大当たりは誰の手に ③
ベッカライウグイス開店記念日は、みっちゃんを、平和な台風の目に置いて閉店を迎え、翌日、月曜日は残ったたまごくじや、伊予柑ピールクッキーを配り、お祝い気分は終焉を迎えようとしていた。
リスさんと私は、達成感に満たされながら、でも一つだけ疑問に思うことがあった。
特賞・大当たりが一つ足りないのだ。
「だいちゃん」と「たいちゃん」に並ぶもうお一方は、どのお客さんに
なるのだろうと、私たちは一日考えながら仕事をしていた。
けれど、そのお客さんは、とうとう現われずじまいだった。
たまごは、もうお店から姿を消したというのに……。
カランコロン
「いらっしゃいませ」
「こんにちはー」
多分、今日最後のお客さんである。
ショーケースのパンは、残り少なかった。
リスさんは、お客さんに詫びた。
「すみません。もうあまり残っていなくって」
中年男性のお客さんは、手を振って
「いいのいいの」
と応えると、残っている5つのパンをすべてお買い上げくださった。
「ありがとうございます。あの、よかったらこちらをどうぞ」
と、リスさんはパウンドケーキを一つ、そして
「お店が6周年を迎えまして、お祝いと日頃のお礼のクッキーなんですけれど召し上がってみてください」
と開店記念日のクッキーを一袋お渡しした。
お客さんは
「おっ、それは悪いね。ぼく、結構甘い物に目がなくって。ありがとうございます。最近、引っ越してきてね、また来てみます」
そう言うと、持参の袋に入れてお帰りになった。
「ありがとうございます」
リスさんと私は、ショーケースの奥からお客さんを見送った。
「ふぅ」
リスさんは小さな溜息を吐いた。
みっちゃんも、今日は帰宅し、お店には私たちしか残っていない。
「閉店かしらね」
私も、肩の力を抜いて微笑んだ。
「開店記念日売り出しも終わりですねー」
リスさんは、お店を見渡して頷いた。
「看板、入れてくるわね」
リスさんは、レジの下に置かれている踏み台を持ち出して、お店の扉を開けようとした。
その時だった。
駐車場にタクシーが飛び込む勢いでやってくると、急停止したのだ。
「リスさん、待って!」
その様子を窓から見ていた私は、リスさんを止めた。
一瞬、お店の鍵を掛けようかとも思った。が、タクシーから降り立った人物を見ると、それは杞憂になった。
「古賀さん!」
「えっ?」
リスさんが慌ててお店の扉から離れ、古賀さんが中へなだれ込んだ。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ」
間近にいたリスさんを見て、とたんに相好を崩した古賀さんが、後ろ手に扉を閉めた。
「開店記念日、おめでとうございます!」
リスさんの前に、とても薄く小さな包みを差し出した。
リスさんが、驚いて、思わずそれを受け取りながら言った。
「あ、ありがとうございます……古賀さん、イタリアにいらしてたんじゃ?」
「そうです。もう、手当たり次第、乗り継いで来ました」
「はぁ」
私は、堪えた笑いを心に仕舞い、二人にコーヒーを淹れようと、レジのカウンターへと入った。
コーヒーを淹れれば、リスさんと古賀さんはちゃんと飲んでくれるだろう、そう思った。今週は、私の食事当番だったし、二人よりも先に帰っても問題はない。
ところがそこへ
カランコロン
「こんにちはー」
「こんばんはかな?」
二人の人物が、やって来たのだった。
弘子さんとさくらさんである。二人は、その場に佇んでいる古賀さんに、ちらりと目をやった。
リスさんは、笑顔で二人を迎えた。昨日、開店記念日に現われなかったのを、寂しく思っていたのだろう。
「弘子さん!さくらさん!いらっしゃいませ」
「リスちゃん、6周年おめでとう!」
さくらさんは、リスさんに小さな手提げ袋を渡した。
「これ、お祝い!私たち二人から、リスちゃんと来春さんに」
「うわぁ。ありがとうございます!」
私も、お湯が沸くのを待っている間に、リスさんたちのところへ行った。
「ありがとうございます!」
