大当たりは誰の手に ②
ベッカライウグイスに、新たな常連さん登場!
JKですっ♡
開店記念日のお昼の賑わいが一段落ついた頃だった。
みっちゃんが、一人、カウンターの右端でコーヒーを飲んでいるのを私は見つめていた。
春の日差しは、みっちゃんの心に届いているだろうか。
リスさんと私は、ここで少し休憩をと、コーヒーを手に、ショーケース奥のスツールに座ろうとした。
カランコロン
「こんにちはー」
私たちは、慌てて立ち上がった。
「いらっしゃいませ。千春さん!」
リスさんの声に、カウンターにいたみっちゃんが、振り返って入り口を見た。
「リスちゃん、来春さん、先月はありがとうございました」
「千春さん、こちらこそ開店祝いの立派なお花を、ありがとうございます」
届くとすぐにリスさんはお礼の電話をしていたが、深々と丁寧に頭を下げた。
ベッカライウグイスに千春さんがやってくるのを、私は初めて見た。
みっちゃんが立ち上がって、ショーケースの前にやってきた。
「水琴庵の女将さん、リスさんがいつもお世話になっています。今年もお花を頂戴して、ありがとうございます」
みっちゃんが頭を下げると、千春さんが明るく笑った。
「そんなことありませんよ、三山さん。私たちの仲じゃありませんか」
と言って、みっちゃんに頭を上げさせた。
千春さんは特別な着物を着ているわけではなく、いつもお店で身につけている絣の着物だった。だが、彼女がやってきただけで、ベッカライウグイスは、なんだろう、説明のつかない独特な雰囲気に変わった気がした。
千春さんは、お店の窓から外の駐車場を覗いた。
「あら、智翠、遅いわね」
「智翠も来てるの?」
「ええ」
智翠さんが、ちょうど営業車の後部座席から餡子の入った番重を出そうとしているのが見えた。
「先週は、うちが忙しくって、今日餡子を持って行くって言うから、私も便乗して来ちゃったの。リスちゃん、6周年、おめでとうございます」
千春さんは、帛紗からご祝儀を取り出してリスさんに渡した。
リスさんは、驚いて遠慮しようとしたが、そこへ智翠さんが番重を持って入ってきた。
「リス、受け取って。この前、俺もいただいたから。お祝いはいただかないとね」
智翠さんにそう言われ、リスさんは申し訳なさそうにして受け取った。
「千春さん、こんなにしてもらって……いつも申し訳ありません」
「何言ってるの。知歌子さんと私の仲なのよ!」
千春さんはそう言うと、お店に下げられている食品衛生管理者のプレートを見上げた。リスさんのプレートの上に、お母さんの名前のプレートが重ねて掛けられている。
「ほんと、知歌子さんも喜んでるわよ」
リスさんは、嬉しそうに頷いた。
私は、みっちゃんの隣に腰掛けた千春さんと智翠さんに、おすすめの三色ぱんとコーヒーを運んだ。
「ありがとう、来春さん。私、和菓子屋だけどパンとコーヒーが大好きなのよねー。智翠もよ」
「うん」
頷くと、智翠さんも、香りを愉しみながら美味しそうにコーヒーを口にした。
ベッカライウグイスに勤めてそろそろ一年になるが、智翠さんがカウンター席に座るのも私は初めて見た。先月は、いかにも老舗和菓子屋の7代目という姿を目にしただけに、こうしてベッカライウグイスに馴染んでいるのは不思議な気がした。
「あ、そうそう。来春さん、この前ね、ナツノさんが言ってたことだけど、気にしていないかしら、と思って。智翠から聞いたんだけど、あの前にもナツノさんが来春さんに何か言ってたみたいだったっていうから」
日々の忙しさに紛れ、すっかり薄れていた記憶が私の脳裏に蘇った。それはもう恐怖というよりは、不可思議だった出来事に変わっていた。
「いいえ。もう、忘れていたくらいでした。すみません。かえってご心配をお掛けしました」
私は、木のトレイを胸に、千春さんに頭を下げた。
「そんな。いいのよ。大丈夫だったら、それでいいの。ナツノさん、思わぬことを言ってしまうから……来春さんがびっくりして傷ついていないといいなって、思ってたのよ。昔は、智翠やリスちゃんとたくさん遊んでくれたんだけどね……」
千春さんは、寂しい笑顔を見せた。それから、小さな溜息を一つ吐くと、コーヒーを啜った。
「あー。やっぱりベッカライウグイスは、いいわねー」
「母さん、ここに来るとそればっかりだね」
「だって、そうじゃない、ね、三山さんも」
とみっちゃんを振り返り、それからしみじみと庭へ目をやった。
二人は、「美味しい美味しい」と言いながらパンを食べ、コーヒーを飲み終えると、慌ただしく席を立った。お店の時間を工面して来てくれたのだと思う。
