生まれにくい。実際ソルも一人っ子であり、二人以上子がいる竜人は少ないという。
「僕たちの子をご両親に見せたいって思う君の気持ちは痛いほどわかるけど……子供に関しては五十年や百年といったスパンで見ていかないと厳しいと思う……」
「……そう、だった」
当時は夜のことに意識がいってしまっていたが、冷静に今後を思うと両親に孫を見せるのは不可能に近い。自分から出した話題なのに急に現実を突きつけられて勝手に落ち込む。ソルも気落ちした私を慰めるように抱きしめる方向を変えて横抱きに落ち着いた。
「子どもは分からないけれど、結婚式はずっと記憶に残るようなものにしようよ」
「……そうだね……ダメだなぁ、ヒトとして考える期間と違い過ぎて、感覚がまだわかんない」
「まだ二十年しか生きてないんだもの、それはそうだよ、竜人なら赤子も同然の年齢さ」
「今もすっごい種族の差を感じてる」
一度この話は忘れよう。
横抱きになったのをいいことにソルの首に腕を回して顔を隠した。
「僕との未来を考えてくれてることは正直嬉しかったけどね」
「まぁ、結婚しないっていう選択肢は無かったし……自然とその先も考えるよ」
「式は二回挙げるって言ったっけ?」
「え、聞いてない」
「ごめん、言ってなかったか……イリアの町で挙げるのと、僕の所で挙げるんだ。だから二回」
「……それは、身分とかそういう?」
「んー昔はそういう意味もあったらしいんだけど……今は番の家族まで大事にする竜人が多くて、生まれ育った場所でっていう意味合いが強いかな」
「そうなんだ」
ソルの所で挙げると思っていたので、友人を招待しようにも費用面での心配があった。
しかし二か所で挙げるならそう言った心配は無くなる。
嬉しい反面、二か所で式を挙げられるソルの財力に今は気づかないふりをした。
「結婚かぁ……なんかこのまま変わらない気がする」
「それでいいよ、イリアがそのままでいられるように僕も頑張る」
「……私もちゃんと学ぶけど間違ってたら指摘してよ?竜人のこともマナーのことも」
「分かったよ」
そのままでいいと言われたことに少し心が軽くなる。
勿論マナーやソルの仕事についてこれからもっと学ぶ予定だし、そのままでいるつもりはないのだがそう思ってくれていたことが嬉しかった。
気分が高ぶり困ったように笑う彼の頬にキスをする。
油断していたのか一瞬固まった後嬉しそうに頬を緩めるのを見て馬鹿みたいに心臓が跳ねた。
見慣れていない姿なのもあるかもしれないが、私もしっかりソルに惚れているのだと自覚する。
「好きだよソル、これからもよろしくね」
「えっ、急すぎて心臓に悪い……僕も好きだよ、これからもずっとよろしくねイリア」
ぎゅっと抱き着けばしっかりとした抱擁が返ってくる。
これからの長い年月に思いを馳せながら私たちはお互いの存在を確かめ合っていた。
………おまけ………
「イリア……おはよう」
「おはよう、ベス……どうしたの元気ないじゃん」
「それが……」
「あれ、二人とも早いね」
「おはようございます店長」
「……おはようございます」
「何かあった?」
「店長って、私のこと嫌いなのかな?」
「は??????????え????」
「だってあの人のこと出禁にしてた……」
「あー……例の?あの人詐欺で捕まったらしいよ」
「え?」
「今日の新聞に載ってた、身分偽装してた詐欺師だって」
「……なんでこんなに見る目がないの……」
「……ベスさぁ、一回でいいから店長のこと見てあげたら?」
「店長……?なんで?」
「……ホントのホントにこれっぽっちも気づいてない感じ?」
「え、何が……?」
「……流石に報われなさすぎる……多分あの男のこと怪しいと思って出禁にしたんだと思うから感謝こそすれど嫌われてるのは絶対ないと思うよ(実際はベスに近づかせたくなかっただけだと思うけど)」
「そうなの……かな」
「寧ろ好きだからベスの周りをよく見てて気づいたんじゃない?」
「……好き?店長が?私を?」
「……店長に後で怒られそうだけど、この店で分かってないのベスだけだよ……」
「…………どうしようイリア!私ここで働けないかもしれない!!」
「え……」
「あ……店長……」
「働けないって……なんで……」
「わ、わたし想われるような恋したことない……!!」
「想われる、よう、な……えっ?!待って!?」
「あー……ごめんなさい店長……でもフォローと応援のつもりだったんです……」
「イリア?!」
「でもベス相手だと一生平行線にしかならないと思います。彼女と話して分かりました。というわけで一思いに玉砕して下さい」
「フラれる前提やめて!!あーーーもーーーー!!!ベス、一度裏で話そう!!」
「い、イリア……」
「大丈夫、今は恥ずかしさと自棄になってるから声荒げてるけど基本ヘタレだから……でも店長は今までベスが好きになった人とは比べ物にならないぐらい素敵な人だと思う……話を聞いた上でベスの気持ちが一番だし、今すぐ返事することも無いと思うよ」
「……話、聞いてくる」
「がんばって……店長、ドア開けといてくださいね、近付きはしないので」
「分かってるよ!!」
二人の背中を見送ると心の中で精一杯の応援を店長に伝える。
散々なことを言ったが、正直この二人は結ばれて欲しい。
勘となってしまうがきっと相性がいいと思うのだ。
その日におめでたい報告を聞くことはなかったが、暫く後、私の結婚式で寄り添いあって参列する二人を見ることになる。
end
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字等あればご指摘いただければ幸いです。