中を見ると、綺麗なリボンの掛けられた小さな箱が二つ入っていた。
リスさんだけでなく、私にまでと思うと、弘子さんとさくらさんの心遣いに気持ちがいっぱいになったが、どうしても 古賀さんが、じっとそれを見ているのが気になった。
そう。古賀さんは、リスさんから贈り物を拒否された過去を持っていたのだ。
なんとなく、古賀さんの言いたいことが伝わってきたが、私は五人分のカップを準備して、熱いコーヒーを淹れた。
閉店後のカウンターに、五人が並んで腰掛けていた。
なかなか、ありそうでなかったメンバーである。
「……もう、終わっちゃったんですね、開店記念日」
古賀さんが、なんとも残念そうに肩を落とした。
リスさんは、古賀さんがわざわざ駆けつけてくれたことを分かっていただろうが、開店記念日に来てくれたお客さんたちと古賀さんとがどのように違うのかを分かっているのか、その気持ちは計れなかった。
「そうですね。おかげさまで大盛況で、本当にありがたかったです」
「ぼく、たまごをとっても楽しみにしていたんです。間に合わなくて、あぁ……残念です」
古賀さんが、心底残念そうに項垂れた。コーヒーカップに額が付いてしまうかと思った。
「ぷぷっ」
古賀さんが残念がる様子を見て、さくらさんが吹き出した。
弘子さんは、そんな二人を見ながら、黙ってコーヒーを飲んでいる。
それはちょっと古賀さんが可哀想なのでは、とリスさんと私もさくらさんを見た。
古賀さん本人は、額を上げると、ついぞ見たことのない、悲しみと敵意が混じった目でさくらさんをじろりと見た。
「勘野先生。笑うことないじゃないですか。教え子が悲しんでるのに、笑っていいんですか?」
コツコツと指先でカウンターを叩きながら言う古賀さんに、さくらさんは、我慢できず、とうとう盛大に笑いはじめた。
「ごめんごめん」
謝りながら笑うという、言うこととすることがそう反する状態である。古賀さんは、すっかりあきれてそっぽを向いた。
「もういいです」
「そんなこと、言わないで、古賀くん。今から、『さくら先生マジック』を見せてあげるから」
「なんですか、そのマジックって。先生、美術の教師じゃないですか」
古賀さんは、若干むくれてきた様子である。あれこれ乗り継いでやっとここまでたどり着いたあげくの、さくらさんからのからかいに、疲れが倍増してしまっても無理はない。私は同情した。
さくらさんは、何気なくリスさんに聞いた。
「ね、リスちゃん、なんか変なことなかった?」
「変なこと?」
うーん、とリスさんは首を傾げた。ゆっくり首を元に戻し、コーヒーを一口飲む。
「あ!そうそう。私、確かに大当たりを3つ作ったと思ったんだけど、二つしかなかったわね。きっと、千春さんと智翠にあげた中に入ってるんじゃないかと思うんだけど……」
「たまごの数は、合ってるの?」
「それが……分からなくて」
実は、たまごの数について、私たちはあやふやだった。
中身を出しているときに失敗したものもあったし、絵付けの時に失敗したものもあり、途中で数えることを止めたのだった。
ところが、そんなリスさんの答えに、さくらさんは、鼻をそびやかした。
「ふふーん。そうでしょう?私は、その処理に現われたのよ!古賀くん、私に感謝した方がいいわよ」
古賀さんは、なにがなんだか分からず、リスさんと一緒に首を傾げた。
さくらさんは、何の処理に来たというのだろう。
さくらさんは、立ち上がった。
「じゃーん」
我々は、コーヒーを手にしたまま、さくらさんを見上げた。
「そのたまごは、ここにあるんです!」
さくらさんは、自分が座っていたカウンターの右端の奥に、にゅっと手を差し入れた。
再び出したその手には、セロハンテープで留められた二つのたまごが握られていたのだ。
「あ!」
リスさんと私は、同時に声を上げた。
こんなところにあったのだ。
まだ見つかっていないたまごが。
どうりで、誰も見つけられないはずである。
この場所にはいつもみっちゃんが陣取っているのだから。
そして、私たちは顔を見合わせ、同じことを考えた。
どちらかが大当たりの?
