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大当たりは誰の手に ①

 春である。

 あふれかえるほど積もっていた雪は、もうどこにも残っていない。春は、地面だけではなく、空も空気も人々の装いも、すべてを塗り替えて軽やかだった。



 ショーケースの上には、小さな籠に開店記念日のたまごが幾つか飾られ、発売の日を待った。

 たまごの横には、『ベッカライウグイス開店6周年記念たまごくじ おひとつ100円(なにが当たるかお楽しみ)』と書かれた小さなのぼりも立てた。

 お客さんたちからの反応も上々で、赤間さんなどは「綺麗ねー。私5個くらい欲しいわ~」とおっしゃるので、リスさんと私は気を引き締めて、幟に小さく「お一人様お一つ限りでお願いします」と書き入れた。



 たまごは、開店記念日が近づくごとに、どんどんお店に飾る数を増やしていった。

 今や、焼き菓子のテーブルに置かれた、あせびの枝にも鈴なりで、他にも店内のさまざまな場所にも隠されている。

 お客さんの中には、「これがいい」と目星をつけてくださっている方もいるらして、リスさんと私は、当日が楽しみになっていった。だが、閉店後のパウンドケーキ作りやクッキー作業で、体力的にかなり疲れてもいた。

 これでは当日に楽しめない、と気づいた私たちは、定休日を返上し、作業をその日に集中させた。そこで、平日の通常業務が久しぶりに訪れたのであった。



 3月29日、日曜日。

 ベッカライウグイスの開店記念日がやってきた。


 この日は、くじの景品になっているため、いつもよりもかなり多めのパンを焼き、レジの横や下にはお配りする伊予柑ピールのクッキーを置き、焼き菓子の補充準備も万端だった。


 開店前には、大きなスタンドアレンジメントがお店の外に届き、私は驚いた。

 水琴庵みなことあんからであった。

 リスさんは、

 「毎年だけど、夕方には、ご近所の方に好きなお花を持って行っていただくから、アルミホイルと小さな袋をつけるのよ」

 と説明してくれた。

 稗田さんからも珍しい観葉植物が届けられて、綺麗なグリーンとリボンに、お店は華やいだ。

 ベッカライウグイスは、みんなからお祝いして貰う嬉しさを醸し、開店記念日に相応しいしつらえになった。


 「来春こはるさん!」

 リスさんは私を呼ぶと、千春さんが選んでくれた大きなお花の前で、並んで記念撮影をした。

 「SNSを、はじめようと思って」

 撮り終えると、小さな声でリスさんは言った。それはきっと、リスさんとみずほさんとの間の便たよりになるのだろうと私は思った。

 「私も、楽しみにしてます」

 リスさんは、微笑んで頷いた。



 カランコロン

 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ!」


 開店記念日のお店が始まった。

 日曜日は、ご近所のお客さんが多い。常連さんばかりである。


 「リスさん、開店記念日、おめでとう!」

 「ありがとうございます!」

 「なんだか感慨深いから、今日はコーヒーをいただいていくわ」

 「はい」

 そう言って、カウンターでくつろいでくださる方も多い。


 みっちゃんまでもが、自分の席を確保するために、いつもより早い時間からやってきていた。私がはじめてベッカライウグイスを訪れたときにそう感じたように、まるでオーナーのような雰囲気を漂わせてカウンター端に陣取り、ご近所の方々と挨拶を交わしている。


 「お昼ご飯は、今日はベッカライウグイスにしようと思って」

 と、お店はいつもよりも少し早い時間から賑わい始めた。

 少し遠くからいらしてくださるお客さんも多く、駐車場はいっぱいだった。


 「りすちゃん、開店記念日、おめでとう!」

 「ありがとうございます!」

 リスさんと私は、お祝いの伊予柑ピールクッキーをお配りしたり、レジでお渡ししたりと、喜ばれた。

 「毎年楽しみにしてるの。ありがとうね」

 「こちらこそ、皆さんのおかげで6周年を迎えることが出来ました。ありがとうございます!」

 リスさんをリスちゃんと呼ぶお客さんは、知歌子さんの代からのベッカライウグイスを知っている人々である。小さなリスさんがお店で遊んでいた頃から知っているご近所さんたちである。

 

 

 びっくりしたのは、いつもはお昼に訪れる近くの会社勤めの女性たちが、わざわざお休みの日に連れ立っていらしてくださったことだった。さくらさんのたまごに魅了され、開店記念日には絶対にベッカライウグイスへ行こうと、決めて来てくださったという。

 「ほんとに綺麗!これ、店長さんたちが作ったんですか?」

 リスさんは、微笑みながら答える。

 「お店の常連さんで美術の先生をされていた方がいて、その方の作品なんです」

 「外国のみたい」

 「私これって狙っていたの」

 

 若い女性のお客さんたちが、楽しそうにそれぞれたまごを選び、パンを選び、レジカウンターへ並んでくださる。

 