リスさんは、お手製の焼き菓子を詰め合わせ、二つのたまごと一緒に千春さんにお渡しした。
「千春さん、これ、開店記念日のクッキーと、それから今年は特別、たまごです」
「あら、たまごなの?」
「はい。中に、くじが入ってるんです。リボンを引っ張ると、穴が見えるので、そこからくじを出してみてください。あとでゆっくりどうぞ」
「ありがとう。楽しみだわ!」
千春さんと智翠さんは、帰り際に気がついて、入り口の横に貼り出されている表を見た。
「あら!私、特賞・大当たりがあたっちゃったらどうしよう!」
智翠さんが吹き出した。
千春さんは、そんな智翠さんをさらりとかわして、私たちを見た。
「あ、そのときは、智翠を来させるから、よろしくね」
智翠さんは、まじまじと貰ったたまごを見ていた。
「にしても、この絵すごすぎるなー、リスでしょ」
リスさんは、声を落として智翠さんに告げた。
「来春さんです」
「え……」
智翠さんは、一瞬で言葉を失ってしまった。
もちろん、私は笑顔で智翠さんに頷いて見せ、千春さんが智翠さんの背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「ありがとうございました!」
リスさんと私は、並んで外へ出て二人を見送った。
開店記念日は、午後3時前に再びかき入れ時を迎え、たまごも、どんどん売れていった。
アセビの枝には、もういくつかしかぶら下がっていない。店内の至る所に隠したたまごもあらかた探されたように思う。
入り口横の掲示には、どんどん正の字が増えた。
一等賞が出ると、リスさんと私は大きなベルが鳴らして当りを告げ、当たったお客さんが祝福されたりと、ベッカライウグイスは活気に満ちた。
やがて、リスさんは、
「外のお花ですけど、お好きなのをよかったらお持ち帰りください」
とお客さんに声をかけ始め、私は言われていたように、アルミホイルと袋をお花スタンドに準備した。
「ありがとうございます」
水琴庵心づくしのお花は、開店記念日終わり近くのお祝いとして、お客さんたちに喜ばれた。
午後4時を回ると、お客さんは少なくなる。残ったたまごくじや開店記念日のクッキーは、まだ少し残っていて、明日もすべてなくなるまで続ける予定だった。
みっちゃんが、カウンター席を立って、アセビの枝から自分のたまごを選んだ。
「これかな」
リスさんの絵だと分かるのだろうか、それを持ってカウンター席へ戻って行った。
春の日は長くなったとはいえ、もう暮れ方である。
今日のためにいつもよりもたくさん焼いたパンは、まだ色々な種類がショーケースに残っていた。
リスさんも私も、みっちゃんにお持たせしようか、と考えていた時だった。
カランコロン
「こんにちはー」
澄んだ高い声が、扉の間から店内へ響いた。
制服姿の女の子たちである。三人とも紺色のブレザーとチェックのリボンやスカートがよく似合っていて可愛らしい。ベッカライウグイスに、麗らかな春の風が吹き込んだようだ。
「いらっしゃいませ」
その中の一人は、何度かいらしたことのあるお客さんだと思ったが、日曜にお見かけするのははじめてだった。
女の子たちは、囀るようにおしゃべりをした。
「たえちゃんおすすめ、ベーカリーウグイス!」
「ベーカリーじゃなくって、ここはベッカライっていうの」
「あー疲れたよぉ。早く甘いパンが食べたい。二個食べたい」
「マリーナはいいよね、細いから」
「模試ばっかり、多くない?」
「ね、たえちゃんのおすすめはなに?」
「あ、コーヒー飲もうっと」
「いい匂いするよねー」
「わかちゃん、ちょっと、あのたまご、可愛くない?」
「かわいぃー」
女の子たちに、説明はいらない。
彼女たちは、少し遠慮がちにさんざめきながら、次々に発見し、考え、説明し、補足し合う。とりとめもない小さな宇宙に、制服のスカートが揺れていた。
「私、この三食ぱんとぉ」
「えっ、マリーナ?!」
「いいのいいの、大丈夫!クリームチーズのブレッツェルと、コーヒーをお願いします」
「私、血糖値を心配したよ?」
「あー……。今日だけ!」
「私は、レーズンと胡桃のハードブレッドとコーヒーにします。たえちゃんは?」
「うーん。どうしようっかなぁ。全部美味しそう。全部食べたい!」
「一番小食なくせに、何言ってるの?」
「そんなことないよ!あぁ……やっぱり今日は三色ぱんにします!三食ぱんがこの時間にあるなんて、奇跡なのよ?!」
「たえちゃん、飲み物は?」
「うーん。今日、まだマイボトル飲んでなくて、重たいから飲んじゃう。あの、ここって、自分の飲み物を持参してもいいところですか?」
たえちゃんと呼ばれている女の子は、生真面目な様子で私に尋ねた。