さくらさんは、たまごのセロハンテープを剥がした。
たまごは、お一人様一つ限り。
まるで、ちょうど自分と古賀さんのために二つキープしておいたような格好である。
さくらさんは、両手の親指と人差し指で、たまごをふたつ摘まむと、古賀さんの顔の前に掲げた。
「古賀くん、どっちにする?」
「え……」
「どっちでもいいわよ」
「え、えっ」
「早く決めて」
一つは、綺麗なたまご。さくらさん作、フランスシリーズとでも言おうか。
もう一つは、サインペンで描かれた、あまり絵心のないたまご。これは、リスさん作、絵本シリーズ、二匹目の青虫である。
さぁ、古賀さん、どちらを選ぶ?!
私はどきどきしてきた。
「え、え、ええと……」
古賀さんの目が、左右を彷徨う。
「こ、こっち!」
古賀さんが、指さしたのは、リスさんのたまごだった。
すると、さくらさんは言ったのだ。
「ダメ。こっちにしておきなさい」
さくらさんは、自分が描いた美しいたまごを、古賀さんの手のひらに載せた。
さくらさん……。リスさんの方をあげたっていいでしょ?私は、一人心の中で抗議した。
「さぁて、古賀くん、ちょっといらっしゃい」
「え……」
さくらさんは、古賀さんを入り口の横に貼り出されている、当選者表の掲示へ連れて行った。弘子さんとリスさんと私も、二人について行く。
「この掲示はね、今までのたまごの中に入っている、くじの当選者よ」
二等と三等は、正の字で当たった人の数が書かれている。
一等には、5名のイニシャルが。
そして、特賞・大当たり「一日パン屋さん体験」の欄には、だいちゃん、たいちゃん、と名前が書かれていた。
さくらさんは、十分に、古賀さんの反応を愉しんでいた。
「どちらかよ。古賀くんの持ってるたまごか、私のたまごか」
たまごを手にした古賀さんが真剣に瞠目した。
そして、がくがくと頷いた。
古賀さんは、
「ぼく……」
と言って一瞬よろめいた。
「あっ」
近くのリスさんに支えられ、古賀さんはなお緊張したようだった。
古賀さんの頬に、鳥肌が見える。
「……コンクールより、酸欠になる……」
さくらさんは、血も涙もないかのように冷徹に言った。
「そうでしょう。では、開封の仕方を教えるね。来春さん、ピンセット」
「は、はい!」
私は、レジの横にあったピンセットを二人に渡した。
さくらさんは難なく、ささっとたまごの中の紙片を取り出したが、古賀さんは手間取った。手間取りながらも取り出せたときには、感極まった表情を見せた。
さくらさんがくじを開くのを古賀さんは待ったが、さくらさんは、開けない。
顎を何度か動かし、古賀さんが先に開けるよう、促した。
古賀さんの指先が震えていた。
ベッカライウグイスのお好みのパン一つ、あるいは焼き菓子一つ、あるいはそれを二つずつ、あるいは…………!
古賀さんが、耐えきれず声を漏らした。
「やっ」
やっ?
私たちは、そこに、堪えきれない、歓喜の表情を見た。
「やった!!大当たりですー!!」
過呼吸になりそうな勢いの古賀さんを、さくらさんが笑いながらなだめた。そして言ったのだ。
「ほうら、勘野先生に感謝してね」
古賀さんは、真っ赤な顔をさくらさんに向けた。
「ありがとうございます先生!!やりました、ぼく、やりましたー!」
弘子さんが、声を殺して笑い、悶絶しながら何とかその場に立っていた。
リスさんと私は、古賀さんに拍手を送ったが、そこで私は気がついた。
「リスさん!」
私は、リスさんに大きなベルを渡した。ベルを盛大に鳴らし、リスさんが、ベッカライウグイスに、最後の当選者を告げたのであった。