 「開店記念日、おめでとうございます!」

 「ありがとうございます!」

 「あの、これって、『たまごくじ』なんですよね?」

 「はい!」

 「入り口の横に貼り出されてるわよ?」

 三等賞と二等賞の欄に、すでに正の字で、人数が書かれている。

 私は、説明した。

 「このたまごの中に、『くじ』が入ってるんです」

 お客さんたちは目を見開き、衝撃を受けていた。

 「えっ?!」

 「……壊すの?」

 私は、慌てて言った。

 「すみません、説明不足で……壊さなくて大丈夫なんです。ここのリボンを引くと、たまごの下の方が見えるようになって……」

 「あ、ほんと!」

 「何か入ってる」

 私は、用意しておいたピンセットをお渡しした。

 「出してみてください」

 お客さんたちは一気に盛り上がった。

 「えーっ」

 「楽しー」

 三人組の若い女性のお客さんたちの反応は、お昼時で次々に訪れるお客さんたちの興味を引いた。

 店内のお客さんたち全員が、期待に溢れる眼差しで、彼女たちの手元を注視した。

 「あ、出ました!」

 お客さんは、たまごの中から引っ張り出した小さな紙片を開く。

 「あ!三等賞・お好きなパウンドケーキひとつって書いてあるわ!」

 「私も、三等賞・ドラジェ!」

 「二等賞!ベッカライウグイスのお好きなパンふたつ!ふたつも?!」

 彼女たちは自分のくじを読み上げ、喜んだ。

 「すごい!」

 「大当りじゃない?」

 それから、入り口の掲示を見た。

 「あ、上には上があったわ。特賞・大当たりが『一日パン屋さん』だって」

 「楽しそう~」

 「一等もすごくない?焼き菓子詰め合わせよ?たまご100円よ?」

 この女性のお客さんたちの宣伝効果は絶大で、その場にいた方々は全員、たまごをお買い上げくださり、くじに参加し、愉しんでくださった。


 だが、選ばれたのはすべて、さくらさんの絵付けによる芸術的に美しいたまごたちであることを、リスさんと私は見逃さなかった。

 私たちのたまごは、まだ誰にも選ばれていなかったのである。



 しかし、午後に転機が訪れた。

 幼稚園児のお子さんを連れた、お母さんが来訪くださったのだ。


 「あ!たまご……?」

 つやつやの髪をした、男の子が、お母さんの手を引っ張って、目に留まったたまごのところへ連れて行った。

 「うん、たまごね。綺麗だねー」

 しかし、その男の子が釘付けになっているのは、リスさんと私が絵付けしたたまごのみである。さくらさんのたまごは、まるで目に入らないように、つぎつぎと、私たちのたまごを探していく。

 こんなことって!私は、感動してしまった。

 最終的に、男の子は、リスさんが描いたカラフルな青虫たまごに決定した。

 ものすごく嬉しそうに、たまごを片手に、もう片方の手の人差し指をくわえながらレジにやってきた。

 「こちらのたまご、くじになってるんですよ」

 「くじってなーにー?」

 「いいものが当たるの」

 「いいものってなーに?」

 「何がいい?」

 「ぱん!」

 男の子は即答した。パン好きなようである。それなら、二等の「ベッカライウグイスのお好きなパンふたつ」が当たるといいな、と私は思った。

 男の子のお母さんは、ピンセットを手に、たまごの中から紙片を取りだした。

 「出た!だいちゃん、みてみて!」

 だいちゃんと呼ばれた男の子は、小さな指で、大事そうに紙を開いてじっと見た。

 「わかんない。なんてかいてあるの?」

 紙を渡されたお母さんは、目を丸くして私に言った。

 「あの、特賞・大当たりって……」

 今です!

 私は、この時のために、レジの横に準備して置いたベルを、盛大に振って鳴らした。

 リスさんが工場から飛び出してきた。

 丁度、お店に入ってきたお客さんが、驚いて足を止めた。


 「特賞です!!『一日パン屋さん』大当たりです!」

 

 「おおっ!」

 カウンターにいた、みっちゃんと、お客さんが手を叩いた。

 入ってきたばかりのお客さんも、何事かと思いながら拍手してくださった。

 リスさんが感動している。


 「えーっ?!だいちゃん、すごい!」

 お母さんにそう言われ、だいちゃんは、さらに足をバタバタさせて飛び上がった。

 それから、お母さんに尋ねた。

 「いちにちパンやさんって、なに?」

 私は、説明をした。

 「『一日パン屋さん』は、ベッカライウグイスで、パン作りをしたり、お店に出たりして、一日まるごとパン屋さんになっちゃうという特別賞なんです」

 だいちゃんとお母さんは、手をつなぎながらお互いの顔を見合わせた。

 「だいちゃんすごい!」

 「え?だいちゃん、パン屋さんってこと?」

 お母さんは、笑いながら繰り返した。

 「ここのお店で、パンを作ったり、お店のお手伝いをしたりできるんだって!」

 「だいちゃんも?」

 だいちゃんは、目を輝かせて私を見上げた。

 「もちろん、だいちゃんもです!」

 それから、私はお母さんを見た。

 「小さいお子さんには、保護者の方の付き添いをお願いしたいんですが、よろしいでしょうか……?」

 お母さんは、もちろん大丈夫です、と快諾された。

 「よかったです!だいちゃん!『一日パン屋さん』よろしくお願いしますね!」


 こうして、特賞『一日パン屋さん』の一人目は、幼稚園年長さんのだいちゃんに決定した。

 入り口横に貼り出した掲示の、特賞・大当たり『一日パン屋さん』の欄に、私は許可をいただいて、「だいちゃん」とマジックで書き込んだ。

 「ね、ようちえんもかいて!かいて!」

 だいちゃんからの希望で、お母さんも笑ってお願いしますとのことで、私は、「だいちゃん」の横に(つばめ幼稚園)と書き加えた。

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