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開店記念日のたまご ③

 時計は10時を回った。

 パン屋さんは、朝が早いのだ。

 いつもならば、もうリスさんと、「おやすみ」を言っている時刻である。だが今日は、この仕事を完遂するまで頑張るしかない。

 そしてその目処めども、さくらさんのお陰でだいぶついてきていた。


 さくらさんは、惜しげもなくその才能と集中力を注ぎ、ほとんどすべてのたまごの絵付けを終わらせようとしていた。

 リスさんと私は、その横で、必死に絵本シリーズを描き続けたが、とうていさくらさんの絵付けした数には及びもしない。


 終わりが近くなると、さくらさんは手を休めた。

 「ね、これだけじゃつまんないわね。綺麗だけど」


 さくらさんにそう言われ、リスさんと私は不敵に笑った。

 「ふっふっふ。実はこれ、中にくじを入れて、お客さんにお買い上げいただくんです」

 「へーっ。くじ?」

 「そうなんです、くじ!」

 「3等賞から特賞まで、準備しました!」

 「景品は、リスさんの焼き菓子とか、ベッカライウグイスのお好きなパン、とか。1等は、焼き菓子詰め合わせです!そして、なんと特賞が大当たりで、一日パン屋さん体験券なんです!」

 「うわ、それは子どもが喜ぶわね。学生さんとか、女の子でパン作りが好きな子とかも嬉しいわよ、きっと。間近でパン屋さんのすべてが分かるわけでしょ?宣伝したら、専門学校生も来るかもね、たまご買いに」

 さくらさんが言うと、なんだかスーパーにたまごを買いに行くように聞こえた。

 「よーし。入れましょ、入れましょ。そのくじとやらは、どこ?」

 「これです。リボンも通すんです」


 私たちは、小さく丸めた紙を、たまごのお尻からそっと入れ、さらにリボンを通して頭に輪をつくると、お尻で結び目を作った。これで、くじは、たまごの中である。




 ベッカライウグイスの定休日、リスさんと私は生花店へと出かけた。ご近所で一番大きな生花店である。

 「こんにちは」

 お店の扉を横開きに開くと、ほとんど外と変わらないくらいの冷たい空気に取り巻かれる。

 生花店とパン屋さんは、室温の面では正反対なのだ。特に生花店は、冬にはますます室温が低くなるのではないか、と感じる。


 「いらっしゃいませ。あら、リスさんとサンタさん、こんにちは!」

 ご近所一帯の商店は、商店連合こそないものの皆さん馴染みだったし、お互いに常連さんでもあった。

 砂金いさご生花店のご主人も、時々ベッカライウグイスへ来てくださるし、私たちもたまに花を飾る心は持ち合わせていた。もちろん、店内ではなく、自室にである。


 砂金さんは、お店でフラワーアレンジメント教室も開いていらっしゃる、センス抜群のマダムであった。同じ地域で、長く愛されてお店を営んでいる砂金さんを、リスさんは少なからず尊敬していた。砂金さんは、そんなリスさんを可愛がってくれてもいて、ごくたまにであるが、ベッカライウグイスでコーヒーを飲んでくれるときには、地域のことや経営の極意を伝授してくれるのであった。そんな頼れるマダムなのである。


 砂金さんは、注文の作業をしていた手を止めて、レジの奥から出てきた。

 「今日は、何がいいです?」

 お店のお花は、可愛らしいものから、渋くシックな色合いまで揃えられている。冷えた空気に守られ、切り花は、冴え冴えと咲き誇っていた。


 「今日は、枝ものを探しに来たんです」

 砂金さんは、少し驚いた顔をした。

 「枝もの?……そのへんのを切ってきたら?」

 「ふふふ。そんなこと言ったら、商売にならないじゃないですか」

 年齢は違えど、お店を構える女主人同士、打ち解けた様子である。

 「お店に飾るので、それなりの感じなのを探してるんです」

 砂金さんは、納得したように頷いた。

 「お店…………、どの辺りに飾るの?」

 「焼き菓子を置いているテーブルに飾りたいんです。イースターのたまごを枝に掛けたくって」

 「あら、素敵ね!……卵って、いくつくらい?」

 「うーん、30個……50個かな」

 たまごは、枝に掛けて飾るものと、お店のどこかに隠してお客さんに探していただくものに分けるつもりだった。


 砂金さんは、手のひらを頬に当てて、ふむふむと頷きながら枝が生けられているコーナーへ移動した。私たちもそれについて行く。

 「もう少ししたら、ツツジが入ってくるんだけど…………今は、ご覧の通り、コデマリ類でね、小さい花がたくさんついているのは、落ちるのも多いからあまりお勧めできないわね。リスさんも、お店に飾るのはちょっと、って思うでしょ?」

 リスさんは、砂金さんの言うことはよく分かると頷く。

 「もう今日なければダメって感じ?すぐ使う?」

 「あ、それは大丈夫なんですけど……」

 「明日の午後まで待てるかしら?」

 リスさんは、砂金さんを見て頷いた。

 「大丈夫です。お店には、月末から飾るんです。枝はすごく長持ちしますし、どういう風に飾ったらいいかなーと思って、ちょっと早めに見に来たんです」

 砂金さんは、ぱっと明るい表情をした。

 「よかった!それなら、まかせて!明日は市場なんだけど、そこで出てなかったら、馴染みの卸さんに頼んでくるから!」


 

 翌日の午後、丁度、お客さんが途絶えたら砂金生花店へ行ってみるわね、とリスさんが話していたときだった。

 カランコロン

 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ……砂金さん!」


 私は、慌ててレジ横のカウンターを跳ね上げ、お店の扉を開ける砂金さんを助けた。

 大きな枝を手にした、砂金さんだった。

 「ありがとう、サンタさん」

 「アセビよ。持ってる卸さんが丁度いてね。ほんとはツツジがよかったんだけど、アセビならあるっていうから。ただ、ちょっと50個は厳しいかも……ごめんなさいね、なかなか丁度いいのがなくって」

 「そんな!ばっちりです!葉っぱも綺麗。大きさも、ちょうどいいです!」

 「ありがとうございます!」

 リスさんと私は、素敵なアセビをいただいて大喜びした。

 「よかったわ~」

 砂金さんは、笑顔で答えた。

 「ありがとうございます。ここに置くんですけど、枝振りもぴったり!」

 「すごいですね、砂金さん」

 枝は、小ぶりでも大ぶりでもなく、ちょうどテーブルを半分ほど覆うくらいに張り出し、少し色の濃い滑らかな緑が、壁の色に馴染みつつも艶々と浮き立って、ベッカライウグイスにぴったりだった。

 「うわぁ、いいわね!」

 リスさんと私は、テーブルに合わせては眺めた。

 「砂金さん、すみません、届けていただいて」

 リスさんは、料金に合わせ、焼けたばかりのデニッシュ類をお礼にお渡しした。

 「あら、ちょうどパンを買いに来るついでだったのに、悪いわ」

 と砂金さんはお財布を取り出したが、

 「そんなことないです。わざわざ市場で探してくださって、おかげさまで素敵に飾れそうなので、できたら見に来てくださいね!砂金さんには、イースターエッグひとつをおまけしますから」

 リスさんは微笑み、

 「あら。それは、ありがとう。じゃ、こんどお花をおまけするからね。ありがたくいただきます」

 砂金さんは、手を振って帰って行った。


 リスさんは、コーヒーを飲んでいたみっちゃんにお代わりを運ぶと、

 「いつの間にか、商売上手だね」

 と言われ、さくらさん仕込みの微笑みを返した。 

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