「構いませんよ。どうぞ。ご注文は、カウンター席へお持ちしますね」
トレイを用意しようとすると、彼女たちはこれも律儀に三人揃って笑顔で「ありがとうございます!」と言うのが、明るい花が咲いたようだった。
注文が済むと、彼女たちは俄に慌てだした。
「あ、待って待って。たまごたまご」
「そうだ、わかちゃん、たまごくじ」
「お店に隠されてるのもあるって書いてあるよ!」
彼女たちは、その場に立ったまま、きょろきょろとあちこちを見回した。
「あ!見つけた!私、これにする」
わかちゃんという女の子は、稗田さんから届いた鉢植えのリボンに隠れるように、そっと載っていたたまごを見つけて、手を伸ばした。
「わー、よく見つけたね!」
「私、この綺麗なのにする!すごい!たまごの宝石箱やー!」
「あははは、なにそれ」
「私は、ひしゃげたねこちゃんにする!」
三人はそれぞれ気に入ったたまごを見つけると、再びレジへやってきた。
「たまごは、おひとつ100円になります。後でピンセットをお持ちしますので、たまごの下の方から、くじを出してみてくださいね」
「ありがとうございます!」
女の子たちは、楽しそうにカウンター席へ向かった。
私は、カウンター席の灯りを点けた。
夕暮れの帳は、窓の外で、少しずつ冷えていく空気を侵食しはじめていた。りすさんが工場から出てきて、エアコンの温度を上げた。
「お待たせいたしました。当店は、本日開店記念日で、お祝いのクッキーも召し上がってみてください」
私は、木のトレイからお客さんたちの注文を並べ、最後に、それぞれ違う色のリボンで結ばれたクッキーの袋を置いた。
「うわぁ。ありがとうございます!」
「今日、とってもいい日みたい」
「私たち、模試で力使い果たしちゃって……ようやくたどり着いたんです」
それなのに来てくださってありがたいと、私は軽く頭を下げた。
「それは、お疲れ様です。ベッカライウグイスまでたどり着いてくださって、嬉しいです」
「たえちゃんお気に入りのお店で、ずっと行ってみたい行ってみたいって言ってたんですけど、まさかたえちゃん、今日連れて行ってくれるとは……」
「だって、開店記念日のたまごくじがあるって知ってたし、SNSで、伊予柑ピールクッキーも配られるってポストされてたし、今日だな!って思ったの」
「うん。でも、来て良かったー。三食ぱん、美味しそうだし、あったかいコーヒーも飲めるわー」
「ゆっくり休んでいってくださいね」
私は、彼女たちの端っこにぽつんと座っているみっちゃんをそっと見て、コーヒーサーバーを取りに行った。
女の子たちは、美味しそうにパンを食べ、コーヒーを飲みながらおしゃべりを続けた。たまごは、そのままに。
閉店の時間が近くなると、彼女たちは席を立ち、帰り支度をはじめた。
「ごちそうさまでした!」
ピンセットも持ってレジへやってくると、ここでたまごくじの挑戦タイムなようだ。
三人は、ピンセットとたまごを持ち、神妙な表情でくじを引き出した。
「あっ、二等!」
「私、三等!」
「たえちゃんは?」
「えっ!」
「ええーっ!」
三人は、レジの前でのけぞった。
それから、扉の横に貼り出された掲示を見ると、一瞬にして黙った。
一人が、恐る恐る口を開いた。
「え?なにこれ、予言?」
「よく見て」
「あっ、あぁ!てんてんついてた!」
女の子たちは、大爆笑した。
「そうよね!つばめ幼稚園だもん」
「あははは」
箸が転がっても可笑しいお年頃である。
ひとしきり笑った後、彼女たちはくじの申告をはじめた。
わかちゃんが二等、マリーナさんが三等、そしてたえちゃんと呼ばれている女の子が、小さな紙片を堂々と翳した。
「私、やりました!特賞・大当たりですっ!!」
ええっ?!
私の隣にいたリスさんが、目を見開いたままベルを持つと、盛大に振りだした。
みっちゃんが、こちらを振り向いて固まった。
たえちゃんは、まだ笑いながら、私たちへ説明してくれた。
「あ、私、家族に『たいちゃん』って呼ばれてるんです。友達も、ほとんどたいちゃんで」
わかちゃんが言う。
「私はほとんど唯一の『たえちゃん』派です」
「弟がいて、小さい頃『たえちゃん』って言えなくって、ずっと『たいちゃんたいちゃん』って呼ばれていたものだから、それで、脈々と『たいちゃん』なんです」
リスさんと私は彼女たちの笑いに引き込まれた。
特賞・大当たりには、「だいちゃん」と「たいちゃん」が並んで掲示されれ、それはまるで、引き寄せられたコンビに見えた。
みっちゃんが「台風かと思った」と一言残して、開店記念日のベッカライウグイスは幕を閉じたのであった。




